乾がクォーターな話

クォーターピー

「俺さ。ばあちゃんが外国人なんだ。」
幼いころ、乾がそっと九井にうちあけてくれた秘密を九井はずっと大切にしている。その色素の薄い肌や均整のとれた乾姉弟の体型を見ればなんとなくわかることだが、九井は乾の口から自分だけに語られたことに満足していた。

だというのに。

「ハーフ会〜!?!?!?何それ!!」
九井の剣幕によりしどろもどろになった乾の説明をまとめると、黒龍にはイザナがつくったハーフ会なるものがある。不良になるヤツは家庭環境が複雑だったり世間に馴染めなかったりすることが多い。だから外国人とのハーフの子どもが社会に馴染めず黒龍に入ってくることもままある。イザナは日本生まれ日本育ちなので日本語に苦労することはなかったが、日本に親の都合で連れて来られたりしたヤツは日本語からして苦労する。しかし親は仕事で忙しくなかなかそこまでのサポートは難しい。そうしたヤツらを定期的に集めて日本語を教えたり悩みを聞いたりするのがハーフ会なのだそうだ。イザナが黒龍を引退するにあたって、その会を任されたのがハーフでなくクォーターだが乾だった。乾が少年院に入っている間はなくなってしまったが、こうして大寿を頭にすえて黒龍が復活した今ハーフ会も復活したのだそうだ。九井が知らないだけで、これまで何回か開催され外国人の血が混じっている苦労や悩みを交換する有意義な時間を過ごしたそうだ。
「ていうか、黒川イザナってそんなキャラ?NPO法人の代表になれそうなマインド。」
九井が疑問に思って言うと、
「イザナは言うこともやることもひどいけど、施設の困ってる子どもとかにはやさしかった。」
らしい。意外だ。
しかし、乾がクォーターであることを知っているのは自分だけかと思っていたのに。九井はおおいに拗ねた。いや。イヌピーがやってることはとても素敵なことだと思うんだけどさあ。自分だけの宝物がなくなってしまった気分だった。乾の西洋人めいた薄い肌だとか、陽のもとで見るとまるで宝石みたいな瞳だとか、たまに歌うよくわからない鼻歌は日本の旋律ではないだとか。全部九井の大事な九井だけのイヌピーなのであるから。
「ココ拗ねるなよ。」
乾が九井の鼻をつまむ。
「拗ねてない。」
「嘘だ。ココは拗ねると鼻にシワがよるんだから。ホラ。」
言いながら、乾が九井の鼻筋を撫でる。
「シワ伸ばさねえと。男前が台無しだ。」
「うるせ〜」
「でもやっぱり外国人の血が入ってるからっていう悩みとかは俺は聞いてやりてえから。」
「わかってるよ。」
「俺にはココがいてくれるけど。そういうヤツらはひとりで孤独だから。」
「ハイハイ。」
乾にはそんなたいした思想とかはないのだが、不良になったのは真一郎君みたいにみんなが集まれる場所をつくりたかったからなのだし、そういった世話を焼くのは嫌いじゃなかった。だから、九井が拗ねてもこればっかりはやめれねえなと思っていた。現在の黒龍が当初思い描いていたものと違ってきているからこそそう思うのかもしれなかった。





乾は東卍にくだっても、ハーフ会ではないけども、外国人の血が入ったヤツらの悩みを聞いたりすることは続けていた。そういった面倒見の良さや案外抜けていたりノリが良かったりする乾の性格が受け入れられ、九井が消えた後も乾は意外とうまくやっていた。そして龍宮寺と意気投合してバイク屋を始めるまでになった。
今日はバイク屋は休みで、乾は龍宮寺と三ツ谷と連れだって輸入食品屋に来ている。節約のために自炊を始めた乾だったが、近ごろマンネリだと三ツ谷に話すと輸入食品屋には変わった調味料とかあっておもしろいよと誘われたのだ。三ツ谷が勧めるだけあっていろんな調味料があって興味深い。かけるだけ、つけるだけなら自分にもできそうだし。ドラケンはさっきからずっと辛そうなレトルトカレーを粛々とカゴに入れている。おまえの胃は大丈夫なのか。ふと、なつかしいお菓子が目につく。それは昔祖母がよく作ってくれた素朴なケーキで、細かく切られたにんじんが入ったものだ。子どもはにんじんを好まないことが多いが、これだとおいしく食べられるので自分も姉も好きだったと乾は思い出す。
「えー。何そのお菓子。見たことねえ。イヌピー好きなの?」
「昔、ばあちゃんがよく作ってくれてて。ばあちゃんの国のお菓子らしいんだけど。なつかしい。売ってんだなあ。」
「あ。ばあちゃん外国人?イヌピーやっぱクォーターとかなんだ?そうかなあと思ってたんだけど。そういうのズケズケ聞くのも失礼だしな。」
「そうだぜ三ツ谷。常連のミイちゃんなんかイヌピーのこと外国人の王子様だと思ってるからな。風呂あがり素裸でコーヒー牛乳飲んだあげくゲップするってバラしたらミイちゃん泣くかもしれん。」
常連のミイちゃんとは、コマ付き自転車のパンクをなおしてくださいとやってきた幼稚園児だが乾を見たとたん「シンデレラの…王子様…」とつぶやいて以来ほぼ毎日やって来る。飴をひとつくれたり、ぺんぺん草をくれたり、折り紙をくれたり。乾が話しかけると真っ赤になって固まる。なお、ドラケンとは普通にしゃべれるもよう。
「このばあちゃんのケーキ買おう。ドラケンにも三ツ谷にもミイちゃんにも食べてもらいたい。」

乾は火事のせいで、決してめぐまれた家庭環境とは言えない状態だが、小さな頃まだ祖父母が元気だった頃はとてもかわいがられ幸せだった。祖母は外国から日本へ絵の勉強をしに来日したところ、土産を買うのに立ち寄った東京の百貨店勤務の祖父に一目惚れされ猛アタックの末当時としては珍しい国際結婚をしたのだという。祖父母は亡くなるまでずっと仲が良かった。どちらも早逝したので赤音があのようなことになったのを知らずにすんで良かったと乾は思う。祖母は日本に住んで長かったから日本語も上手だったし、日本料理も作れたが、仕草はやはり外国人のそれで乾のことをマイスウィーティーと呼んでハグやキスをたくさんしてくれた。その愛された記憶があるから乾はちょっとやそっとではへこたれない強いメンタルになったのかもしれない。乾は輸入食品屋でたくさん買ってきたばあちゃんのケーキを夜ひとりで食べながら昔のことを思い出し幸せな気分になった。ドラケンと三ツ谷にはおすそ分けしたから明日ミイちゃんにもあげよう。乾には幸せなことに現在も大切な人たちがいてくれる。ココは果たして幸せにしてるだろうか?





最後の抗争でやっとわかりあえた九井と乾は、現在一緒に暮らしている。わかりあえたとは言えまださぐりさぐりのところはある。正直。
「今日夕飯食べて帰るからココ適当にやっといて。」
とイヌピーに言われる。
「わかった。三ツ谷?」
「いや。大寿。」
「た、た、大寿!?なんで?」
「大寿、オヤジさんの会社で修行してて、今度取引のある相手が東欧のある国の人らしくて。もちろん英語でやりとりするんだけど、その人の母国語が少しわかるヤツがいたら会食も盛り上がるんじゃないかって急遽今日俺が呼ばれたんだ。」
「…イヌピー…それって。東欧の国の言葉がちょっとわかるやつって。イヌピーのこと?」
「そうだけど。そんなしゃべれねーけど、ばあちゃんに教えられて挨拶とか自己紹介くらいならできるから。どうせ取引は英語で俺はにぎやかしなんだし。そのくらいのレベルで大丈夫らしい。」
「イヌピー!!!!」
「どうした!?ココ泣くなよどうした!?」
ぴえんぴえん大泣きする九井の話をまとめると、乾がクォーターであるということを普通に大寿が知っていることがショックだし、乾がおばあちゃんの母国語を少し話せることも知らなかったしそれを大寿が普通に知っていることがやっぱりショックだし。とにかく乾に関することで、自分が知らないことがあるってのが許せないらしい。

「というわけでココもついてきた。」
ハア〜〜〜とクソデカため息を大寿がつく。なんとなくこうなることが予測できていた自分も腹立たしい大寿だった。昔から九井の乾に対する執着はすごいのだから。一見乾の判断に任せるよみたいな心の広い態度を示しながら、九井は全て計算づくで自分が思い描いた通りにものごとを動かす。やはり九井は頭が良い。だが、側から見ていると乾に素直に言ったらいいだけなんじゃあ…と実に残念にもうつる。
しかし、九井が乱入するというハプニングがありながらも東欧の国の人との会食は、乾のたどたどしい母国語での自己紹介でおおいに盛り上がり、乾が祖母とのかわいらしい思い出を披露したりなんだりして最終的にとてもうまくいった。なぜなら意外なことに九井が粘り強く会話して、その国から大寿の父親のレストランへ食品を優先的に卸すという契約を勝ち取ったからだ。九井の英語はネイティブではないが、しっかりと勉強しているらしく見事だった。だてに過去関東卍會というストレスフルな状況下で参謀なぞつとめておらんのだ。九井一をなめてもらっては困る。そんな九井を乾はかっこいい…とうっとりと見つめていた。




「ここに来るのすげえ久しぶり。」
都内で外国人墓地といえば青山だが、ここ谷中にも外国人墓地がある。乾の祖母はキリスト教徒なのでここに墓がある。乾の祖父も祖母のことが大好きだったので、同じキリスト教徒となり同じ墓に眠っている。晩年は2人仲良く日曜日には近所の教会にミサへ行っていたことを乾はなつかしく思い出す。
「赤音さんのお墓には時々行くんだけど、イヌピーのおじいさんとおばあさんのお墓は初めてだ。」
「いや。俺もここは久しぶりで。なんか申し訳ねえな。あんなかわいがってもらってたのに。」
「まあ。いろいろあったしな。イヌピーも俺も。」
「ふふ。そうだな。今日はじいちゃんとばあちゃんにココを紹介しねえとな。俺の大事な人だって。」
「イヌピー!!」
「ココ、顔真っ赤だ!!」
「うるせえ〜〜!!」
九井の手には乾の祖母が大好きだった色とりどりのチューリップ。乾の手には祖母がよく作ってくれたにんじんのケーキがある。ふたりはこれから乾の祖父母のお墓に挨拶に行く。ふたりが幸せであることを伝えに。
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