バウンサーイヌ

バウンサーイヌ


「ま、またやっちまった…」
真一郎が昼飯から帰ると青宗がこの世の終わりみたいな顔をしていた。青宗の服装は乱れ、床には気絶しているであろう男。
「そいつ…青宗にやたらかまう客だなと思ったら…すまん。俺がちゃんと注意してたら良かった。」
青宗は顔が良い。真一郎の弟の万次郎も顔が良くてかわいいのだが、幼い頃から隙のない子だった。ふと大人みたいに感じたこともあった。でも、青宗は違う。顔が良くてかわいい上に何も警戒しない赤ちゃんみたいなところがあるから大人が見張っていないと危なっかしい時がある。今、青宗に反撃されて店の床に伸びているオッさんみたいなのに気に入られてしまって、警戒しないからどんどん踏み込まれてしまって、襲われそうになるけど青宗は麗しい顔に反して腕っぷしが強いので反撃してオジが沈むという事態になる。今みたいに。年に4、5回ある。多いな。

「おお〜い!大丈夫か?」
とりあえず床に伸びているオッさんをどうにかせねばなるまい。ウーとか言ってるから生きているし大丈夫そうだ。
「青宗。毎度聞くがこういうのは警察につき出すべきだぞ。」
「わかってるけど…嫌なんだ…ごめんね真一郎君……。」
「青宗が謝ることじゃねーぞ」
ほんとこういう暴漢は警察につき出すべきなんだが、青宗は嫌がる。青宗のお姉さんが痴漢を警察につき出した時、警察で何回も状況を聞かれグッタリしていたのを見て自分はそんなの耐えられそうにないと思ったのだそうだ。そうすべきなのだろうがはやく忘れてしまいたいと。青宗をバックヤードに下がらせオッさんを起こし2度と店や青宗に近づかないよう話した。幸いなことに、青宗の反撃があまりに恐ろしかったためか同じ人物が2度目をおこしたことはない。しかしまあ青宗が強くて本当に良かったと思う。





納品から店へ帰る途中のことだった。路地裏で見るからにおとなしそうな少年から、いかつい男ふたりがカツアゲしている。乾はヤンキーだったが、こういうこすいカツアゲが大嫌いだし、自分より明らかに弱いやつを狙う腑抜けも大嫌いだ。どうせなら自分より強いやつとやりたくないか?ヤンキーなら!!
「おいテメェらこんなガキからカツアゲって恥ずかしくねぇのかよ。」
乾がカツアゲ男たちに近づくと、彼らは一瞬ビクッとしたが乾の顔を見て明らかに馬鹿にした顔をした。乾はシャネルのバッグみたいな高貴な顔をしていてどう見てもヤンキーではないから、なめられるのは毎度のことだった。
「そんな王子様みたいな顔してなんか用?」
「場違いだから帰れよ。ウケる。」
いい気になったカツアゲ男たちはそう乾に言い捨ててカツアゲを続行している。少年は震えている。許せねぇな。シメるか。
「瞬殺」
乾独特のキメゼリフとともにカツアゲ男たちは伸びてしまった。またつまらないものを殴ってしまった、とどこかのゴエモンみたいに乾は思う。
「あ、ありがとうございます!!」
助かった少年が礼を言う。
「あれ。おまえ顔ちょっとケガしてるじゃん。殴られた?警察呼んだほうがいいぞ。コイツらちょっと警察でしぼられたほうがいいしな。」
乾がそう言うと少年はわかりましたと電話をかけていた。しばらくして警察らしいおっさんがやって来た。
「大丈夫か!?息子が助けていただいたそうで、ありがとうございます。…って!!おまえ!!黒龍の乾か!?」
「ゲッ。おまえおっさんの息子だったわけ!?」
少年に呼ばれてやって来た警察のおっさんは、少年の父親であり、なおかつ乾がバリバリのヤンキーであった頃補導されたり補導されたりめちゃくちゃ補導されたりしたクソ強警察官のおっさんであった。おっさんはなんだったかとにかく黒帯らしくクソ強い。当時の乾は今度暴走してっと少年院入れっぞとおっさんに叱られながら何発締め技をくらったかわからない。
「あの暴走族乾がカツアゲを止めるなんてな…俺は感動だ……」
おっさんは立派に更生した乾を見てとても感動していた。




3
「う〜ん。イメージじゃない。だってカリスマっぽくない。」
そうわけのわからないことを言って弟を困らせているのは、クラブ経営者の灰谷蘭であった。蘭は来月から自分のクラブにてインフルエンサーを招いてハイパーウルトラおしゃれなイベントを月1開こうと計画していた。そのためクラブ入り口に配置するバウンサーを雇おうと思っているのだが。バウンサーとは、クラブの入り口に立って警備をしたり招待客を優先的に店内に誘導したり、ふさわしくないダサい客にお帰りいただいたりするセキュリティのようなものである。そういった業務内容から、バウンサーは見た目はモッチーみたいなガタイが良いコワモテなことが多い。でも蘭はそういうのはウチの店のイメージではないとさっきから竜胆に主張しているのだったモッチーごめんな。
「も〜ぜんぜん決まらな〜い。」
蘭はとりあえずバウンサーを決めるのを諦め、竜胆に買わせてきたアイスラテ(ただしオーツミルクに限る)を飲みながら家の中限定眼鏡をかけ、新聞を読み始めた。竜胆はバウンサーといいオーツミルクといい、兄のよくわからないこだわりに疲れ果ててアイコスを尻ポケットから出して吸い始めた。すこやかな筋肉のために禁煙してたのに。やってられねぇよ。
しかし、蘭が新聞を読むというのは意外に思われるかもしれないが、蘭は昭和62年うまれなのでスマホでネットニュースを見るより新聞を読むほうが好きなのである。ネットニュースって疲れない?いらない変なコメントついてるし?ていうか目が悪いからよく見えない。蘭が特に好きなのは地方ニュースで、彼らは港区住みだから当然都内のニュースが載っている。フムフムとアイスラテ(ただしオーツミルクに限る)を飲みながら新聞を読む蘭。
「コレだよ!!」
急に大声を出し、蘭が新聞記事を指し示す。竜胆はまだ3分しか吸ってないアイコスの電源を名残惜しく切る。切らないと、紙タバコよりアイコスのほうが髪ににおいつくじゃん!最低!と兄がキレるので。新聞記事には元ヤンキーお手柄!!とある。元ヤンキー現バイク屋店員がカツアゲされていた男子中学生を助けたという内容だ。そして写真に写っていたのは
「イヌピーじゃん?」
正直、蘭も竜胆もイヌピーこと乾青宗のことはよく知らない。でも、不良界隈では灰谷兄弟も黒龍の乾も有名だったから、顔を見たらああどうもという感じではあった。
「イヌピーが何。」
「腕におぼえがあって、顔が綺麗でスタイリッシュ。これが俺が求めてたバウンサーだよ。」
「あ〜なるほどね。イヌピーなら良いんじゃない?強いし。」
「月1だし夜だから、バイク屋終わった後バイトに来てくれんじゃねぇかなぁ。」
「兄貴連絡先知ってんの?」
「イザナ経由佐野真一郎経由イヌピーでいくか。」
「なるほどね。経由地点はいっぱい知ってるもんな。」
こうして、灰谷兄弟は自分たちのクラブイベントのバウンサーのバイトをしてくれないかと乾に依頼することにした。




4
「粗茶ですが。」
昼間のバイクショップに世にも派手な兄弟がやって来て、乾は困惑している。真一郎君から、イザナ経由で頼まれたから会うだけ会ってやってくれないかと言われたから仕方なく灰谷兄弟と面会しているわけだがはやくも後悔している。あまりに派手すぎる。目がチカチカする。
「緑茶うま〜い。」
兄の蘭がサングラスをかけたまま緑茶を飲んではしゃいでいる。そんなド派手サングラス似合うのパリスヒルトンかおまえぐらいだよ。
「うまいだろ。真一郎君が実家から持ってきたものはだいたいうまい。でも粗茶ですって出せって言われてっから。」
そうしゃあしゃあと言う乾に竜胆は無限の可能性を感じる。コイツならおかしなこだわりのある兄貴ともわたりあえそう。
「乾。月一イベントの時だけ、ウチの店で警備のアルバイトをしてくれないか。あの、中学生のカツアゲを止めた新聞記事を見て。乾は見た目もいいし、強いし、ウチのクラブのコンセプトにピッタリなんだ。」
蘭は緑茶をすするのに忙しそうなので、かわりに竜胆が説明する。
「ウチの営業は夜だからバイク屋の仕事とは重ならないと思うし、もちろんバイト代も乾の希望をできる限り聞く。」
そう言って竜胆はススッと六本木ヒルズで買ってきたロブションのパンを乾に渡す。乾は「パン…いろんなパンいっぱい…真一郎君はこれが好きそう…真一郎君のおやつこれにしよ」とパンに夢中になっている。兄貴の言う通りアンジェリーナのモンブラン10個とかにしなくて良かった。そんなの喜ぶの兄貴だけだよ。アラサーの胃には重すぎるよ。人はいろんな種類を少しずつ食べたいんだ。
「でも、あれ。乾のさ。彼氏のココ。許してくれっかなぁ?」
乾は承諾してくれそうな、だいぶいい感じなのに蘭が余計なことを言う。
「SNSとか見ると、九井めちゃくちゃ束縛スゴそうじゃん?そこは大丈夫そう?」
そうだった。乾には昔から最強めんどくさ彼氏九井がいるのだった。竜胆はこの話やっぱダメかなぁと少し落ち込む。せっかく兄の希望通りの人物が見つかったのに。
「いや。大丈夫。最近ココ俺に飽きたみたいだし。やるよ。クラブの警備。」
一瞬乾が悲しそうな表情をして言うので、蘭も竜胆も、少し離れたところで作業していた真一郎もビックリする。
「まさか〜あの九井が乾に飽きるとかないない!!」
そうなのだ。九井と乾と言えばヤンチャしていた頃からやたらと距離が近くベタベタしており、九井の声が乾にだけゲロ甘なのは当時の不良の常識だった。他者が九井に乾のことを話すと、俺のほうがイヌピーに詳しいけど?おまえはイヌピーの何なの?俺は幼馴染ですけどね?とイヌピーマウントをとってくることでも有名だった。現在TK&KOというデカい会社を経営している九井だが、SNSを見ても今でも乾を溺愛していることは一目瞭然なのに。
「え。マジ……?バウンサーのバイト引き受けてくれんのはうれしいけど……家庭内不和大丈夫???」
「まぁ。もう俺たち付き合って長いしな。飽きるだろ。普通に考えて。気にしないでくれ。で、いつ行けばいい?」
悲しい顔は一瞬のことで、そのように乾がたんたんと話をすすめるので、戸惑いながらも灰谷兄弟は来てほしい日時とバイト代を提示し、すんなりと承諾されたので帰途についた。

「兄貴…九井と乾がうまくいってないってマジかな……?」
帰りの車中で運転しながら竜胆が言う。
「どうかな。俺は九井のほうはまぁまぁ知ってるけど、あの性格からして飽きるってのは考えられねぇな。まぁ。乾も夜ウチでバイトしてさ、気分転換したらいいんじゃん?ただのマンネリだろ。人間生きてっといろいろある。そもそもクラブって日常を忘れるための非日常なんだから。」
兄が助手席でパリスヒルトンみたいなサングラスをニッキーヒルトンみたいなサングラスにチェンジしながら珍しくマトモなことを言うので、さすが俺の兄貴だぜ〜と竜胆は思った。蘭は気まぐれで寝起きも悪いしワガママだが、センスと要領が良く昔からずっとカッコいい兄貴だった。やっぱり竜胆にとって憧れの存在なのだった。怒らすと怖いけどね。




5
乾は悩んでいた。何をって?セックスレスだ。九井はあいかわらず乾を溺愛しているし、キスやハグなどのスキンシップは多い。ただただ、3ヶ月ほどまったくセックスレスなのだ。たった3ヶ月くらいでガタガタ言うんじゃねぇと思われるかもしれないが、九井と乾に限っては3ヶ月も期間があくというのは前代未聞の異常事態なのだった。もちろん九井のチンが多忙のため元気がない可能性もある。その場合はかわいそうだから責めるつもりはない。でも、ひとりで処理している形跡があるのだ。元気じゃねぇかこのチン野郎。思えば15だか16だかの頃から九井とはそういったことをしているのだから、飽きてしまったのだろう。乾はちっとも飽きてないというのに。それどころか、年々九井のことを好きになっている。だから珍しく落ち込んでいる。そんな時灰谷兄弟からバウンサーという警備みたいなバイトの依頼がきた。正直願ったり叶ったりだった。どうせ夜は抱かれもせず腹がたつばかりで暇なのだから。バイトでもしたほうが気分転換になっていい。クラブって馴染みがないしおもしろそうだし。

案の定クラブのバウンサーは楽しかった。蘭が用意したサンローランのスーツを着て入り口に立っているだけなのだが、信じられないような派手な人間がたくさん来ておもしろい。そういった人たちは純粋に踊りに来ているだけだから自分の適量がわかっていて泥酔することが少なく、心配していたケンカが多発するようなこともなくて。3件些細な言い合いを止めただけだった。綺麗なバウンサーがいるって客にほめられたよ〜♡と蘭は上機嫌で、竜胆に来月も来てくれるか?とバイトを打診され、もちろんと快諾した乾だった。




6
「乾、ご活躍だなぁ。」
稀咲と仕事終わり夜メシを食うとかでTK&KOにやって来て、勝手に会長室でくつろいでいる半間に九井は話しかけられる。
「あぁ。新聞に載った男子中学生をカツアゲから助けたやつ?」
「んん?そっちじゃなくて。灰谷兄弟のクラブの月1のインフルエンサーが集まるイベントで乾バウンサーやってんだろ?客のさばきがうまくてイケメンだって最近インフルエンサーたちのSNSに載ってっから。」
「…何?…イヌピーが…灰谷のクラブで……?」
「あれ…もしかしなくても俺余計なこと言った感じ〜?…ちょっと稀咲の会議はやく終わんないか見てこよ〜」
ヤバい気配を察知した半間は軽やかに会長室から出て行った。

何。イヌピーがクラブのバウンサーって!?聞いてないんですけど!!九井が灰谷蘭のSNSに直接アクセスすると(フォローしてないしされてないので)、出るわ出るわイヌピーのオンパレードだった。誰の許可を得てイヌピーの顔を出している。我が嫁ぞ。許さぬ。しかしかわいいなぁ〜珍しくスーツなんか着ちゃって。どこのだろう?めちゃくちゃ良いスーツ。インフルエンサーとツーショットしちゃって。インフルエンサーよりイヌピーの方がよっぽど俺の心にインフルエンスだけどな。いやでもなんでイヌピー俺に言ってくれなかったんだろ。俺がうるさいから?俺がうるさいのは俺もよく知ってる。九井は頭の中で忙しくそのようなことを考えながらすみやかに帰り支度をし、乾を尋問すべく帰宅することにした。会議をひとつすっぽかして帰宅したため部下のサナダは号泣した。

「ちょっとイヌピー灰谷んとこでバウンサーしてるとか俺聞いてないんだけど。」
九井は帰ってくるなり乾にそう言う。
「だって。夜暇だし。バイトするのも良いかなって。言わなくてごめん。」
乾はなんでもないことのように言う。
「夜暇って何!?!?俺は忙しくしたいんですけど???」
「ココが!!俺を!!3ヶ月も抱かねぇから!!夜暇なんだよ!!」
「だってイヌピーがしばらくやらねぇって言ったんじゃん。」

そう。あれは3ヶ月前の夜。いつものようにセックスをしていたらイったタイミングで突然乾が大泣きし始めたのだ。それはもう赤ちゃん顔負けであった。九井は慌ててチンコを抜き必死でイヌピー大丈夫!?痛かった!?かわいそかわいそとヨシヨシした。そんな大泣きイヌピーいわく、このままじゃ気持ち良すぎてアホになるし、尻の穴は甘やかされてダメになるし、乳首は触られ過ぎてもうとれちゃうかもしれないとエンエン大泣きした。もう当分の間ヤらないで。乳首とれちゃうからヤらないで。とウワンウワン泣いてあげくコテンと爆睡し始めたのであった。

「何それ引くんだけど自分に…ぜんぜんおぼえてねぇ……。」
「え〜!?おぼえてねぇの!?俺生殺しみたいな状態で頑張って3ヶ月も手を出さなかったのに!?」
「ごめん。ココ。まったく記憶になくて。…ていうか、ココ俺のそんな変な発言ちゃんと守って…もう…バカ……。」
「あたりまえだろ…イヌピーのこと愛してんだから……。嫌がることはしねぇ。」
「ココ……!!俺ココ好き!!」
その日、夜があけるまで、九井と乾は寝室から出てこなかったという。部下のサナダはすっぽかされた会議の連絡をしたかったのに、九井が一晩中電話に出ないため号泣した。バカップルのなんちゃってセックスレスなんてこんなもんである。秒で解決する。


東京で1番イケてる六本木のクラブ、灰谷兄弟が経営しているクラブでは月一ハイパーウルトラオシャレなイベントがあり、そのインビテーションをもらうのがインフルエンサーたちの間でステイタスとなっていた。そして、そのイベントでひそかに話題なのがイケメンバウンサーイヌピーであった。イケメンバウンサーイヌピーはイケメンで客のさばきがうまく、強いからトラブルも物理で解決する。そして、イベントが終わるとポルシェで彼氏が迎えに来るのでも有名である。なにしろ彼氏がTK&KOの九井一なので。世界広しと言えど、ポルシェで有名人の彼氏が迎えが来るバウンサーなど乾以外いないだろう。
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