九井はカッコよくて頭良くて金持ちで今はリア充だけど初恋は惨敗してる件

九井はカッコよくて頭良くて今はリア充だけど初恋は惨敗している件


「だからね。ふたりには悪いんだけど、ぜひ前向きに検討をお願いしたいのよ〜!!」
突然九井と乾が一緒に暮らすマンションにやって来たのは、乾の姉の赤音だった。なんでも、赤音の息子は小学校も高学年になり反抗期なのかなんなのか家で黙り込むことが多くなったのだという。担任の教師からもあまり発言しなくなったと聞かされ赤音は心配しているのだが、別にいじめられているわけでもないし成績が下がっているわけでもないししつこく聞くのもまた逆にはばかられるのだと。ただ、お気に入りの叔父である青宗のところに月一お泊まりに行くのをとても楽しみにしていて、せっかく夏休みだし1週間くらい預かってもらえないだろうかという話だった。乾は快諾したいのだが、ひとつ問題があり、この赤音の息子。昨今こどもの人権に敏感な世の中なので仮の名を真白とし外見にも言及しないものとする。真白は九井とあんまり折り合いがよろしくないのである。それというのも真白は叔父の青宗が大好きで、もちろん九井も乾が大好きで、取り合いというのかふたりで乾をめぐってめちゃくちゃ争うのであった。大人の九井が遠慮しろよと思うが、九井ともあろうものが乾に関して譲歩するわけがないのである。まぁ端的に言うと大人気ない。
「俺は真白を預かるの楽しみだよ。でも…ココは…ココがもしアレだったら真白連れて旅行とかも良いかもな。」
「ハァ〜!?イヌピーと真白とふたりで旅行!?そっちの方が却下却下却下!!別に1週間くらいならいいんじゃない?ていうか、まぁまぁ忙しいから預かっても何かしてやれるかって言われたら疑問なんだけど。それでも良ければ。」
「はじめ君ありがとう〜!!ぜんぜん何かしてくれとかじゃないのよ…ただ真白が気分転換になったらなって。」
「そうだな。反抗期って下手に触られんのも嫌だろうし。この家男しかいねぇし真白には気楽でちょうどいいかもな。」
というわけで、九井乾宅に甥の真白は1週間滞在することとなった。




2
最近ちょっと悩み事があって沈んでたら、心配した母さんに叔父の青宗のとこに行けって言われてこちらとしては願ったりかなったりだった。母さんのことは好きなんだけど、小学生も高学年にもなると放っておいてほしい時だってある。その点青宗はぽんやりしているというのか。雑とも言えるし。とにかく細かいことは言ってこないから助かる。何より青宗は昔からいいにおいがして綺麗で大好き。ただアイツだよアイツ。問題は。ぼくが産まれる前から青宗の旦那ヅラをしてるらしいアイツだよ。アイツ細かいんだよなぁ。クドクド説教するし。しかも頭良くて金持ちだから説教の内容もあながち間違っちゃいないのも腹立たしい。九井っていうんだけど。まぁ九井はデカい会社の会長だか副会長だかで忙しいらしいからそんなに家にもいないだろう。

予想通り今日も朝早くから九井は仕事でいなくて、ぼくは青宗に朝メシの特大の塩にぎりを口につめこまれ青宗の勤め先であるバイク屋に来ている。バイク屋の店主の真一郎さんは良い人で、ぼくが青宗にくっついて店にお邪魔してもいつも歓迎してくれる。あと青宗みたいに雑。ほっといてくれる。だから楽。家でのぐうたらした感じが嘘みたいにせっせと働く青宗を眺めながら店のすみで夏休みの宿題をやるのは悪くなかった。
「あれ〜青宗のオイじゃん久しぶり〜」
夕方によくサボりに来るらしいワカさんがやって来た。ワカさんはとても綺麗な人なんだけど、一見ミステリアスでこわいのだがある共通点によりけっこうしゃべる。それは九井への文句だ。ワカさんはワンちゃんみたいに慕ってくる青宗のことが昔からかわいいらしく、小姑みたいに九井に対してチクチク文句を言う。
「オイちゃん大丈夫?夏休み青宗んとこいるんだろ?九井にいじめられてねぇ?」
「昨日の夜もどっちが青宗と風呂入るかでケンカした。ジャンケンで勝った九井がドヤ顔で青宗と風呂入ってたよ。」
「九井のヤロ〜!!大人気ねぇ〜!!」
ワカさんは小姑のようにチクチクだが、青宗のことを溺愛することに定評のある九井のことをまぁまぁ信用しているらしいことは、チクチクの中に少しのやさしさが見えるのでわかる。ただ、ナイとは思うけど九井が浮気をしたりした日にはワカさんにボコボコにされるであろうことは想像に難くない。ぼくもするし母さんもすると思う。母さん、美人だ美人だって友達に羨ましがられるんだけど、めちゃくちゃ怖いから。
突然ブォンとけっこうな音が外から聞こえた。ゲ。これ九井のポルシェの音じゃんか。同じことを思ったのか
「ゲ。これ九井のポルシェの音じゃねぇか!」
とワカさんも言うので笑ってしまった。
「真白〜ココがはやく仕事終われたから焼肉行かねぇかって。真一郎君ももうあがっていいって言ってるし。」
青宗がそう呼びに来た。
「九井!もちろんジョジョエンに連れてくんだろうな!?青宗を安い焼肉屋に連れてくんじゃねぇぞ。」
ともはやただのイチャモンをつけるワカくんとワカやめなさいよ〜といさめる真一郎君に見送られ俺と青宗は九井の運転で焼肉屋へと向かった。

青宗は一生懸命肉を焼いている。他ならぬぼくのために。自分で言うのもなんだが、青宗はぼくのことをめちゃくちゃかわいがる。父さんがギックリ腰になった時、赤ちゃんだったぼくを預かっておぶってバイク屋に出勤するくらいかわいがる。良い肉でもあんまりレアだと子どもは腹壊すからなとさっきからものすごく一生懸命肉を焼いてはぼくの皿に盛ってくれる。美しい顔であんなに見つめられては肉も照れるだろう。結果青宗は一日中働いて腹が減ってるだろうにぜんぜん食べてない。青宗はひとつのことに一生懸命になるとそれだけになる。他方九井はマルチタスクの男だから、ぜんぜん食べてない青宗のためにかいがいしく肉を焼き青宗の口に放りこんでやり、さらに大食いの自分のためにもそつなく肉を焼いて食べている。
「ココ!いつの間にか肉が口にあった!うまい!ありがと!」
青宗がそう言って笑うと九井はこの世のすべての幸福は我にありみたいな顔でうっとりと青宗を眺める。
「イヌピー他に何食べたい?なんでも頼みな。」
「これ食べたい。何これブリ?魚?」
青宗が指差したのはシャトーブリアン12000円なるもので、母さんが見たら卒倒するなと思ったのに、九井は当然のような顔でまぁイヌピー食べてみなよ魚じゃねぇからとシャトーブリアン3つと青宗のためにビールのおかわりをオーダーした。九井は何でもスマートにこなすしカッコいい車で迎えに来てくれるし、青宗をとても大事にする。いつも本当に仲が良い。ぼくが九井みたいにスマートで大人だったら……。そうしたらぼくの初恋はどうにかなったんじゃないかな?最近沈んでる原因を思い出してしまい、知らず箸を置いた。
「真白もうお腹いっぱいか?」
「うん。そろそろデザート食べたいな。」
本当は初恋の人に相手にもされなかった事実を思い出してしまってデザートも食べたくないんだけど、大好きな青宗に心配かけたくないからアイスでも食べてごまかすことにする。ぼくは4月から通いだした塾のアルバイトの女の先生に一目惚れした。大学生だって言っていた。そして6月勇気を出して告白しようとしたんだけど、先生が塾の帰り道カレシと待ち合わせしてるところを見てしまった。ぼくの初恋はぐちゃぐちゃだ。まぁそうだよなと思う。大学生は小学生なんてただのガキとしか思わないだろう。告白なんてする前にカレシの存在がわかって良かったのかも。でも落ち込むものは落ち込む。こんなこと母さんには言えやしないし。昔からクールだったんだろう九井なんか、初恋がぐちゃぐちゃになったことなんてあるんだろうか?ないよな。カッコよくて大人で青宗みたいな綺麗な恋人がいる九井にはぼくの気持ちなんか絶対わからないよ。




3
「イヌピーめちゃくちゃ綺麗」
「ココだって。いつもかっけぇけど今日もかっけぇ。」
叔父の青宗とその恋人である九井はいつでもどこでも馬鹿ップルだ。恥ずかしくないの?と聞いたことがあるけど、今回こそ後悔したくないから気持ちに正直に行動しているというよくわからない答えが2人ともから返ってきた。何?ループでもしてんの?まぁいいけど。今日は神田の書店にて、九井が新しく出した本のサイン会とトークイベントが開かれるらしい。そんな芸能人みたいなのもの珍しいからぼくもついてきたのだ。九井は大きな会社の会長だか副会長だかで、これまで自己啓発本みたいなものを数冊出している。今回の新しい本は「なぜあなたは九井になれないのか。」というとても腹が立つタイトルの本で、経営のノウハウなんかに加えて珍しく私生活についても書いているのでトークイベントにパートナーの青宗も呼ばれたらしい。プロのメイクとスタイリストに仕上げられた青宗は綺麗だった。ずっと九井がスマホで連写している。目が真剣過ぎてすごくこわい。でも本当に綺麗だから、ぼくもキッズスマホで撮って母さんに送ってあげた。母さんは青宗過激派だからきっと喜ぶと思う。母さんは、青宗が町のさわやかバイク屋さんとしてタウン誌に載った時の記事を額装して飾っているくらい弟過激派である。トークイベントでの九井と青宗はふたりともとてもカッコよかった。そんな叔父を自慢に思うと同時に、やはりなんでも上手くこなす九井への嫉妬は日に日に大きくなる。

「サナダが買ってきてくれた弁当うまい。」
「イヌピー他の男なんか俺の前でほめないで。」
「ほめたのは弁当だけどなぁ。」
九井のサイン会とトークイベントが大盛況に終わり、疲れたので夕飯は九井の部下のサナダさんが買ってきてくれた弁当を持ち帰りそれですませているところだ。ぼくはあまり食欲がない。青宗のとこでの1週間の滞在もあと少しで、来週からは塾に行かなければならない。勉強は嫌いじゃないけど、初恋やぶれた先生の顔を見るのはまだちょっとキツイ。
「真白あんま食欲ねぇか?今日暑かったもんな。」
「ここ最近ずっとこうだぜ。何拗ねてんのかわかんねぇけど、赤音さんに迷惑かけんなよ。」
そう九井に言われ、なんだかぼくはめちゃくちゃ腹が立った。
「九井に何がわかるんだよ!!九井みたいに頭良くて金持ちで綺麗な恋人いて!!なんでも持ってるやつにぼくの気持ちなんてわからない!!馬鹿!!馬鹿九井大嫌い!!」
ぼくはもう気持ちがおさまらず、大泣きしながらギャアギャア言った。そしてぼくの部屋と化している客間に閉じこもった。
「もう。ココなんで刺激すんだ。思春期の入り口なんだぞ。」
「あんなのちょっとつついて爆発させてやったほうがいいんだよ。」
「そうかもしれねぇけど。」
「ていうか、俺のこと嫌いだけど、頭良くて金持ちで綺麗な恋人いるって思ってんだアイツ。クソ評価高え。かわいいじゃん。」
そう言って九井はククッと笑った。
「弁当食ったらなだめに行くからな!泣いてたぞ。かわいそうに。」
「イヌピーはここにいて。俺が話してくる。俺は口はうまいんだぜ?」
「…わかった…。もう泣かすなよ。俺は真白が赤ん坊の頃からアイツが泣くと心がぎゅーってなる。」
「わかったわかった。」

「入るぞ」
と言いながら九井は客間に入る。ベッドにはタオルケットをかぶった真白とおぼしきものがいた。
「俺わかったんだけど、おまえフラれたんだろ。」
「九井!!!!」
真白とおぼしきタオルケットのかたまりが九井に体当たりしてくる。どうやら図星らしい。
「マジかよ。フラれたくらいでそんななってんの?ダッサ!!」
「リア充の九井に何がわかる!!」
ついにタオルケットから真白の顔が出てきた。とても怒っている。残念ながらこわくない。
「リア充ねぇ。俺なんか何回フラれたと思ってんだよ。」
「え。」
「俺の初恋はおまえくらいの時だったか。おまえの母さんだよ。赤音さんには清々しいくらいフラれた。それはもうコテンパンに。今思い出してもなかなか辛い。」
「え。」
「で、何年か経ってイヌピーに恋愛感情があることに気づいたんだけど。ここからが大変だった。何回告白しても、顔か?赤音と同じ顔だから好きだと勘違いしてるだけじゃないのか?やめとけって。何回イヌピーにはフラれたことか。」
「そりゃそうだよ…母さんと青宗ほぼ同じ顔なんだから。」
「でも俺はあきらめなかった。もちろんイヌピーの顔は大好きだけど、俺はイヌピーと一緒にいたら最高に楽しい。大好きだ。ただこの思いだけだったから。それを何回も伝えた。それに、イヌピーは自分のこと短気だと思ってるけど、あんなに我慢強くて信用できる人間いねぇ。それで、まぁかっこ悪りぃけどフラれまくりながら最終的になんとかオッケーしてもらったんだよ。俺の話術で丸め込んだとも言える。おまえさぁ。一回フラれたとかそんなだろ?まだまだだよ。20回はフラれろよな。かっこ悪くて何が悪いんだよ。自分が好きな人に対しては絶対後悔しないようにしろよ。なんかよくわかんねぇけど、俺はたぶん前世かなんかですごい間違いをおかした気がすんだよな。素直に話すのが1番大事だって身に沁みて思う。」
「九井……。おまえかっこいいのかかっこ悪いのかわからない……。」
「かっこ悪くていいんだよ。好きな人にかっこいいって言われたらその他モブとかどうでもいい。」
「九井……。ふりきれてるな……。」
ぼくは九井のあまりの恋愛めちゃくちゃぶりに、告白までにも行きついてないのに悩んでる自分が馬鹿馬鹿しくなった。




4
「お世話になりました。また来るね。」
真白はそう言って迎えに来た赤音に連れられ帰って行った。ココが何を言ったのかわからないが、真白はずいぶんスッキリした顔をしていた。さすがココ。真白の悩みを聞いてやったのかな。なんだかんだ昔から真白を助けてくれるからココは。誤解されることが多いけどココはやさしい。そう言うとまわりの人は九井がやさしいのはイヌピーとその家族にだけだろって言われるんだけどな……。そうなのか……?
「あ〜やっとイヌピーとふたりきりだ。」
「ココありがとな。なんか真白悩み吹っ切れたみたい。」
「まぁ年齢的にこれからのほうが悩み多いと思うけど。」
そう言いながらも我慢できないのか九井は乾に抱きつき尻を揉み始めた。真白を見送った玄関先で。
「ココ待って。まだ鍵も閉めてねぇし、玄関でやるのはやだし。」
「俺玄関の気分なんだけど。1週間もやってねぇ。もうムリ。」

「玄関の気分てなんだよ!!どすけべ九井!!青宗から離れろ!!」

いつの間に戻って来たのか真白が玄関にいて九井に何かぶつけた。やはり鍵を閉めてからイチャつくべきだった。乾は後悔する。

「秋のピアノ発表会の招待状わたすの忘れたから戻ってきたのに!!九井は来んな!!」

そう言って真白は今度こそ帰って行った。

九井にぶつけられたのはピアノ発表会の招待状2枚であった。九井のことは嫌い。でも発表会には来て欲しい。ツンデレの甥なのである。
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