総長のおんなだと思われてたピー

総長のおんなだと思われてたピー


「乾ってどういうヤツなんスか?」

最近俺は憧れの8代目黒龍に入ることができて毎日楽しく暴れていたが、憧れの総長黒川さんのまわりをウロチョロしている乾ってヤツがどうにも気に入らなかった。聞いたところ俺より歳下だし、ケンカだって弱くはないけどまだ身体が成長しきってないからデカいヤツには歯がたたない。それなのに総長の黒川さんは乾に何くれと話しかけたり、帰るところがないらしい乾を気が向いたら連れて帰ったりしている。もちろん黒川さんの機嫌が悪い時は理不尽に殴られたりしているが、それを差し引いても黒川さんに気に入られたい、目をかけてもらいたいという連中はたくさんいる。俺だってそうだ。黒川さんの不機嫌な時のサンドバッグになってもいいからもっとお近づきになりたかった。それくらい黒川さんはカリスマ的な存在なのだ。
「う〜ん。乾は総長のお気に入りってとこかな。」
「なんでなんスか?ケンカだったら俺のが強いし。じゃあ総長のお気に入り俺でも良くないスか?」
俺がそう言いつのると先輩隊員はわかってねえなあみたいな顔をした。
「野田。オメェじゃダメだよ。総長は綺麗なのが好きなんだからよ。」
そう言われなるほどと思った。そういうことかよ。乾がちょっとばかしかわいいツラしてるからそれで総長たらしこんでんだな。だから総長の家にも行くんだ。俺は硬派な不良だから、おんなみたいなマネをする乾が気に入らないから大嫌いになった。

「なんかさ。最近入ってきたヤツに俺めちゃくちゃ無視されるんだけど。」
イザナのアパートで、上半身裸で汗まみれになった乾が言う。乾は奉仕活動中なのである。
「あ〜野田?アイツ何を取り違えたか、おまえが俺のおんなだと勘違いしてんだよな。」
かたやイザナは涼しげに寝そべりながら雑誌を読み、汗ひとつかいてない。
「え。訂正しろよ。イヤじゃねえの?ていうか俺もう疲れたんだけど。休憩ダメ?」
「別に。女どもが群がってくるの正直好きじゃねえから、おまえが俺のおんなってことになっときゃ少しは減るかと思って訂正してねえ。まだだ乾。休憩すんな。励めよ。」
実際のところ黒川も乾も何もやましいところはない。
乾は実家に帰りづらく実質帰るところがないので、こうやって上半身裸の汗まみれになって黒川のアパートで黒川のペットのベタの水槽の掃除をしている。その見返りに黒川の風呂と布団を貸してもらっているだけである。
ベタっていうのは闘争心が強い魚だから1匹1匹違う水槽に入れなければならない。黒川はこのベタが好きだから5匹も飼っている。5匹ということは水槽は小さいとはいえ5つもあるということになる。黒川はベタは好きだが掃除をするのはめんどくさい。そこで手下どもにやらせてみたが、荒くれ者ばかりなのでどいつもこいつも水槽掃除が下手くそだった。荒くれ者どもは力が強すぎて水槽を割ったりする。その点乾はうまいこと綺麗にする。拙いがバイクの整備の真似事もできるし手先が器用なんだろう。そういった経緯から古株の黒龍隊員からは乾はいきものがかりちゃんと呼ばれていた。そして、古株たちは乾をいきものがかりちゃんと認識し、新入りたちは乾を総長のおんなだと勘違いし、黒川も否定しないし乾は無口なためその勘違いはどんどん拡大したまま黒川は総長を引退し黒龍は9代目となった。斑目獅音の時代である。




2
野田はため息をつく。黒川から斑目へ代替わりすると聞き、自分もやめようかと思った。だが、だんだん後輩もできてきてノダサン!ノダサン!と慕われるとそれはそれは気持ちがいいものだった。ようはヤンキーに染まってきてズルズルやめられなくなってきているだけなのだが、彼はまだ楽しい只中なので気づかない。それにしても乾である。野田のため息の原因はアイツだ。乾は黒川さんのおんなみたいなマネをしていたのに、斑目に代替わりしたら今度は斑目に付き従っている。斑目は軽いタイプだから人前でもよく乾に寄りかかったりしてかなり距離が近い。乾もケンカ以外はボーっとしてるから拒むでもない。そして、斑目総長が冷や汗をかいて震えだすとクスリのシートをそっと手渡しているのだ。乾が。斑目総長は薬中で禁断症状が出たら乾が補充してやってるのだともっぱらの噂だ。俺は硬派な不良だから、乾のその尻軽女みたいな行動がますます嫌いだった。

「総長、はやく寝ないと。低血圧なんだから。」
乾は総長というものが好きなのではなく、黒龍という存在そのものが好きなので、黒川が斑目を支えてやれと言ったから素直に言うことを聞いて斑目をサポートして黒龍が1日でもながらえるよう努めている。そのことで自分が尻軽とか言われているのも知っているが、乾の目標は常に明確で黒龍がこの世に存在し続けることなのだから尻軽と言われようが気にならなかった。ただ、斑目は黒川と違って少し頼りなく、低血圧なのに夜遅くまでゲームをするせいで寝坊して集会に遅れがちなのだ。これは由々しき事態だ。総長のいない集会なんて締まらない。だから、こうやって斑目のアパートで夜更かしする彼のゲームをやめさせ寝かしつけている。斑目はしばらくまだやりてえだのと文句を言っていたが、眠気には勝てないので毛布で簀巻きにするとスヤスヤだ。大変なのは朝で、斑目は低血圧だ。寝起きが地獄みたいなのだ。ほぼ寝ている斑目にトップクを着させて髪を逆立てさせて引きずって集会に行かねばならない。斑目は背が高いから引きずるにしたって一苦労だ。集会の時も低血圧でフラフラだから、乾に寄りかかることがままある。それが、乾の黒川のおんなから斑目のおんなへとという尻軽説に拍車をかけるわけだが、斑目は気づかないし乾も気にしないためみんなの勘違いも加速する。ただ、乾は帰るところがないからこうやって斑目のアパートに時々泊めてもらっているわけだが、正直斑目の世話が大変だから割に合わないと時々思うのであった。噂よりもそれが乾は不満であった。

「乾…腹痛え…」
そして斑目はよく腹をこわす。集会の時よくこれを言う。自分でも腹が弱いのをわかっているはずなのに斑目は薬を自宅に忘れがちなので何故だか乾が常に携帯するはめになっている。ウンコだのシッコだの人間誰だって出るが、やっぱり総長がもらすのはかなりマズいと乾は思うのだ。そして下痢止めをそっと渡しているのがやべぇ薬だと思われているし、腹が痛くて震える斑目が薬中だと思われているのも乾は知っているが、そこはやはり薬中の方が総長っぽいから噂を訂正することもしないのだった。代替わりして間も無く乾はケンカの果てに警察にパクられるのだが、誰がチクったのか総長に薬を横流ししている疑いでも捜査され尿検査やら毛髪検査やらさせられたが、もちろんまったくのシロなのであった。だって下痢止めなのだから。ゲリピタットってヤツ。今後、斑目総長が自分でゲリピタットを携帯することを少年院から強く望む乾であった。斑目がどうのというわけでなく、真一郎君から続く黒龍の総長は絶対にカッコよくなければならない。





「ふぅん。それで、野田。おまえは乾が嫌いなんだ?」
自分の息のかかったバーで九井はこのつまらない男の乾に関する昔話を聞いている。
「めちゃくちゃ嫌いっスよ。総長から総長へ渡り歩いて節操がない。今はあのドラケンと店やってるって知って、スゲェ奴なら歳下にもとりいるんだってケーベツっスよ。だから、この前直接言ってやったんっスよ。」
野田は斑目が黒龍をつぶしてしまってからは、本格的に半グレのようなことをして暮らしていた。そして、殺人未遂で逮捕されるが罪状が悪質だったため少年院では異例の2年半という長い期間を過ごした。だから、野田はその間柴大寿を総長として黒龍が復活したことも乾がそれらに関わっていたらしいこともボンヤリとしか知らなかった。そして出所後もロクでもないことばかりし、ついには30も目前になって梵天という反社会勢力の構成員となった。乾がドラケンと店をやっているのを知ったのは最近だ。ドラケンと野田は世代が違うが、渋谷におそろしく強いガキがいて義務教育の年齢で頭にスミが入っているというのは界隈では有名な話だった。そんなドラケンが今やカタギになり、バイク屋をやっているということをタウン誌で見た野田はそのあたりへショバ代を回収しに行った時興味本位で見に行ったのだ。昔ヤンチャやって落ち着いて起業して成功する例は羨ましいことにけっこうある。もちろん苦労ありきだろうが。
彼の店は立派でキラキラしたバイクがたくさんあり、黒川さんに憧れて不良になった頃のバイクに夢中だった自分をなつかしく思い出した。ガラスごしに店をのぞくと夜の7時前のことで、店じまいをはじめているのかトレードマークのドラゴンのタトゥーのガタイの良い男が真面目にほうきで床をはいていた。そこへ店の奥から金髪の人が氷の入ったグラスにコーラらしきものがなみなみしたものをふたつ持って出てきた。ドラケンに暑いから休憩しようと言っているらしかった。最初ドラケンのタッパがあるため、比較でその金髪の人が小さく見え奥さんか何かに思えた。だがよくよく見るとそれは立派な男性で顔には見覚えのあるアザがあった。乾だ。どうしてこんなところに?ふたりに接点などあっただろうか。野田の足は勝手にD&Dへ入っていった。
「いらっしゃいませ〜」
野田が店に入ると、閉店間際だというのに2人は快く迎えてくれた。
「何かお探しですか?修理の依頼も受け付けてますんで。」
ドラケンが人好きのする笑顔で言う。
「なあ。乾。久しぶりだな。黒川、斑目、さんざん男を渡り歩いて結局平和にカタギで店やってんのか。今度は龍宮寺のをしゃぶって取り入って奥さんごっこか?楽しいか?そうやって権力のある男を渡り歩くのは。」
野田にとってこの程度の罵詈雑言は挨拶のようなものだ。だが、それを聞いた龍宮寺からははっきりと怒りと殺気が放たれた。カタギとは思えない迫力がある。
「誰だよテメェ。客じゃねえんなら帰んな。今ならまだ聞かなかったことにしてやるから。」
「俺はおまえじゃねえ。乾に言ってんだ。」
それを聞いて乾はため息をついた。昔からかわいらしい顔をしていたが、現在の乾はちょっと驚くような美しい男だった。昔のガキの頃はなんとも思わなかったが、これならぜんぜん抱けるなと野田は思った。
「おまえ。昔黒龍にいた…ノダ…だったっけ?昔から俺のこと嫌ってたのは知ってたけど。それはおまえの勘違いで、俺はイザナとも斑目ともそれにドラケンともそういったことはまったくない。悪いことは言わないから帰ったほうがいい。」
「そんなわけあるかよ。調子に乗ってんじゃねえ。俺は今は梵天の構成員なんだ。こんな店ひとひねりだし、おまえのその男をたぶらかすお綺麗な顔ズタズタにすることだって簡単だ。」
そう言うとさすがの乾もおそろしくなったのか、真っ青になった。
「ノダ。梵天なのか。悪いことは言わない。ほんとに帰ったほうがいい。おそろしいことになる。梵天なんだったら俺に関わるな絶対に。」
乾はなにかに怯えるようにそうまくしたて、野田を店の外へ追い出した。

「大丈夫かイヌピー。」
「大丈夫だ…悪い…ドラケンにも嫌な思いさせちまって…」
「気にすんなよ」
乾は龍宮寺のこの笑顔に何度救われたことだろう。
「あのさあ。誓って言うけど、俺イザナとも斑目ともなんにもなかったんだからな!」
「知ってるわ。イヌピーがそんなケイコクノビジョみたいなことあるかよ。さっきだってコーラ飲んでゲップして。」
そう言って龍宮寺は笑い飛ばし、ふたりはいくぶんぬるくなったコーラを飲み干し店じまいをして先程の嫌なことは忘れることにした。




4
「そうか。おまえ。おまえがイヌピーの店に行って、イヌピーにひどいこと言って傷つけたんだな。」
酒を飲みながら静かに野田の話を聞いていた九井が急に怒りのにじんだ声を出すので野田は戸惑う。そもそも幹部中の幹部の九井一に自分のような一介の構成員が酒でも飲まないかとバーに誘われたのがおかしな話なのだ。自分もついに梵天で認められてきたかと馬鹿みたいについてきたが、これはワナか?ヤバいのではないか。現にこのバーにはいつまで経っても他の客は来ず九井とバーテンの男1人しかいない。何かおかしい。野田は今更焦りを感じる。
「九井さんは…乾をご存知で…?」
「イヌピーはさ。俺の大事な幼馴染なんだ。そして、自分より大事な人なんだ。離れたこともあったけど。これは幹部の中でも限られた人間しか知らないことだが、イヌピーは俺の愛人だよ。黒川や斑目とは何もない。龍宮寺とも。龍宮寺には故人だが心に決めた女がいるからその勘違いは龍宮寺にも失礼ってもんだ。イヌピーはそう言った意味では俺しか知らない。だから、おまえの勘違いだろうが、おまえの汚い妄想でイヌピーを汚されるのさえ俺は許さない。」
野田の不幸は10代目黒龍が隆盛を誇った時少年院に入っていて、有名なはずの九井と乾の関係を知らなかったことだ。知らなかったし、誰もそういった情報を教えてくれなかったということは野田の人望がなかったのだろう。
「イヌピー、何日か前めずらしく落ち込んでたんだよ。俺昔そんな尻軽に見えてたかなって。今日も店でドラケンに迷惑かけちまったって。俺に話したらお前が俺に殺されると思って詳しく話してくれなかったけど。イヌピーはやさしいからさ。でも俺はやさしくねえから徹底的に調べるよ。今みたいにな。やっぱりテメェのせいか。一部の人間以外は今でも俺がイヌピーと付き合ってるとは知らないが、俺にとってイヌピーが特別なのは誰だって知ってるからイヌピーのことを悪く言うやつなんてこの世界に滅多にいないんだ。それなのにイヌピーの悪口ばかり言う構成員が入ってきたって聞いて気になってたんだよな。直接イヌピーに何かしなければ無視しようと思っていたが。もう無理だ。おまえは俺の大事なイヌピーを傷つけたんだから。おまえは梵天にはいらない。前もってマイキーにも三途にも了承はとってある。」
そう言って九井はバーテンダーにアイコンタクトをとる。店の奥から部下が数人出てきて野田はどこかへ連れ去られた。野田はどうなったのか。どこへ行ったのか。




5
「イヌピー最近仕事どうなの?」
乾の店が休みの前日は九井は乾を抱くが、翌日乾に仕事がある日は身体のことを考えて抱きしめて寝るにとどめる。九井に髪の毛を撫でられて気持ちがいいのか、すでに半分寝ている乾は仕事楽しいよとフワフワ答える。
「ドラケンがな、昼メシのな、カップ焼きそばのソース白メシにかけて、白メシにかけるはずのふりかけカップ焼きそばにかけてウオッ!!!!って叫んでた。バカだよな。ふふ。おもしれ。ていうか焼きそばに白メシって食い過ぎじゃね?」
そう言って笑いながら乾はスヤスヤ寝始めた。死んだら地獄に落ちたっていい。今だけは乾の笑顔を見てたい。そのためならなんだってする。現在もカタギの乾と会うため九井は多額の上納金をおさめている。でもそんなの些末なことだった。乾の寝顔をひとりじめすることにくらべたら金なんて取るに足らないことだ。九井は今日も乾を抱きしめて眠る。
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