うさぎおいしイヌピー

なんでもココと名づけるイヌピー

イヌピーには妙な癖がある。ちょっとばかし頭はおめでたいが、仕事ぶりは真面目だし男前で俺の大事なビジネスパートナー兼友人であるイヌピーだが、ひとつだけまあできることならなおしてほしい癖がある。
「ドラケン、ココ3号とってくれ。」
すずしい顔で俺に言ってくるのは両口スパナの3番目にデカいやつのことだ。ココ3号ねえ。わかる俺も俺なんだけど。今では、このなんにでもココってつけちまうのがただの癖みたいなもんなのはわかってるが、最初はココこと九井のこと恋しすぎて頭バカになっちまったのかと心配したがそうではないようだ。本当にただのクセみたいだ。ただ、この癖のことをよく知らないまわりのヤツらがイヌピーくん…そんなにココくんのことが…といたましい気分になってしまうからできたらやめてほしいと思ってる。まあ最近はだいぶ落ち着いてはいるんだが。




「大寿くんテスラ買うとかさすがだよな。」
「さすがボスだぜ。しかも納車の日に俺ら乗せてくれるとか神か。」
大寿が高級車を買った。ヤンキーとは二輪だろうが四輪だろうが乗り物を愛する者であるので、三ツ谷がいいな見たいなと言ったところ大寿が納車の日にドライブでもするかと言ってくれたのだ。ついでにたまたま三ツ谷宅で三ツ谷作の鍋焼きうどんをズルズル食っていた乾も一緒にどうかと誘ってもらったので、もちろん元ヤンで乗り物をこよなく愛する乾は二つ返事で同行させてもらうことにしたのだ。
あいかわらずセレブ読書モデルの家みたいな豪邸の大寿宅に到着すると茶でもどうかと家にあげてもらった。さすがに大寿が経営するレストランほどではないが、自宅にも立派な水槽がある。
「ココグリーン元気か!?」
手土産のバウムクーヘンを大寿に渡すなり乾が水槽にはりつく。
「ココ…グリーン…?」
乾の視線の先にはミドリガメがいた。
「九井が姿を消してから、乾が何にでもココって名前をつけるようになったんだ。」
いぶかしむ三ツ谷に大寿が説明する。
「店でレンチやスパナにココって名づけるどうしたらいい、俺より乾と付き合い長いだろってそう親しくもない龍宮寺から連絡があったから、相当焦ってんだろうと我が家がお世話になっているカウンセラーを紹介したんだ。」
「それで…?」
「精神を病んでいるわけでもないし、ストレスもたまっていない。癖みたいなものだから無理に指摘したりせず好きにさせたほうが良いとさ。」
「ええ…俺けっこうイヌピーと仲良くなったと思ってたけど、初めて気づいたな。」
「今はだいぶマシなんだ。D&Dが落ち着くくらいまでが1番ひどかったからな。だから三ツ谷が気づかなくても仕方ない。」
乾がミドリガメを手に乗せてこちらにやって来た。
「コイツ、でっかくなったなあ!客にもらったんだけど俺の激セマアパートじゃ飼えねえし、ガイライシュだから川にも放せねえし困ってボスんち持って来て良かった。こんなデカくなって…可愛がってもらってんだな。ありがとう大寿!」
とニコニコ言う乾が、もう20代後半であるのにワンコロみたいで、思わず頭をなでくりまわしたくなる兄たる大寿と三ツ谷であった。
「ココグリーンももう7歳とかか?亀って長生きなんだろ?」
「ミドリガメは丈夫だし30年くらい生きるから心配するな。」
と大寿が言うと、心底安心したという顔をするので、大寿と三ツ谷は我慢できず無言で乾の頭をなでくりまわした。




「ちわ〜」
「あ〜イヌピー君わざわざ申し訳ねえっす。」
「いいって。店忙しいんだろ?メンテ終わったゴキいつもんとことめたから。これキー。」
「あざっす!クリスマス前って忙しいんスよ〜サンタさんに仔犬お願いするちびっ子がけっこういるみたいで。」
「なるほど。ウチはクリスマス関係ねえけど、ボーナス入ったから買ってくれる客増えるから助かる。…って、このウサギって売れたんじゃなかったか?」
松野の店で長らく売れずにいた白いウサギがやっと売れたのだとこの前聞いたばかりだ。なのに、ウサギがいる。新しいウサギか?でもこの顔は同じウサギだ。乾にはわかる。たぶん。
「そう…一回は売れたんだけど…」
「飼ってみたら飼い主がウサギアレルギーだったのが判明しちまって返品だよ腹立つ。」
店の奥からぷりぷり怒りながら羽宮が出てくる。羽宮のことは最初はぜってえ許さないと乾は思っていたが、松野も腹立つだろうに一生懸命羽宮に向き合う姿に心打たれ今は普通に話す。
「一虎くん…まあ。ぶっちゃけ飼う前にアレルギー検査してほしかったっス。」
「そうか…おまえ。返品されちまったのか…」

乾は誰よりも間違われた辛さ。お前はいらないって言われた辛さがわかる。目の前の返品されたふわふわもこもこした白いウサギはとてもかわいい。でも心なしか元気がないようにも見える。ウサギに感情があるのかはわからないけど、なんだかたまらない気持ちになった。
「なあ。松野。これ俺飼いたい。ダメか?」
「え!?ぜんぜん!!むしろ嬉しいけど、大丈夫っスか!?」
「昔よりはアパート広くなったし、頑張って飼い方勉強するし…ダメか?」
乾がうるんだエメラルド色の瞳で見つめてくる。
「出たよ。乾の顔面泣き落とし。」
「一虎くん…いや。イヌピー君なら安心なんで。ただビックリしたっていうか。」
「俺のウチに来ような?ココホワイト」
「ココホワイト…」
「千冬…やっぱマズいんじゃねえのか。なんか病んでるぞ。」
「いや…このウサギこそがイヌピー君の心の隙間を埋めてくれるのかもしれない…」
「乾…健気なやつめ…」

返品した人がこちら都合なので申し訳ないとウサギのお金もケージやなんやかんやのお金も払ったままだったので、乾は無料でそのままウサギとケージやら餌やらをもらった。松野のバイクを運んできた店の軽トラにウサギを乗せて帰宅する。
ココホワイトは連れて来られた乾の部屋にまだ不審そうにしてケージのすみに丸まってただフワフワしている。いいんだ。いいんだ。ゆっくり慣れてくれれば。
ところで、乾がなんにでもココと名づけてしまうのは特に精神を病んでるとかではない。ずっと頻繁に呼んでいたものを失って、やり場がなくてあらゆるものをココと呼んでしまっていた。ドラケンが飛ぶ前のヘルス嬢も病んでねえとか言うんだと焦りまくって大寿まで巻き込んでカウンセリングとやらまで受けさせられた。だから、これはまわりの人たちを心配させるんだとわかり、レンチとかスパナはあらたに名づけないよう自重するようになったのだがどうも亀だとかウサギだとか生き物はダメだ名づけちまう。カウンセラーが言う、寂しいっていうセンザイイシキってやつなのかもしれねえな。
松野にその子もう育ってるから牧草あげてくださいと言われているので、牧草を置いておいたらしずしずココホワイトが食べ始めた。返品されたなんて悲しいこと忘れてたくさん食ってたくさん寝ろよと乾は思うのだった。




「イヌピー君ウサギ飼い始めたんだって。いいなあ。」
アングリーが羨ましそうに言う。
「ウサギかあ…かわいいだろうなあ…でもウチは飲食店だからな。毛のある動物はな。ダメではないけど控えたほうがいいよなやっぱ。」
夜の11時を過ぎて、閉店間際の双悪は客もまばらでつい雑談をしてしまう。週末だと飲み会のシメの客が多いが平日だとこんなもんだ。
「でもそれがさあ。この前ウサギの写真見せてくれたんだけど、ココホワイトって言うんだって…」
「ええ…大丈夫かよ。病んでんのか?」
「その話詳しく聞かせて?」
雑談していた河田兄弟の前のカウンターに座ったのは泣く子も黙る灰谷兄弟であった。反社の入店はお断りだと何回言っても来る。もしかしたら彼らには脳みそがないのかもしれない。だから諦めた。
「注文は?鶏ハム?」
以前、チャーシュー脂身あるからイヤとギャルみたいなことを竜胆が言うのでやさしいアングリーは鶏ハムを作った。今や双悪鶏ハムは女性に好評なので結果オーライではある。
「鶏ハムとハイボール炭酸抜きお願い。」
「俺スマイリー麺抜き〜」
「ケンカ売ってんのか⁈」
「え〜リ◯ガーハットはちゃんぽん麺抜きしてくれるのに〜」
閉店間際に来てこのワガママ放題。さすが反社である。ハイボール炭酸抜きってもはやただのウイスキーである。
「ほんで、イヌピちゃんウサギ飼い始めたんだって?」
蘭が話を強引に戻す。
「うん。これ。イヌピー君がラインで送ってくれた。ココホワイト。」
アングリーがスマホの写真を見せてくれる。フワフワの白くてまるまるしたかわいい毛玉が写っている。残念ながら九井に似ているところはひとつもない。九井はどちらかと言うとシュッとしている。
「それがさあ。九井。何を思ったか最近ウサギカフェ買ったんだよ。」
「ん???」
「ウサギカフェ買ってな、定休日に行ってウサギにまみれてる。」
「九井って関東事変の時チラッと見たことしかないけどそんなキャラだったあ?髪型とかいかつめだったような…」
「反社ってストレスたまるからさあ、竜胆みたいに酒カスになったり、三途みたいに薬中になったりするんだけどさ」
「おかしなことばかりだ…」
「たぶん九井のストレス発散方法はウサギにまみれることだったんだろうな…」
「もう本当におかしなことばかりだ…」
「アングリー、そいつらと話てっと頭悪くなるからやめなあ〜」
「ふうん。イヌピちゃんウサギ飼ってんだ良いこと聞いたな。なあ竜胆。…ダメだ…朝からずっと飲んでるから反応がない…」
「反社ども〜イヌピー巻き込むのやめなあ〜意外とドラケン過保護なんだからあ〜」
「なあ。竜胆寝たんだけどかわいそうだから奥で寝かせてあげてよ。」
「いや帰れや⁈⁈⁈」




「こんにちは〜ここウサギの高級な牧草が売ってるってあやしい反社に聞いたんですけど〜」
乾は今朝がたバイク屋に突然やってきたカイジの黒服みたいな人に、良いウサギカフェがありそこでは高級な牧草など良い商品も多数買えるのでおすすめですとウサギカフェのパンフレットをもらった。ドラケンは絶対あやしい行くなと言うし、乾だってそう思うのだが、乾はもはや松野にゆずってもらったウサギのココホワイトにメロメロのメロであったためどうしてもこの高級な牧草というのが欲しかった。なので、ドラケンを1時間しても連絡がなかったら警察に通報してくれていいからと説き伏せて、あやしいウサギカフェにやって来たのであった。

ウサギカフェは定休日らしく薄暗かったがカギはかかっていない。
「こんにちは〜」
乾が店の奥に進んでいくと、たおれている人の脚が見えこれはマズいとかけよった。
「大丈夫ですか⁈」
「ああ⁈今日は定休日っつってんだろ⁈」
とたおれていた人は起き上がる。
「イイイイイヌ…⁈⁈⁈」
「んん?ココ?だいぶ雰囲気違うような…」
だいぶ髪も伸びてだいぶ髪色もチェンジしているし、服装も反社ナイズされているのか派手が過ぎるがそこにいたのは間違いなく九井である。
「イヌピーなんでこんなとこ来ちゃったの…」
「今朝カイジの黒服みたいなアヤシイヤツがうちのバイク屋に来て、ここに高級な牧草があるって教えてくれたから。俺、絶対高級な牧草ほしくて!」
「イヌピー…牧草ほしいのはわかるけど、そんなアヤシイヤツの言うこと信じちゃだめだよ。それ絶対灰の谷の兄弟の部下だよ。カイジの黒服。」
一応忠告してみるものの、一生懸命牧草を語る乾のまっすぐなエメラルドの瞳にたまらなくなって、九井はつい乾の頬を撫でてしまう。あいかわらずかわいいな。
「ていうか、ココなんだこの幸せな状況は!!」
乾は今気づいたが、九井のまわりにはウサギが5羽ほどフワフワうごめいており、大変可愛らしい状況となっていた。
「ここ俺の店なんだよね。権利を買ったというか。んで、定休日にモフって癒されてる。」
「最高だなココ!!」
「そう?みんな変って言うんだけど。で、気持ち悪がるなよ。この白いのはイヌヌン。この灰色のいぬぴよ。この白と黒のは犬吉。なんか誰かさんに似たような名前ばっかつけちまう。」
「なあ。ココ。気持ち悪くなんかない。俺だって。俺の飼ってるウサギはな。ココホワイトって言うんだ。」
「イヌピー…」
「ココ…」
そして近づく唇。

「イヌピ〜!!!!」
良い雰囲気をぶちこわすドラケンの怒声。
「イヌピー!!警察呼ぶのめんどくせえから俺が来たぜ!!無事か⁈」
「ああ⁈ドラケン⁈もう1時間経ったか?」
「まあまだ50分だけど心配だから来た。」
「龍宮寺過保護かよ…」
「誰だそいつ?見るからに反社」
ドラケンが自分のいかつさを棚に上げて、めちゃくちゃ不審そうにするので、
「だいぶ雰囲気違うけどココだ。」
と乾は紹介する。
「あ。なんだ。もしかしてイヌピーに会いてえからアヤシイカイジの黒服みたいな部下よこしたんか⁈九井!!まだるっこしい!!それでも漢か⁈」
過保護かつ男の中の男龍宮寺が怒る。
「違うわ!!俺はイヌピーの迷惑になるから会いてえの我慢してこうやってウサギカフェまで買って癒されてたのに、どっかのアホな兄弟がイヌピー呼んじゃったんだよ!!おもしろがってな!!」
「え…ココ…俺に会いてえの我慢してたのか?てっきり仕事のストレスだとばかり」
「そりゃそうだろ。俺はこんなだし。イヌピーは今は真面目にバイク屋やってるし。絶対まじわらねえよ。俺ら。でもほんと言うと会いたかった。だってずっと友達だったじゃん。」
「ココ。俺だって会いたかったよ。マブだもん。」
「イヌピー…」
「ココ…」
そして近づく唇
「なあ。親友ってキスすんだっけ?」
龍宮寺の疑問はもっともである。
「さっきからテメェ寸止めして楽しいかよ???」
いい加減キスした過ぎて怒る九井。
「いや。ごめんて。なんか邪魔みてえだから俺帰るけどさ、イヌピーちゃんと返してくれよ。大事な相棒なんだからさ。」
「もちろんだ。」
「ドラケンありがとな。」

ドラケンが帰ったウサギまみれの店内。九井は乾を押し倒して深くキスをした。ウサギは牧草を食み、九井は久しぶりに乾を摂取してさまざまな意味で元気になった。




「今日イヌピーご機嫌だな。ウサギカフェの日か?」
ふんふん鼻歌を歌う乾にドラケンが聞く。
「うん。ウサギカフェの日だから残業せずに帰る。」
乾が顔を赤らめて答える。
乾がアヤシイウサギカフェで九井に再会して数ヶ月。乾は週に一回ほどウサギカフェに行って九井とのデートを楽しんでいるようだった。ドラケンだってこれが良いこととは思わない。でも、ドラケンはデートできるうちにいっぱいしとけばいいと思っている。自身は後悔がたくさんあるから。それに、どうも金髪の弟属性の奴に振り回される運命なのだろうなと諦めてもいるのである。
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