やる気のねえ応援をしてくれる乾

やる気のねえ応援をしてくれる乾


1

 五条ジムの宣伝動画を作ることにした。とワカが突然宣言したためそういうことになった。現在、五条ジムはプロ、セミプロ向けのジムなので一般的なナントカザップみたいなジムとは少し違う。しかし、それだけではこの地価および物価上昇著しい東京においてはだんだん厳しいご時世であるので、昼間は主婦向けに軽いエクササイズみたいなのを指導するクラスも設けようではないかということにベンケイとワカの話し合いで決まった。そこで宣伝動画である。まず、ベンケイとワカがスパーリングする絵面は強すぎる。そんなの奥様たちは怖がって来ない。次に思いついたのが我らが姫、千咒ちゃんである。千咒とワカがスパーリングしている動画はなかなか絵になるし、女性も安心して通えそうな雰囲気を醸し出せられる。しかし、千咒に話をしたらなぜか武臣がしゃしゃってきてギャラをよこせと言う。しかもけっこういい値段。まぁ人気ユーチューバーなのだから仕方ないのか。よって諦めた。そして最終的に行き着いたのが真一郎であった。真一郎は人たらしと言うのか、警戒心を解く様な雰囲気があるのでふさわしいと思われた。ワカと真一郎がスパーリングをする動画は良い感じで、YouTub◯にあげたらまずまずの反応だった。しかし、しばらくするとその動画は異様なバズりを見せ始める。再生数が跳ね上がったのだ。なんで??????ベンケイとワカが不思議に思いコメントをさかのぼるとなるほどそういうことであったか。ふたりは納得した。
「このスパーリングしてる後ろで棒読みで応援してる人ヤバい!!」
「がんばれの棒読みハンパない!!」
「棒読みなのに味わい深い応援。」
「ていうか何より顔面の美しさ??」
そう。青宗であった。ワカと真一郎がスパーリング動画を撮ると知るや、強火の初代ファンである青宗がぜひ見学したいと真一郎についてきたのだ。そして、画面の隅のほうでひかえめにワカクンがんばれ♡真一郎君がんばれ♡と応援してくれたのだが、青宗はなんというか昔から長尺でしゃべったりする時などやや棒読みになることがあり、応援の類は特に棒読みなのだ。もちろん本人は一生懸命応援しているつもりであるが。力が入れば入るほど棒読みになるのかもしれない。結果、スパーリングの動画のすみっこにうつるやたらとキラキラした顔面の圧が強い、めちゃくちゃ棒読みの応援する人物がおもしろすぎるとバズってしまったらしかった。青宗はなんかゴメンねとすまながっていたが、動画を見てアットホームな安全なジムらしいと昼間の主婦向けエクササイズにかなり生徒さんが集まったので結果オーライだった。



2

 灰谷蘭は弟の竜胆に買って来させたグルテンフリーのパンを食べながらYouTub◯を見ている。グルテンフリーってよくわからないけどカリスマっぽいだろ?外タレだってグルテンフリー生活してる。兄貴!食事はグルテンフリーグルテンフリー言うけど、おやつにモンブランタルト食べたらそれはもうグルテンまみれだよ!意味ないよ!と筋肉づくりが趣味の竜胆はぎゃあぎゃあ言うが、グルテンフリーのパンを食べるオレがカッコよくて満足なのでそのあたり厳密に指摘されると萎えちゃう。
「なぁ竜胆、これ見て!」
蘭はおもしろい動画を見つけたらしく、同じくグルテンフリーのパンをモソモソ食べていた竜胆に見せる。蘭はいい歳なのに行動はたまに幼児だから興味がない動画であろうが見てやらねばならない。不機嫌になる。めんどくさい。
「へえ〜五条ジム、主婦向けクラスもやるんだ意外。プロとセミプロに厳選してたのに。」
「まぁこのご時世だから厳選してたら商売苦しいからな。…じゃなくて、スパーリングのうしろ見て。」
「…乾……!?」
「なぁ〜アイツめちゃくちゃ棒読みよな。面白すぎる。ふだんしゃべる時そんなでもないのに。」
「え…ていうか、この棒読み応援でこの動画バズりたおしてる……!?」
「そうみたい。だから俺らもやろうぜ。」
「まさか……!?」
「うん。イヌピーがんばれ♡がんばれ♡応援ナイトだよ。」
「やはり!!」
そもそも灰谷兄弟と乾は昔から不良界隈を生きてきたから顔見知りではあったがそう親しくもなかった。だが、蘭が月一で自身が経営するクラブでハイパーウルトラオシャレイベントを開催したいと言い出し、そのためにはバウンサーと呼ばれる警備員を雇わねばならぬのだが、ムキムキマッチョイカついバウンサーはオシャレじゃないと蘭がゴネたのだ。そこで白羽の矢が立ったのが乾だった。乾は見目も麗しくケンカも強い、そしてバイク屋の店員なので夜は体が空くし副業も禁止されてない。オシャレバウンサーとして完璧なのだ。乾に依頼するとそう親しくもないのにすんなりと快諾してもらえたので、それ以来月一のハイパーウルトラオシャレクラブイベントには、乾にバウンサーとしてアルバイトで来てもらっているのである。これが、なかなか好評でイケてるバウンサーがいるというのでインフルエンサーが紹介してくれたりするから、調子に乗った蘭は乾にミニスカポリスのコスプレをさせてみたりバウンサー以外の仕事もちょこちょこしてもらっているというのが現状である。
「で、がんばれ♡応援ナイトって具体的に何やるの?」
「アームレスリング大会をする。」
「腕相撲?クラブで?」
「竜胆。思い出せ。俺たちが何者であるかを。」
「…クラブの経営者だけど?」
「馬鹿野郎!!俺たちは経営者である前に元ヤンなんだ!!」
「ハァ……」
「だから、タイマンの力くらべ大好きだろう?」
「ハァ……」
「アームレスリングトーナメントをやって優勝したヤツにはペトリュスをさずける。」
「待って兄貴。ペトリュスいくらしたと思ってんの?70万だよ?そんなワイン腕相撲大会の賞品にしないでよ。」
「馬鹿野郎!!それくらいの目玉がねぇときょうびクラブ経営なんてやってらんねぇよ!!」
「ハァ……まぁペトリュスはいいや。そんで、腕相撲大会で乾に棒読みの応援させるんだろ?」
「ご名答!盛り上がること必至!」
「まぁ今こんだけYouTub◯で話題になってっから盛り上がるだろうけど、乾やってくれるかなぁ?」
「問題はそこだ。バイク屋に交渉しに行くぞ竜胆。」
「オッケ〜。」
ということになった。




3

 日の光が燦々と降り注ぐ昼間のバイク屋に世にも派手な兄弟がやってきた。ふたりは乾が粗茶ですと出してきたほうじ茶を来客用ソファーで飲んでいるがおそろしく浮いている。兄弟はAMI PARISの色違いのニットを着ていて、蘭にいたってはそれにリターントゥティファニーのごんぶとチェーン522,500円也までつけている。コーディネートの中にどんだけハートマーク入れるん?という話である。
「で、今日は何?」
「今度はイヌピーがんばれ♡応援ナイト開催しようと思って。」
あいかわらず蘭の説明はわからない。
「……?」
「今バズってる五条ジムの動画で乾応援してるじゃん?今度クラブでアームレスリング大会するから乾に動画みたいな感じで応援してほしいんだよ。できるだけかわいく。」
「あ〜。なるほど。理解した。」
竜胆はわかりやすく説明し、麻布台ヒルズで買ってきたクロワッサンをススっと乾に差し出す。
「いや。別にこんな良いものもらわなくてもいいよ。俺やるよ。応援くらい。差し出されたものはもらうけど。」
そう言いながら乾はススっとクロワッサンの入った紙袋を受け取った。
「でも、あれじゃん?九井怒んないかな?」
「ココが怒るかはさておき。俺は金が欲しいからやる。」
「え!?何!?家庭内不和!?やめろよ〜!」
「違う…実は……。」
乾が珍しく難しい顔をして話すので、兄弟だけでなく遠くで作業している真一郎も聞き耳をたてる。
「マンションの駐車場で、ココのポルシェのドアにバイク擦っちまったんだよ……。」
「なんだ〜そんなこと!?九井なんか乾にゲロ甘なんだから怒んないだろそんなの。」
蘭はそんなこと〜と言うが、乾は九井の恋人である前に幼馴染だからよく知っているのだ。九井はお気に入りのものをダメにされるとめちゃくちゃ怒る。それがたとえ愛しの乾であっても。ガキの頃、九井の新しい消しゴムまとまるくんに鉛筆の芯を刺したら2週間絶交の刑に処されたし、5年前九井が気に入っているカシミヤにビールをこぼしたら激昂されたあげく1週間口をきいてもらえなかった。正直、激昂する九井はこわいし無視されるのは辛かった。今回はポルシェだ。1ヶ月くらい口きいてもらえないかも。乾自身もバイク屋で腕におぼえがあるから、擦った傷を一見目立たないように細工はした。しかし、九井のポルシェのブルーの塗装はかなり特殊なのだ。おそらく乾の細工でごまかすには限度がある。ディーラーに持って行かなければどうにもならないだろうと、ディーラーに見積もりをとったら15万と言われた。乾は15万がないわけじゃない。しかし、九井の目をかいくぐって15万引き出すのは至難の業だ。金はティーンの頃は乾が管理していたが、九井がこのような桁違いの金持ち経営者となってしまった現在はふたりの資産は九井および税理士が管理している。そんななか、ふだんあまり金を使わない乾が15万も引き出したら何に使ったの?と聞かれるに決まっている。だから、乾は臨時収入15万を早急に集める必要があったのだ。コレクションしていたバイクのレアなパーツを泣く泣く手放して現在13万集まった。あと2万。灰谷のクラブで一晩アルバイトしたら余裕で稼げる。渡りに船なこの灰谷兄弟の依頼。乾はバウンサーはもちろんのこと、ミニスカポリスだろうが棒読み応援だろうがなんでもやるつもりだった。とにかく九井に怒られたり無視されたくない乾だった。



4

「乾ご活躍だなぁ。」
そう話しかけてきた半間は、稀咲と夕飯に行くとかでTK&KOの会長室でのびのびとくつろぎながら待っている。稀咲は来客対応中で、九井は会長室で資料をまとめる作業をしていた。
「あ〜。五条ジムの宣伝動画?棒読みで応援してる。かわいいよなあのイヌピー。」
「いや。そっちじゃなくて。灰谷のクラブでアームレスリング大会の応援してるやつ。すげー棒読みで。」
「灰谷の……?」
「乾ミニスカートのナース服着てたけど、九井おまえおおらかになったんだな。前ならそんなの絶対許してなかったのに。」
「…ミニスカートの…ナース……?」
「やべ。もしかして俺また余計なこと言った?」
マズいことを言ったと悟った半間はわざとらしく、稀咲まだかな〜とつぶやきながら会長室を出て行った。

 待って。イヌピーが灰谷のクラブでミニスカートナース服で棒読み応援って何!?情報量多過ぎだろいい加減にしろ!!九井はリアルにめまいがしてきたので、とりあえずパソコンを閉じて深呼吸する。もはや資料とかどうでもいい明日やる。そしてプライベートスマホを取り出し灰谷蘭のインス◯を開いた。あいかわらずフォローされてもないし、してもいない。かくしてそこには、イヌピーがんばれ♡がんばれ♡応援ナイトにたくさん来てくれてみんなありがと〜う♡とアイドルみたいな文言とともに灰谷蘭とツーショットでうつるイヌピーがいた。イヌピーは無表情でミニスカートのナース服を着ている。ドンキとかで買ってきたようなペラペラなナース服じゃなくインポートっぽい良さげなナース服であるのに蘭のこだわりを感じとても腹が立つ。事実、蘭は背の高い乾に合うようロンドンのキングスロードにあるパンクファッションの店からナース服をわざわざ取り寄せていた。彼はこういうところは絶対に妥協しない。それにしても綺麗だ。乾のうるわしい顔とぺたんこの上半身とバキバキの漢らしい太ももがアンバランスで倒錯的で九井は職場にも関わらず生唾を飲み込んだ。灰谷蘭。いい仕事しよる。……じゃない!!なんでこんなことになってんだ!?イヌピー問いたださねぇと!!九井はつくりかけの資料を放置し、光の速さで乾と暮らす自宅マンションへ向かった。今日出来上がるはずの資料をずっと待っていた九井の部下サナダは号泣した。

「おかえり〜」
九井が帰宅すると風呂からあがったらしい乾が頭にタオルをグルグルと巻いたままかわいい顔でのんきにテレビを眺めていた。
「イヌピー!!これ!!何!?」
そんなのんきな乾に九井が灰谷蘭のインス◯を表示させたスマホを突きつけてくる。
「あ〜…これ。バイト……。」
「なん…なんで!?イヌピーがこんな格好するの俺が嫌がるのなんてわかってるだろ!?」
「うん…それ…うん……。」
「何!?なんで!!説明しろよイヌピー!!」
あと少しで激昂しそうな九井を見て、乾はすべてをあきらめスゥッと頭を下げた。
「ココ。ごめん。ココのポルシェ、駐車する時バイクで擦っちまって。」
「……うん?」
「ココぜってー怒るって思ったから。バレないようにディーラーで修理しようと思って。それには15万必要だから、灰谷のとこでバイトした。応援だけじゃなくってミニスカートはいたらバイト代上乗せするよって言ってくれたから、なんでも着るぜと思って着た。ごめん。ほんとごめん。」
「ええ……?」
「ポルシェはきれいになおってる。」
「はぁ……。」
「とにかく俺はココに怒られたくないし、無視されたくないし、とにかく!!俺を怒らないでココ!!」
必死に謝る乾は、珍しく顔に焦ってます!と出ている。よっぽど九井に怒られたくないらしい。
「あのさぁ。イヌピー。俺は昔からイヌピーがこういう小細工するから怒るんだよ。素直にすぐに謝ってくれたら怒らねえよ。ガキの頃イヌピーが消しゴムに鉛筆の芯刺した時も消しゴム自体を隠すから怒ったんだし、何年前だったかカシミヤのマフラーにイヌピーがビールかけた時もどうにかしようとして洗濯機で水洗いしたから怒ったんじゃん。別にやらかしたことには怒ってない。」
「そう…なのか?」
「そうだよ。なんでイヌピーは肝心な時は男らしいのに、こういう時は小細工ばっかして素直に謝んねえの。」
「とにかく…ココに怒られたくないから……。」
「もう…わかったから。今度からなんかやらかしたら素直に謝ってくれたら絶対怒んねえから。」
「うん。わかった。ごめんココ。」
「いいよ。もう。ポルシェもなおってんだし。」
「うん。すげーキレーだぞ。」
「それよりさぁ……俺もイヌピーに棒読みでがんばれ♡がんばれ♡って応援してもらいたいんだけど?」
「どう…したらいい……?」
「ガキみたいに怒られたくないイヌピーだって、ほんとはガキじゃないんだからどうやったらいいかわかるだろ?」

 その夜、乾は九井をがんばれ♡がんばれ♡と応援して元気にさせた挙句に自分が襲われるという極めて特殊なプレイをした。乾はもう限界、やめてココ俺こわれると何回も言ったが、応援されて元気になってしまった九井は誰にも止められなかった。それ以来、九井はこのプレイに激ハマりした。なお、放置された資料の件で何回も電話したのに、九井のスマホはそういうワケで一晩中不通であったのでサナダは再び号泣した。



5

「もう閉店なんだよね〜……って九井?」
営業を終えたクラブでゆっくりシャンパンを飲んでいた灰谷蘭に珍しい来客があった。なお、竜胆は酔い潰れて寝ている。
「珍しい。ダンナ本人が来るとは。」
「イヌピーが世話になってるみたいで。」
「何。乾、月一とはいえ今やけっこうなウチの人気バウンサーなんだから。今更バイトは許可できないとかならお断りなんだけど。」
「いや。違う。バイトは良い。嫌だけど良い。」
「まぁ。座ったら。泡飲む?」
「酒はいい。すぐに帰る。」
言って九井は蘭の隣のスツールに腰かけた。
「おりいって頼みがあるんだけど。」
「……?」
「あの、イヌピーが着てたミニスカナース服を買い取らせてほしい。」
九井は企業買収するがごとく真剣な表情でおごそかに宣言した。ははぁ〜コイツ、着せて楽しむ気まんまんだな?
「いいけど。あれ。けっこう高いよ?ロンドンから取り寄せたから。」
「わかってる。だから頼んでる。なんというか、安物には出せない品とエロさがある。」
「やっぱり?わかる?じゃ、送る。振り込み先も一緒に入れとく。」
「恩に着る。」
そして、九井は諸々の礼だとペトリュスを置いて帰っていった。
「なるほど。俺のカリスマプロデュース力が九井と乾の性生活に新たなうるおいをもたらしちゃったんだな。さすが俺。自分の才能がこわい。」

 蘭はトテモタカイワインであるペトリュスをもらい、九井は無事ミニスカナース服を手に入れ夜のナース乾にがんばれ♡がんばれ♡と棒読みで応援してもらいながら致すという新たなプレイに開眼した。Win-Winであった。
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