人気インス◯グラマーの斑目君

人気インス◯グラマーの斑目君


1

 東京って冷たいと思われてるのかもしれないけど、そんなことはないと俺は思ってる。けっこう横のつながりがあるというのか。俺と獅音は松濤で生まれ育った幼馴染で一緒にお受験して大学までエスカレーター式の学校に通ってたんだけど、何がおこったんだか獅音はすさまじいまでにグレてしまって学校は中学で辞めたし松濤の屋敷からも出て行った。獅音のお母様が言うには、オートロックもないアパートに一人暮らししていてとても心配なのだという。獅音のお母様はちょっと世間知らずだからオートロックがない=泥棒が入ると大げさではあるんだけど。そして、これはいわゆる上流階級の松濤界隈ではあまりおおっぴらには語られないが、獅音は2回少年院に入っている。2回目出所した時松濤の実家に少し帰ってきてたから会ったんだけど、2回もネンショー入ってるし見えるとこにタトゥー入ってるしこれからどうしようかと獅音は言っていた。だから、俺と兄が趣味で裏原でやってるアクセサリーショップの店員にならないか?と言ってみた。獅音はプライドが高いから雇ってやるって言うとヘソを曲げるから、人手不足で困ってんだけど手伝ってくんないかな?というニュアンスで言ってみた。案の定獅音はめちゃくちゃいい笑顔でやってやってもいいけど?と答えた。兄は続かないだろと言っていたが、獅音は昔からセンスがあるからアクセサリーショップの店員は向いていた。時々遅刻はするが、真面目に出勤したしシオンさんにコーディネートしてもらいたいという客もチラホラあらわれた。あれから数年経ち今や獅音は裏原の人気店員になり、店のインス◯アカウントも獅音に任せている。彼の日々のコーディネートや横道にそれてしまった時どうやって人生を立て直せばいいのかなどの若い子からの相談などなど獅音は店のアカウントもなかなかうまい具合に運営している。そこで、あともうひとつ毎週金曜日の夜にインス◯ライブをやらせることにした。獅音の独特な高飛車と親しみやすさの入り混じったキャラクターがウケてけっこう盛況だし確実に店の売り上げも増えた。
 今日も金曜夜10時から獅音がインス◯ライブするころだよなと俺はアクセサリーショップ以外にも経営しているアパレルの店の作業をしながら時々スマホを見ていたけど、なかなか始まらない。こりゃ酔って寝てるかなぁ。まぁ今まで獅音にしてはよく頑張ったほうだもん今日酔い潰れてインス◯ライブ忘れるくらい大目に見てやるかぁと作業に本腰を入れようとしたところ。
「え〜と…インス◯ライブとかやったことねーんだけど……これであってんの?」
お!獅音のやつ忘れてなかったか!えらいえらいとスマホを確認すると、そこにはやたら顔が発光している男がうつっていた。
「……誰…?」
毎週ライブを見てくれている人たちもそう思ったのか、誰?誰?顔面強!誰?顔面の圧どうした?シオンさんどこ?誰?とコメントでパニックとなっている。そのパニックぶりを見たのかその顔面発光男は
「あ〜悪い。総長。酔って道端に落ちてたんだけど、拾って、今は俺んちいるんだけど。さっきまで寝てたんだけど急にトイレ!!ってこもってんだよな。腹よえーから。」
シオンさん落ちてるって何!?総長って何!?とライブは混迷をきわめる。
「えっと。シオンサンは俺が暴走族だった時の総長だったから今でもついつい総長って呼んじまって。あ。くれぐれもふたりとも足洗ってるんでそのあたりは勘弁してくれるとうれしい。で、トイレの中から総長が、店のインス◯任されてて10時からライブしねえと雇い主のダチにドヤされるって叫ぶから。代わりに俺がライブしてま〜す。よろしく〜。総長のウンコ終わるまでな〜。」
顔面発光男はそうまとめた。なるほど。獅音のやつ酔い潰れてたけど、インス◯ライブのことは覚えててダチに託したんだな。成長したなぁ獅音……俺はグレ散らかしてお母様を泣かせてばかりいた獅音を思い出し、ものすごく感動した。
「あ。自己紹介遅れたけど俺は乾。みんなにはイヌピーって呼ばれることが多いかな。」
「ヤベェ!!乾ありがと!!ライブのこと忘れるとこだったぜ〜!!」
「あ。総長ウンコ終わった?これどうしたらいい?今自己紹介終わった。」
「ウンコ言うな!!え〜と。コメントで質問とかくるから答えるんだよ。」
「へ〜。総長すごい人気な。」
こうして顔面発光男ことイヌピー君が飛び入り参加した我らのアクセサリーショップインス◯ライブは視聴者数1000人を超えた。視聴者数1000人ってけっこう人気の読者モデルレベルである。一般人ではなかなかあり得ない。これに味をしめた俺は、イヌピー君が時間のある時は獅音のインス◯ライブを手伝ってもらうことにした。イヌピー君は友達とバイク屋をやっていて独身で割と時間に融通がきくから良いッスよと快諾してくれた。寸志を渡すとオレ自営なんで助かります〜と喜んでいた。




2

 イヌピーがなんでか知らねえけど斑目とインス◯ライブやり始めたって聞いて、俺はイヌピーがアシスタントする回は必ず視聴している。なんでそんなこと知ってるかって?この前会った時俺の腕枕で「なぁココ。俺さぁインス◯ライブデビューしたんだよな。良かったら見て。」と世にもかわいい顔でイヌピー本人が言ったからである。イヌピーときたらアラサーにしてますますぶっ飛んでるぜ……いきなりインス◯ライブやり始めるなんて……。待て待ておまえら離別しただろって?馬鹿野郎。仕事は完全に道を違えてるけど私生活はそうでもねぇわ。ひょんなことから再会して時々会ってる。セフレじゃね?って?馬鹿野郎。俺はイヌピーめちゃくちゃ愛してる!そんな感じなんで、俺は金曜の夜10時仕事をしながら斑目とイヌピーの不思議なインス◯ライブを視聴していた。斑目は意外にも真面目に店の商品を紹介する。
「これ。今度入荷したヴィンテージのセカンドバッグなんだけど。アクセサリーショップなんだけど、革小物も増やそうかなと思ってて。セカンドバッグっつったらオッサンみてえになんだけど、今の俺のコーディネートみたいにドレスダウンして持つとカッケェわけよ。」
「ほんとだ総長。集金のオッサンみてえじゃねぇな!」
「そうだろ〜?乾は最近はシンプルなファッションが多いけど、たまにヒールはいたときにこう、クラッチバッグ的に持つとかわいいよな。乾持ってみて。」
「うん。おお〜これ良いな。俺さぁ店の集金ジップロックでやってるから、ドラケンに何とかしろよそのヨレヨレのジップロック!って怒られるんだよなぁ。こういう小さいカバンあると便利だな。」
イヌピーはバイク屋の集金ジップロックでやってんのか。なんてことだよ。いや。でも、ガキの頃駄菓子屋行くのに小銭をビニール袋に入れてたヤツだもんイヌピーって。なるほど通常運転か。いや。待てよ?これはもしかして、ココ、集金用のバッグ欲しい♡っていう遠回しなおねだりなのでは……?うん。きっとそう。待っててイヌピー。すげぇ高い集金用バッグ買ってあげるから♡せっかくだから俺のも買おうかな。おそろいで。俺は二徹目の朦朧とした意識の中仕事をしながら斑目とイヌピーのインス◯ライブを視聴し、イヌピーからそのようなメッセージを受け取ったと解釈した。実のところイヌピーはおねだりも何も発信してはいないのだが。二徹っておそろしい。

「おい、イヌピーなんだよそれ!?プロ生活7年目の野球選手か!?」
集金に行こうとする乾が手にしているセカンドバッグを見てドラケンが言う。
「ああ…うん……。いや、スゲェよな。これ、プレゼントでもらったんだけど。まぁジップロックで集金するよりマシかなって。」
「ジップロックよりは良いけど!…てかそれめちゃくちゃ高そうなバッグ。オーストリッチ?ヤベ。」
「何。オーストラリアみたいな。」
「オーストリッチな。ダチョウの革だよ。高いやつ。長持ちしていいぞ。」
「ハァ〜。やっぱ高えのかコレ。」
先日、九井言うところのおうちデートとやらをした時に、九井から渡されたこのセカンドバッグを見て乾はしばし絶句した。モスグリーンの特徴的な革の、世にもイカついセカンドバッグ。イヌピー、インス◯ライブで集金にジップロックで行ってるって言ってたから。今度からこれ持って集金行きなよジップロックじゃひどすぎるから。これ持ってたら誰にもなめられねぇと九井は乾の髪をやさしく撫でながら反社丸出しのことを言った。確かにこのバッグを九井が持つとサマになってカッコいいと思うのだ。なぜなら九井は反社ドップリなファッションだから。とても似合う。しかし、これを一般人となって久しい乾が持つと、ドラケンが言うようにプロ生活7年目の野球選手のような違和感がつきまとう。正直なところ困ったなぁと思った。でも、見るからに高価そうで気合いが入っているし、何より大好きな九井からのプレゼントなのだからプロ生活7年目の野球選手風味であろうとも大切に使おうと思った。忙しい九井が律儀に、斑目のインス◯ライブで乾がアシスタントした回は見てくれていることも知ってとてもうれしかったのだ。




3

「何これおもしれーんだけど。」
竜胆がハイボール片手にスマホを見ている。竜胆は炭酸水飲んでるモン!と主張しているが、半分くらいウイスキーをドボっと入れたのを蘭は見ていた。それはもう濃すぎるハイボールなんである。
「何見てんの?」
「見て兄貴。獅音センパイがインス◯ライブやってる。」
「何それ〜〜〜」
蘭が眼鏡をかけて竜胆のスマホをのぞくとなるほど見間違いようのない斑目獅音がインス◯ライブをやっていた。アカウントは裏原のファッション好きには知られたアクセサリーショップだった。
「え。獅音今このショップで働いてんの?いいじゃん。ここ日本に店がないブランドのやつも個人で輸入して置いてるらしいよ。へ〜今度行ってみようかな。」
「やめてやれよ。兄貴が押しかけたらセンパイ泣くじゃん。」
獅音は意外と真面目にシルバーアクセサリーの手入れの仕方をライブで語って視聴者の質問にも答えていた。足を洗って真面目にやってるらしい。
「このさぁ、センパイの横のアシスタントみてぇな顔面が発光してるのって乾じゃね?黒龍の乾青宗。」
「ほんとだ。顔面発光男、イヌピ〜じゃん。九井が大好きなイヌピーちゃんだ。」
「でもあの2人もう縁切ってるよね?だいぶ前に。」
「だと思うけどなぁ。…ん……?」
乾の横にちょこんと置かれているのは乾の私物らしいモスグリーンのオーストリッチのセカンドバッグである。先ほどこの中から乾はグミを取り出してパクついていたから乾のバッグと思われる。シンプルな現在の乾のファッションにこのオーストリッチ。ぜんぜん似合っとらんが。
「この…オーストリッチのバッグ…なんか見たことある……。」
「あれじゃん。この前の幹部会で九井が持ってて兄貴がいいなそれって言ったやつに似てる。」
そうだ。あれは何週間か前の幹部会だ。あいかわらず派手な出で立ちの九井がとても良いバッグを持っていたのだ。九井は派手なんだけど自分に似合うものをわかっているからいつも不思議と小物までバッチリハマっている。そのモスグリーンのオーストリッチのバッグもともすれば集金に来た昔ながらのヤクザさんみたいになってしまうが、九井が持つとオシャレにまとまっていた。もしかしたらこれ、俺が持ったらも〜っとオシャレかも♡蘭はそう思いそのバッグどこで買ったん?と109ギャルがごとく九井に聞いたのだ。
「これ。オーダーしたから売ってない。」
「この金持ちめが!!」
会話はこれだけで終わった。しかし、九井がオーダーした売ってないはずのバッグを乾も持っている。これいかに。なるほど〜?においますね〜?
実は蘭は今とても欲しいものがあった。それは東京国税局が競売にかけている限定ポルシェである。このポルシェときたら中古屋にもなかなか入らないレアなものなのである。とってもカワイイ。ランチャンとってもポルシェ欲しい。東京国税局の最低入札価格は5000万。おそらく百戦錬磨のポルシェマニアたちが入札するから確実に競り勝つには9000万くらい用意した方がいい。蘭だって反社やって長いのだから9000万用意できないこともない。しかしここで問題なのが東京都国税局の競売という点である。公的な機関。つまりはキレイな金を用意しなければならない。蘭が所持しているのは汚ねぇ金だけだ。だが九井様なら洗浄されたキレイな金を用意できる。ストレートにポルシェ欲しいから手伝って♡と言ったって断りと数々のイヤミで返されて終わりだろうが、ここは乾と復縁したんですか〜?おたくらお揃いのオーストリッチのバッグ持ってますよね〜?ナンデ〜?ドシテ〜?と脅してみることにしよう。九井、乾がらみなら絶対金出すはず。待ってて俺のポルシェ。九井脅して入札してやっからな!蘭は意気揚々と九井の事務所へ向かった。




4

 灰谷蘭に面倒なことを手伝わされ九井は疲労困憊だった。資金洗浄もそうだけど、競売にかけられたものを買うにはキレイな身分証明書も必要だから面倒なことこの上ないのだ。でも、この競売にかけられたポルシェ買ってくれたら乾と復縁したの黙っててあげるよ〜と言われてしまっては従わざるを得なかった。なんでバレたのか。それはイヌピーが斑目のインス◯ライブに九井がプレゼントしたオーストリッチのバッグをかたわらにちょこんと置いて出演していたからである。たまたま灰谷蘭はそれを見ていたらしい。あれこのバッグ九井とお揃いじゃね?と。めざといやつめ。乾はオーストリッチのバッグを集金に使ったりグミを入れたりするのに愛用してくれてるらしい。何それかわいい。グミ入れるのかわいい。それにしても、こんな灰谷蘭が持ち込んだ面倒を乾のためだからと九井が頑張るのは、乾が好きだからというのももちろんあるんだけれど、もはや九井=金とみなさない人間はこの世に乾しかいないからだ。俺のこと黒龍のために散々利用したくせに!!うんぬんと若かりし頃乾と離別したわけだが、あんなの生やさしいものだと今になってわかる。当時だって乾は九井のことを人間として大切にしてくれていたではないか。現在、反社の世界ではもはや九井=金でしかない。いっそ清々しいほどに。九井をひとりの人間として扱って好きでいてくれるのはこの世でただひとり乾だけなのだ。だから、離別して、詳細は省くがひょんなことから復縁したこの関係をできる限り大事にしたい。
 さて、感傷的な話はさておきインス◯ライブである。九井は今日も二徹目で意識は朦朧としているけど、かわいい乾のインス◯ライブは視聴せねばならない。斑目が今日は新しく入荷したゴールドのチェーンネックレスをおすすめしている。俺みたいな肌色だとカナリーイエローのチェーンが良いけど、乾はピンクゴールドが似合うと思うと真面目に斑目はゴールドの種類と肌色との相性を解説している。気が合うな斑目よ。さすがのオシャレセンス。俺もイヌピーはピンクゴールドが似合うと思うぜと九井はとても共感した。斑目のインス◯ライブのアシスタントもだいぶ板についてきた乾は、ほんとだ〜すご〜い似合う〜やす〜いと相槌をうっている。若干のゆ◯グループ感がなくもないが。しかし、イヌピーこのネックレスきらきらだなぁキレ〜イとか言ってんな。かわいいかよ。待てよ。これはもしかしてココ、ゴールドのチェーンネックレス欲し〜いという遠回しなおねだりなのでは?九井は二徹目の朦朧とする意識の中そう思った。実際、乾は斑目のショップのネックレスをなんとか褒めねばときらきらだなぁキレイだなぁと頑張って感想を述べただけで、おねだりもクソもないのだが。二徹っておそろしい。

 今日は九井言うところのおうちデートを九井のタワマンでしている。たくさん近況を報告したりしてメシを食い、乾は九井に抱かれた。間違っているとは思うし、人には言えないことだとは思う。でも、九井と会うとしっくりくるこの感じ。ドラケンやまわりの人たちみんな大好きだけど、それとはまったく違う、異質で時々苦しくてでも世界でいちばん心地よい。こればかりは2度と手放したくない。そんなことを思いながらベッドにふたり寝転がって格闘技の試合したんかみたいな荒い息を整えていると、九井がそうだイヌピーに渡すものがあるんだったと何やら持ってきた。
「開けてみて。」
九井はご機嫌に言う。開けて出てきたそれははたして金の鎖だった。斑目のショップにあるようなオシャレなアレじゃない。マル暴のコワモテ刑事がつけてそうなアレである。
「イヌピー。純金は資金になるから。インゴットだと逃亡する時目立つから。ネックレスだとつけたまま飛んで売りさばけるからな。この前インス◯ライブで金のネックレスキレイって言ってたからプレゼントしようと思った。」
九井は反社丸出しのことを言いながら反社丸出しのプレゼントをよこす。正直困るし九井はともかく自分には似合わないと思うが乾は笑顔で受け取る。だって、九井のプレゼントはいつも受け止めきれないほどのたくさんの愛と執着が込められているのだから。乾はそんな九井が大好きなのだ。
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