ヤンキー文化に馴染めない九井
ヤンキー文化に馴染めない九井
1
俺はたぶん世間的にはヤンキーというカテゴリーなんだろうけど、実はヤンキーってものがあんまり理解できない。まず、暴走したくもないからバイクには乗らないし。イヌピーに乗せてもらうのは好きだけど。そして、やたら肝試ししたがるのもよくわからない。ヤンキーマスターのイヌピーが言うには、ヤンキーたるものビビったりせずに漢らしくあらねばならないので、しばしば度胸試しつまりは肝試しをするんだそうだ。何。アフリカの成人の儀式かなんかなわけ?度胸試しって。馬鹿らしい。今日も黒龍の集会が終わった後、歌舞伎町の雑居ビルに幽霊が出るらしいからって俺とイヌピー含む6人でやってきたってわけ。帰りたかったけど、イヌピー好きなんだよ肝試し。イヌピーが行くんなら帰るわけにいかねえし。この前も八王子だかのトンネルまで行ったし。俺は途中から酔っ払って寝たから出たんだか出てねえんだか知らねえんだけど。件の歌舞伎町の雑居ビルは、一等地にあるにもかかわらずほとんどテナントが入ってなかった。一階のコンビニは撤退していて三階ももぬけのから。二階にだけまあまあ繁盛してるガールズバーが入っていた。歌舞伎町でこんな遊ばせとく空間ないだろ普通。そんなんだから幽霊の話が出たりすんだろな。幽霊が出るのは三階らしく、俺たちは階段を登って三階まで行く。イヌピーはヒールをはいているのに、軽やかに器用に階段を登る。三階はなんの店も入ってないから電気も通ってなく確かに不気味ではある。でもそれだけだ。ていうか、これって金儲けのチャンスなんじゃね?こんな歌舞伎町とかいう好立地にこういう人目につかない場所がある。良くない金銭のやりとりやなんかし放題じゃん?こういう心霊現象があるらしい物件を借りて、ヤバめビジネスの場として提供して収入を得るってのはアリかもな。心理的瑕疵物件ですって吹聴しとけば普通の人は近づかないだろうし。俺はあらたなるビジネスチャンスを見つけて、肝試しも悪くないもんだなと思った。
特に何も起こらず、歌舞伎町のビルの前で解散となった。イヌピーは今日もアジトに帰るのかなと思ったら、真剣な表情でココのマンション泊まってもいい?と言う。俺はビジネス用にマンションを借りていて、イヌピーとアジトで過ごす以外はそこでほぼ生活している。イヌピーもアジトにはシャワーはないから借りにくるけど、泊まるのは悪いと遠慮するからこれはものすごく珍しい申し出だ。コンビニで適当にメシを買って俺のマンションにイヌピーと帰った。イヌピーはどうも様子がおかしかった。やたら距離が近いのだ。挙げ句の果てに風呂一緒に入ろうとか言う。どうした。熱でもあんのか?
「もしかして…イヌピー肝試し怖かったの?」
まさかと思って尋ねると、イヌピーはその大きな緑色の瞳をうるませて怖かった…なんか今日のとこ気持ちが悪かった。と正直に白状した。俺はそんなおびえるイヌピーを見て興奮してしまい、一緒に風呂に入りイヌピーにキスをした。俺の中では通算2度めのキスだが、イヌピー的には初めてと思われる。ビックリしていた。かわいかった。そして、ベッドに押し倒したらイヌピーはオロオロしながら手でも良い?と言うから手でも足でもウェルカムだわ!!と思い、手で抜いてもらった。その日以降俺たちはネジでもぶっ飛んだのか、抜き合ったり、たまにイヌピーの尻に突っ込んだりする幼馴染とは言い難い謎の関係になった。あわよくばイヌピーとどうにかなりたいなと常々考えていた俺は肝試しさまさまだなと思った。
俺は肝試しがけっこう好きだった。あの時までは。その日も歌舞伎町の雑居ビルに幽霊が出るらしいってことで集会のあと、ココと俺と黒龍の隊員4人合わせて6人で行ってみたのだ。件のビルはほんとなんの変哲もない雑居ビルで、二階にだけキャバクラみたいなのが入ってた。そこだけ賑わってるのが異様と言えば異様か。幽霊が出るってのは三階だからみんなで階段を登る。ココは明らかに馬鹿にした顔をしていた。ココのしらけてるのに、律儀に付き合ってくれるところが昔から好きだ。しばらく、三階の空き店舗でスイッチを押してみたり棚を開けてみたりしたが電気も通ってないし特におもしろいことはなかった。誰かが帰りますか〜と言うからそうすることにした。だが、階段を降りる時、俺は見てしまった。三階の空き店舗の壁から2メートルくらいの腕がぬっとはえてきてオイデオイデするのを。他のやつらは既に階段を降りていておそらく俺しか見ていない。2メートルの腕なんて人間であるはずがない。じゃあ、あれはなんなんだ……?しかもフラフラとオイデオイデとしている。俺のことが見えてるのか?腕だけなのに?俺はものすごく怖くて気持ちが悪くなってしまった。俺はふだんココのマンションでシャワーを借りて、アジトでひとり眠っているが、とてもそんなことできそうになかった。だから、ココにココのマンションに泊めてほしいと頼んだ。ココはいつもアジトじゃ休まらないから泊まれよと言ってくれていたから快く泊めてくれた。しかし、ココのマンションに着いてもまだあの長い腕がオイデオイデするのが目に焼きついて離れず怖くてたまらなかったから、恥をしのんで風呂に一緒に入ってほしいとココに言ったのだ。ココは察しがいいから、肝試し怖かったんだな?とあっさりバレてしまった。もう恥ずかしいとかどうでもいいくらい怖かったから、開き直って怖かったと白状した。そうしたらココは何に興奮したのかまったく理解できないが、風呂でキスをしてきた上俺をベッドに押し倒してきた。もしかしてココも肝試し怖かったのか?それなら仕方ないよな。だから、俺はココの予想外に元気いっぱいのチンコを右手で抜いた。ほんと、いったい何に興奮したんだ?まぁ安眠するためには抜くのがいちばんだからな。うん。鎮まれ鎮まれ。それ以降、俺たちは抜き合ったり、たまに俺の尻に挿れたりという奇妙な関係になってしまったが、幽霊ってのはエロいことしてたら近づいてこねえらしいからこれはこれで魔除けみたいで良いのかもしれないなと俺はひとり納得した。
2
ヤンキーというものは、シンナーを吸ってみたり煙草を吸ってみたり、煙草の火を自分に押しつけてみたりとマジでロクなことをしないのだが、自分が所属する黒龍も御多分に洩れずそれらロクでもないことをやっていた。ただ、乾青宗に煙草の火を押しつける、いわゆる根性焼きをやれというヤツは皆無だった。根性焼きというのは、煙草の火を自分に押しつけてどれだけ自分が痛みに耐えられるかという漢気を示す不良独特の文化だ。人に火を押しつけて脅したりするのが根性焼きだとよく勘違いされるが、それは違う。乾の過去に何があったのかはわからないが、その整った顔に広がるアザは火傷のあとと思われ、そんな痛みを知ってるヤツに根性焼きやれなどと言うアホはさすがにいなかった。ただ、みんなで集まった時に乾以外が根性焼きをして度胸くらべをすることはたまにあった。単純に盛り上がるからな。そんな時、乾は自分が火傷を負った時痛かったことを思い出すのだろうか、そっと輪から離れて目を伏せる様子が見られた。乾というのはちょっとハーフの子みたいなかわいい見た目をしているから、なんというか庇護欲をかきたてられる。あのおそろしい黒川さんが気に入って拾ってきたのも頷ける。だから、根性焼き大会が始まってしまい、居心地悪そうに所在なさそうにしている乾をそこから連れ出すべくメシに誘ったりツーリングに誘ったりするのはけっこう争奪戦なのである。オレが!今日こそはオレが!我も我もとむくつけき不良どもがじゃんけんをして勝った者が乾とランデブーする権利を得るのである。かくいう自分も2回だけそのじゃんけんトーナメントに勝ち、めでたく乾とファミレスに行った。おごってやるからなんでも食えよと言うと、そこらへんの女がかすんでぶっ飛ぶくらいの笑顔で良いんスか?腹減ってたんです俺と喜んでいた。乾はふだんスンッとしてるぶん、レアな笑顔が子犬みたいで余計にかわいかった。
そんな感じで、黒龍はロクでもないなりに楽しいこともあったのだが、乾は運悪くパクられ黒龍もついぞなくなってしまった。8代目、9代目と黒龍ではしゃいでいた自分もそろそろしおどきかなと暴走族を引退した。それからしばらく経って、黒龍が復活したらしいと風の噂で聞いた。なんでもものすごいカリスマのある総長が見つかったらしい。乾も出所したらしいし。特にやることもなく惰性で底辺高校に行ったり行かなかったりしていた自分もやっぱゾクに復帰してえと思って10代目黒龍に入った。
10代目黒龍はこれまでとはぜんぜん違った。総長の柴大寿は噂通りカリスマがあって強く、ついていくのに申し分のない人物だった。特攻服もヤン詩とか入ってねえスタイリッシュなものに統一されていた。前までは靴は作業着売ってるとこでトビの人とかが買うやつを適当に履いてたもんだけど、揃いのブーツまで支給されて驚いた。えらく金がかかってる。こういうのは、ブレーンの九井一っていうやつがやってるらしかった。そして、この九井ってのが相当な曲者で久しぶりに乾に再会できたからうれしくてちょっと挨拶しようと思っただけなのに、露骨に牽制する。おまえ乾のなんなんだよって感じ。幼馴染らしいけど、だからってそこまでする?乾はあいかわらずスンッとしていたが、俺を見るとミヤウチ先輩!久しぶりッス!と人懐っこい笑顔を一瞬だけ見せた。やっぱかわいかった。
ところで、10代目黒龍でいちばん驚いたのが、規則がいっぱいあるってこと。不良って規則が嫌いで横道それてんのに規則って何と思うが。まず、総長の柴大寿はみっともないのが大嫌いだから特攻服とか適当にしてたらぶん殴られる。いや自分たちって不良だよな!?でも、10代目黒龍ってのは暴力を金にかえているから不良のお遊びというよりはビジネスだから、イメージがものすごく大事なんであろうことは頭がおめでたい自分にもわかった。ピシッと統率がとれた兵隊みたいじゃないとダメなんだろうな。それから、乾を個人的に遊びに誘うのは禁止らしかった。……何…それ?乾はバイクが好きだし、8代目9代目の時の知り合いとかだとツーリング行こうぜみたいによくなるんだけど、それはダメらしい。なんか知んねえけど九井通さないとダメなんだって。もうワケわかんねえよ。そんなん乾スンッ通り越してシュンッになっちゃうじゃん。乾はスンッてしてるけど、みんなでワイワイやるのは意外と嫌いじゃないの、九井とかいうのはわかってんのかね。わかってやってんなら相当だと思うぜ。あと、これは良かったことだけど、根性焼きは禁止。乾が火を怖がるから。九井の過保護もこれに関しては良かったよほんと。自分も乾が根性焼きするやつらみて苦しそうな顔してるの見るのは嫌だったからな。まぁ、ちょっとそんな雰囲気だから、自分のカラーには合わねえなと思って辞めることを検討し始めた。悪くはないんだけど、自分はもっと適当なのが好きだから。斑目さんが総長だった時とか最悪なんだけど適当だったから、言われてるほど悪くなかったんだよな。それに、親父が腰をやっちまって家業の手伝いを本気でやり始めたからゾクやる時間が単純になくなったってのもある。
「なあ。乾。ファミレス行こうぜ久しぶりに。」
集会終わりに自分がそう言うと、まわりのやつらはギョッとした顔をしていた。そうだった。乾は今はエライからイヌピー君とか乾さんとかって呼ばなきゃなんだっけ?どうでもいいや。九井は柴大寿と何か話しこんでいる。チャンスだ。
「ミヤウチ先輩…でもココが……。」
「いいからいいから〜!!俺来週で辞めるんだから、最後くらい良いだろ?」
そう言って自分のバイクのケツに乾を乗せて走り去った。気づいた九井がなんか大声で言ってたけど知らねえよ。バイクでそのへん流して適当なファミレスに入った。
「好きなもんなんでも食えよおごるから。」
「ふふっ。ミヤウチ先輩は変わらないッスね。」
「ほんとな。俺は変わらねえけど、黒龍は変わっちまったから。」
「ハイ……俺も…なんかちがうような気はするんですけど……。」
「乾をせめてんじゃねえから。俺が今度こそシオドキってだけだから。家の手伝いしなきゃなんないからな。」
「先輩んちって。」
「ケーキ屋!!」
「ウソだろ…似合わない…似合わない……。」
乾は似合わないと繰り返してゲラっていた。自分だってこんな怖い顔でケーキ屋似合わんことはわかってるよ!さんざん笑いやがった乾と久しぶりにファミレスで夕飯を食って楽しかった。ゾクあがる前に良い思い出ができて良かったと思った。
「じゃーな乾。元気でやれよ。もうパクられんなよ。」
俺をアジト前まで送ってくれたミヤウチ先輩はそう言って、昔みたいに俺の頭を撫でてバイクで去って行った。もう、俺の方が背が高いのに。先輩はかつての黒龍では話が通じるかなりマトモな部類の人だった。やる気がなくてグレてただけで、これからはきっと真面目にケーキ屋になるんだろうな。…ケーキ屋…あの怖い顔で……?俺は再びツボにハマってひとりなのにちょっと笑ってしまった。
「イヌピー。えらい楽しそうだな。」
アジトに入ると、不機嫌ですと顔に書いてあるココがいた。
「ココ。その…ミヤウチ先輩は来週で辞めるから送別会みたいな……。」
「ふーん。イヌピー好きだよな。ああいう時代錯誤なヤンキー。今どきリーゼントって。」
「リーゼントはかっこいいだろ!」
「ハァ?なんだよ!そんなに古くさいヤンキー好きならそういうヤツとつるめよ!」
ココが俺を力まかせに床に突き飛ばした。そして、俺にのしかかってくる。
「殴りたいんなら殴れば。」
俺も腹が立ってそんなことを言ってしまう。なのに、ココは何を思ったのか俺にのしかかったままキスを始めてしまった。こっちのパターンだったか。やべぇな。こうなるとココはもう止まらない。
「んん。ココ。やめろよ。」
一応やめろと言ってみる。
「やめねえ。絶対やめねえ。あんなリーゼント野郎としけこんで腹たつ。」
しけこんでねえし。やっぱやめねえか仕方ない。あきらめた俺はココの好きなようにさせることにして抵抗するのをやめた。怒って止まらなくなったココはしつこいからきっと俺の股関節と尻の穴は明日しんでる。さよなら俺の健やかな下半身。
3
ヤンキーというものは誰しも飲み会の時などに一発芸がないと話にならない。あのクールな空条承太郎さんだって煙草を5本くわえてなんやらするという一発芸を持ってるくらいだ。現在、乾は足を洗いドラケンとバイク屋をやり始め、たまに良いことがあったら飲み会をする。まだ酒飲める年齢じゃないだろって?今さらだろ!
今日も、日雇いで補填したとはいえ無事バイク屋の経営をなんとか1ヶ月赤もなく乗り切れたから、乾のアパートでささやかに飲み会をした。そこで飛び出すのが元ヤン一発芸である。ドラケンの飲み会一発芸はなんと火のついたマッチを食べる。一見クレイジーだが、閉じた口の中は真空なので酸素がないからすぐマッチの火は消えて熱くないという化学的インテリジェンスあふるる一発芸である。さすがドラケン。一発芸までクール。三ツ谷の一発芸はない。料理をつくったり、とりわけたり酔っぱらいを布団に並べたりするお母さんだから一発芸するヒマなんか昔からない。誰か手伝ってやれ。八戒の一発芸は高くに放り投げたピーナッツを食うだけの毎度つまらんと非難轟々のやつである。八戒は二次会のボウリングでしか輝けない。そして満を持して登場するのが乾である。その日は八戒が自宅にあったからとシャンパンを持参していた。おまえんちにあるシャンパンとか値段がおそろしいだろと三ツ谷が返そうとしたところ、乾がシャンパンの瓶をヒシッとにぎりしめたのであった。乾の前にシャンパンを置いてはいけなかった。時既に遅し。その時缶ビールを3本飲んでいたいい感じの乾はシャンパンコールをしながら踊りまくり、ドラケン、三ツ谷、八戒のグラスに均等にシャンパンを注ぎ残りは全部自分がラッパ飲みした。これが、8代目9代目黒龍で盛り上がること必至だった乾青宗のシャンパンダンスであった。何がすごいって酔っぱらってるのに人数ぶんきっちりグラスに均等に注げるのがすごい。しかもあのシャンパンのかたい栓を開けるのもめちゃくちゃはやくて上手い。
「これが噂のイヌピーのトンチキシャンパンダンスか。ウチの兄貴が初めて見た時ぶん殴ったという……。」
「大寿君こういうノリ駄目そうだもんな。10代目黒龍じゃなくて東卍だったら絶対ばかウケだったのに。殴られてかわいそうじゃん。」
「イヌピーって顔スンッとしてるけど、仲良くなってみると実際ノリは東卍寄りだからな。最初スカしたヤなヤツと思ってたからこんな気が合うとは思わなかったマジ。顔スンッが悪い。」
「あ〜!!10代目黒龍でコレ禁止されてたから久しぶりにシャンパンラッパ飲みした〜気持ちいい〜!!!!」
乾は踊りまくり疲れたのか床に転がって空になったシャンパンの瓶を抱えご満悦である。
「え。10代目黒龍ではマジ禁止されてたのそれ?そんな目くじらたてるようなことか〜?かわいいもんじゃん。おもしろいし。」
「ココがな。絶対駄目だって。人前でやっちゃ駄目だって。」
「「「あ〜〜九井〜〜」」」
「でもな!俺は!ココと仲直りして!シャンパンダンス踊ってやりてえんだ!」
「仲直りはともかくトンチキダンスはやめとけ〜」
「イヌピーだいぶ酔ってんな。言動がいつもの1.2倍おかしい。寝かしつけるか。」
乾はだいぶ酔っぱらうと服を脱いで人に絡み始め非常にめんどくさいので、ドラケンの子守歌(魅惑のバリトン)でスヤスヤと寝かしつけられた。ドラケンと三ツ谷、八戒は家主は寝たがかまわず引き続き飲んだ。家主はシャンパンの瓶を抱きしめたまま幸せそうに眠っている。
「あれかな。九井がイヌピーシャンパンダンス禁止してたのって他人にかわいいイヌピー見せたくないみたいな?」
「かわいいか?あれ?おもしろいけどだいぶヤバいお兄さんだろ。イヌピーの顔ファンが見たら泣くぜ。」
「ほら。恋って盲目じゃん?九井からしたかわいいんだよ。」
「え!!イヌピーと九井って恋なの!?」
「八戒ベビーは黙っときな。」
「俺さ。一回だけ遠〜〜〜くから九井がウチのバイク屋見つめてたの見たことあんだよ。」
「わあ…切ない…切ない……。」
「え!!それ恋なの!?心配じゃなくて!?」
「だから八戒ベビーは黙っときな。イヌピーとネンネしな。」
「俺らもそうなんだけど、あちらさんもうまいこと丸くおさまらねえかな。」
「難しいなぁ……。」
みんなそれぞれ夢があり、違う道を進んでいるが、やはり本当のところは以前のようにみんなでバカやるダチに戻りたかった。難しいことだとわかってはいるけれど。
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さまざまな犠牲者を出したが、九井と乾に限ってはマブという平和なものに落ち着き、とりあえず九井は乾のアパートに転がり込んだ。その際、九井は本棚をアパートに持ち込んだ。読書家だし、日々勉強するから参考書もけっこうあって本棚は必要不可欠だった。そんななか、本棚を持ってない乾が余ったスペースに置かせてくれと特攻の拓全27巻セットを持ってきた。いや余ったスペースって言うけど27巻って結構あるな!?今までどうしてたんだよと聞くと、クローゼットに積んでいたらしい。大事な本なのにその扱い。読書家からしたら信じられない。それにしても特攻の拓全27巻セットはイヌピーの唯一の大事な本だからと九井は丁重に本棚の良い場所におさめた。特攻の拓とは伝説的な不良漫画であるが、九井は読んだことがない。九井のまわりは特攻の拓の愛読者ばかりであり、読んだことないと言うとものすごくドン引きされる。そういうのに興味なさそうな三途にさえドン引きされた。武藤の家で読んでものすごく感動したらしい。別に超人気漫画のワンピースを読んでなくてもまぁ趣味のことだからそういうこともあるよねとドン引きされることなんてないのに、特攻の拓に限ってはこの反応。ほんとなんで?ヤンキーって不思議だ。まわりからはヤンキーとカテゴライズされていた青春時代だったけど、九井はついぞヤンキー文化が理解できなかった。でも、食わず嫌いはいけないよなと九井は乾の特攻の拓をかりて読み始めた。イヌピーの好きなものは全部知りたいし。
「だからっていきなり聖地巡礼?」
特攻の拓を読破してうっかり感動してしまった九井は、乾を伴い特攻の拓の舞台である横浜に来ている。
「で、どこ行くんだココ?」
「まずは天羽セロニアス時貞が寝てた根岸森林公園だな。」
「天羽君かぁ〜!大金持ちだからココ好きそう。天羽君のバイク俺も好きだ。最期アツいよな。」
死んでしまった天羽君に思いを馳せながら根岸森林公園を散策し、ふたりは電車に乗り元町に向かう。電車でゆっくり出かけるとかいつぶりだろうか。
「さて、今日はイヌピーの誕生日だからこれからケーキを食おうと思う。」
「え?今日…俺…誕生日……?」
「何。イヌピー、マジで特攻の拓の聖地巡礼してると思ってた?俺は誕生日デートのつもりだったんだけど……。ていうか自分の誕生日って忘れる?普通。」
「ほんとだ今日俺誕生日か!!店ひとりで忙しいから自分の誕生日忘れてた!!」
「えーと。このケーキ屋だと思うんだけど…あ〜いたわ。イヌピー、あれ見てみて。」
九井が指差す先にはケーキ屋の厨房が少し見えて、数人のパティシエが忙しそうに働いている。
「ん…?あ…!!あれ、ミヤウチ先輩!?でも先輩のうちって……。」
「ミヤウチ先輩んちのケーキ屋は北千住だけど、一人前になるまで元町のこの店で修行してんだって。」
「ココ。それ、わざわざ調べてくれたのか?」
「そー。イヌピー、黒龍の時ミヤウチ先輩になついてたろ。先輩辞める時も寂しそうだったし。」
「すげぇ…うれしい。ありがとうココ。先輩、立派だな。俺もひとりになったけど、頑張んなきゃな店。」
「ちょっと元気なった?ほら。やっぱ龍宮寺いなくなって元気ないんじゃないかなと思ったから。」
「ココ…。明日アラレでも降る?」
「あのさぁ〜俺は今度こそイヌピーに嫌われたくねえの!」
「俺はココのこと嫌いだったことなんて1秒もない。ずっと。めんどくさいココも。かっこいいココも。全部好きだ。」
乾は大きな緑色の瞳で九井をまっすぐ見つめて言い切る。
「イヌピーはそうやって俺を甘やかすからな。」
「でも、ほんとだから。そろそろ店入ってケーキ食おうぜ。腹減ってきた。俺誕生日だから2個食う。」
「俺も誕生日じゃねえけど2個食おうかな。」
その後、ミヤウチ先輩は元町のケーキ屋での修行を終え、北千住の実家のケーキ屋を継いだ。毎年10月18日には、九井と乾が仲良く連れ立って必ず誕生日ケーキを買いに来るのだという。
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俺はたぶん世間的にはヤンキーというカテゴリーなんだろうけど、実はヤンキーってものがあんまり理解できない。まず、暴走したくもないからバイクには乗らないし。イヌピーに乗せてもらうのは好きだけど。そして、やたら肝試ししたがるのもよくわからない。ヤンキーマスターのイヌピーが言うには、ヤンキーたるものビビったりせずに漢らしくあらねばならないので、しばしば度胸試しつまりは肝試しをするんだそうだ。何。アフリカの成人の儀式かなんかなわけ?度胸試しって。馬鹿らしい。今日も黒龍の集会が終わった後、歌舞伎町の雑居ビルに幽霊が出るらしいからって俺とイヌピー含む6人でやってきたってわけ。帰りたかったけど、イヌピー好きなんだよ肝試し。イヌピーが行くんなら帰るわけにいかねえし。この前も八王子だかのトンネルまで行ったし。俺は途中から酔っ払って寝たから出たんだか出てねえんだか知らねえんだけど。件の歌舞伎町の雑居ビルは、一等地にあるにもかかわらずほとんどテナントが入ってなかった。一階のコンビニは撤退していて三階ももぬけのから。二階にだけまあまあ繁盛してるガールズバーが入っていた。歌舞伎町でこんな遊ばせとく空間ないだろ普通。そんなんだから幽霊の話が出たりすんだろな。幽霊が出るのは三階らしく、俺たちは階段を登って三階まで行く。イヌピーはヒールをはいているのに、軽やかに器用に階段を登る。三階はなんの店も入ってないから電気も通ってなく確かに不気味ではある。でもそれだけだ。ていうか、これって金儲けのチャンスなんじゃね?こんな歌舞伎町とかいう好立地にこういう人目につかない場所がある。良くない金銭のやりとりやなんかし放題じゃん?こういう心霊現象があるらしい物件を借りて、ヤバめビジネスの場として提供して収入を得るってのはアリかもな。心理的瑕疵物件ですって吹聴しとけば普通の人は近づかないだろうし。俺はあらたなるビジネスチャンスを見つけて、肝試しも悪くないもんだなと思った。
特に何も起こらず、歌舞伎町のビルの前で解散となった。イヌピーは今日もアジトに帰るのかなと思ったら、真剣な表情でココのマンション泊まってもいい?と言う。俺はビジネス用にマンションを借りていて、イヌピーとアジトで過ごす以外はそこでほぼ生活している。イヌピーもアジトにはシャワーはないから借りにくるけど、泊まるのは悪いと遠慮するからこれはものすごく珍しい申し出だ。コンビニで適当にメシを買って俺のマンションにイヌピーと帰った。イヌピーはどうも様子がおかしかった。やたら距離が近いのだ。挙げ句の果てに風呂一緒に入ろうとか言う。どうした。熱でもあんのか?
「もしかして…イヌピー肝試し怖かったの?」
まさかと思って尋ねると、イヌピーはその大きな緑色の瞳をうるませて怖かった…なんか今日のとこ気持ちが悪かった。と正直に白状した。俺はそんなおびえるイヌピーを見て興奮してしまい、一緒に風呂に入りイヌピーにキスをした。俺の中では通算2度めのキスだが、イヌピー的には初めてと思われる。ビックリしていた。かわいかった。そして、ベッドに押し倒したらイヌピーはオロオロしながら手でも良い?と言うから手でも足でもウェルカムだわ!!と思い、手で抜いてもらった。その日以降俺たちはネジでもぶっ飛んだのか、抜き合ったり、たまにイヌピーの尻に突っ込んだりする幼馴染とは言い難い謎の関係になった。あわよくばイヌピーとどうにかなりたいなと常々考えていた俺は肝試しさまさまだなと思った。
俺は肝試しがけっこう好きだった。あの時までは。その日も歌舞伎町の雑居ビルに幽霊が出るらしいってことで集会のあと、ココと俺と黒龍の隊員4人合わせて6人で行ってみたのだ。件のビルはほんとなんの変哲もない雑居ビルで、二階にだけキャバクラみたいなのが入ってた。そこだけ賑わってるのが異様と言えば異様か。幽霊が出るってのは三階だからみんなで階段を登る。ココは明らかに馬鹿にした顔をしていた。ココのしらけてるのに、律儀に付き合ってくれるところが昔から好きだ。しばらく、三階の空き店舗でスイッチを押してみたり棚を開けてみたりしたが電気も通ってないし特におもしろいことはなかった。誰かが帰りますか〜と言うからそうすることにした。だが、階段を降りる時、俺は見てしまった。三階の空き店舗の壁から2メートルくらいの腕がぬっとはえてきてオイデオイデするのを。他のやつらは既に階段を降りていておそらく俺しか見ていない。2メートルの腕なんて人間であるはずがない。じゃあ、あれはなんなんだ……?しかもフラフラとオイデオイデとしている。俺のことが見えてるのか?腕だけなのに?俺はものすごく怖くて気持ちが悪くなってしまった。俺はふだんココのマンションでシャワーを借りて、アジトでひとり眠っているが、とてもそんなことできそうになかった。だから、ココにココのマンションに泊めてほしいと頼んだ。ココはいつもアジトじゃ休まらないから泊まれよと言ってくれていたから快く泊めてくれた。しかし、ココのマンションに着いてもまだあの長い腕がオイデオイデするのが目に焼きついて離れず怖くてたまらなかったから、恥をしのんで風呂に一緒に入ってほしいとココに言ったのだ。ココは察しがいいから、肝試し怖かったんだな?とあっさりバレてしまった。もう恥ずかしいとかどうでもいいくらい怖かったから、開き直って怖かったと白状した。そうしたらココは何に興奮したのかまったく理解できないが、風呂でキスをしてきた上俺をベッドに押し倒してきた。もしかしてココも肝試し怖かったのか?それなら仕方ないよな。だから、俺はココの予想外に元気いっぱいのチンコを右手で抜いた。ほんと、いったい何に興奮したんだ?まぁ安眠するためには抜くのがいちばんだからな。うん。鎮まれ鎮まれ。それ以降、俺たちは抜き合ったり、たまに俺の尻に挿れたりという奇妙な関係になってしまったが、幽霊ってのはエロいことしてたら近づいてこねえらしいからこれはこれで魔除けみたいで良いのかもしれないなと俺はひとり納得した。
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ヤンキーというものは、シンナーを吸ってみたり煙草を吸ってみたり、煙草の火を自分に押しつけてみたりとマジでロクなことをしないのだが、自分が所属する黒龍も御多分に洩れずそれらロクでもないことをやっていた。ただ、乾青宗に煙草の火を押しつける、いわゆる根性焼きをやれというヤツは皆無だった。根性焼きというのは、煙草の火を自分に押しつけてどれだけ自分が痛みに耐えられるかという漢気を示す不良独特の文化だ。人に火を押しつけて脅したりするのが根性焼きだとよく勘違いされるが、それは違う。乾の過去に何があったのかはわからないが、その整った顔に広がるアザは火傷のあとと思われ、そんな痛みを知ってるヤツに根性焼きやれなどと言うアホはさすがにいなかった。ただ、みんなで集まった時に乾以外が根性焼きをして度胸くらべをすることはたまにあった。単純に盛り上がるからな。そんな時、乾は自分が火傷を負った時痛かったことを思い出すのだろうか、そっと輪から離れて目を伏せる様子が見られた。乾というのはちょっとハーフの子みたいなかわいい見た目をしているから、なんというか庇護欲をかきたてられる。あのおそろしい黒川さんが気に入って拾ってきたのも頷ける。だから、根性焼き大会が始まってしまい、居心地悪そうに所在なさそうにしている乾をそこから連れ出すべくメシに誘ったりツーリングに誘ったりするのはけっこう争奪戦なのである。オレが!今日こそはオレが!我も我もとむくつけき不良どもがじゃんけんをして勝った者が乾とランデブーする権利を得るのである。かくいう自分も2回だけそのじゃんけんトーナメントに勝ち、めでたく乾とファミレスに行った。おごってやるからなんでも食えよと言うと、そこらへんの女がかすんでぶっ飛ぶくらいの笑顔で良いんスか?腹減ってたんです俺と喜んでいた。乾はふだんスンッとしてるぶん、レアな笑顔が子犬みたいで余計にかわいかった。
そんな感じで、黒龍はロクでもないなりに楽しいこともあったのだが、乾は運悪くパクられ黒龍もついぞなくなってしまった。8代目、9代目と黒龍ではしゃいでいた自分もそろそろしおどきかなと暴走族を引退した。それからしばらく経って、黒龍が復活したらしいと風の噂で聞いた。なんでもものすごいカリスマのある総長が見つかったらしい。乾も出所したらしいし。特にやることもなく惰性で底辺高校に行ったり行かなかったりしていた自分もやっぱゾクに復帰してえと思って10代目黒龍に入った。
10代目黒龍はこれまでとはぜんぜん違った。総長の柴大寿は噂通りカリスマがあって強く、ついていくのに申し分のない人物だった。特攻服もヤン詩とか入ってねえスタイリッシュなものに統一されていた。前までは靴は作業着売ってるとこでトビの人とかが買うやつを適当に履いてたもんだけど、揃いのブーツまで支給されて驚いた。えらく金がかかってる。こういうのは、ブレーンの九井一っていうやつがやってるらしかった。そして、この九井ってのが相当な曲者で久しぶりに乾に再会できたからうれしくてちょっと挨拶しようと思っただけなのに、露骨に牽制する。おまえ乾のなんなんだよって感じ。幼馴染らしいけど、だからってそこまでする?乾はあいかわらずスンッとしていたが、俺を見るとミヤウチ先輩!久しぶりッス!と人懐っこい笑顔を一瞬だけ見せた。やっぱかわいかった。
ところで、10代目黒龍でいちばん驚いたのが、規則がいっぱいあるってこと。不良って規則が嫌いで横道それてんのに規則って何と思うが。まず、総長の柴大寿はみっともないのが大嫌いだから特攻服とか適当にしてたらぶん殴られる。いや自分たちって不良だよな!?でも、10代目黒龍ってのは暴力を金にかえているから不良のお遊びというよりはビジネスだから、イメージがものすごく大事なんであろうことは頭がおめでたい自分にもわかった。ピシッと統率がとれた兵隊みたいじゃないとダメなんだろうな。それから、乾を個人的に遊びに誘うのは禁止らしかった。……何…それ?乾はバイクが好きだし、8代目9代目の時の知り合いとかだとツーリング行こうぜみたいによくなるんだけど、それはダメらしい。なんか知んねえけど九井通さないとダメなんだって。もうワケわかんねえよ。そんなん乾スンッ通り越してシュンッになっちゃうじゃん。乾はスンッてしてるけど、みんなでワイワイやるのは意外と嫌いじゃないの、九井とかいうのはわかってんのかね。わかってやってんなら相当だと思うぜ。あと、これは良かったことだけど、根性焼きは禁止。乾が火を怖がるから。九井の過保護もこれに関しては良かったよほんと。自分も乾が根性焼きするやつらみて苦しそうな顔してるの見るのは嫌だったからな。まぁ、ちょっとそんな雰囲気だから、自分のカラーには合わねえなと思って辞めることを検討し始めた。悪くはないんだけど、自分はもっと適当なのが好きだから。斑目さんが総長だった時とか最悪なんだけど適当だったから、言われてるほど悪くなかったんだよな。それに、親父が腰をやっちまって家業の手伝いを本気でやり始めたからゾクやる時間が単純になくなったってのもある。
「なあ。乾。ファミレス行こうぜ久しぶりに。」
集会終わりに自分がそう言うと、まわりのやつらはギョッとした顔をしていた。そうだった。乾は今はエライからイヌピー君とか乾さんとかって呼ばなきゃなんだっけ?どうでもいいや。九井は柴大寿と何か話しこんでいる。チャンスだ。
「ミヤウチ先輩…でもココが……。」
「いいからいいから〜!!俺来週で辞めるんだから、最後くらい良いだろ?」
そう言って自分のバイクのケツに乾を乗せて走り去った。気づいた九井がなんか大声で言ってたけど知らねえよ。バイクでそのへん流して適当なファミレスに入った。
「好きなもんなんでも食えよおごるから。」
「ふふっ。ミヤウチ先輩は変わらないッスね。」
「ほんとな。俺は変わらねえけど、黒龍は変わっちまったから。」
「ハイ……俺も…なんかちがうような気はするんですけど……。」
「乾をせめてんじゃねえから。俺が今度こそシオドキってだけだから。家の手伝いしなきゃなんないからな。」
「先輩んちって。」
「ケーキ屋!!」
「ウソだろ…似合わない…似合わない……。」
乾は似合わないと繰り返してゲラっていた。自分だってこんな怖い顔でケーキ屋似合わんことはわかってるよ!さんざん笑いやがった乾と久しぶりにファミレスで夕飯を食って楽しかった。ゾクあがる前に良い思い出ができて良かったと思った。
「じゃーな乾。元気でやれよ。もうパクられんなよ。」
俺をアジト前まで送ってくれたミヤウチ先輩はそう言って、昔みたいに俺の頭を撫でてバイクで去って行った。もう、俺の方が背が高いのに。先輩はかつての黒龍では話が通じるかなりマトモな部類の人だった。やる気がなくてグレてただけで、これからはきっと真面目にケーキ屋になるんだろうな。…ケーキ屋…あの怖い顔で……?俺は再びツボにハマってひとりなのにちょっと笑ってしまった。
「イヌピー。えらい楽しそうだな。」
アジトに入ると、不機嫌ですと顔に書いてあるココがいた。
「ココ。その…ミヤウチ先輩は来週で辞めるから送別会みたいな……。」
「ふーん。イヌピー好きだよな。ああいう時代錯誤なヤンキー。今どきリーゼントって。」
「リーゼントはかっこいいだろ!」
「ハァ?なんだよ!そんなに古くさいヤンキー好きならそういうヤツとつるめよ!」
ココが俺を力まかせに床に突き飛ばした。そして、俺にのしかかってくる。
「殴りたいんなら殴れば。」
俺も腹が立ってそんなことを言ってしまう。なのに、ココは何を思ったのか俺にのしかかったままキスを始めてしまった。こっちのパターンだったか。やべぇな。こうなるとココはもう止まらない。
「んん。ココ。やめろよ。」
一応やめろと言ってみる。
「やめねえ。絶対やめねえ。あんなリーゼント野郎としけこんで腹たつ。」
しけこんでねえし。やっぱやめねえか仕方ない。あきらめた俺はココの好きなようにさせることにして抵抗するのをやめた。怒って止まらなくなったココはしつこいからきっと俺の股関節と尻の穴は明日しんでる。さよなら俺の健やかな下半身。
3
ヤンキーというものは誰しも飲み会の時などに一発芸がないと話にならない。あのクールな空条承太郎さんだって煙草を5本くわえてなんやらするという一発芸を持ってるくらいだ。現在、乾は足を洗いドラケンとバイク屋をやり始め、たまに良いことがあったら飲み会をする。まだ酒飲める年齢じゃないだろって?今さらだろ!
今日も、日雇いで補填したとはいえ無事バイク屋の経営をなんとか1ヶ月赤もなく乗り切れたから、乾のアパートでささやかに飲み会をした。そこで飛び出すのが元ヤン一発芸である。ドラケンの飲み会一発芸はなんと火のついたマッチを食べる。一見クレイジーだが、閉じた口の中は真空なので酸素がないからすぐマッチの火は消えて熱くないという化学的インテリジェンスあふるる一発芸である。さすがドラケン。一発芸までクール。三ツ谷の一発芸はない。料理をつくったり、とりわけたり酔っぱらいを布団に並べたりするお母さんだから一発芸するヒマなんか昔からない。誰か手伝ってやれ。八戒の一発芸は高くに放り投げたピーナッツを食うだけの毎度つまらんと非難轟々のやつである。八戒は二次会のボウリングでしか輝けない。そして満を持して登場するのが乾である。その日は八戒が自宅にあったからとシャンパンを持参していた。おまえんちにあるシャンパンとか値段がおそろしいだろと三ツ谷が返そうとしたところ、乾がシャンパンの瓶をヒシッとにぎりしめたのであった。乾の前にシャンパンを置いてはいけなかった。時既に遅し。その時缶ビールを3本飲んでいたいい感じの乾はシャンパンコールをしながら踊りまくり、ドラケン、三ツ谷、八戒のグラスに均等にシャンパンを注ぎ残りは全部自分がラッパ飲みした。これが、8代目9代目黒龍で盛り上がること必至だった乾青宗のシャンパンダンスであった。何がすごいって酔っぱらってるのに人数ぶんきっちりグラスに均等に注げるのがすごい。しかもあのシャンパンのかたい栓を開けるのもめちゃくちゃはやくて上手い。
「これが噂のイヌピーのトンチキシャンパンダンスか。ウチの兄貴が初めて見た時ぶん殴ったという……。」
「大寿君こういうノリ駄目そうだもんな。10代目黒龍じゃなくて東卍だったら絶対ばかウケだったのに。殴られてかわいそうじゃん。」
「イヌピーって顔スンッとしてるけど、仲良くなってみると実際ノリは東卍寄りだからな。最初スカしたヤなヤツと思ってたからこんな気が合うとは思わなかったマジ。顔スンッが悪い。」
「あ〜!!10代目黒龍でコレ禁止されてたから久しぶりにシャンパンラッパ飲みした〜気持ちいい〜!!!!」
乾は踊りまくり疲れたのか床に転がって空になったシャンパンの瓶を抱えご満悦である。
「え。10代目黒龍ではマジ禁止されてたのそれ?そんな目くじらたてるようなことか〜?かわいいもんじゃん。おもしろいし。」
「ココがな。絶対駄目だって。人前でやっちゃ駄目だって。」
「「「あ〜〜九井〜〜」」」
「でもな!俺は!ココと仲直りして!シャンパンダンス踊ってやりてえんだ!」
「仲直りはともかくトンチキダンスはやめとけ〜」
「イヌピーだいぶ酔ってんな。言動がいつもの1.2倍おかしい。寝かしつけるか。」
乾はだいぶ酔っぱらうと服を脱いで人に絡み始め非常にめんどくさいので、ドラケンの子守歌(魅惑のバリトン)でスヤスヤと寝かしつけられた。ドラケンと三ツ谷、八戒は家主は寝たがかまわず引き続き飲んだ。家主はシャンパンの瓶を抱きしめたまま幸せそうに眠っている。
「あれかな。九井がイヌピーシャンパンダンス禁止してたのって他人にかわいいイヌピー見せたくないみたいな?」
「かわいいか?あれ?おもしろいけどだいぶヤバいお兄さんだろ。イヌピーの顔ファンが見たら泣くぜ。」
「ほら。恋って盲目じゃん?九井からしたかわいいんだよ。」
「え!!イヌピーと九井って恋なの!?」
「八戒ベビーは黙っときな。」
「俺さ。一回だけ遠〜〜〜くから九井がウチのバイク屋見つめてたの見たことあんだよ。」
「わあ…切ない…切ない……。」
「え!!それ恋なの!?心配じゃなくて!?」
「だから八戒ベビーは黙っときな。イヌピーとネンネしな。」
「俺らもそうなんだけど、あちらさんもうまいこと丸くおさまらねえかな。」
「難しいなぁ……。」
みんなそれぞれ夢があり、違う道を進んでいるが、やはり本当のところは以前のようにみんなでバカやるダチに戻りたかった。難しいことだとわかってはいるけれど。
4
さまざまな犠牲者を出したが、九井と乾に限ってはマブという平和なものに落ち着き、とりあえず九井は乾のアパートに転がり込んだ。その際、九井は本棚をアパートに持ち込んだ。読書家だし、日々勉強するから参考書もけっこうあって本棚は必要不可欠だった。そんななか、本棚を持ってない乾が余ったスペースに置かせてくれと特攻の拓全27巻セットを持ってきた。いや余ったスペースって言うけど27巻って結構あるな!?今までどうしてたんだよと聞くと、クローゼットに積んでいたらしい。大事な本なのにその扱い。読書家からしたら信じられない。それにしても特攻の拓全27巻セットはイヌピーの唯一の大事な本だからと九井は丁重に本棚の良い場所におさめた。特攻の拓とは伝説的な不良漫画であるが、九井は読んだことがない。九井のまわりは特攻の拓の愛読者ばかりであり、読んだことないと言うとものすごくドン引きされる。そういうのに興味なさそうな三途にさえドン引きされた。武藤の家で読んでものすごく感動したらしい。別に超人気漫画のワンピースを読んでなくてもまぁ趣味のことだからそういうこともあるよねとドン引きされることなんてないのに、特攻の拓に限ってはこの反応。ほんとなんで?ヤンキーって不思議だ。まわりからはヤンキーとカテゴライズされていた青春時代だったけど、九井はついぞヤンキー文化が理解できなかった。でも、食わず嫌いはいけないよなと九井は乾の特攻の拓をかりて読み始めた。イヌピーの好きなものは全部知りたいし。
「だからっていきなり聖地巡礼?」
特攻の拓を読破してうっかり感動してしまった九井は、乾を伴い特攻の拓の舞台である横浜に来ている。
「で、どこ行くんだココ?」
「まずは天羽セロニアス時貞が寝てた根岸森林公園だな。」
「天羽君かぁ〜!大金持ちだからココ好きそう。天羽君のバイク俺も好きだ。最期アツいよな。」
死んでしまった天羽君に思いを馳せながら根岸森林公園を散策し、ふたりは電車に乗り元町に向かう。電車でゆっくり出かけるとかいつぶりだろうか。
「さて、今日はイヌピーの誕生日だからこれからケーキを食おうと思う。」
「え?今日…俺…誕生日……?」
「何。イヌピー、マジで特攻の拓の聖地巡礼してると思ってた?俺は誕生日デートのつもりだったんだけど……。ていうか自分の誕生日って忘れる?普通。」
「ほんとだ今日俺誕生日か!!店ひとりで忙しいから自分の誕生日忘れてた!!」
「えーと。このケーキ屋だと思うんだけど…あ〜いたわ。イヌピー、あれ見てみて。」
九井が指差す先にはケーキ屋の厨房が少し見えて、数人のパティシエが忙しそうに働いている。
「ん…?あ…!!あれ、ミヤウチ先輩!?でも先輩のうちって……。」
「ミヤウチ先輩んちのケーキ屋は北千住だけど、一人前になるまで元町のこの店で修行してんだって。」
「ココ。それ、わざわざ調べてくれたのか?」
「そー。イヌピー、黒龍の時ミヤウチ先輩になついてたろ。先輩辞める時も寂しそうだったし。」
「すげぇ…うれしい。ありがとうココ。先輩、立派だな。俺もひとりになったけど、頑張んなきゃな店。」
「ちょっと元気なった?ほら。やっぱ龍宮寺いなくなって元気ないんじゃないかなと思ったから。」
「ココ…。明日アラレでも降る?」
「あのさぁ〜俺は今度こそイヌピーに嫌われたくねえの!」
「俺はココのこと嫌いだったことなんて1秒もない。ずっと。めんどくさいココも。かっこいいココも。全部好きだ。」
乾は大きな緑色の瞳で九井をまっすぐ見つめて言い切る。
「イヌピーはそうやって俺を甘やかすからな。」
「でも、ほんとだから。そろそろ店入ってケーキ食おうぜ。腹減ってきた。俺誕生日だから2個食う。」
「俺も誕生日じゃねえけど2個食おうかな。」
その後、ミヤウチ先輩は元町のケーキ屋での修行を終え、北千住の実家のケーキ屋を継いだ。毎年10月18日には、九井と乾が仲良く連れ立って必ず誕生日ケーキを買いに来るのだという。
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