赤ちゃんみたいな乾(アラサー、反社)
赤ちゃんみたいな乾(アラサー、反社)
「乾さん、メシですよ。」
俺が声をかけると隣でブランケットに包まれて寝ていた乾さんがもぞもぞ起きた。
「え。何コヤマ。あと1時間で日本着くのにメシ出んの?飛行機ってわけわかんねえな。」
目の前の画面で現在地を確認し、わけわかんねえとか言いながら乾さんは運ばれてきた機内食特有の謎に満ちたメシをきっちり食べる。ずっと寝てたから腹が減ったらしい。乾さんがその白くて長い指で謎の食物を持って、そのまま並びの良い健康な歯で噛みちぎる様子は毎度惚れ惚れする。すんなりと長い首の喉仏が上下するのも凝視してしまう。俺の上司はものすごく美しいのだ。
「乾さん、このレンガなんスか?」
俺が乾さんの食べる姿に見惚れている間に、彼はプレートの上のものすべてをきれいにたいらげていた。俺が食べようか食べまいか迷っている謎に満ちた機内食のひとつも乾さんはためらいもなく食べたので聞いてみる。どう見てもレンガにしか見えないんだけど。食い物か?これ。
「レンガじゃねえし。チョコレート味のスポンジだった。」
乾さんはなんだよレンガって…ともう1度言ってふふっと笑った。
乾さんとその部下である俺コヤマはフィリピンの違法賭博の見まわりの帰りだ。その違法賭博は、首が回らなくなった債務者を放り込んで格闘技みたいなことをさせる。そんなカイジみたいなことあるかよとこの目で見るまでは半信半疑だったけど、片目を潰されたまま闘う債務者や壊死した足を引きずりながら闘う債務者たちを見て現実なんだとゾッとした。この悪趣味な違法賭博の胴元は黒川イザナで、彼はわざわざ見まわりなんかに出向かないから時々俺たちがこうして見まわりに行かされる。もちろん、乾さんの飛行機チケットは九井さんが手配するからビジネスクラスだった。最初は。だけど、ビジネスクラスって愛想のいい女が英語で話しかけてきてこわいと乾さんが赤子みたいなことを言うから、現在のように俺と並んでエコノミークラスとなっている。九井さんとビジネスやファーストに乗る時は、キャビンアテンダントとのやりとりを全て九井さんがやってくれるから、乾さんひとりだと英語もしゃべれないしそんなの緊張して嫌なんだとのこと。あと、機内食もエコノミーのほうが良いらしい。ビジネスやファーストはフランス料理や日本料理がコースで供されるから疲れるのだという。
「あ〜外国はシャワーばっかだから嫌っスよね。湯船に入りてえ。臭かったらすんません。」
フィリピンは暑かったし、乾さんの部屋はスイートだったからバスタブもあったのだろうが俺の部屋はシャワーブースしかなかったから正直においには自信がなかった。
「臭くはねえよ。」
乾さんはそう言っておもむろに俺の耳のうしろにその高い鼻を近づけてスンスンかいだ。
「や、やめてくださいよ〜変な気分になる〜!」
「なんか。コヤマのにおいした。でも悪くない。大丈夫。」
「なんですかそれ恥ずかしい!」
「ココのにおいもかぎたくなってきた。」
「突然始まる惚気!」
「ココふだんは香水でわかんねんだけど、仕事忙しくて2日くらい寝ずに食べずに風呂入らずにみたいな修羅場の時…いいにおいする……。」
乾さんは思い出したのかうっとりしている。ていうか、それいいにおいか?ちょっと特殊なヘキなような。
「しかも、修羅場だとふだんはそってるヒゲまではえてワイルドで…カッコいい……。」
乾さんは目を閉じた。修羅場ヒゲ九井を思い出してるらしい。めちゃくちゃうっとりしてる。最初はみんな九井さんの乾独占欲にドン引きするが、長く付き合うと乾さんの惚れ具合もたいがいヤベェことがわかる。要するにお似合いというやつだ。
羽田に着くと、九井さん自ら車で迎えに来ていてビックリする。そんなに乾さんが好きかよ。コヤマは京急かモノレールで帰れやと無慈悲なことを九井さんが言うのに、乾さんが送ってやってくれよ疲れてかわいそうだからと言ってくれたからありがたく後部座席に乗る。
「イヌピー疲れた?なんか食べたいものある?どっか寄る?」
「家で永谷◯のお茶漬け。食う。」
「わかる〜海外帰りのお茶漬けわかる〜!じゃ、くそコヤマおろしたら家帰ろうな。あれ。コヤマんちどこだっけ?俺の海馬がコヤマ関連のこと覚えるのを拒否してる。」
「小菅。ほら。ピッキングし放題のマンション。」
「あ〜セキュリティガバガバの小菅のマンションな。思い出した。」
九井さんに何もかもを盛大にディスられているが、仕事で疲れてる上デカい荷物かかえてモノレールはカンベンだから、車に乗せてもらってる以上このくらいのディスりそよ風みたいなもんだ。夕方のことで、首都高は混雑している。
「あ〜完璧渋滞ハマったな。」
「ココ。見て。今日スカイツリーのライトアップ緑色。きれい。」
「スカイツリーよりイヌピーの瞳のほうがきれいだよ。」
「スカイツリーより?俺が?うれしい……。」
スカイツリーが基準ってなんだよ意味わかんねえよ!しばらくスカイツリー大喜利をしていたふたりだが、急に助手席の乾さんが身を乗り出して運転席の九井さんに顔を近づける。おおかたキスでもしたんだろこのバカップルめが。
「ココ耳のうしろ香水つけた?においかげなかった。」
乾さんがプンプンと不満げに言う。あ。においかいでたのか。なるほど。…なるほどわかんねえわ。
「大丈夫。夜ぞんぶんにかがせてやる。」
「ほんと?うれしい。俺ココのにおいかがないと安眠できねえ。」
もう。このふたりの会話どういうこと??徹頭徹尾意味わかんねえ!!
「イヌピーは赤ちゃんだから俺のにおいかがねえと寝れねえもんな〜」
「赤ちゃん…赤ちゃんだから何もしなくて良いんだな。良かった。今日疲れてんだ俺。当然尻も疲れてる。ココのにおいかいで寝よ。」
「良いわけねえだろ!!久しぶりの美し生イヌピーだぞ!!イヌピーが寝てたって!!俺は!!おまえを抱く!!」
「ええ……。俺赤ちゃんなのにセックスすんの?だるい。お茶漬け食ってココかいでそのまま寝たい。」
ほんと。このふたりの会話どうにかして??頭おかしくなりそう。俺は反社だが自分で言うのもなんだけど九井さんと乾さんよりだいぶ正常だから、いつもこのふたりの会話に頭がおかしくなりそうになる。ひとりひとり単体だとそうでもないのに、ふたり合わさるともうダメだ。渋滞で時間がかかりそうだし、小菅のピッキングし放題と言われようが愛着ある我が家に着くまで俺コヤマはひと眠りすることにした。
ココのにおいが好きになったのは火事の時だろうと思う。俺を助けようとしたわけじゃないが、結果的に命の恩人なわけで。本当に苦しくて苦しくて、やっと楽になったと思ったらココのにおいを感じて自分が生きていることを知った。これはもう本能的なものだ。ココは姉を助けたかったが助けられたのは俺で、俺は一生その罪悪感から逃れられない。悲しいと同時に動物的な生きていたことへの安堵なのか、ココのにおいをかぐと心底安心するのだ。ココのにおいイコール生きてる。というのが俺の脳に刷り込まれている。
不良などという生やさしいものからヤクザまがいのものになってしまって、今では簡単に人を殺したり捨てたりするが最初から平気だったわけじゃない。当然こわかった。初めて人を殺して埋めた時、人間として大事な何かを失った気がしておそろしかった。やってる最中は集中していたから何も感じなかったが、帰宅してから急に現実感を伴ってきて嘔吐を繰り返してガタガタ震えた。そんな俺を見てココが抱きしめてくれたからにおいをかいで安心した。大丈夫。俺なんか間接的にたくさんの人間を殺してる。大丈夫。一緒に地獄におちよう。ココがそう言うから、それもいいなと思った。きっと赤音はいいヤツだから天国にいる。地獄なら今度こそココを独り占めできるかもしれない。そんな罰当たりなことを思った。それ以来、不安な時はついココにくっついてにおいをかいでしまう。
九井さんの事務所に届け物があったから寄ると、彼はいつものデスクではなくテーブルにパソコンを開きソファーに座って仕事をしていた。ソファーに座る九井さんの膝には乾さんが頭を乗せて寝ていた。九井さんは仕事をしながら、時々乾さんを撫でている。高級な犬みたいだ。乾さんは赤ん坊みたいにその恵まれた長さの手脚を折りたたんでいて、九井さんに密着して丸まって寝ている。もはや巻きついているというのが正しい。こんなに甘えるなんて何か良くないことでもあったのだろうか?
「カワイどうした?」
「書類を届けに来ただけなので、すぐ帰ります。」
俺は10代目黒龍の時から九井さんについてきているから、ふたりが身を寄せ合っている時はそっとしておかなければならないことを知っている。だから、ふたりの邪魔をしないようにすぐ帰ると言ったのだが。
「なぁカワイ。悪いけどコーヒーいれてくんねえ?俺イヌピーいて動けないから。」
「あ…はい。かしこまりました。」
チラッとパソコンの様子を伺うと、たぶん仕事は佳境を迎えていてあともう少しだろうから、踏ん張れるようやや濃いめにコーヒーをいれ、九井さんは意外と腹が減る人だからすぐにつまめるようチョコレートを皿に盛ったものを添えてテーブルに置いた。
「おまえほんと気がきくよなぁ。」
九井さんはやはり小腹が空いていたらしく、チョコレートをいくつか口に放り込んでコーヒーを飲んだ。
「なぁ。昨日イヌピーが半間とショウと埋めに行った女の死体、誰がコンクリ詰めたか知ってる?」
「わかりませんが、古参の誰かの部下だと思います。調べますか?」
「うん。調べてさ。釘刺しといて。コンクリちゃんと詰めれてなくてドラム缶から女の髪はみ出てたんだよ。イヌピー女を殺したり埋めたりすると、ほら、こうやって帰ってきてから気に病むから。わかんねえようにきっちり詰めるかバラすかしろよな。これだから古参は雑なんだよ。男ならぜんぜん殺したり平気みたいなんだけどなぁ。女だとこうだよ。イヌピーってやさしいから。」
そう言って、九井さんは乾さんの頭を大事そうに撫でた。なるほど。苦手な仕事をしたから不安定になって九井さんに巻きついているのだな乾さんは。反社の赤ちゃんかな?
「別に。俺は女だって平気だ。ぜんぜん平気。弱ってない。」
乾さんがむっくり起き上がる。が、その顔は見るからに憔悴していてまるで説得力がない。
「はいはい。平気ってことにしとこう。イヌピーチョコレート口に入れて。」
乾さんは素直にチョコレートの包装をはがして九井さんの口に入れてやる。
「乾さんもコーヒー飲まれますか?」
「ううん。いらねえ。」
「イヌピー赤ちゃんだからコーヒー飲めねえもんな。」
「俺赤ちゃんだけどコーヒー飲めるし。今はいらねーだけだし。」
「赤ちゃんなことは認めるんだ。しかし、こんなさぁ。やらしい赤ちゃんがいたもんだな?」
九井さんが乾さんの背骨から尻にかけてを指でそっとなぞる。以前、酔っぱらった九井さんに聞いたところによると乾さんは男性にしては股関節の可動域がかなり広いらしい。つまりは抱かれる適性があるのだそうだ。愛妻家の俺にはまるでいらない情報である。
「やらしいって。ココが俺をそんなふうにしたんだろ。」
尻を触られて火がついたのか乾さんは九井さんのペニスを服の上からしばらく弄び、ジッパーを下げてそれを取り出す。そして乾さんは座っている九井さんの脚の間にその美しい顔を近づけ、九井さんのじゅうぶんに屹立しているペニスを慣れたように咥えた。折良く仕事が終了したのか、もはや諦めたのか、九井さんはパソコンを閉じた。これから先ふたりがすることはひとつしかないと思われたので、俺は邪魔にならないよう静かに事務所を退出した。
新潟まで帰る新幹線の時間まで少し時間があるから、バーで時間をつぶしている。僕は新潟から出馬して当選した議員だが、ふだんは東京で暮らしていて、こうして定期的に新潟へ戻って地元有権者のご意見とやらを聞くのが面倒で仕方ない。要は地元への愛がない。地方の声をひろいあげるのが議員の仕事だとはわかっているけど、僕は2世だし政治思想もないからぶっちゃけ給料だけもらってあとは赤坂で安穏と過ごしたい。
「こんばんは。今日はおひとりですか?」
気難しそうなバーテンが親しげに声をかけている。コイツ僕が店に入った時は、僕はけっこう有名な議員なのにもかかわらずシラっとした顔してやがったのに。どういうやつにそんな親しげに声かけるんだよと隣を見ると、なるほど美しい男がいた。議員なんて外見のことに言及したら一発で政治家生命を断たれるから言わないけど、男女問わず美しい人間というのは良い。つい話しかけたりやさしくしたりしてしまうよな。その美しい男は、うん。今日アイツ忙しいからひとり。すげえヒマ。とバーテンの質問に子どもみたいな返答をした。何飲まれます?と再び聞かれ、なんかきれいで甘いやつ。と言うから笑ってしまう。この男以外がそんなふざけた注文をしたらバーテン怒るだろうなと思う。バーテンはにっこり笑うと、そろそろ来られるかなってお好きなのご用意してたんです。と大ぶりのいちごをとりだした。男はいちごを見てその大きな緑色の瞳を輝かせた。男に出されたのはフローズンストロベリーマルガリータだった。いちごをガラスの器に盛ったものもカクテルと一緒に出される。そんなものもちろんメニューにはない。ここはけっこう格式高いバーのはずだ。いったい何故議員の僕は普通に流され、この美しい男はそんなに特別扱いをされるのか?と僕はしげしげと男を観察する。まず、彼のスーツはオーダーメイドであろうことは確実だった。靴もよく磨かれた良いものをはいている。時計はややヤンキーイメージのあるウブロだが、シンプルなものを選んでいて好感がもてる。年齢は30手前くらいに見えるが、その年齢にしては金のかかり過ぎた装いである。経営者特有のガツガツした感じもないし、職業の予想がつかない不思議な男だと思った。ちょっとお近づきになりたいな。そう思い僕は新幹線の時間のことは忘れ、その美しい男に一緒に飲まないかと話しかけた。
「あーあ。やっちまった。」
俺は連れ込まれたラブホテルでベッドに押し倒されそうになったところで、そのおっさんを殴って気絶させた。やっちまったとか言ったが、罪悪感はもちろんない。ココが仕事で修羅場ってるから邪魔したくはないけど、なんとなく寂しくて、ココとよく来るバーにフラッと入った。このバーのマスターは親切でやさしいから好きだ。今日も好きとは明かしてないのに、いちごのカクテルを出してくれてうれしかった。適当に2、3杯飲んで帰るかなと思ってたら、知らねえおっさんが一緒に飲もうとか言うからヒマだししばらく付き合った。自慢ばっかりでぜんぜんおもしろくねえのこのおっさん。で、酔っちゃってひとりで帰れないからホテルに送ってくれと言う。いいよとおっさんを支えて店を出ようとしたら、マスターがその人良くない噂ばかりの議員ですから気をつけてくださいと耳打ちしてきた。なるほどな。なんか話おもしろくないし偉そうと思ったら議員のセンセーなのか。大丈夫。俺強いからとマスターに言うと、それはもう。存じてますよと笑っていた。実のところこのバーはウチにショバ代をおさめていて、何かトラブルがあったらウチが問題を解決(物理)しているから勝手知ったるなんとやらだ。おっさんは酔ったフリして最寄りラブホテルに俺を連れ込もうとするから、そんなイニシエの手口使うやつまだいるのか?とおもしろくなって連れ込まれてやった。それで、お金あげるから一晩だけとか言って押し倒そうとするから、おもしろいけどこれ以上ベタベタと触られんのはイヤだなと思ってぶちのめした。
気絶したおっさんを横目におっさんの荷物をあらためる。議員らしいから、何かココに土産を持って帰れるかもしれない。革張りの手帳があって、その中にきれいにはさみこまれた紙があった。広げると会社らしき名前と何かの金額が書いてある。これ、もしかしたらココ喜ぶやつかも。本能的なカンで俺はその紙をスマホで撮り、おっさんの名刺とアホづらで気絶してる様子も撮った。もしかしたらココに褒められるかもしれねえなと俺は機嫌よくおっさんを放置してラブホを後にした。
「ただいま〜」
帰宅すると、修羅場を終えたらしいココが床にゴロンと転がっていた。これはチャンスかもしれない。転がっているココに近づいて思いきりにおいをかぐ。修羅場ってたから昨日風呂に入ってないはずだ。香水のにおいがほぼ消えてココ本来のにおいがする。いいにおい。
「コラ。イヌピー。やめろ。俺の美意識が許さないからかぐなやめろ。やめなさい。」
ココは抵抗するが、疲れているから動きがにぶい。
「どこ行ってたのイヌピー。悪い遊びでもしてきた?」
あきらめてかがれるままになったココが言う。
「いつものバー行った。いちご出してくれた。」
俺もココの横にゴロンと転がる。
「あ〜いつものとこ。マスター元気?」
「うん。元気。あのマスター客商売なのに好き嫌い顔に出すよな。」
「何。うるせえ芸能人でも来てた?前うるせえモデルかなんかに露骨にイヤな顔してたなマスター。」
「芸能人じゃなくて、なんか良くない噂がある議員らしい。」
「あ〜。嫌いそう。そういうの。」
「でさ。その議員と、一緒に飲んで、ラブホ連れ込まれたから殴って気絶させたんだけど。この紙って役にたつ?」
「イヌピー…ほんとに悪い遊びしてきたな?」
「見てココ。これ。」
俺は議員の手帳に挟んであった紙を撮影したスマホをココに渡す。
「イヌピー…これは……」
「役にたつ?」
「役にたつどころか…俺がイヌピーをこんなふうに愛でて育てたばっかりにとんでもない小悪魔をこの世に爆誕させたのかもしれない……。」
「なぁそれなんの役にたつんだ?教えろよ。」
「これはな。議員が国交省から特定のゼネコンに発注が行くように双方から金銭を受け取って口ききした証拠だ。」
「ぜんっぜんわかんねえ。」
「とにかく。これがあればほうぼうから金を巻き上げられる。」
「え。もしかして俺お手柄?」
「すごい。すごいお手柄。イヌピーはほんと悪い子だよ。」
さっきからずっとイヌピーは俺の股間にその綺麗な顔を埋めたまま夢中になっている。イヌピーはひとつのことに夢中になると他は見えなくなるタイプだ。しかし、厳密に言うと口淫が好きというより、俺のにおいをかぐのが好きなのだイヌピーは。安心するらしい。かわいいよな。今も右手で俺のチンコ弄びながら咥えておざなりに舐めているだけで、メインはかぐことだもんな。俺が言うのもなんだけど、ちょっとヘンタイ入ってると思う。かわいいから好きにさせてたけど、ゆるゆる舐められるだけではさすがにもどかしくなってきた。
「イヌピー。そろそろ出したいんだけど。」
「いいよ。」
チンコ咥えてるとは思えない無垢な瞳で俺を見つめてイヌピーは答える。
「いいよって。そんなアイスなめるみたいなんじゃ出るもんも出ない。」
「なんだ本気出せばいいのか。」
10代の頃は手で抜くのも口で抜くのも壊滅的に下手くそだったけど、イヌピーは動物的なカンに優れているから今やめちゃくちゃ上手い。そんなこと俺以外知らなくていいが、マジめちゃくちゃ上手い。このテクニックバレてみろ。今だってマニアックなやつに目をつけられがちなのに、それプラス性技で法外な値段でどっかの国の金持ちとかに売られてしまう。絶対嫌だ。俺だけが知ってればいい。隠しとかねえと。そんなわけで、あ〜ヤバいヤバい出るとか思ってるうちに、あっさりイヌピーの口に出してしまっていた。イヌピーは涼しい顔で吐き出しもせず俺が出したもの全部飲み込んだらしい。ほんと、とんだ小悪魔に成長したもんだよ。もはや悪魔かもしれない。
イヌピーがバーでひっかけた議員からくすねてきたヤバい金銭のやりとりの証拠でだいぶ金を儲けさせてもらった。議員はもう今は議員じゃないらしい。良かったよな。2世だからってイヤイヤやってただけで本当は議員なんかやりたくなかったらしいし。好きなことやればいいじゃん。まぁ。生きてればの話だけど。そのおかげで、潤った俺とイヌピーは珍しく長期休暇をもらってモルディブにバカンスに来ている。青い空。青い海。エロいイヌピー。ホテルにチェックインしてから、前述のとおりイヌピーとエロいことしかしてない。もう最高。
「ココ!腹減った!メシ行こう!」
いつのまに服を着たのかイヌピーが焦れたように言う。よっぽど腹が減ったらしい。
「はいはい。何が食いたいの。」
俺もその辺に放り投げていた服を手早く着る。
「うーん。魚。」
「すげぇざっくりしてんな。」
俺は遅い夏休みをイヌピーと満喫すべく、バカンス中はなんも仕事しねえからな!とばかりにスマホの電源を切った。
「乾さん、メシですよ。」
俺が声をかけると隣でブランケットに包まれて寝ていた乾さんがもぞもぞ起きた。
「え。何コヤマ。あと1時間で日本着くのにメシ出んの?飛行機ってわけわかんねえな。」
目の前の画面で現在地を確認し、わけわかんねえとか言いながら乾さんは運ばれてきた機内食特有の謎に満ちたメシをきっちり食べる。ずっと寝てたから腹が減ったらしい。乾さんがその白くて長い指で謎の食物を持って、そのまま並びの良い健康な歯で噛みちぎる様子は毎度惚れ惚れする。すんなりと長い首の喉仏が上下するのも凝視してしまう。俺の上司はものすごく美しいのだ。
「乾さん、このレンガなんスか?」
俺が乾さんの食べる姿に見惚れている間に、彼はプレートの上のものすべてをきれいにたいらげていた。俺が食べようか食べまいか迷っている謎に満ちた機内食のひとつも乾さんはためらいもなく食べたので聞いてみる。どう見てもレンガにしか見えないんだけど。食い物か?これ。
「レンガじゃねえし。チョコレート味のスポンジだった。」
乾さんはなんだよレンガって…ともう1度言ってふふっと笑った。
乾さんとその部下である俺コヤマはフィリピンの違法賭博の見まわりの帰りだ。その違法賭博は、首が回らなくなった債務者を放り込んで格闘技みたいなことをさせる。そんなカイジみたいなことあるかよとこの目で見るまでは半信半疑だったけど、片目を潰されたまま闘う債務者や壊死した足を引きずりながら闘う債務者たちを見て現実なんだとゾッとした。この悪趣味な違法賭博の胴元は黒川イザナで、彼はわざわざ見まわりなんかに出向かないから時々俺たちがこうして見まわりに行かされる。もちろん、乾さんの飛行機チケットは九井さんが手配するからビジネスクラスだった。最初は。だけど、ビジネスクラスって愛想のいい女が英語で話しかけてきてこわいと乾さんが赤子みたいなことを言うから、現在のように俺と並んでエコノミークラスとなっている。九井さんとビジネスやファーストに乗る時は、キャビンアテンダントとのやりとりを全て九井さんがやってくれるから、乾さんひとりだと英語もしゃべれないしそんなの緊張して嫌なんだとのこと。あと、機内食もエコノミーのほうが良いらしい。ビジネスやファーストはフランス料理や日本料理がコースで供されるから疲れるのだという。
「あ〜外国はシャワーばっかだから嫌っスよね。湯船に入りてえ。臭かったらすんません。」
フィリピンは暑かったし、乾さんの部屋はスイートだったからバスタブもあったのだろうが俺の部屋はシャワーブースしかなかったから正直においには自信がなかった。
「臭くはねえよ。」
乾さんはそう言っておもむろに俺の耳のうしろにその高い鼻を近づけてスンスンかいだ。
「や、やめてくださいよ〜変な気分になる〜!」
「なんか。コヤマのにおいした。でも悪くない。大丈夫。」
「なんですかそれ恥ずかしい!」
「ココのにおいもかぎたくなってきた。」
「突然始まる惚気!」
「ココふだんは香水でわかんねんだけど、仕事忙しくて2日くらい寝ずに食べずに風呂入らずにみたいな修羅場の時…いいにおいする……。」
乾さんは思い出したのかうっとりしている。ていうか、それいいにおいか?ちょっと特殊なヘキなような。
「しかも、修羅場だとふだんはそってるヒゲまではえてワイルドで…カッコいい……。」
乾さんは目を閉じた。修羅場ヒゲ九井を思い出してるらしい。めちゃくちゃうっとりしてる。最初はみんな九井さんの乾独占欲にドン引きするが、長く付き合うと乾さんの惚れ具合もたいがいヤベェことがわかる。要するにお似合いというやつだ。
羽田に着くと、九井さん自ら車で迎えに来ていてビックリする。そんなに乾さんが好きかよ。コヤマは京急かモノレールで帰れやと無慈悲なことを九井さんが言うのに、乾さんが送ってやってくれよ疲れてかわいそうだからと言ってくれたからありがたく後部座席に乗る。
「イヌピー疲れた?なんか食べたいものある?どっか寄る?」
「家で永谷◯のお茶漬け。食う。」
「わかる〜海外帰りのお茶漬けわかる〜!じゃ、くそコヤマおろしたら家帰ろうな。あれ。コヤマんちどこだっけ?俺の海馬がコヤマ関連のこと覚えるのを拒否してる。」
「小菅。ほら。ピッキングし放題のマンション。」
「あ〜セキュリティガバガバの小菅のマンションな。思い出した。」
九井さんに何もかもを盛大にディスられているが、仕事で疲れてる上デカい荷物かかえてモノレールはカンベンだから、車に乗せてもらってる以上このくらいのディスりそよ風みたいなもんだ。夕方のことで、首都高は混雑している。
「あ〜完璧渋滞ハマったな。」
「ココ。見て。今日スカイツリーのライトアップ緑色。きれい。」
「スカイツリーよりイヌピーの瞳のほうがきれいだよ。」
「スカイツリーより?俺が?うれしい……。」
スカイツリーが基準ってなんだよ意味わかんねえよ!しばらくスカイツリー大喜利をしていたふたりだが、急に助手席の乾さんが身を乗り出して運転席の九井さんに顔を近づける。おおかたキスでもしたんだろこのバカップルめが。
「ココ耳のうしろ香水つけた?においかげなかった。」
乾さんがプンプンと不満げに言う。あ。においかいでたのか。なるほど。…なるほどわかんねえわ。
「大丈夫。夜ぞんぶんにかがせてやる。」
「ほんと?うれしい。俺ココのにおいかがないと安眠できねえ。」
もう。このふたりの会話どういうこと??徹頭徹尾意味わかんねえ!!
「イヌピーは赤ちゃんだから俺のにおいかがねえと寝れねえもんな〜」
「赤ちゃん…赤ちゃんだから何もしなくて良いんだな。良かった。今日疲れてんだ俺。当然尻も疲れてる。ココのにおいかいで寝よ。」
「良いわけねえだろ!!久しぶりの美し生イヌピーだぞ!!イヌピーが寝てたって!!俺は!!おまえを抱く!!」
「ええ……。俺赤ちゃんなのにセックスすんの?だるい。お茶漬け食ってココかいでそのまま寝たい。」
ほんと。このふたりの会話どうにかして??頭おかしくなりそう。俺は反社だが自分で言うのもなんだけど九井さんと乾さんよりだいぶ正常だから、いつもこのふたりの会話に頭がおかしくなりそうになる。ひとりひとり単体だとそうでもないのに、ふたり合わさるともうダメだ。渋滞で時間がかかりそうだし、小菅のピッキングし放題と言われようが愛着ある我が家に着くまで俺コヤマはひと眠りすることにした。
ココのにおいが好きになったのは火事の時だろうと思う。俺を助けようとしたわけじゃないが、結果的に命の恩人なわけで。本当に苦しくて苦しくて、やっと楽になったと思ったらココのにおいを感じて自分が生きていることを知った。これはもう本能的なものだ。ココは姉を助けたかったが助けられたのは俺で、俺は一生その罪悪感から逃れられない。悲しいと同時に動物的な生きていたことへの安堵なのか、ココのにおいをかぐと心底安心するのだ。ココのにおいイコール生きてる。というのが俺の脳に刷り込まれている。
不良などという生やさしいものからヤクザまがいのものになってしまって、今では簡単に人を殺したり捨てたりするが最初から平気だったわけじゃない。当然こわかった。初めて人を殺して埋めた時、人間として大事な何かを失った気がしておそろしかった。やってる最中は集中していたから何も感じなかったが、帰宅してから急に現実感を伴ってきて嘔吐を繰り返してガタガタ震えた。そんな俺を見てココが抱きしめてくれたからにおいをかいで安心した。大丈夫。俺なんか間接的にたくさんの人間を殺してる。大丈夫。一緒に地獄におちよう。ココがそう言うから、それもいいなと思った。きっと赤音はいいヤツだから天国にいる。地獄なら今度こそココを独り占めできるかもしれない。そんな罰当たりなことを思った。それ以来、不安な時はついココにくっついてにおいをかいでしまう。
九井さんの事務所に届け物があったから寄ると、彼はいつものデスクではなくテーブルにパソコンを開きソファーに座って仕事をしていた。ソファーに座る九井さんの膝には乾さんが頭を乗せて寝ていた。九井さんは仕事をしながら、時々乾さんを撫でている。高級な犬みたいだ。乾さんは赤ん坊みたいにその恵まれた長さの手脚を折りたたんでいて、九井さんに密着して丸まって寝ている。もはや巻きついているというのが正しい。こんなに甘えるなんて何か良くないことでもあったのだろうか?
「カワイどうした?」
「書類を届けに来ただけなので、すぐ帰ります。」
俺は10代目黒龍の時から九井さんについてきているから、ふたりが身を寄せ合っている時はそっとしておかなければならないことを知っている。だから、ふたりの邪魔をしないようにすぐ帰ると言ったのだが。
「なぁカワイ。悪いけどコーヒーいれてくんねえ?俺イヌピーいて動けないから。」
「あ…はい。かしこまりました。」
チラッとパソコンの様子を伺うと、たぶん仕事は佳境を迎えていてあともう少しだろうから、踏ん張れるようやや濃いめにコーヒーをいれ、九井さんは意外と腹が減る人だからすぐにつまめるようチョコレートを皿に盛ったものを添えてテーブルに置いた。
「おまえほんと気がきくよなぁ。」
九井さんはやはり小腹が空いていたらしく、チョコレートをいくつか口に放り込んでコーヒーを飲んだ。
「なぁ。昨日イヌピーが半間とショウと埋めに行った女の死体、誰がコンクリ詰めたか知ってる?」
「わかりませんが、古参の誰かの部下だと思います。調べますか?」
「うん。調べてさ。釘刺しといて。コンクリちゃんと詰めれてなくてドラム缶から女の髪はみ出てたんだよ。イヌピー女を殺したり埋めたりすると、ほら、こうやって帰ってきてから気に病むから。わかんねえようにきっちり詰めるかバラすかしろよな。これだから古参は雑なんだよ。男ならぜんぜん殺したり平気みたいなんだけどなぁ。女だとこうだよ。イヌピーってやさしいから。」
そう言って、九井さんは乾さんの頭を大事そうに撫でた。なるほど。苦手な仕事をしたから不安定になって九井さんに巻きついているのだな乾さんは。反社の赤ちゃんかな?
「別に。俺は女だって平気だ。ぜんぜん平気。弱ってない。」
乾さんがむっくり起き上がる。が、その顔は見るからに憔悴していてまるで説得力がない。
「はいはい。平気ってことにしとこう。イヌピーチョコレート口に入れて。」
乾さんは素直にチョコレートの包装をはがして九井さんの口に入れてやる。
「乾さんもコーヒー飲まれますか?」
「ううん。いらねえ。」
「イヌピー赤ちゃんだからコーヒー飲めねえもんな。」
「俺赤ちゃんだけどコーヒー飲めるし。今はいらねーだけだし。」
「赤ちゃんなことは認めるんだ。しかし、こんなさぁ。やらしい赤ちゃんがいたもんだな?」
九井さんが乾さんの背骨から尻にかけてを指でそっとなぞる。以前、酔っぱらった九井さんに聞いたところによると乾さんは男性にしては股関節の可動域がかなり広いらしい。つまりは抱かれる適性があるのだそうだ。愛妻家の俺にはまるでいらない情報である。
「やらしいって。ココが俺をそんなふうにしたんだろ。」
尻を触られて火がついたのか乾さんは九井さんのペニスを服の上からしばらく弄び、ジッパーを下げてそれを取り出す。そして乾さんは座っている九井さんの脚の間にその美しい顔を近づけ、九井さんのじゅうぶんに屹立しているペニスを慣れたように咥えた。折良く仕事が終了したのか、もはや諦めたのか、九井さんはパソコンを閉じた。これから先ふたりがすることはひとつしかないと思われたので、俺は邪魔にならないよう静かに事務所を退出した。
新潟まで帰る新幹線の時間まで少し時間があるから、バーで時間をつぶしている。僕は新潟から出馬して当選した議員だが、ふだんは東京で暮らしていて、こうして定期的に新潟へ戻って地元有権者のご意見とやらを聞くのが面倒で仕方ない。要は地元への愛がない。地方の声をひろいあげるのが議員の仕事だとはわかっているけど、僕は2世だし政治思想もないからぶっちゃけ給料だけもらってあとは赤坂で安穏と過ごしたい。
「こんばんは。今日はおひとりですか?」
気難しそうなバーテンが親しげに声をかけている。コイツ僕が店に入った時は、僕はけっこう有名な議員なのにもかかわらずシラっとした顔してやがったのに。どういうやつにそんな親しげに声かけるんだよと隣を見ると、なるほど美しい男がいた。議員なんて外見のことに言及したら一発で政治家生命を断たれるから言わないけど、男女問わず美しい人間というのは良い。つい話しかけたりやさしくしたりしてしまうよな。その美しい男は、うん。今日アイツ忙しいからひとり。すげえヒマ。とバーテンの質問に子どもみたいな返答をした。何飲まれます?と再び聞かれ、なんかきれいで甘いやつ。と言うから笑ってしまう。この男以外がそんなふざけた注文をしたらバーテン怒るだろうなと思う。バーテンはにっこり笑うと、そろそろ来られるかなってお好きなのご用意してたんです。と大ぶりのいちごをとりだした。男はいちごを見てその大きな緑色の瞳を輝かせた。男に出されたのはフローズンストロベリーマルガリータだった。いちごをガラスの器に盛ったものもカクテルと一緒に出される。そんなものもちろんメニューにはない。ここはけっこう格式高いバーのはずだ。いったい何故議員の僕は普通に流され、この美しい男はそんなに特別扱いをされるのか?と僕はしげしげと男を観察する。まず、彼のスーツはオーダーメイドであろうことは確実だった。靴もよく磨かれた良いものをはいている。時計はややヤンキーイメージのあるウブロだが、シンプルなものを選んでいて好感がもてる。年齢は30手前くらいに見えるが、その年齢にしては金のかかり過ぎた装いである。経営者特有のガツガツした感じもないし、職業の予想がつかない不思議な男だと思った。ちょっとお近づきになりたいな。そう思い僕は新幹線の時間のことは忘れ、その美しい男に一緒に飲まないかと話しかけた。
「あーあ。やっちまった。」
俺は連れ込まれたラブホテルでベッドに押し倒されそうになったところで、そのおっさんを殴って気絶させた。やっちまったとか言ったが、罪悪感はもちろんない。ココが仕事で修羅場ってるから邪魔したくはないけど、なんとなく寂しくて、ココとよく来るバーにフラッと入った。このバーのマスターは親切でやさしいから好きだ。今日も好きとは明かしてないのに、いちごのカクテルを出してくれてうれしかった。適当に2、3杯飲んで帰るかなと思ってたら、知らねえおっさんが一緒に飲もうとか言うからヒマだししばらく付き合った。自慢ばっかりでぜんぜんおもしろくねえのこのおっさん。で、酔っちゃってひとりで帰れないからホテルに送ってくれと言う。いいよとおっさんを支えて店を出ようとしたら、マスターがその人良くない噂ばかりの議員ですから気をつけてくださいと耳打ちしてきた。なるほどな。なんか話おもしろくないし偉そうと思ったら議員のセンセーなのか。大丈夫。俺強いからとマスターに言うと、それはもう。存じてますよと笑っていた。実のところこのバーはウチにショバ代をおさめていて、何かトラブルがあったらウチが問題を解決(物理)しているから勝手知ったるなんとやらだ。おっさんは酔ったフリして最寄りラブホテルに俺を連れ込もうとするから、そんなイニシエの手口使うやつまだいるのか?とおもしろくなって連れ込まれてやった。それで、お金あげるから一晩だけとか言って押し倒そうとするから、おもしろいけどこれ以上ベタベタと触られんのはイヤだなと思ってぶちのめした。
気絶したおっさんを横目におっさんの荷物をあらためる。議員らしいから、何かココに土産を持って帰れるかもしれない。革張りの手帳があって、その中にきれいにはさみこまれた紙があった。広げると会社らしき名前と何かの金額が書いてある。これ、もしかしたらココ喜ぶやつかも。本能的なカンで俺はその紙をスマホで撮り、おっさんの名刺とアホづらで気絶してる様子も撮った。もしかしたらココに褒められるかもしれねえなと俺は機嫌よくおっさんを放置してラブホを後にした。
「ただいま〜」
帰宅すると、修羅場を終えたらしいココが床にゴロンと転がっていた。これはチャンスかもしれない。転がっているココに近づいて思いきりにおいをかぐ。修羅場ってたから昨日風呂に入ってないはずだ。香水のにおいがほぼ消えてココ本来のにおいがする。いいにおい。
「コラ。イヌピー。やめろ。俺の美意識が許さないからかぐなやめろ。やめなさい。」
ココは抵抗するが、疲れているから動きがにぶい。
「どこ行ってたのイヌピー。悪い遊びでもしてきた?」
あきらめてかがれるままになったココが言う。
「いつものバー行った。いちご出してくれた。」
俺もココの横にゴロンと転がる。
「あ〜いつものとこ。マスター元気?」
「うん。元気。あのマスター客商売なのに好き嫌い顔に出すよな。」
「何。うるせえ芸能人でも来てた?前うるせえモデルかなんかに露骨にイヤな顔してたなマスター。」
「芸能人じゃなくて、なんか良くない噂がある議員らしい。」
「あ〜。嫌いそう。そういうの。」
「でさ。その議員と、一緒に飲んで、ラブホ連れ込まれたから殴って気絶させたんだけど。この紙って役にたつ?」
「イヌピー…ほんとに悪い遊びしてきたな?」
「見てココ。これ。」
俺は議員の手帳に挟んであった紙を撮影したスマホをココに渡す。
「イヌピー…これは……」
「役にたつ?」
「役にたつどころか…俺がイヌピーをこんなふうに愛でて育てたばっかりにとんでもない小悪魔をこの世に爆誕させたのかもしれない……。」
「なぁそれなんの役にたつんだ?教えろよ。」
「これはな。議員が国交省から特定のゼネコンに発注が行くように双方から金銭を受け取って口ききした証拠だ。」
「ぜんっぜんわかんねえ。」
「とにかく。これがあればほうぼうから金を巻き上げられる。」
「え。もしかして俺お手柄?」
「すごい。すごいお手柄。イヌピーはほんと悪い子だよ。」
さっきからずっとイヌピーは俺の股間にその綺麗な顔を埋めたまま夢中になっている。イヌピーはひとつのことに夢中になると他は見えなくなるタイプだ。しかし、厳密に言うと口淫が好きというより、俺のにおいをかぐのが好きなのだイヌピーは。安心するらしい。かわいいよな。今も右手で俺のチンコ弄びながら咥えておざなりに舐めているだけで、メインはかぐことだもんな。俺が言うのもなんだけど、ちょっとヘンタイ入ってると思う。かわいいから好きにさせてたけど、ゆるゆる舐められるだけではさすがにもどかしくなってきた。
「イヌピー。そろそろ出したいんだけど。」
「いいよ。」
チンコ咥えてるとは思えない無垢な瞳で俺を見つめてイヌピーは答える。
「いいよって。そんなアイスなめるみたいなんじゃ出るもんも出ない。」
「なんだ本気出せばいいのか。」
10代の頃は手で抜くのも口で抜くのも壊滅的に下手くそだったけど、イヌピーは動物的なカンに優れているから今やめちゃくちゃ上手い。そんなこと俺以外知らなくていいが、マジめちゃくちゃ上手い。このテクニックバレてみろ。今だってマニアックなやつに目をつけられがちなのに、それプラス性技で法外な値段でどっかの国の金持ちとかに売られてしまう。絶対嫌だ。俺だけが知ってればいい。隠しとかねえと。そんなわけで、あ〜ヤバいヤバい出るとか思ってるうちに、あっさりイヌピーの口に出してしまっていた。イヌピーは涼しい顔で吐き出しもせず俺が出したもの全部飲み込んだらしい。ほんと、とんだ小悪魔に成長したもんだよ。もはや悪魔かもしれない。
イヌピーがバーでひっかけた議員からくすねてきたヤバい金銭のやりとりの証拠でだいぶ金を儲けさせてもらった。議員はもう今は議員じゃないらしい。良かったよな。2世だからってイヤイヤやってただけで本当は議員なんかやりたくなかったらしいし。好きなことやればいいじゃん。まぁ。生きてればの話だけど。そのおかげで、潤った俺とイヌピーは珍しく長期休暇をもらってモルディブにバカンスに来ている。青い空。青い海。エロいイヌピー。ホテルにチェックインしてから、前述のとおりイヌピーとエロいことしかしてない。もう最高。
「ココ!腹減った!メシ行こう!」
いつのまに服を着たのかイヌピーが焦れたように言う。よっぽど腹が減ったらしい。
「はいはい。何が食いたいの。」
俺もその辺に放り投げていた服を手早く着る。
「うーん。魚。」
「すげぇざっくりしてんな。」
俺は遅い夏休みをイヌピーと満喫すべく、バカンス中はなんも仕事しねえからな!とばかりにスマホの電源を切った。
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