I'm no match for you.

I'm no match for you.

 ある晴れた休日の午後、俺は乾さんが若いイケメンとアウトレットモールを楽しげに歩いているのを尾行している。

 どうもこんにちはサナダです。誰?って思うよな。俺だってそう思う。俺は今をときめく経営者稀咲さんと九井さんが会長と副会長を務めるTK&KOで働いていて、九井さんの秘書みたいなものと思ってほしい。もうけっこう長いお付き合いになってしまっていて、九井さんのパートナーの乾さんのこともよく知っている。この令和に九井さんに容赦なく働かされている俺は、久しぶりの休日にアウトレットでブランド物でも買ってやるぜと車で東京から木更津まで来たのだった。九井さんだとアウトレットではないのをお買い求めになるのだろうが、悲しいかな俺はアウトレットである。それでもじゅうぶんワクワクする。開店時間からゆっくり見て、いくつか購入して休憩しようかなと思った矢先にやたらと発光している2人連れを見たのだ。

「これいいじゃん。似合いそう。試着する?」
「え。でも高いじゃん。」
「ふふっ。アウトレットだからここから値引きされるんだぜ。30パー引きだから……え〜と……?」
「青宗そんなんでよくレジとかできてるな。17600円だよ。」
「やっぱヤバいよな。バイクのパーツのセールの時、俺も真一郎君も大混乱になる。」
「真一郎さんも〜?ヤバ。」

 光り輝く金髪のイケメンはご存知乾さんだが、隣は誰だ?若い…確実に若い。乾さんがアウトレットモールで若いイケメンとデート?九井さんが阿修羅と化すだろそんなの。ヤバいヤバい。

「17600円なら買ってやるよ。試着しねえの?」
「え…悪いよ青宗。」
「じゃおそろいにしよう。」
「え…おそろい…それは心揺れる。」
「買おーぜ!」
そう言ってふたりはおそろいのパーカーを仲良く試着して乾さんが買った。そのブランドは若者が憧れるストリート系のもので、買ってもらった若いイケメンはものすごく嬉しそうだった。その後も俺サナダは自分の買い物も忘れふたりを尾行したが、ソフトクリームを買ってそっちの味も食べたいとねだる乾さんに若いイケメンが食べさせてやるなど距離が近かった。これは…事件だ……!

「事件じゃねえよ。」
「え!?だって乾さんが見知らぬ若いイケメンとデートしてたんですよ!いつもみたいに怒らないんですか!?何あした雪でも降る!?」
次の日出社して、自分が見たものを九井さんに報告するも九井さんはいたって冷静だった。なんで!?いつもみたいに阿修羅になれよ!
「失礼だな人がいっつも怒ってるみたいに。昨日、木更津まで真白をバイクに乗っけてってアウトレットで買い物するって言ってたイヌピー。」
「ん…?真白……?真白って乾さんの甥の?」
「そう。赤音さんの息子の真白。」
「え。真白くんってこんなんじゃなかったですか?」
俺はバスケットボールくらいの大きさに両手を開く。だって真白くんってほんの小さな子どもだろ?
「いや。そんな小さくはねえけど。イメージとしては小さいのはわかる。確かにアイツ小学生の頃は小さい方だったんだ。でも、中学に入った途端急に背が伸びてもう俺は抜かされたしイヌピーも抜かしそうなんだよ。」
「じゃあ、あの若いイケメンは甥の真白くんなんですか〜なんだぁ。心配して損した。」
「これこれ。」
九井さんがスマホを見せてくる。画面には件のおそろいのパーカーを着た乾さんと真白くんが写っていた。
「なんか、アウトレットの帰り道インス◯のストリートスナップ載せる有名な人に声かけられてイヌピーと真白載ったらしい。」
「え。え。ものすごいバズってる。」
「イケメン過ぎる叔父と甥だって。イヌピー若者向けのパーカーなんか着てかわいいな。ふだんと違う感じ似合ってる。」
それを眺める九井さんの顔は本当におだやかで幸せそうで、この人成長したんだなと俺は思った。だって、この人オムツかえを乾さんにしてもらう甥にさえ嫉妬してたんだから昔は。
「九井さん…幸せなんっスね。」
「当たり前だろ。イヌピーがいたら毎日楽しい。」
俺サナダは真白くんの身体的な成長と、九井さんの精神的な成長に驚き、そして感動した。ところで、このインス◯ファッションアカだけど、このバズりはもはやファッションもクソもないよな。乾さんと真白くんの顔面の圧だけでバズってるよな。何がファッションじゃい。





「ええ!?真白!?デカい!!」
今日は青宗と九井の家に泊まらせてもらうから僕は青宗の仕事が終わるまでS.S MOTORSで宿題をしながら待っている。そこにワカさんが来て僕を見てビックリしていた。誰に似たのか、中学に入ってものすごく背が伸びたから会う人会う人に驚かれる。
「いや〜ゴーヤと人んちのお子様は育つのがはやい。オッサンになるはずだよ〜。嫌だ嫌だ」
ワカさんはそう言うが、渋みを増しただけでワカさんはカッコいいままだ。
「なぁワカ!ちょっと外に干してるツナギとりこんでくんね?雨降りそう!」
真一郎さんは手が離せないらしく大声で言う。
「真ちゃん人づかいあら〜い」
とぼやきつつワカさんは素直にツナギをとりこみに行った。
「なぁ真ちゃんコレなんだ?」
ワカさんがツナギを手に真一郎さんに駆け寄る。そのツナギはズタズタに切り裂かれていた。
「またか……」
「またってなんだ?これ青宗のツナギだぞ。」
「そう。青宗のツナギ切り裂いたり、青宗のバイクにペンキかけたり。ちょっとこのところ嫌がらせが続いてる。裏にもカメラつけた方がいいなぁ。警察には相談してんだけどな。」
「そんな。許せねえこんな卑怯なこと。」
そこに青宗が出先から帰ってきて、ズタズタの自分のツナギを見て顔をくもらせる。
「真一郎君…また……嫌がらせ?ごめんね。なんか俺のせいで。こんな。」
「バカ言うなよ青宗。青宗はなんにも悪くねえんだから。」
「九井には言ってねえの?ムカつくけど、俺らよりアイツのほうがお偉いさん方面の人脈あるだろ。」
「ココには言わないで。来週ローンチ?ていう大事な発表だかがあるとかで頑張ってるとこだから。それが済むまでは言わないでほしい。邪魔したくないから。」
「青宗……。」
「だから、最近送り迎え俺がしてんだよ。心配でさ。」
「そうだったのか。真ちゃん無理な時言えよ。俺かベンケイが送る。」
「ありがとう。なんか、ごめん。」
「「だから謝るな〜〜〜」」

 そういうわけだから、今日は青宗のマンションまで真一郎さんの車で送ってもらった。しかし、心配だ。ヤンキーだった時は知らないけど、今の青宗はぽんやりしていて人にうらまれることなんかないのに。以前青宗のことを好きになってしまった宅配業者の男に青宗は拉致されたことがあるらしく、真一郎さんもワカさんも相当に心配している。でも、ツナギやバイクといった青宗の大事なものばかり攻撃してるあたり、好意からくるストーカーみたいなものというよりもっとうらみだとか、そういう嫌な感情が見て取れる。なんだろう。九井が忙しくてあてにならない今、僕が青宗を守ってあげたいと思う。大事な叔父だから。

 青宗が唐揚げを揚げると言うから、僕は横でキャベツを切る。
「指、切るなよ。切るなよ。」
と青宗はハラハラしている。母の赤音はど〜んと指でも切って料理覚えなさい!と大雑把な感じだが、青宗はいつもものすごく過保護だ。
「あ〜♡幸せとはこのこと。」
と言いながら九井が帰ってきた。忙しいというのは本当みたいで、うっすら目の下にクマができている。
「ココおかえり。」
「ただいま。かわいいイヌピーとかわいくねえ真白がいる。」
「そんなこと言って。さては僕もう九井より背が高いから悔しいんだな。」
「ハァ〜!?毛も生えてねえお子様のくせに生意気な!!」
「毛なら生えた。」
「え。うそ。」
「え。うそ。真白、毛が生えたのか。赤飯炊かねえと。」
「恥ずかしいから炊かないで。そのまま唐揚げ揚げて。」

 青宗と九井の家に泊まるのはやっぱり楽しい。反抗期って言うのか、母親には話しづらいことも青宗たちには話せるって言うか。青宗の揚げた男らしい豪快な唐揚げはおいしかった。九井も唐揚げ美味いって食べてて、この不揃いのしつけのなってない真白のようなキャベツの千切りも食べれなくはないと完食していた。何その長ったらしい文句。青宗はツナギがズタズタにされていたのがやっぱりショックだったのか、いつもよりは食べず、でもビールはたくさん飲んでしまってソファーで寝てしまった。青宗はしばらく寝かせておいてあげたいから、不本意ながら九井と後片付けをする。
「心配しなくてもイヌピーに嫌がらせしてるやつ、そろそろ逮捕されるはずだから。」
九井が食器を片付けながら言う。
「え……?九井知ってたの?」
「当たり前だろ。俺が何年イヌピー撫でくりまわしてると思ってんだよ。」
「キモい。」
「うるせえ!!」
「キモいのはもとからだから置いといて、青宗は九井には言わないでって言ってたんだ。」
「そうだろうな。俺の仕事が忙しいからずっと我慢してたんだろ。イヌピーはそういうやつだから。そういうやつだから気をつけて見てやらなきゃいけないんだ。手がかからないからって放っておいたら、イヌピーはいつのまにか傷ついてる。」
「九井どうしたの。明日雪でも降るんじゃない?」
「サナダといい真白といい、俺にどんなクソイメージ持ってんだよ!」
「クソなイメージだよそりゃ。」
「ほんと産まれた時から腹立つよなおまえ。赤ん坊の時俺にだけオシッコひっかけやがるし。それはさておき、イヌピーが最近バイクの塗装変えたからどうしたのって聞いたら気分変えたくてとか言ってたけど。明らかに目が泳いでたからなんかあるなコレと思ったんだよ。」
「すごいな九井。だてに青宗に四六時中ひっついてるんじゃないんだな!!」
「ほんと産まれた時から腹立つよなおまえ。幼稚園に迎えに行ったら知らない派手なオジサンですって嘘泣きしたの忘れてねえからな。それはさておき、ライバル会社の調査とか頼んでるとこにイヌピーの身辺探らせたらすぐ犯人見つかったから。今警察に証拠提出したから明日にでも犯人逮捕されると思う。」
「そうなんだ……良かった。今日も青宗、ツナギをズタズタにされてしょんぼりしててかわいそうだったから。」
「え。今日もかよ。ちょっと逮捕される前に殺しとくべきだったな。」
「九井、物騒。でも、九井はほんとすごいと思う。ふだんはだいたいオカシイけど。さっきまで、青宗の気も知らずのんきに唐揚げ食べやがってコイツって実は腹立ってて。」
「待って。俺、だいたいオカシイ……?」
「青宗のことちゃんと見てて、すぐ行動できるってやっぱり九井はすごい。だいたいオカシイけど。僕が青宗守らなきゃとか思ってたけど、まだまだ九井にはかなわないな。」
「だいたいオカシイ……??」

 後片付けも終わり、どうやら青宗の憂いも九井のおかげで晴れるだろうし良い気分だ。
「青宗〜風呂入ろ〜」
「おい真白。おまえもう毛が生えたんだからイヌピーと風呂入るのは許されない。だから俺と入ろイヌピー。」
青宗がぼんやり起きる。
「う〜ん。おまえらめんどくせぇからひとりで入るわ。」
青宗はそう言って風呂へ行ってしまった。
「クソ九井め!!!!」
「おまえがクソだよ!!!!今日こそイヌピーと一緒に入りたかった!!!!」
「九井はいつでも入れるだろ一緒に住んでんだから!!!!」
「あ!!」
「何!?」
急に九井が、あ!とか言うからビックリする。
「真白。おまえ通ってる塾のバイトの女子大生好きだろ。」
「な!!そ!!な!!え???」
「その子、夏休みインターンで来てもらってたんだけど、稀咲とか俺とか取引先の社長とか金持ちそうなヤツに軒並み媚び売るなかなかな女だからやめとけ。ちょっと色々調べてたらコイツ真白の塾でバイトしてんな。真白が時々うれしそうに話す子か?と思い出して。」
「え……。」
「真白。イヌピーみたいなかわいくて誠実な恋人頑張って見つけろよ。かわいくてもソレ系の女は地雷だぞ。ハハッ!!」

 この後、真白はショックのあまり大泣きし、またココ真白で遊んだな!?と九井は乾に叱られ、真白泣かないでヨシヨシと乾が真白をあやしながら添い寝してしまったので九井はひとりで寂しく寝ることを余儀なくされた。





 イヌピーの様子がおかしいと感じたのは、バイクの塗装を変えたことだった。つい先日秋だからとボルドーみたいな色味に変えたばかりなのに、駐車場に停まるイヌピーのバイクは深い緑色になっていた。
「イヌピーまたバイクの色変えたの?」
「うん…なんか…しっくりこなくて……。」
そう言ってイヌピーは目をそらした。そもそもイヌピーはうれしいことがあると真っ先に俺に報告してくるはずで、バイクの色を変えたなんてことを言わないのがおかしいのだ。これは何かあるなと思った。以前イヌピーはストーカー被害にあったこともあるし、念のため調査会社に依頼することにした。真っ黒だった。イヌピーは店のツナギを裂かれたり、バイクにペンキをかけられたり、店の軒先のとても可愛がっていたツバメの巣を壊されたりしていた。犯人もすぐにわかった。
 今年の夏、稀咲も俺も嫌だったのに、大学生のインターンを10人どうしてもと言われしぶしぶ受け入れた。予想に反してほとんどの学生が行儀が良く頭も良かった。ただ、2人問題児がいた。1人が金持ちの社長と見るや媚を売る何しにインターンに来たんだという女子大生で、まぁこれはまだ苦笑いするくらいで済んだ。履歴書を見たらバイトとはいえ真白の塾の先生らしい。真白にはこの女に気をつけるよう言わないとなと思った。真白は万年俺限定反抗期だが、やはり変な女には引っかかってほしくない。深刻に問題だったのはあと1人のほうの女子大生で、病的な嘘つきだった。つまらないことから大きなことまで嘘ばかりつく。つまらないことだと、昨日カレーを食べたのにラーメンを食べたと言ったり。いったい何の意味があるのかわからないが、彼女は嘘をつかないということができない。彼女が言うことで真実だったことなんてひとつもなかった。そして、彼女は私は九井さんと付き合っている。どこそこでデートしてる。親にも挨拶に行った、だから私はインターン生の中でも特別なのだと吹聴し、悪質な嘘を重ねてインターン自体にも支障をきたすようになったので、大学側に苦情を入れ彼女だけ期日より前に辞めてもらったのだ。俺はご存知イヌピーにしか興味がないから、彼女とデートしたことなんてないし、正直言って1対1で話をしたことすらなかった。その病的な嘘つきの彼女こそが、イヌピーに嫌がらせしていた犯人だった。
 調査会社の報告を見ると、彼女は妄想日記というのか俺の恋人になりきったSNSアカウントを作っていた。俺とイヌピーのSNSを逐一チェックして俺とイヌピーがデートで行ったところに後日彼女も行って俺たちの行動をなぞっているのが見てとれた。そして行動はエスカレートし、イヌピーが真一郎君にツナギ新調してもらった!とSNSに投稿するとそれを破損し、バイクの色変えたと投稿すればバイクにペンキをかけ、ツバメかわいいと投稿すればツバメの巣を破壊した。おそらく彼女は病気なのだろうと思われ、俺も最初は穏便に済ませようと考えた。しかし、ここまでイヌピーを傷つけられては許せるわけがなく、警察に逮捕してもらい示談にも応じないこととした。イヌピーには詳細は伝えてない。傷ついてほしくないから。数々の嫌がらせは、少し精神的に不安定な人がやったことで、ちゃんと逮捕されたから大丈夫だと伝えている。イヌピーに笑顔が戻って何よりだ。





 僕は目の前でこんがり揚げられた大きなトンカツにときめいている。ここはちょっと大人なトンカツ屋で、カウンターに座って厨房を見渡すことができる。子どもはほとんどおらず、大人がビール片手にトンカツを食べている。ちょっとレトロなシブい感じ。最近、青宗と九井と食事する時こういうちょっと大人めな店に連れてきてもらうことが増えた。まだ両親は僕を子ども扱いしてファミレスばかりだから、なんだかうれしい。そもそも九井は僕のことを子ども扱いはあまりしない。昔から九井のそのスタンスが嫌いじゃなかった。素晴らしいトンカツの夕食をすませて、青宗と九井のマンションに泊まる。ところで、いったいどこに燃え上がるポイントがあったのか皆目わからないが、トンカツ屋の時点で九井と青宗は見つめ合って手を繋いだまま食べていたのであり、運転中も青宗は九井をうっとりと助手席から見つめていた。こういう夜は僕は不自然なほどはやくに寝かしつけられる。ふっ。そうはさせるかよ。予想通り僕は帰宅するなり風呂に行かされ早々に寝かしつけられた。

 15分後、僕は九井と青宗の寝室にバ〜ン!!と堂々と入っていった。裸の青宗は白くて、綺麗な金髪がベッドに散らばっていた。そこに上半身裸の九井が覆いかぶさっている。九井の嫌いなとこは、忙しいのに身体も完璧に鍛えてるとこだよ。水泳をやるから細身なのに腹は割れている。そこを青宗がよくうっとりと撫でているのを僕は知ってるんだぞ!!
「ねえ!!僕眠れないんだけど!!」
「真白眠れないのか。」
青宗が覆いかぶさってる九井をそっとどけてパンツをはいた。これはもう青宗的には店じまいだ。残念だな九井。
「おいおいおい真白君。オメェはもう子どもじゃねんだからさ。わかるよな?」
かたや九井は邪魔されて阿修羅みたいになっている。やっぱり九井はこうでなくちゃ!!最近の九井ときたらめっきり大人になっていい旦那ムーブ出してきてたから、久しぶりの阿修羅九井に僕はワクワクしてしまう。
「ええ?何言ってんの九井。僕まだ子どもだからふたりが何してたのかぜんっぜんわかんない!!」
僕は渾身の笑顔でそう言ってふたりの広いベッドの真ん中に割り込むように寝そべった。
「そうだよな。真白まだ中学生だもんな。子どもだよ。一緒に寝ような。」
その夜、僕はくーかーとすこやかに眠る青宗と阿修羅みたいにガン飛ばしてくる九井に挟まれてぐっすり眠った。
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