壮大な痴話喧嘩ココイヌ

壮大な痴話喧嘩ココイヌ




 思えば、俺とココのケンカはいつだって酷かった。小学生の頃はバトル鉛筆が原因で取っ組み合いのケンカをよくしていた。バトル鉛筆とは、鉛筆をサイコロみたいに転がして出た面の技をそれぞれが繰り出していって、HPが残った方が勝ちという単純なゲームだが、当時の小学生男子にものすごく流行っていた。鉛筆を転がすだけのゲームに何をあんなに燃え上がっていたのか今となってはわからないが、当時はバトル鉛筆の勝敗がすべてだったのだから仕方ない。ココはクールに見えて負けるのが死ぬほど悔しいタイプだから、だいたいココが負けて言い合いになって結局取っ組み合いのケンカとなる。でも、すごく楽しかった。何も考えなくて良かったから。俺とココは30近くなった今でも信じられないことに一緒にいるし、そもそも一緒に住んでるしロクでもない反社の仕事を共にやっている。そして、あいかわらずケンカがひどい。俺たちの関係は一言ではとても言い表せないが、おそらく身体の関係ができてからケンカはひどさを増している。主にココのヒステリーが。俺はココのこと好きだけど、正直少し疲れてきている。そうでなくても仕事が激しめなんだから、私生活くらいおだやかになりたい。






 早朝、申し訳なさそうに電話をかけてきたのは乾さんだった。こんな朝早くに、子どもも小さいのに申し訳ないと話す乾さんの声はこの世の終わりみたいに疲れていた。なんでも、九井さんとケンカして部屋がめちゃくちゃになってしまったからひとりではどうにもできない……らしかった。そんなことあります?これまでの彼らのケンカでいちばん酷かったのは、激昂した九井さんが乾さんの手のひらを包丁で刺したやつだと思う。しかもケンカの原因は刺した張本人である九井さんの浮気だというのだからもはやミステリーだ。なんでも俺だってココみたいに浮気してやる!と言った乾さんにそんなの許さねえって自分を棚上げして九井さんが刺したらしいが。訳がわからん。その時ですら乾さんは終始落ち着いていたのだ。そんな彼がこんなに疲れるとはいったいどういうことなのか。

 早朝車をぶっ飛ばして九井さんと乾さんのマンションへ向かう。自己紹介が遅れたけど、俺はカワイ。九井さんの部下だけど、10代目黒龍の時から九井さんのもとでやってきたから乾さんのこともよく知っている。そして、プライベートなことも頼まれる立場上、彼らの自宅の合鍵を持っている唯一の部下だ。地下駐車場に車を停めてカードキーで高層階専用のエレベーターに乗る。そこでパスワードを入力したら最上階へ行ける。玄関を開けてまず感じたのがものすごい酒のにおいだった。もう、酒のプールに入ってるみたいな。そしてリビングはもう地獄みたいだった。一面ワインがこぼれ、割れたワインの瓶で足の踏み場もないくらい。ラグももうダメだろうし、九井さんが気に入っていたコルビジェのリプロダクトソファーもワインのシミがついてどうしようもないと思われた。そんなコルビジェのソファーに乾さんはぐったり座っていた。彼自身もワインまみれだったし、瓶の破片でところどころ怪我もしていた。
「カワイ…ほんとごめんな……こんな個人的なことで呼び出して。」
「いえ。これは確かにひどすぎますからおひとりでは無理ですよ。俺破片を片付けますから乾さんはシャワー浴びて着替えて…瓶で切ったとこ消毒したほうが良いですね。」
「わかった。もうぐちゃぐちゃだから何からやったらいいのかわかんねえ感じだったんだけど。助かる。そうやって言ってもらえると動けそう。」
乾さんは疲れきった足どりでバスルームへ消えた。しかし、このワインの海はなんなんだ?黙々と破片を片付けてワインの海を新聞紙でどうにかする。これは九井さんが読んでる経済新聞な気がするけどそんなこと言ってられない惨状だし知らねえ知らねえ。ラグもひっぺがしてマンションのコンシェルジュに粗大ゴミに出すよう指示する。
「きれいになってる……ほんとカワイありがとう……」
風呂から出てワインまみれから解放された乾さんが片付けられつつある部屋を見て感動している。まだ床を拭かなきゃならないが。あとソファーもこれはもう粗大ゴミだな。もったいないけど。
「しかし、どうしたんですか?この惨状は。」
たまらず聞くと乾さんはうんざりと語りだした。


 乾は常に九井が金で失敗した時のために備えている。金持ちとの人脈を作っておくだとか。昨夜もそうで、半間から紹介された中国人の金持ちの爺さんと食事をした。高齢だからそういうサービスはいらないが尻くらい触られるかもとの半間の忠言通り爺さんは別れ際乾の尻をご機嫌に撫でてきたのだ。爺さんはとても楽しかったらしい。それは良かった。尻など減るもんでもなしこれで気に入られるのなら安いもんだと乾は撫でられるままになっていた。それをタイミング悪く見たのがまさかの九井だった。見られたくないなぁと思っている時に限って当該人物に見られたり会ったりするのってどうしてなんだろう。不思議だ。中国人の金持ちの爺さんが車で去った途端、乾は最近伸ばしていた金髪を背後からつかまれて引きずるようにして車に乗せられた。金髪をつかんだのは九井で、後部座席に乱暴に乾を蹴倒して乗せ、九井の運転で自宅まで帰ってきた。そして九井は、イヌピー俺からあの金持ちそうなじじいに乗り換えるわけ!?と問い詰めてきた。乾が違う。もしもの時の人脈が欲しかっただけだと白状すると、俺が失敗した時のための人脈をイヌピーの尻で作って俺が嬉しいとでも思ってんのかよ馬鹿にすんなと手がつけられないほど激怒し、ワインセラーにあったワインすべてを怒鳴りながら割ってぶちまけたのだった。


「それは…かなりの悪手でしたね。」
「そうだろ。ココの金稼ぎのプライド傷つけるのはいちばんヤベェってわかってんのに俺はバカだから正直に答えちまって…と言ってもココを丸め込めそうな良い言い訳があったのかと今考えてもねぇんだけどな。」
「そうですね。ごまかされませんからね九井さんは。どうやっても爺さんと一緒なのを見られた時点で詰みでしたね。…ところで、肝心の九井さんは?」
「信じらんねえんだけど、アイツ暴れるだけ暴れてスッキリして風呂入って寝てるよ。」
それを聞いてカワイにもどっと疲労が押し寄せた。なるほど。乾がこんなに疲れきっていた理由がわかった気がする。理不尽って疲れるのだ。
「俺を刺したりしてくれたほうが楽だな。こんなに色々破壊されると困る。メンタルにくるっていう感覚が俺いまいちわかんなかったけど、これはくるな。」
乾さんはもう限界だったのか、そう言ってソファーの背もたれに頭を預けると程なくしてくーかーと寝息をたて始めた。これでは首が痛くなるなと乾さんをちゃんと寝かそうとすると
「触るな。」
と九井さんがあらわれた。
「カワイ、後始末してくれたのか?悪かったな。ひでぇ有様だったろ。」
「いえ。それよりも乾さんの右脚ふくらはぎの切り傷は深いように見えますので起きられたら医者に診せたほうが良いかと思います。」
「そうか。わかった。かわいそうなことしたな。」
言いながら九井さんは寝ている乾さんを起こさないようにそっとそっとソファーに横たえた。その手つきは大事な宝物に触れるような手つきで、いとしくてたまらないのであろうことが感じられた。だが、この人は同じ手で乾さんを刺すし髪をつかんで引きずり倒すこともできる。
「俺だっておかしいと思ってんだ。こんなアホみたいに暴れて。でも、年々イヌピーのことが許せなくなる。俺だけ見ててほしい。俺以外と喋らないでほしい。俺だけが触れたい。どんどんどんどん許容範囲が狭くなる。もう。この部屋に閉じ込めて出したくねえくらいのとこまできてる。異常だ。」
言いながら九井さんは乾さんの最近伸ばしている見事な金髪を撫でた。
「でも、九井さんは変わるおつもりはないのでしょう?」
「当たり前だろ。イヌピーにもっと狂って今以上に頭おかしくなっても俺はイヌピーを手放さない。」
言い切る九井さんを見て、自分のあるじはやっぱりこうでないとなと思った。乾さんには気の毒だが。






「あ〜あ〜疲れた〜ブラックだ。ブラックだこんな組織やめてやる。」
「おかえり。コヤマ。辞めるのか?俺は少し悲しい。」
「…へ……?」
家に帰ったら乾さんがいた。なんで?
「…へ……?」
「へ、ばっかり言わず手洗いうがいしてこい。メシはできてる。」
わけがわからないが、言われた通り手洗いうがいしてきたら申し訳程度キッチンに置いてある小さなテーブルにメシが用意されていた。
「ごはん!!味噌汁!!おかず!!ふぁ〜♡いただきます♡」
「召し上がれ」
どれも独身の男にはありがたいものばかりだった。夢中で食った。食った…けど……
「て!!なんで乾さんウチにいるんですか!?ていうかどうやって入ったんですか!!」
「ピッキング。」
「ピッ…?」
申し遅れたが俺は乾さんの部下のコヤマ。一人暮らししてるマンションに帰ったらビックリ上司の乾さんがいた。得意のピッキングで侵入したらしい。困った人だよ。俺ときたらわけもわからず餌付けされてるが、これはマズい。非常にマズい。
「あ、あの…乾さんが俺んちにいるのは九井さんご存知で……?」
「知らないと思うし知らせなくていいと思う。」
「え、ええ……?ケンカですか……?」
「そう。何が原因か正直忘れたがケンカして嫌になって出てきた。」
「あの…あの、俺、乾さんのことめちゃくちゃ好きだけど、まだ九井さんに殺されたくないんですよね〜?」
「大丈夫大丈夫。殺されそうになったら止めてやるから。」
「ええ…そんな……。」
よくわからないまま流され、俺は今乾さんと同じベッドに寝ている。いや。どうしろと?乾さんはくーかーとのんきに寝ているが、俺は寝るどころではない。普通の男と寝てるんじゃない。乾さんなんだ。説明すると、乾さんって人は顔が抜群に良い。ハマる人にはハマると言おうか。そりゃ乾さんより美形な人間なんて探せばいる。でも、一度乾さんの沼にハマるとちょっと抜け出せない。俺も常に上司だ!この人は上司だ!と念じているが、無防備に接せられると下半身が元気になってしまう。そう。今だって。なんだか首筋から良いにおいもする。九井さんは反省すべきだ。九井さんが溺愛するあまりうまれたなんだか色気滲み出てるモンスター乾なんだから。どうしよう…しずまれ俺の下半身!!

 カチャとこめかみに銃を突きつけられた冷たい感触がする。
「コヤマどうやって死にてえ?」
「九井さん!!それ!!違う人のセリフ!!」
俺はガバッと起き上がる。暗闇の中に九井さんがぬらっと立っていた。慌ててリモコンで部屋の電気をつける。
「…何…もう朝……?」
急に明るくなったから乾さんが寝ぼけている。かわいいけど今はそれどころじゃない。
「ていうか、九井さんどうやって入ったんですか!?」
「ピッキング」
「ピッ…?」
似たもの夫婦かいい加減にしろ!
「イヌピー。起きろ。何怒ってんのか知らねえけど、こんなクソみたいなとこに住むな。帰るぞ。」
九井さんはやはり乾さんを迎えにきたらしい。もう少し普通に迎えに来て〜!?家に侵入された挙句銃で脅迫される俺のお気持ち〜!!
「嫌だ。帰らない。」
いや、帰って〜!?
「イヌピー、俺、おまえがいないと何もできない。メシだってひとりだとマズいし、眠れないし。」
九井さんは言いながら乾さんの顔を両手で撫でる。
「ココ…もしかして夕飯食ってない?」
「食ったけど、3口でやめた。だってひとりじゃマズいもん。」
「それはダメだ。食う。寝る。はちゃんとやらないと。」
「イヌピー帰ってくれたら食うよ。」
「じゃあ帰る。」
「ホント?うれしい。イヌピー大好き。」
九井さんはそのまま乾さんに覆いかぶさった。乾さんも満更でもなさそうに九井さんの髪をすいている。
「あの!!すみませんけど!!続きは帰ってやってください!!」
俺コヤマは激怒した。
「そうだったな。すまんコヤマ。つい流されてこのままヤるとこだった。おまえはしっかり寝てくれ。」
乾さんは正気に戻り
「イヌピー添い寝代10万な〜?給料から引いとくわ。」
と九井さんはベ〜っとして、ふたりは帰って行った。
「なんだアイツら〜!!」
俺コヤマはほんとに激怒した。が、冷蔵庫に朝食えとメモがついたおにぎりを入れてくれてたから乾さんは許した。






 目の前にはココが薙ぎ払った食器やグラスが無惨に散らばっている。ケンカの原因はなんだったかもうわからない。怒ってもいいが、テーブルの上のものを根こそぎ落としてぐちゃぐちゃにするのだけはやめてくれと何回も言ってるのに。食卓のものを薙ぎ払ったり、棚のアロマキャンドルだかを全部投げ散らかしたり。ココは散らかすだけ散らかして寝てしまうから、ひとりガラスの破片を集めていい歳して俺は泣きそうになるのだ。もう嫌だ。…そうだ逃げよう。ちょっとだけ。家出しよう。

 思い立ってイザナに何か海外の仕事はないか。長めのやつ。と言うとものすごくおもしろいみたいな顔をしていた。ちょうど、インドと中国に挟まれた小国に足抜けしようとして逃亡している組員が潜伏している。そいつを探して、殺してどこかへ捨てておいてほしかったんだ。だから、助かるとイザナはにっこり微笑んで言った。その微笑みはなんだ家出か?九井と乾の痴話喧嘩おもしろ過ぎ〜♡と思っているのがありありとわかった。それはさておき、その小国はバスでインドに逃げられるから、必ず足抜け男は首都のバスターミナルに現れるはずだという。俺は二つ返事で引き受けた。ココのことは愛しているが、もう痴話喧嘩のたびに家のものを破壊されるのにうんざりしていた。数ヶ月くらい離れたかった。リフレッシュってやつ。

 インドと中国に挟まれた小国はヒマラヤのふもとにあり暑くもなく寒くもない。人も親切だし、俺の日本人にはあまりない顔面のおかげで白人の長期滞在バックパッカーだと思われたらしく警戒されることもなかった。ただ、衛生環境は悪く、それなりのホテルに滞在しているが、生水は飲むと腹をくだし、シャワーは途中から水になる。そして時々ネズミやトカゲがこんにちはする。神経質なココだと発狂するだろうなと思ったが、俺は別に平気だった。むしろ久しぶりにくつろいだ気分だった。
 実のところ、足抜け男は首都のバスターミナルではっていたら5日目に簡単に見つかってしまった。イザナの指示通りどこまでも広がる平原で殺してバラして捨てた。このあたりは野犬が腐るほどいるし、トラも出るらしいから存分に死体を食ってくれるだろう。だが、5日では家出としては物足りなかった。イザナに他に何かないかと催促すると、稀咲が考案した覚醒剤の輸送を命じられた。稀咲が考案した輸送方法というのが、この小国からタイまで覚醒剤を手で持って運ぶ単純な方法なのだが、運び屋には僧侶の格好をさせる。この小国でもタイでも僧侶は信じられないほど丁重に扱われるから、まずもって覚醒剤を持っているとは思われない。空港のチェックも甘い。そして、覚醒剤は念入りに小さな仏像の中に隠された。この国の人もタイの人も信心深いから絶対仏像を破壊して中身をあらためない。俺の仕事はその仏像に入れる覚醒剤をインド国境付近でバイヤーから受け取ってバスで首都まで運び、インチキ僧侶の運び屋に渡す。シンプルな仕事だが、インドから首都までは道が悪く時間がかかりなかなかタフな仕事だった。バスの乗客たちは、日本のサービスエリアみたいなトイレなんかないから、みんな原っぱでウンコする。開放的で良いなと思った。2週間に1度の頻度で3ヶ月ほどその仕事をした。楽しかった。

 生活も不衛生だが慣れるもので、ひとりでフラフラ飯屋に入ったりもした。その日はホテルの食堂のカレーにつぐカレーに飽きて、ホテル最寄りの観光客向けのコンチネンタル料理屋に入った。コンチネンタルとか言ってるが、メニューを見るとハンバーガーしかないみたいだった。メニューを指差してチーズバーガーとコーラを頼むと、店員が英語で何かまくしたてる。俺はこの顔面のせいで、この国の母国語ではなく英語で話しかけられることがほとんどで、英語はわからないから困る。イエスイエスと言って頷いとけば大丈夫だろうとそうした。

「He doesn't like buffalo meat, so please use lamb meat. Then please give me the same food as him.」

 言語は違うが、聞き慣れた声だった。俺はその声を聞いた途端ボロボロ涙が出るのを止められなかった。
「あ〜あ〜イヌピー何泣いてんだ。自分から出て行ったのに?俺に会いたかった?」
言いながらココは俺の向かいに腰かけた。間違いなくココだった。
「…会いたかった……今、会いたかったってわかった。」
もう俺はベショベショに泣いている。店中の人が見ていて恥ずかしいけど、もう海外だからいいやと開き直る。心配した店員がペーパーを持ってきてくれてありがたく涙を拭く。
「そんなに泣くくらい俺が恋しいんなら、ちゃんと俺と日本に帰ってくれるよな?もうじゅうぶん仕事はしただろ。ずいぶん黒川のふところは潤ったらしいぞ。イヌピーのおかげで。」
「うん。うん。もう帰る。ごめん。ごめんココ。」
「泣くなよ。ほらハンバーガーきたから。なんか店員、俺がイヌピーいじめて泣かしたんじゃないかって言ってくる!違うし!I'm not bullying him!ほらイヌピー食おう。ていうか、金髪のキレイな男見てねえかって探しまわったから俺も腹が減った。」
「そんなんでよく見つかったな。」
「すごいぜイヌピー。露店のおばあさんからお姉さんまで全員イヌピーのこと覚えてたからちゃんとたどり着いた。顔が良いって得だな。」
九井が否定しても乾をいじめてるんじゃないかと店員はまだ疑っているらしく九井をにらみつつも、2人の前にハンバーガーとコーラが置かれた。この国ではこれらはかなりのご馳走の部類に入る。
「そういや。ココ最初店員に英語で何言ってたんだ?俺、店員が何言ってんのかぜんぜんわからなかった。」
「あ〜。今日はチキンの入荷がないから水牛のパティしかないけど良いか?って店員がイヌピーに聞いてたんだよ。でも水牛って当たり外れすごいから、ラム肉にしてくれって言っただけ。」
「ココ…カッコいい♡」
「惚れなおした?」
「すげぇ惚れなおした。でも、ケンカした時部屋のものを破壊するのはほんとやめてほしい。それだけ。」
「なんだ。出て行ったのそんな理由?俺はもう…愛想尽かされたのかと……。」
「俺がココのことそんなふうに思うことなんか絶対にない。ただ、疲れたから。ちょっとどっか行きたかったんだ。ごめん。て、いうかこのハンバーガーうまい。ココもはやく食え。」

 こうして、痴話喧嘩が原因の乾の壮大なる家出は終わった。




5

 久しぶりの我が家は良い。格闘技かなと思うようなセックスを終えてベッドに乾は沈んでいた。九井は乾より体力がないはずなのに、根性があるのか粘り強いのか攻めの能力が高過ぎると思う。もう襲いかかられてはたまらないので、乾は会話をしようと隣に寝転がっている九井に話しかけた。
「コヤマに聞いたんだけど、ココ俺が海外逃亡してる間ヤバかったんだって?」
それを聞いた九井は無言で寝室を出て行き、大量の鉛筆を持って戻ってきた。
「なんだそれ?」
「イヌピーとガキの頃よく遊んでたバトル鉛筆。イヌピーいなくて寂しくてひとりで遊んでた。」
ひとり大量のバトル鉛筆で遊ぶアラサーの反社。部下のコヤマが、良かった!乾さん戻ってきてくれて良かった!九井さんめちゃくちゃ怖かったんですから〜!と言っていた意味がわかった。そんなの目撃してしまうなんて、かわいそうなコヤマ。
「今でもバトル鉛筆とか売ってんだな。」
「俺たちの頃流行ってたのはポケモ◯だったけど、今はドラク◯らしい。文房具屋にいっぱい売ってる。」
「へ〜!ドラク◯おもしろそう。」
「イヌピー久しぶりにやる?バトエン。」
「やるか。負ける気しねえ。」

 そして、子どもの時以来のバトル鉛筆に興じ、負けず嫌いの2人は再び痴話喧嘩を繰り広げるのである。アホなのである。
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