意外と女心がわかる系乾
意外と女心がわかる系乾
柚葉の驚き
よりにもよって乾と集金に行けだなんて最低だ。この前、集金に行かされた時襲われそうになったから、兄が乾を連れて行けと言ったのだ。そんなに心配するんなら、妹に危ないビジネスだかの集金なんかさせるなよと思う。自分の兄は確かに妹である自分や弟の八戒に愛情はあるのだが、それらの向け方がことごとく間違っている。それに、アタシはこの乾とあと九井が嫌いなのだ。兄はどう思ってるのか知らないけど、兄を心から尊敬しているわけではないことくらい見てたらわかる。兄を利用するだけする何を考えてるのかわからない変なコンビ。それがアタシの乾と九井に対する印象。よくわからないんだけど、暴走族って女子のギャラリーがいて、乾と九井はすごく人気。まあふたりとも見た目は良いよね。見た目だけね。九井とか口を開けばイヤミばっかりだし、乾にいたってはしゃべりもしないじゃん。しかも、見た目だけなら八戒が至高なのに八戒はあんまりギャラリーに人気がないらしい。あれかな。東卍のほうはかわいい系がウケるのかな。八戒はカッコいい系だから。モード系というのか。八戒はもう少し大人になったら爆モテするに違いない。それにしたって世の中間違ってる。
そして、アタシの不機嫌の原因は、乾が集金についてくることだけじゃない。朝から頭が痛くて絶不調。しかも薬を忘れた。ほんと最低。時々深呼吸したり、目を瞑ったりして痛みを逃すほかなかった。
「なあ。」
アタシの後ろを黙ってついてきていた乾が急に声をかけてくる。
「何。」
振り返ると乾がじっとこちらを見つめている。無口でふてぶてしい印象しかなかったが、至近距離で見る乾は瞳が大きく外はねの髪型もあいまってどこか子犬っぽい感じがある。私が姉というものだからついそう思えるのかもしれないけど。
「俺の勘違いだったら、得意の回し蹴りでも飛び蹴りでもしてくれたら良いんだけど……もしかして、頭が痛いんじゃないのか?」
アタシは男というものに弱みを見せたくないから、兄にも弟にも頭が痛いだの腹が痛いだのとうったえたことはないし兄も弟もそういった気遣いができないから驚いてしまう。
「なんで…なんでわかったの?あんたニブそうなのにそういうの。」
「姉が…亡くなった姉が、よく深呼吸したり目閉じたりして辛そうな時あったんだ。そういう時、どうにかしてやりたくて赤音が時々飲んでる薬と水持ってったら、それだけですげえ喜んでくれて。それ思い出してもしかしてと思った。」
姉のことを語る乾はまるきり弟の顔だった。おそらく乾はものすごく姉にかわいがられてたんだろうことが容易に想像できた。
「薬、忘れたんだよね。もう、集金まで時間ないし。大丈夫。」
「さっき、ドラッグストア見つけた。先に集金の場所に行っといてくれ。俺買ってくる。俺めちゃくちゃ足はやいからすぐ追いつく。なんか決まった薬?」
乾がそう言うから、いつも飲む薬の名前を告げると本当に乾は足がはやかった。あっという間に行ってしまった。乾が追いつけるようわざとゆっくり集金場所に向かっていたら驚異のスピードで乾が戻ってきた。
「あ〜!久しぶり走るの楽しい!はい。薬。飲めよ。」
アンタ誰だよとほんとに乾か?と言いたくなるような爽やかさでもって乾はアタシが言った通りの薬と、気が利くことにペットボトルの水も買ってきてくれた。主張するだけあって足が速い。今日はいつものスカした特攻服じゃなくて黒いスリムなパンツにTシャツというシンプルなかっこうだから余計にいつもの乾じゃないみたいだった。もしかして、いつものふてぶてしい無口な乾はグレてからの姿で、本来の乾はこういう走ったり、体を動かすのが大好きなただの男の子なのかもしれない。
「ふっ!アンタめちゃくちゃ汗かいてんじゃん。ほんと本気で走ったんだね。ありがと。」
アタシはありがたく薬を飲む。いつも無表情な乾が良かったと言って笑った。そういう顔、もっとすれば良いのに、と思った。
ドラケンの驚き
「ママァ〜〜〜!!!」
D&Dの前で幼稚園くらいだろう女児が大泣きしている。龍宮寺は素直に困ったなと思った。泣いてる女の相談にのるのは得意だが、それは成人した女のことであって女児ではない。しかし、性格上放っておくこともできないし、相棒の乾に女児の対処は期待できないから自分がどうにかするしかないだろう。よし。やるか。
「どうした?ママとはぐれたか?」
まさかの乾が女児に近づき、彼女と目線を合わせるため伝家の宝刀ヤンキー座りをした。こ、怖がるんでは……?
女児は驚いたのか泣くのをやめ、まじまじと乾の顔を眺めている。そして、おもむろに乾の金髪に手を伸ばして引っ張った。な、なんてことを……お願い、お願いだイヌピーキレるなよ。お願いだから。龍宮寺は頭の中で手を合わせる。
「カツラじゃ…ない!!」
そう言って、次に女児は乾の顔を両手でつかむと乾の緑色をした瞳をのぞきこんだ。
「きれいな色……。」
乾はぼんやりとヤンキー座りでされるがままになっている。
「王子様だ……。」
女児はさんざん乾の顔を撫でくりまわした後そう言った。龍宮寺はたまらずふきだした。ずいぶん物騒な王子様だ。
「わたしはミィちゃん。」
女児が名乗る。
「俺、イヌピー。」
乾が名乗る。なんだこれ。
「ミィちゃんはさ、ママどこ行ったんだ?」
「ママ肉屋さんに行くって。でもミィちゃん見失っちゃったの。」
「なるほど肉屋か。今肉屋タイムセールなんだよ。あれは戦場だ。たぶんミィちゃんのママは今戦場で和牛切り落としをめぐって争ってんだな。ここでイヌピーとママ待っとこうぜ。」
乾はそう言ってよっこらせとD&Dの前に腰をおろした。
「ミィちゃんここ座れよ。」
乾は自分のあぐらをかいた上に座るようミィちゃんに言う。しかし、ミィちゃんは恥ずかしそうにモジモジしている。イケメンにそんなこと言われたら照れちゃうよな。女ってのは幼くても女なんだなと龍宮寺はうなずく。
「ミィちゃん、イヌピーの髪の毛で遊びたい。」
ここでまさかのリクエストである。
「いいよ。お手柔らかにな。」
乾が快諾したから、ミィちゃんはピンク色のポシェットからヘアゴムだのピンだのを出して乾の金髪で遊び始めた。現在の乾の髪は結んで遊ぶには長さが物足りないが、ミィちゃんは上手に毛束をとって三つ編みをつくったりマイメ◯のピンをつけたり楽しそうだった。正直言ってファッションにこだわりのある龍宮寺からしたら許しがたいしっちゃかめっちゃかな髪型にされているが、乾はなすがままだった。
「ミィちゃん!ミィちゃんどこ!?」
肉屋がある方向から女性がミィちゃんを探しながら走ってくる。
「お。ミィちゃん、ママが戦場から帰ってきたぞ。」
和牛切り落としを無事手に入れたらしいミィちゃんのママは、あきらかに娘に遊ばれまくったのであろう乾の髪の毛を見、娘がご迷惑をおかけして申し訳ないと平謝りに謝り帰っていった。
「イヌピー、すげえ頭だな。」
「うん。ミィちゃんが言うには最先端の髪型らしい。うらやましいだろ?」
「ふはっ!笑わせるなよ。しかし、イヌピーがあんな子どもに慣れてるとは思わなかった。俺の出番はなかったな。」
「赤音が…亡くなった姉が、親戚の集まりとかでさ、小さい子のめんどうよく見てて。俺も手伝わねえと怒られるから。慣れてる。赤音、怒るとめちゃくちゃ怖かったんだ……もしかすると大寿より怖いかも……。」
「柴大寿より怖い……?おまえの姉ちゃん怖すぎだろ……。」
「俺、こんな顔してっから、昔から赤音の着せ替え人形みたいになって遊ばれてて。こういうマイメ◯のピンがブッ刺さった気が狂った髪型にされるのも慣れてる。」
「そうか……俺はうまれて初めて兄弟いなくて良かったと思ったかもしれない……弟って過酷だな。」
乾は、龍宮寺とこうやって何気ない会話をするのが大好きだった。
その後、龍宮寺は亡くなり乾はなんとかひとりで店をやっているが、ミィちゃんは頻繁にやってきては飴だのペンペン草だのを乾にくれる。ミィちゃんもそうだし、そういう人たちがいなかったら、乾はとてもひとりでは耐えられなかったと思う。そのくらい龍宮寺は乾にとって大切だった。
わがままフェアリーイヌピーと化す
九井はクールな表情をしているが、目の前の光景を心のカメラで1億回くらい連写している。D&Dの近所に住む女児ミィちゃんを、ミィちゃんのママが肉屋のタイムセールに行っている間預かっているのだ。ミィちゃんと乾はお店屋さんごっこをしており
「イヌピー、このレンチは何円ですか?」
「う〜ん100万円です。」
「じゃあ1000万円札を出すのでお釣りください。」
「お釣り多いな。そんなに紙あるかな。待てよ900万円札作る。」
などとやっている。かわいすぎてもはや凶器じゃん。マリアじゃん。
「マリア?どうしたココ。あゆでも歌うのか?」
ヤベ。心の声もれてたな。しかし、なんでヤンキーってすぐあゆ歌おうとする。わからない。ギャルだけでなくヤンキーの心も鷲掴みにするあゆのカリスマがすごいのだろう。灰谷蘭も間違ったマイルスデイビスを語る前にあゆを見習ったらいい。
肉屋のタイムセールから帰還したミィちゃんのママにまだイヌピーで遊ぶとごねるミィちゃんを渡しながら、乾はママともそつなく会話をこなしている。乾自身も忘れかけているが乾はかつて女子どもにさえ容赦しないみたいな設定だった気がするが、姉の赤音の教育によりけっこう女性の扱いがうまいのだ。なにしろ無礼なことをしようものなら「青宗、今なにしたの?」とにっこり微笑まれ帰宅後地獄のような説教が始まるのであり、乾は女性に無礼なことをしないよう恐怖とともに幼少期叩き込まれていた。乾は殴られるより説教のほうが苦手だ。ヤンキーの時はいざ知らず、バイク屋をやり始めてからは女性にも子どもにも丁重に接している。これは客商売をするにあたり必須なスキルだから乾は今さら亡き姉に感謝している。
かたや九井は乾とマブとなり、ヤンキーも綺麗さっぱり辞め、頑張って勉強し今年の4月からめでたく大学生となった。予備校もなしに受かるとは流石のオレなのである。受験勉強中は乾の一人暮らしするアパートに転がりこみ何かと世話になっていたが、大学生になってからはD&Dのレジの締めの作業などを時間がある時は手伝っている。対等な関係って良い。
「イヌピー、ミィちゃんのお世話お疲れ様〜。」
「ああ。いや。ミィちゃんと遊ぶのは楽しいから疲れない。」
「ふーん。あのイヌピーがこんなになんでもそつなくこなして俺は毎度感動する。」
「そうか?まぁ赤音もそうだし、ドラケンの教育は容赦なかったから鍛えられたぜ。」
「すげぇ厳しそう……。なぁ、再来週俺クラスの合宿あるから月曜は帰らないから。」
「…大学ってクラスとかあるのか?」
「1年生はある。」
「合宿って女もいるのか?」
「そりゃまぁ。いるよ。」
「嫌だ!!合宿行くな!!」
乾は突然わがままフェアリーと化す。最近特に顕著で、マブになってからいわゆるおつきあいというものを始めたが、ミラクルマブだろ!で、さまざまなしがらみから解放された乾は自由奔放だった。そう言えばグレる前はこういう自由でマイペースなヤツだったよなと九井は乾の本質を思い出した。黒龍の時は何かと九井に遠慮していたが、現在の乾は遠慮などしない。嫌なものは嫌だと主張し、自分の好物は九井の皿からかっさらい、わがままフェアリーと化す。今のように。ココはモテるから女がいる飲み会は嫌だ!!合コンの人数合わせに行くとか嫌だ!!さっきすれ違った綺麗な女見ただろ嫌だ!!卵焼きもうひとつ食べたい!!ココくれ!!などイヤイヤイヤイヤ遅れてきたイヤイヤ期である。九井からしたらそんな乾がかわいくて仕方がないからできるだけ言うことを聞いているし卵焼きもあげるが、合宿は行かねばならぬから困った。
「イヌピー、合宿は行かないとダメなんだよ。」
九井は乾をあやすべく彼の白い頬をヨシヨシと撫でながら話す。
「なんで。」
乾はヨシヨシは受け入れるが依然ふてくされた顔をしている。かわいい。
「行かないと単位とれないんだ。」
「単位……。」
「単位取れないと留年になる。それは困る。」
「それは困るな……。」
「だからイヌピー、合宿行かせてくれる?」
「…わかった。」
乾はイヤイヤしながらも折れた。
九井は合宿中それはもうこまめに丁寧に乾に連絡をした。九井君の彼女ものすごく束縛系なんだなとクラスの人たちは思った。そんな束縛系彼女がいるのかと九井をいいなと思っていた女子たちは諦めモードになり虫除けもバッチリなのであった。
柚葉、驚愕する
「ゲッ!九井じゃん!」
柚葉はお気に入りのオープンカフェでくつろいでいたのに、ひとつテーブルを挟んで向こうに九井が案内されて座るのが見えた。もう帰ろうかなと思ったが、目の前には頼んだばかりのラテとワッフルがある。九井を避けてこれらを犠牲にするのはシャクだ。だっておいしいもん。いいや。気づかないフリして食べよう。九井はコーヒーを頼んで本を読み始める。隣のテーブルの女子ふたりがチラチラと見ている。あいかわらずモテるみたいだった。おかしいよな。九井がこんなにモテるんなら至高の八戒はもっとモテてるはずだろ。しかし、以前よりは八戒のモテ度は上がってきた。八戒が世界に見つかってしまうのも時間の問題だ。なぜなら八戒はスーパーモデル並に至高だから。しばらく柚葉はワッフルを食べるのに集中していたが、人影が横切る。
「ココ、待った?」
「いや。ぜんぜん。」
ゲッ!!乾も来たじゃん!!
「イヌピー何食べる?イヌピーどれにしようか迷うかなと思って頼むの待ってた。」
「ありがとう。半分こにしたら色々食べれるもんな。…しかし、ワッフルの種類ありすぎる…迷う……。」
乾はメニューを熱心に眺めている。
「チョコバナナといちごにしたい…けど、抹茶も少しだけ食べてみたい。でも、残すのは良くないから……。」
「いいよ。イヌピーが残しても俺食えるよそのくらい。」
「ほんとか!?じゃあ抹茶も頼む。」
九井と乾はふたりでワッフル祭り開催してんのかよみたいなことになっていたが、とても楽しそうだった。
「さっき帰ってった女たちココのことばっかり見てた。」
「そうかな?気にし過ぎだよ。」
「嫌だ!!女にココ見られるの嫌だ!!」
「わぁ。わがままフェアリーイヌピー出ちゃったじゃん。大丈夫だよ。俺はイヌピーしか見てないから。」
「嫌だ!!俺とさっきの女たちどっちが綺麗?」
「イヌピーに決まってる。」
「待て!!待て乾!!キャラ変し過ぎだろ!!」
「ん…キャラ……?何?」
「あれ。柴柚葉じゃん。」
柚葉はかつて黒龍にいた頃の乾からのあまりにものキャラ変ぶりに思わず突っ込んでしまった。なんだ?自由過ぎる上にデレも過ぎてる。頭大丈夫か乾。
「ちょうどいい。柚葉もこっちで一緒に食おうぜ。俺このお食事系ワッフルも食いたいから分けよう。人数は多い方が良いよな。」
マイペース過ぎやしないか乾。
「な、なんでアンタたちなんかとシェアしないといけないの!!」
「まぁまぁ。イヌピーもこう言ってることだし。」
嫌だったけど、全力でキャラ変乾に突っ込んだため店じゅうの注目を浴びてしまっているから柚葉はしぶしぶ九井たちのテーブルにつく。
「さっきの話だけど、イヌピーはキャラ変したんじゃない。元に戻っただけ。」
「あ〜…なんか…わかるかも……。」
九井のその言葉で柚葉は黒龍時代に乾と集金に行かされた時、意外と乾が弟系ワンコだったのを思い出した。そうだ。あの時乾は一生懸命走って頭痛薬を買ってきてくれたのだった。
「黒龍の時のさ、ナイフ振り回すふてぶてしい感じよりはだいぶ良いよ今のデレ乾。」
「ところでベーコンワッフルと生ハムワッフルどっちにする?」
「聞けよ乾!!アタシ今大事なこと言いましたぁ!!」
「ベーコンも生ハムもどっちも頼みなよイヌピー。」
九井が見たことない自然な笑顔で乾に言う。乾のことが好きでたまらないことを隠しもしない。アンタ昔ククッとかしか笑ってなかったじゃん。悪の組織みたいだったじゃん。
「アンタも今のほうがだいぶ良いよ。」
「そうだろ?ココはずっとカッコいいけど今がいちばんカッコいい。」
「やめろよイヌピー照れる。」
さて、この甘ったるいヤツらとワッフルをシェアするのだから、塩分が必要だな。
「すみません注文いいですか?」
柚葉はしょっぱめお食事系ワッフルを頼むべく店員を呼んだ。
柚葉の驚き
よりにもよって乾と集金に行けだなんて最低だ。この前、集金に行かされた時襲われそうになったから、兄が乾を連れて行けと言ったのだ。そんなに心配するんなら、妹に危ないビジネスだかの集金なんかさせるなよと思う。自分の兄は確かに妹である自分や弟の八戒に愛情はあるのだが、それらの向け方がことごとく間違っている。それに、アタシはこの乾とあと九井が嫌いなのだ。兄はどう思ってるのか知らないけど、兄を心から尊敬しているわけではないことくらい見てたらわかる。兄を利用するだけする何を考えてるのかわからない変なコンビ。それがアタシの乾と九井に対する印象。よくわからないんだけど、暴走族って女子のギャラリーがいて、乾と九井はすごく人気。まあふたりとも見た目は良いよね。見た目だけね。九井とか口を開けばイヤミばっかりだし、乾にいたってはしゃべりもしないじゃん。しかも、見た目だけなら八戒が至高なのに八戒はあんまりギャラリーに人気がないらしい。あれかな。東卍のほうはかわいい系がウケるのかな。八戒はカッコいい系だから。モード系というのか。八戒はもう少し大人になったら爆モテするに違いない。それにしたって世の中間違ってる。
そして、アタシの不機嫌の原因は、乾が集金についてくることだけじゃない。朝から頭が痛くて絶不調。しかも薬を忘れた。ほんと最低。時々深呼吸したり、目を瞑ったりして痛みを逃すほかなかった。
「なあ。」
アタシの後ろを黙ってついてきていた乾が急に声をかけてくる。
「何。」
振り返ると乾がじっとこちらを見つめている。無口でふてぶてしい印象しかなかったが、至近距離で見る乾は瞳が大きく外はねの髪型もあいまってどこか子犬っぽい感じがある。私が姉というものだからついそう思えるのかもしれないけど。
「俺の勘違いだったら、得意の回し蹴りでも飛び蹴りでもしてくれたら良いんだけど……もしかして、頭が痛いんじゃないのか?」
アタシは男というものに弱みを見せたくないから、兄にも弟にも頭が痛いだの腹が痛いだのとうったえたことはないし兄も弟もそういった気遣いができないから驚いてしまう。
「なんで…なんでわかったの?あんたニブそうなのにそういうの。」
「姉が…亡くなった姉が、よく深呼吸したり目閉じたりして辛そうな時あったんだ。そういう時、どうにかしてやりたくて赤音が時々飲んでる薬と水持ってったら、それだけですげえ喜んでくれて。それ思い出してもしかしてと思った。」
姉のことを語る乾はまるきり弟の顔だった。おそらく乾はものすごく姉にかわいがられてたんだろうことが容易に想像できた。
「薬、忘れたんだよね。もう、集金まで時間ないし。大丈夫。」
「さっき、ドラッグストア見つけた。先に集金の場所に行っといてくれ。俺買ってくる。俺めちゃくちゃ足はやいからすぐ追いつく。なんか決まった薬?」
乾がそう言うから、いつも飲む薬の名前を告げると本当に乾は足がはやかった。あっという間に行ってしまった。乾が追いつけるようわざとゆっくり集金場所に向かっていたら驚異のスピードで乾が戻ってきた。
「あ〜!久しぶり走るの楽しい!はい。薬。飲めよ。」
アンタ誰だよとほんとに乾か?と言いたくなるような爽やかさでもって乾はアタシが言った通りの薬と、気が利くことにペットボトルの水も買ってきてくれた。主張するだけあって足が速い。今日はいつものスカした特攻服じゃなくて黒いスリムなパンツにTシャツというシンプルなかっこうだから余計にいつもの乾じゃないみたいだった。もしかして、いつものふてぶてしい無口な乾はグレてからの姿で、本来の乾はこういう走ったり、体を動かすのが大好きなただの男の子なのかもしれない。
「ふっ!アンタめちゃくちゃ汗かいてんじゃん。ほんと本気で走ったんだね。ありがと。」
アタシはありがたく薬を飲む。いつも無表情な乾が良かったと言って笑った。そういう顔、もっとすれば良いのに、と思った。
ドラケンの驚き
「ママァ〜〜〜!!!」
D&Dの前で幼稚園くらいだろう女児が大泣きしている。龍宮寺は素直に困ったなと思った。泣いてる女の相談にのるのは得意だが、それは成人した女のことであって女児ではない。しかし、性格上放っておくこともできないし、相棒の乾に女児の対処は期待できないから自分がどうにかするしかないだろう。よし。やるか。
「どうした?ママとはぐれたか?」
まさかの乾が女児に近づき、彼女と目線を合わせるため伝家の宝刀ヤンキー座りをした。こ、怖がるんでは……?
女児は驚いたのか泣くのをやめ、まじまじと乾の顔を眺めている。そして、おもむろに乾の金髪に手を伸ばして引っ張った。な、なんてことを……お願い、お願いだイヌピーキレるなよ。お願いだから。龍宮寺は頭の中で手を合わせる。
「カツラじゃ…ない!!」
そう言って、次に女児は乾の顔を両手でつかむと乾の緑色をした瞳をのぞきこんだ。
「きれいな色……。」
乾はぼんやりとヤンキー座りでされるがままになっている。
「王子様だ……。」
女児はさんざん乾の顔を撫でくりまわした後そう言った。龍宮寺はたまらずふきだした。ずいぶん物騒な王子様だ。
「わたしはミィちゃん。」
女児が名乗る。
「俺、イヌピー。」
乾が名乗る。なんだこれ。
「ミィちゃんはさ、ママどこ行ったんだ?」
「ママ肉屋さんに行くって。でもミィちゃん見失っちゃったの。」
「なるほど肉屋か。今肉屋タイムセールなんだよ。あれは戦場だ。たぶんミィちゃんのママは今戦場で和牛切り落としをめぐって争ってんだな。ここでイヌピーとママ待っとこうぜ。」
乾はそう言ってよっこらせとD&Dの前に腰をおろした。
「ミィちゃんここ座れよ。」
乾は自分のあぐらをかいた上に座るようミィちゃんに言う。しかし、ミィちゃんは恥ずかしそうにモジモジしている。イケメンにそんなこと言われたら照れちゃうよな。女ってのは幼くても女なんだなと龍宮寺はうなずく。
「ミィちゃん、イヌピーの髪の毛で遊びたい。」
ここでまさかのリクエストである。
「いいよ。お手柔らかにな。」
乾が快諾したから、ミィちゃんはピンク色のポシェットからヘアゴムだのピンだのを出して乾の金髪で遊び始めた。現在の乾の髪は結んで遊ぶには長さが物足りないが、ミィちゃんは上手に毛束をとって三つ編みをつくったりマイメ◯のピンをつけたり楽しそうだった。正直言ってファッションにこだわりのある龍宮寺からしたら許しがたいしっちゃかめっちゃかな髪型にされているが、乾はなすがままだった。
「ミィちゃん!ミィちゃんどこ!?」
肉屋がある方向から女性がミィちゃんを探しながら走ってくる。
「お。ミィちゃん、ママが戦場から帰ってきたぞ。」
和牛切り落としを無事手に入れたらしいミィちゃんのママは、あきらかに娘に遊ばれまくったのであろう乾の髪の毛を見、娘がご迷惑をおかけして申し訳ないと平謝りに謝り帰っていった。
「イヌピー、すげえ頭だな。」
「うん。ミィちゃんが言うには最先端の髪型らしい。うらやましいだろ?」
「ふはっ!笑わせるなよ。しかし、イヌピーがあんな子どもに慣れてるとは思わなかった。俺の出番はなかったな。」
「赤音が…亡くなった姉が、親戚の集まりとかでさ、小さい子のめんどうよく見てて。俺も手伝わねえと怒られるから。慣れてる。赤音、怒るとめちゃくちゃ怖かったんだ……もしかすると大寿より怖いかも……。」
「柴大寿より怖い……?おまえの姉ちゃん怖すぎだろ……。」
「俺、こんな顔してっから、昔から赤音の着せ替え人形みたいになって遊ばれてて。こういうマイメ◯のピンがブッ刺さった気が狂った髪型にされるのも慣れてる。」
「そうか……俺はうまれて初めて兄弟いなくて良かったと思ったかもしれない……弟って過酷だな。」
乾は、龍宮寺とこうやって何気ない会話をするのが大好きだった。
その後、龍宮寺は亡くなり乾はなんとかひとりで店をやっているが、ミィちゃんは頻繁にやってきては飴だのペンペン草だのを乾にくれる。ミィちゃんもそうだし、そういう人たちがいなかったら、乾はとてもひとりでは耐えられなかったと思う。そのくらい龍宮寺は乾にとって大切だった。
わがままフェアリーイヌピーと化す
九井はクールな表情をしているが、目の前の光景を心のカメラで1億回くらい連写している。D&Dの近所に住む女児ミィちゃんを、ミィちゃんのママが肉屋のタイムセールに行っている間預かっているのだ。ミィちゃんと乾はお店屋さんごっこをしており
「イヌピー、このレンチは何円ですか?」
「う〜ん100万円です。」
「じゃあ1000万円札を出すのでお釣りください。」
「お釣り多いな。そんなに紙あるかな。待てよ900万円札作る。」
などとやっている。かわいすぎてもはや凶器じゃん。マリアじゃん。
「マリア?どうしたココ。あゆでも歌うのか?」
ヤベ。心の声もれてたな。しかし、なんでヤンキーってすぐあゆ歌おうとする。わからない。ギャルだけでなくヤンキーの心も鷲掴みにするあゆのカリスマがすごいのだろう。灰谷蘭も間違ったマイルスデイビスを語る前にあゆを見習ったらいい。
肉屋のタイムセールから帰還したミィちゃんのママにまだイヌピーで遊ぶとごねるミィちゃんを渡しながら、乾はママともそつなく会話をこなしている。乾自身も忘れかけているが乾はかつて女子どもにさえ容赦しないみたいな設定だった気がするが、姉の赤音の教育によりけっこう女性の扱いがうまいのだ。なにしろ無礼なことをしようものなら「青宗、今なにしたの?」とにっこり微笑まれ帰宅後地獄のような説教が始まるのであり、乾は女性に無礼なことをしないよう恐怖とともに幼少期叩き込まれていた。乾は殴られるより説教のほうが苦手だ。ヤンキーの時はいざ知らず、バイク屋をやり始めてからは女性にも子どもにも丁重に接している。これは客商売をするにあたり必須なスキルだから乾は今さら亡き姉に感謝している。
かたや九井は乾とマブとなり、ヤンキーも綺麗さっぱり辞め、頑張って勉強し今年の4月からめでたく大学生となった。予備校もなしに受かるとは流石のオレなのである。受験勉強中は乾の一人暮らしするアパートに転がりこみ何かと世話になっていたが、大学生になってからはD&Dのレジの締めの作業などを時間がある時は手伝っている。対等な関係って良い。
「イヌピー、ミィちゃんのお世話お疲れ様〜。」
「ああ。いや。ミィちゃんと遊ぶのは楽しいから疲れない。」
「ふーん。あのイヌピーがこんなになんでもそつなくこなして俺は毎度感動する。」
「そうか?まぁ赤音もそうだし、ドラケンの教育は容赦なかったから鍛えられたぜ。」
「すげぇ厳しそう……。なぁ、再来週俺クラスの合宿あるから月曜は帰らないから。」
「…大学ってクラスとかあるのか?」
「1年生はある。」
「合宿って女もいるのか?」
「そりゃまぁ。いるよ。」
「嫌だ!!合宿行くな!!」
乾は突然わがままフェアリーと化す。最近特に顕著で、マブになってからいわゆるおつきあいというものを始めたが、ミラクルマブだろ!で、さまざまなしがらみから解放された乾は自由奔放だった。そう言えばグレる前はこういう自由でマイペースなヤツだったよなと九井は乾の本質を思い出した。黒龍の時は何かと九井に遠慮していたが、現在の乾は遠慮などしない。嫌なものは嫌だと主張し、自分の好物は九井の皿からかっさらい、わがままフェアリーと化す。今のように。ココはモテるから女がいる飲み会は嫌だ!!合コンの人数合わせに行くとか嫌だ!!さっきすれ違った綺麗な女見ただろ嫌だ!!卵焼きもうひとつ食べたい!!ココくれ!!などイヤイヤイヤイヤ遅れてきたイヤイヤ期である。九井からしたらそんな乾がかわいくて仕方がないからできるだけ言うことを聞いているし卵焼きもあげるが、合宿は行かねばならぬから困った。
「イヌピー、合宿は行かないとダメなんだよ。」
九井は乾をあやすべく彼の白い頬をヨシヨシと撫でながら話す。
「なんで。」
乾はヨシヨシは受け入れるが依然ふてくされた顔をしている。かわいい。
「行かないと単位とれないんだ。」
「単位……。」
「単位取れないと留年になる。それは困る。」
「それは困るな……。」
「だからイヌピー、合宿行かせてくれる?」
「…わかった。」
乾はイヤイヤしながらも折れた。
九井は合宿中それはもうこまめに丁寧に乾に連絡をした。九井君の彼女ものすごく束縛系なんだなとクラスの人たちは思った。そんな束縛系彼女がいるのかと九井をいいなと思っていた女子たちは諦めモードになり虫除けもバッチリなのであった。
柚葉、驚愕する
「ゲッ!九井じゃん!」
柚葉はお気に入りのオープンカフェでくつろいでいたのに、ひとつテーブルを挟んで向こうに九井が案内されて座るのが見えた。もう帰ろうかなと思ったが、目の前には頼んだばかりのラテとワッフルがある。九井を避けてこれらを犠牲にするのはシャクだ。だっておいしいもん。いいや。気づかないフリして食べよう。九井はコーヒーを頼んで本を読み始める。隣のテーブルの女子ふたりがチラチラと見ている。あいかわらずモテるみたいだった。おかしいよな。九井がこんなにモテるんなら至高の八戒はもっとモテてるはずだろ。しかし、以前よりは八戒のモテ度は上がってきた。八戒が世界に見つかってしまうのも時間の問題だ。なぜなら八戒はスーパーモデル並に至高だから。しばらく柚葉はワッフルを食べるのに集中していたが、人影が横切る。
「ココ、待った?」
「いや。ぜんぜん。」
ゲッ!!乾も来たじゃん!!
「イヌピー何食べる?イヌピーどれにしようか迷うかなと思って頼むの待ってた。」
「ありがとう。半分こにしたら色々食べれるもんな。…しかし、ワッフルの種類ありすぎる…迷う……。」
乾はメニューを熱心に眺めている。
「チョコバナナといちごにしたい…けど、抹茶も少しだけ食べてみたい。でも、残すのは良くないから……。」
「いいよ。イヌピーが残しても俺食えるよそのくらい。」
「ほんとか!?じゃあ抹茶も頼む。」
九井と乾はふたりでワッフル祭り開催してんのかよみたいなことになっていたが、とても楽しそうだった。
「さっき帰ってった女たちココのことばっかり見てた。」
「そうかな?気にし過ぎだよ。」
「嫌だ!!女にココ見られるの嫌だ!!」
「わぁ。わがままフェアリーイヌピー出ちゃったじゃん。大丈夫だよ。俺はイヌピーしか見てないから。」
「嫌だ!!俺とさっきの女たちどっちが綺麗?」
「イヌピーに決まってる。」
「待て!!待て乾!!キャラ変し過ぎだろ!!」
「ん…キャラ……?何?」
「あれ。柴柚葉じゃん。」
柚葉はかつて黒龍にいた頃の乾からのあまりにものキャラ変ぶりに思わず突っ込んでしまった。なんだ?自由過ぎる上にデレも過ぎてる。頭大丈夫か乾。
「ちょうどいい。柚葉もこっちで一緒に食おうぜ。俺このお食事系ワッフルも食いたいから分けよう。人数は多い方が良いよな。」
マイペース過ぎやしないか乾。
「な、なんでアンタたちなんかとシェアしないといけないの!!」
「まぁまぁ。イヌピーもこう言ってることだし。」
嫌だったけど、全力でキャラ変乾に突っ込んだため店じゅうの注目を浴びてしまっているから柚葉はしぶしぶ九井たちのテーブルにつく。
「さっきの話だけど、イヌピーはキャラ変したんじゃない。元に戻っただけ。」
「あ〜…なんか…わかるかも……。」
九井のその言葉で柚葉は黒龍時代に乾と集金に行かされた時、意外と乾が弟系ワンコだったのを思い出した。そうだ。あの時乾は一生懸命走って頭痛薬を買ってきてくれたのだった。
「黒龍の時のさ、ナイフ振り回すふてぶてしい感じよりはだいぶ良いよ今のデレ乾。」
「ところでベーコンワッフルと生ハムワッフルどっちにする?」
「聞けよ乾!!アタシ今大事なこと言いましたぁ!!」
「ベーコンも生ハムもどっちも頼みなよイヌピー。」
九井が見たことない自然な笑顔で乾に言う。乾のことが好きでたまらないことを隠しもしない。アンタ昔ククッとかしか笑ってなかったじゃん。悪の組織みたいだったじゃん。
「アンタも今のほうがだいぶ良いよ。」
「そうだろ?ココはずっとカッコいいけど今がいちばんカッコいい。」
「やめろよイヌピー照れる。」
さて、この甘ったるいヤツらとワッフルをシェアするのだから、塩分が必要だな。
「すみません注文いいですか?」
柚葉はしょっぱめお食事系ワッフルを頼むべく店員を呼んだ。
1/1ページ