朝チュン青宗

朝チュン青宗


 窓からは朝日が燦々と降り注ぎ、頭はガンガンと痛い。久しぶりにこんなに二日酔いになったかも。龍宮寺はベッドからとりあえず起きあがろうとする。
「ん……?」
勝手知ったる自分のベッドではない。ここは、どこだ?ていうか、隣に誰か寝ている。龍宮寺はおそるおそるふとんをめくる。くーかーと平和に眠っているのは、見慣れた綺麗な顔に長めの金髪、そしてうまれたままの姿の乾であった。龍宮寺は自らを見る。己もまたうまれたままの姿であった。
「まさか…ウソだろ…ヤッ…ウソだろヤッた!?!?」
龍宮寺は乾のことをもちろん好きだが、そういう好きではない。見た目も綺麗だなとは思うが、それは実家の嬢たちにも感じるそれで、綺麗だな色っぽいなと思うだけでその先の欲望はまったくない。そういった欲望を向けていたのは人生でただひとりの大事な女の子だけだった。しかし、そうは言っても性欲とは厄介で、好きだとか関係なくどうにかしたくなる時は誰だってあるだろう。記憶をたどれば昨日は乾のマンションで乾とふたりで飲んでいたのだ。それで、飲み過ぎて間違いをおかしたのかもしれない。他の野郎ならそんなわけあるかよと思うが、乾が相手では否定しきれない。ノーマルの男でもいけるかもという危うさが彼にはあるからだ。どうしよう。乾は大事な相棒なのだ。土下座したら許してくれるだろうか。願わくばこのまま一晩の過ちはなかったことにして、これまで同様相棒としてやっていきたい。

「あれ…俺またやっちまった…ドラケン……?」
乾も目覚めたらしくモゾモゾ起きて自分が裸なのをぼんやり確認し、そして裸の龍宮寺が正座で虚無になっているのを確認した。
「イヌピー!!ごめん!!俺ぜんぜん覚えてなくて!!」
龍宮寺がシュバっと土下座しそうになるのを乾は慌てて止める。
「やめろやめろドラケン!!心配するな俺たちはヤッてねえから!!」
「なんで!?なんで言い切れる!?」
「いや。話すと長くなんだけど…とりあえずシャワー浴びて服着よう。」
家主の乾がまずシャワーを浴び、龍宮寺も借りた。さっぱりして服を着るとだいぶ心臓のバクバクは落ち着いていた。乾がコーヒーを淹れてくれていたのでそれを飲みながら何がどうなってこんな朝チュンになってるのか話を聞いた。
「…ってなことがあって…俺の昔からの悪いクセっていうか……ただ裸で一緒に寝てるだけでほんと何もないから大丈夫だ。」
乾が語った話の内容は本当にめちゃくちゃでわけがわからなかったが、とにかくヤッてないようで龍宮寺はひと安心した。
「でもさイヌピー、とりあえずヤッてないにしろ昔からこんな誰かれかまわず裸で添い寝してたらおまえ…ホラあの例のあの人…」
「ああ。ココ?」
「そうだよ。相手殺されるだろ。九井に。」
「今はもう接点ないから良いけど、当時ココにバレてたら地獄だっただろうな。」
「だっておまえら一応付き合ってたんだろ。」
「付き合ってたかはわかんねえけど、俺が抱かれたのはあいつひとりだけだ。」
「そうかよ。…裸で誰かれかまわず添い寝はするのにな。身持ちかたいんだかなんなんだか。」
「そうなんだよ。俺のテイソウカンネンゆるゆるだから。」
「ゆるゆる過ぎるだろ。」
龍宮寺はしばらく乾と酒を飲む時は間に誰かしら挟もうと思った。危険過ぎる。誰かれかまわず裸で添い寝する癖とかヤバ過ぎだろ。と同時に無防備な乾が危険なことに巻き込まれないように見張らないとなとも思った。




 蘭がもはや夕方と言ってもいい時間に起きると、竜胆とその連れだか部下だかわかんねえヤツら3人がリビングで酒を飲んでいた。肝心の竜胆は酔い潰れてソファーで寝ているから相当長い時間酒盛りをやってると思われる。蘭が冷蔵庫から適当にサラダとヨーグルトをとりだしリビングにつながるダイニングで食べ始めると、竜胆の連れだか部下だかは気を遣ってシンと静かになったから、俺は食ったら出かけるから気をつかうなしゃべっていいぞと言ってやるとそいつらは普通に会話を再開した。
「俺さ、人生で1回だけ男と寝たことある。」
「え……。」
「昔ゾクの時なんだけど。黒龍っておぼえてる?」
「もちろんもちろん。」
「俺、黒川さんが総長引退する時辞めたから半年しか黒龍にいなかったんだけど、そん時の後輩に乾ってちょっとかわいい顔したヤツがいて。ソイツと。」
「ヤったのか!?」
「それがシンナー遊びしててあんま記憶なくて。朝起きたらラブホで素っ裸の乾と寝てた。ええ〜男〜!?って思ったけど、当時乾は黒川さんのお気に入りで顔もかわいいからラッキーと思って。」
「マジかよ〜まぁかわいい子なら男でもアリかもな。」
「ちょっと…待てよ…乾って……。」
「なぁ。乾って乾青宗?」
ダイニングでサラダを食っているはずの蘭が急に会話に参加してきたので一同黙り込んでしまう。蘭は一見フワフワしているが、どこにあるかわからないスイッチが1度入ると理由もなく半殺しにされる。とにかくこわいのだ。
「ハ、ハイ…黒龍の乾青宗です……。」
「ふぅん。俺良いこと聞いちゃった。九井に教えてやろ。」
蘭はにっこり笑うと足早に自室に入り、身支度をして出掛けて行った。
「あ〜あ〜おまえらどうすんだよ!!」
蘭が出て行ったのを確認してから、酔い潰れていたはずの竜胆が起きる。どうやら途中から起きていて話はバッチリ聞いていたらしい。
「乾って九井のアレだろ?」
「で、でも確か乾足洗ってるから今は九井さんと接点ないんじゃ……?」
「ねぇよ。ねぇけど。九井今でも乾が働いてるバイク屋に時々部下見に行かせてる。未練たらたらってやつ。」
「ヒィ……俺……乾と寝たのが九井さんにバレたら殺されるんでしょうか!?」
「さぁな。でも確実に兄貴はおもしろがってお前が乾と昔寝た話するから。遺書でも書いといたほうがいいな。」
「ヒィ……」

 蘭はいつもはかなり時間をかける髪のセットも撫でつけるだけにして九井の事務所へ向かう。なにしろとてもおもしろいことを聞いたので。事務所の入り口で会った九井の部下に今日は髪型決まってますねと言われ、もしかしてナチュラルに撫でつけるだけのほうが似合うのかもと思う。ほら。カリスマは顔が派手だから。髪型は引き算でナチュラルが良いのかも。
「よ〜元気?」
「たった今元気なくなったから帰れよ。」
九井はこちらを見もせずパソコンで作業しながら言う。
「なあ。乾を初めて抱いた時処女だった?」
蘭の唐突な質問に九井は怒るのも忘れてポカンとしてしまう。近ごろの九井にこれだけ失礼な物言いをするヤツなど界隈にほぼいないからビックリしたのだ。
「俺、さっきおもしろいこと聞いて。イザナが総長だった時に乾と寝たことあるってヤツが竜胆の部下にいるんだよ。世間は狭いよなぁ。」
九井は心を落ち着けるために煙草を吸おうとしたのか煙草をくわえているが、手が震えて火がつかない。わかりやすく動揺している。おもしろい。
「つけたげよっか?」
蘭が火をつけてやると九井は心を落ち着けるように目を閉じて深く煙草を吸い始めた。
「乾。かわいかったらしいよ。寝たヤツが言うには。」
その言葉で九井の心はかわいそうにブロークンしたようで、まだじゅうぶん長いままの煙草は灰皿にジュウと押しつけられた。もはや吸うのもままならないらしい。
「確かに、よく知らねえけど乾ってかわいい顔してたもんな。今もかわいいのかな?シンナー吸ってラリってそこらへんの男と寝るような尻軽だもんな?ちょっと俺も遊んでみようか。今バイク屋だっけ?」
「やめろ。マジでやめろ。そんなことしたらおまえ殺すからな。イヌピーに触るな。俺の前で2度とイヌピー侮辱すんなよ出てけよ。」
九井は静かに言う。めちゃくちゃ怒ってるっ!!蘭は楽しくてゾクゾクしてしまう。実は蘭は今日これからどうにも気乗りしない仕事があって、少し気が晴れるようなことがしたかった。竜胆のダチだか部下だかから予想以上に面白い情報を得て、その情報で九井をゆさぶってものすごく気が晴れた。正直、蘭は乾が尻軽だろうが貞淑だろうが興味はなかった。ただ九井をおちょくって遊びたかっただけだ。蘭は知らなかったのだ。蘭の場合むかしの彼女とかが尻軽だったと後に判明してもそうなんだ〜?ちょっとショック〜くらいで終わる。しかし九井は違う。この世の摂理であるイヌピーが自分以外の男と寝ていたと知って九井のメンタルは絶不調に陥った。かくして梵天の経済活動は止まった。

 梵天の経済活動が止まって1週間。三途は気が狂いそうだった。いつものお薬ではなく、きちんと医師に処方された胃薬を飲む。本当にストレスで胃がキリキリする。辛い。九井は自宅に籠城したまま出てこない。自宅に行ってもインターホンごしに休む。行かない。無理。しか言わない。何があったんだよ!!と幹部を集めて問いただしたところ、蘭がまったく悪びれない態度で俺のせいかも〜ゴメ〜ンと言い出したのだ。いわく、九井の昔のおんなであるところの乾が、昔九井以外の男ともホイホイ寝ていたらしいよと蘭が言ったら九井のメンタルはズタボロになったらしい。
「え。だって普通、昔の彼女とかが浮気してたとか今さら聞いてどうにかなるもん?へ〜残念ショック〜で終わらない?ちょっと九井からかえたらそれでいいなぁって言っただけなんだけど俺。」
「俺は2、3日引きずるかも。かわいそう。」
竜胆が九井に同情したように気の毒そうに言う。
「昔の女ってのは思い出補正もあるから綺麗なままでいてぇんだよ。ショックはショックだろうが1週間の籠城は長過ぎる。大人としてどうかと思う。」
望月が常識的なことを言う。
「ハァ〜…普通はそうだよ。2、3日ショックだなぁって落ち込んで終わるんだよ普通は。でもな。九井は普通じゃねえんだ。九井に乾のこと言うなって言ってんだろめんどくせえから!!!!」
三途は激怒した。しかし当の蘭は涼しい顔をしているし、他の幹部もそのうちどうにかなると何もしないだろう。だが三途にはわかる。人にメンがヘラるくらい執着するタイプの三途にはわかるのだ。これは放っておいても九井は回復しないと。それはマズい。経済活動が止まったままではお話にならない。じゃあどうするか。もう荒療治しかあるまい。三途はひとり決意したのだった。




 龍宮寺がいると残念ながら勝ち目はないから、三途は乾がひとりになる時を待っていた。昔拉致した乾を思い出すと、乾ひとりならボコれるはずだと考えたのだ。龍宮寺が先帰るわと帰宅し、乾が店の掃除などをしているところを襲った。のだが。
「オイ誰だよおまえ。」
三途はめちゃくちゃ返り討ちにあってしまった。
「おまえ本当に足洗ったのかよ昔より強くなってるだろいい加減にしろ!!」
乾は体を動かすことが好きだから、今でもヒマなやつらを誘って河川敷でフットサルなどをしてそれなりに鍛えていた。加えて変なオジに言い寄られることがたまにあったから護身術も少しかじっている。ゆえに強い。かたや三途は昔はいざ知らず現在は不摂生とストレスで瀕死だった。
「んん…?おまえ、アレか。俺とココを拉致した…なんかあの世みてえな名前の……」
「三途だよ!!!!」
「そうそう。三途だ。その三途がなんか用か?」
三途はとても疲れているように見えたので、乾はあたたかい茶を出してやる。反社って大変なんだな。そして、三途があたたかい茶をすすりながら語ったことを聞き、乾は頭をかかえた。
「そもそも!なんでおまえは若い頃そんな誰かれかまわず寝てたんだよ!!淫乱か!!」
「いや…いや…違うんだって。寝てはいたけどヤッてねえんだ……。」
「もうわからね〜〜〜めんどくせぇ〜〜〜!!!これから九井の家に連れてくから!!ぜひとも他の男とはヤッてねえって乾の口から説明してやってくれ!!もう組織はまわらねえし、俺の胃は痛いし九井はメンタル病むし。ア〜〜〜!!!」
「わかった。ちゃんと説明する。別に組織はまわらなくていいが、三途の胃とココのメンタルは心配だから。」

「すげぇマンション。反社ってもうかるんだなぁ。」
九井が住むマンションのエントランスには人間がいて、三途が三途だけど〜と言うと九井様におつなぎしますとその人間が言った。
「何。俺はまだ休む。帰って。」
コンシェルジュデスクの受話器からモソモソとした九井の声が聞こえた。三途がどうにかしろと乾に口パクで言う。
「ココ?遊びに来たんだけど。入れて。」
三途はコイツ小学生かな?と思った。
「イヌ…イヌ…!?イヌピー!?!?なんっなんで…えっ!?」
「ココ〜入れてくれ〜遊ぼ〜」
「ハッ!?!?夢!?」
九井は大混乱していたが、結局乾はコンシェルジュに九井様のお宅は最上階でございますと入れてもらえた。三途はどうにかしてくれよ頼むからと乾に懇願して帰っていった。後ろ姿もとても疲れていた。気の毒だった。

 久しぶりに会う九井はやつれて幽鬼のようだった。三途といい九井といいせっかく良いツラなのにもったいないことだ。
「ココ痩せた?なんか食いもんでも持ってくれば良かったな。三途が急にココんち行くとか言うから手ぶらなんだ。」
「イヌピー。俺まったくわからない。」
見慣れた自宅リビングのソファーに離別して以来の久しぶり過ぎる乾が座っていて九井は意味がわからなかった。生で見る乾は金のかかったものしか置いてない九井のリビングで1番光り輝いていた。
「あ〜……ココが、俺が昔誰かれかまわず寝てたの知ってメンタルズタボロだって三途に聞いて…申し訳ないなと思って……。」
乾が言いづらそうに話し始める。
「正直…ショックで……何回も何回も昔のこと思い出したんだけど…イヌピー反応が初々しくて…かわいくて…あれ全部演技だったの?」
九井はもはや死にそうな声で言う。
「演技じゃない。本当に初めてだったし、ココ以外とあんなことしない。」
「じゃあ、灰谷が言ってたのはどういうこと……!?」

 乾が話した内容は笑ってしまうくらい最低だった。しかし、その発端は故人なのだから笑うに笑えない。乾が8代目黒龍にいた頃、乾は居場所もなく金にも困っていた。まだ幼かったから薬の売買にも参加させてもらえず、家にも帰りたくなく食うに困る状況だった乾にイザナがニコニコ笑って言ったのだという。
「乾、適当な男を酒か薬かでどうにかしてラブホかなんかに連れ込んで、朝素っ裸でそいつの隣に寝てみろ。できたら相手も素っ裸にしろ。それ以外は何もしなくていい。そしたらうまく金と寝床が手に入るぞ。」
そんな簡単なことで金が?乾は信じられなかったが、ちょうどいい具合にシンナーでラリってる先輩がいたから介抱するふりをしてラブホに連れ込んだ。乾はラリったあげく眠りこんでしまった先輩を横目に広い風呂にゆっくり入り、ちゃんとしたベッドで眠った。イザナに言われたとおりに素っ裸になって。当時の乾にとってラブホだろうがなんだろうが、あたたかい風呂も寝床もありがたかった。そして、朝になりラリっていた先輩がシンナーから覚めたのか起き、素っ裸で眠るまだ幼さの残る乾を見、自身も素っ裸なのを確認してものすごく焦って俺!?乾を!?無理矢理ヤッたのか!?すまん…すまん許してくれ!!と土下座する勢いで乾に3万握らせ、もちろんラブホ代も払ってくれた。何もしてないのに。これに味をしめた乾は少年院に入るまで、泊まるところに困るとこれを繰り返した。

「イヌッ!!イヌピーそんな…そんなかわいそうなことある!?俺があんな冷たくせずついていてやったらそんなこと…うぇっ…吐きそう……。」
「え!?吐きそう!?トイレ行くか大丈夫かココ!!」
「大丈夫…いや大丈夫じゃない…当時の自分に腹をたてて、当時の黒川に殺意をおぼえてるだけだから……」
「けっこうクセになってて。今でも酔っ払ったらそのへんの人と素っ裸で寝てんだよなぁ。この前なんかドラケンと寝てたぜ。ははっ!」
「ははっ!じゃねえ!!」
九井は乾が自分以外の男とヤッていたわけではないとわかり安堵したが、違う意味でショックを受けていた。なんかもう色々ショック過ぎて寒気がする。
「ココ震えてる。」
乾が隣にきて九井の背中をあたためるようにさする。そうだ。イヌピーって本来あったかくて素直でガキの頃から気のいいヤツだったよな。ふたりともグレてそんなこと忘れてたけどさ。九井は久しぶりに思い出したのだった。乾が九井の背中にぴっとりとくっつく。
「なぁココ。震えてるから寒いんだろ?あたためてやろうか?俺が裸で添い寝してやる。一緒に寝よう?久しぶりに。」
九井がおそるおそるふりむくと、乾は九井にぴっとりとくっついて顔は見えないが、耳まで赤くなっていた。
「そうだな。寝ようか。一緒に。」
その日、九井は何年ぶりだろうか、ものすごく安眠できた。隣に乾がいてくれたから。




 乾が何をしたのかわからないし知りたくもないが、九井はいつも通り仕事をするようになった。心なしか健康的になったようにも見える。乾が今さら梵天に何かするとも思えないし、九井が健やかに働いてくれるためには乾と会うことくらい見逃してやらないといけないだろう。ていうか、三途の胃の痛みもだいぶマシになり感謝さえしている。平和っていい。イヌピーと再会して30日記念日だから休む♡イヌピーがかわいいから休む♡イヌピーがこの味がいいねと言ったからサラダ記念日で休む♡と小刻みに記念日を刻んでくるタイプの九井に再び胃がキリキリする未来があることを三途はまだ知らない。
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