1日警察署長ピー

1日署長ピー



 真一郎は町内会長に呼び出され、弟の万次郎を1日警察署長に任命したいという依頼があるんだけどどうにかなんない?と言われた。え。万次郎は今でこそ人気のレーサーだけどノーヘル上等のバリバリの元ヤンだけど警察とか大丈夫だろうか?と真一郎は思う。それが顔に出ていたのか、最近はワルだったK-1選手とかを更生したモデルケースとして1日警察署長に任命するのは珍しくないんだと町内会長は言った。なるほどそういうことならと真一郎は万次郎に話してみると町内会長宅をあとにした。
 万次郎に話すとうんいいよと快諾してくれた。俺の弟ほんといいヤツと真一郎は万次郎の頭を撫でようとしたが、万次郎は猫のようにすり抜けてしまった。なんで?ハナガキタケミチには許されてなんで兄の俺には許されない?しかし、1日署長の日に海外遠征の話が持ち上がってしまったのである。当然万次郎は本業を優先させなければならない。スケジュール的に無理っぽいと先方に断ると、先方もスケジュール的に新しい人を探すのは無理っぽいと言う。急いで武臣に電話をかけて人気YouTuberの美人兄妹を1日署長にかりれないだろうか?と相談すると、春千夜がキャンメイ◯の新作で秋メイクしてみるという実況動画でメイクしたってブスはちょいブスになるだけとか言って炎上中であるので1日署長とかしたら生卵投げられるから無理だと言う。真一郎が困っていると、S.Sモーターズでダベっていた警察のえらいおじさんがもう真一郎君でいいよイケメンだから!と言うからそういうことになった。

 1日署長当日、午前中は店で仕事をして昼から1日署長になるはずが真一郎は店に来ない。従業員の青宗は心配になる。倒れていたりすると大変だから自宅に見に行こうと青宗はいったん店を閉めて真一郎の自宅に向かった。真一郎宅の合鍵は万次郎もエマも龍宮寺もイザナも青宗も持っている。プライバシーってなんだろう。インターホンを鳴らしても反応がないから合鍵で入る。
「真一郎君!?」
真一郎は床に転がっている。どこか具合でも悪いんだろうか?言わんこっちゃない。毎年健康診断で煙草をやめるべきと医者に言われてるじゃないか。青宗が慌てて真一郎にかけよるとなんとも酒くさい。ん?ただの酔っぱらい?
「真一郎君!!酔ってる場合じゃない!!今日1日署長の日だよ!!」
「青宗〜俺は人間をやめる〜」
DIOみたいなこと言ってるな。
「どうしたの真一郎君…」
「あのな。いい感じになってた子がいて。」
「…キャバクラに?」
「そう。その子、バツイチで保育園の子どもがいるんだって。きのうわかった。」
「そうか…でもバツイチなんだろ?子どもがいても旦那はいねえんだからまだ希望あるよ真一郎君。男らしく子どももまとめて引き受けろ!」
「それがさぁ。その子、今妊娠3ヶ月らしい。ふたりめ。」
「え…まさか…そのふたりめは真一郎君の……!?」
「俺まだやってねぇんだけど1度も。」
「わあ〜…それは…わあ〜……。」
「だから俺は人間をやめる。」
「いや。真一郎君!!ショックなのはわかるけど1日署長はやんなきゃ!!」
「ケッ。青宗だって結局セレブ人妻なのに俺の気持ちなんかわかんねえよ。」
荒れ果てた真一郎はそう言って丸まってしまった。長い付き合いの青宗にはわかる。これはもうダメなやつだと。急いで警察のえらいおじさんに真一郎が急病で!!と電話をかけると、あ。そうなの?じゃイヌちゃんやってよイケメンだから。と軽い感じで言われた。青宗は腹をくくるしかなかった。大好きな真一郎君のピンチを救うのは俺しかいねえと。しかし、その前に青宗は電話をかけた。神経の太い青宗だけどさすがに不安になったからだ。
「ココ。どうしよう。俺、急に昼から1日署長することになっちゃって。うん。真一郎君がするっていうから初代のファンの人がたくさん見に来るんだよ。それなのに俺なんかが出てったらめちゃくちゃガッカリだろ?どうしよう。いくら俺だってブーイングとかそんなの傷つくんだけど。うん。本当?そうなってもココ俺のことなぐさめてくれる?うん。え。焼肉連れてってくれる?わかった。頑張る俺。」
ということで青宗はめでたく1日署長となった。警察の制服を着た青宗はうるわしく、ギャラリーは誰これ?タレント?と最初は戸惑ったが、なんか美しいからマイナーなタレントなのかもと写真を撮り納得した。しかも、一部ギャラリーからイヌピー!!と猛烈な応援があったから、なるほど一部熱狂的なファンのいるマイナーなタレントなんだろうとギャラリーは一層納得した。その熱狂的な一部のギャラリーは、九井がイヌピーが気まずい思いをして傷つかないようにと急きょ金にモノをいわせて雇ったサクラだった。これは青宗は知らないことであった。九井のやさしさはいつも正気を失っている。
 後日立ち直った真一郎から青宗は平謝りされたが、真一郎が女にフラれて荒れ果てることはまあまああることだから青宗は何も気にしていなかった。




2

 灰谷蘭は新聞を読みながらチキンののったサラダボウルを食べている。竜胆が買ってきたやつだ。竜胆も筋肉に良さそうと感じたため兄のむかいに座り同じサラダボウルを食べている。これは、グウィネスパルトローが昼はチキンののったサラダボウルを食べるわとインタビューで語っていたため、それに感化された蘭はここ3日ほどグウィネスパルトローみたいな食生活を送っている。その前はヴィクトリアベッカムが蒸したサーモンしか口にしないわと雑誌で語っていたため、1週間ほど蒸したサーモン地獄であった。しかも、味つけは岩塩を軽くね。とヴィクトリアが語っていたため味つけは岩塩のみであった。竜胆はヴィクトリアが大嫌いになった。何がワナビーだ。鮭に醤油ぶちまけてやりてぇ。蘭の外タレかぶれのせいで、灰谷家の食卓はいつもヘルシーでイライラする感じになっている。

「ん!!竜胆これ見て!!」
蘭が新聞記事を指差している。カリスマの灰谷蘭が新聞読む?そんなバカな。新聞とかおじさんみたいじゃん。しかし、蘭は昭和62年うまれだからやふ〜ニュースより新聞が好きなのだ。
「何。都内バイクショップ従業員I.Sさんが1日警察署長をつとめ大盛況…コレ、イニシャルにする意味ある?」
「映倫ならぬ九井監査が入ったんだろ。無駄に権力あるから。」
「なるほどね。顔出てんのに本名隠す意味……。」
「よし。これだよ。」
「ん?」
「ウチのクラブでイヌピー1日警察署長ミッドナイトバージョンやる。」
「んん〜?」
「もう、決めたもん。」
「んんん〜?兄貴〜?」

 実のところ1年ほど前から灰谷兄弟が経営するクラブでイベントを開く時、乾にバウンサーのアルバイトをしてもらっていた。というのも、バウンサーというのは言うなれば警備だからコワモテで屈強な男性が多いのだが、そういうのはウチのスタイリッシュハイパーウルトラオシャレなクラブのイメージにそぐわないと蘭が駄々をこねたため、そう親しくはなかったけど見た目シュッとしていてちゃんと腕っぷしも強い乾に依頼したという経緯がある。月に1回くらい来てもらっているが、乾も知らない世界だから楽しいし息抜きになると快く引き受けてくれていた。しかし、1日警察署長ミッドナイトバージョンとなるとどうだろう?乾は昔尖っていたけど今はぽやっとしてるから別にいいけどとか言いそうだが、今も昔も激しい性格のカレシ九井が許すわけないと竜胆は思った。

「だから〜イヌピ〜ミッドナイトバージョンやってほしいわけ♡」
昼間のバイクショップに首にクロムハーツの鎖どんだけつけるんみたいな派手な男がやって来てよくわからないことを言っている。クロムハーツのごんぶとチェーンは1本20万くらいするから、首だけで100万くらいだろうか。なんと言いましても今日の蘭のテーマはハードロックなので。蘭のファッションのテーマは日によって変わる。ファビュラスであったりマスキュリンであったりする。それにしても普通の人がハードロックなファッションだとビックリしてしまうが、蘭はスタイルが良く雰囲気のある人物なので不思議と似合っている。
「いや。あのな、兄貴が乾が1日警察署長した新聞記事見て、こういうイベントをクラブでもできたらなぁって。」
「あぁ。そういうこと。いいよ。」
乾が灰谷兄弟が持ってきたクリスピークリー◯ドーナツをモグモグしながら答える。もちろん真一郎が好きそうなドーナツはよけて食べている。できる乾である。
「え。でもミニスカのポリス服着るんだよ?」
「うん。だから。いいよ。」
遠くで作業している真一郎はこれは荒れるなぁと思った。
「九井怒んない?」
「実は」
乾はドーナツを飲み物のように飲み込んで姿勢を正す。
「俺たちセックスレスで。」
「…」
「……。」
「静かになるなよ。カリスマだろ。ココ、浮気はしてねえっぽいのに。抱かねえんだ。ちょっと一発ミニスカのポリスにでもなってみっかな。」
「九井、単純に忙しいんじゃない?忙しいと勃つものも勃たない。」
蘭が珍しくマトモなことを言う。
「忙しい?忙しくたってノルマはノルマだから。性生活がないのはリコンジユウってヤツになるってテレビで言ってた。」
「セックスがノルマ……。こわい……。」
竜胆はおののく。竜胆は意外とロマンチストだから、セックスがノルマとかそんなの嫌過ぎる。
「乾ってもしかして鬼嫁〜?こわ〜。」
「そうだけど。俺、ミニスカポリスやるから。で、いつ?」
みんなの心配をよそにノリノリの乾であった。




3

 仕事終わり、久しぶりに稀咲と晩飯を食うのだと半間がやって来てオフィスでくつろいでいる。肝心の稀咲は来客がありもう少しかかりそうだ。
「乾、ご活躍だなぁ。」
半間が言う。
「あ〜。1日警察署長?かわいかったな。仕事で写真しか見れなかったけど。」
「しかし、よく許可したな。ミニスカポリス。」
「ミニ…スカ……??」
「ほら。灰谷のクラブでミニスカポリスのかっこうでバウンサーしてるやつ。インス◯で見た。」
「なに…それ…俺が言ってるのは昼間の健全な1日署長のほう……。」
どうもマズいことを言ったらしいと悟った半間は、稀咲まだかなぁ〜遅いなぁ〜とわざとらしくつぶやきながらどこかへ行った。
 九井はプライベートスマホを取り出し、灰谷蘭のインス◯を開いた。灰谷蘭のインス◯はだいたい常にパリピで画面がやかましいからフォローしてなかったし向こうもこちらをフォローしてないから確認を怠っていた。九井痛恨のミス。蘭の直近の投稿には、イヌピー1日署長ミッドナイトバージョン大盛況ありがと〜♡というキャプションとともに、無表情にミニスカポリスを着こなすイヌピーとの2ショットがあった。イヌピーの脚が筋肉質でまるで男なのだが、彼の美点である肌の白さと顔の綺麗さがきわだって全体的に見るとアンバランスでどうにもエロかった。しかも、蘭は言動はアレだけど若い頃は六本木駅あたりを歩くだけで六本木にある有名な女子校の女の子たちが蘭様〜♡とざわめいていたくらいの人物だから、2ショットがサマになっていてものすごく腹立たしい。麻布十番祭の時など今でも蘭様〜♡である。何が蘭様だよと実はけっこうヤツの素性を知っている九井は思う。
しかし見れば見るほどミニスカって。
何コレ……?
ホント何コレ……?
聞いてないこんなの。九井監査許さないよこんなの。九井はこの後ひとつ会議が残っていたがそんなの知らねぇと車をぶっ飛ばして帰宅した。残された部下のサナダは号泣した。

「イヌピー!!!!」
ふたりで暮らすマンションにやたらと通る九井の声が響く。もう歌い手にでもなったらいい。
「おかえり。手洗いうがいしろよ。」
乾は豪快に鶏肉を焼いている。乾は顔のつくりは繊細だが、だいたいの行動が男らしく豪快だ。九井は素直に手洗いうがいをして戻ってきた。
「この!!ミニスカポリスはなんだよ!!」
九井がスマホの件の写真を見せる。
「似合ってる?夜のポリス。」
乾は鶏肉に塩胡椒を振りかける。ただ塩胡椒を振りかけているだけなのに、三つ星店シェフみたいに決まっている。
「似合ってるけど!!似合ってるからヤダ!!この!!太ももの絶対領域何!?放送禁止だよ!!よくインス◯の規約にひっかからなかったな!?」
「ちょっと誘惑しようと思って。」
「誰を?」
「ココを。」
「…もしかして、最近セックスレスなの、怒ってる……?」
「怒ってる。食いながら話そうぜ。」
乾はこんがり豪快に焼いた鶏肉をテーブルに運んで言った。

 九井の話はこうだった。仕事量が最近多く、特に座り仕事が多かったから腰に痛みをおぼえた。それはだんだん耐え難くなり病院に行ったが、検査しても根本的に悪いところはなく疲労だから痛み止めで様子を見ようという話になった。痛み止めの薬はよく効いた。効いたがひとつ困ったことがあった。その薬は最近認可された最新のもので、ただの痛み止めではなく神経に作用する。そのため副作用が強い。人によっては排尿障害がおこったり勃起不全になったりする。
「じゃ、ココ痛み止めで勃起不全なんだ?」
「いや…ちがう…人によってその反対の副作用もあって。俺の場合、1度勃ったらなかなかおさまらない。」
ふたりとも腹が減っていたので、しゃべりながらも乾が豪快に焼いた鶏肉はきれいにたいらげていた。
「なんだ。そんなこと。言ってくれたら良かったのに。飽きられたかと思った。」
「イヌピーに飽きるとか絶対ない。腰痛いとかカッコ悪いじゃん。言いたくなかった。ごめん。」
「ぜんぜん。次からはこういうのは隠さず言ってほしいけど。で、痛み止めはいつやめれるんだ?」
「だいぶ調子いいから来週から薬なしでやってみようってことになった。」
「良かった。」
ふたりは見つめ合った。空腹も満たされ、誤解も解け腰の具合も良くなっている。やることはひとつしかなかった。

 その夜、九井と乾は寝室から出てこなかった。この人たちセックスレスの意味わかってんだろうか。薬の副作用でなかなか鎮まらない九井はまるで鬼神のようであった。乾はいまだに鍛えているし仕事柄かなり体力もあり丈夫なほうだが、壊れそうだったという。会議をすっぽかされ、報告など九井にしたかった部下のサナダは、九井のスマホが一晩中不通なので号泣した。




4

「て、いうことがあって。」
真一郎の部屋で真一郎、ワカ、ベンケイ、チビイヌで酒を飲んでいる。これはしばしば開催される会である。メンバーはこの4人固定で、帰国したイザナが加わったり調子に乗って弟と妹からうとまれたションボリ武臣が加わったりする。イザナは社会貢献して偉いが、ションボリ武臣は自業自得なので誰も慰めない。今日は固定メンバー4人であった。
「なるほど。青宗は赤ちゃんだからセックスレスとかは幻聴だったとして。その…勃つのがおさまらねえクスリって…すごくね?」
「すごい…しかも、副作用で勃起不全になる可能性もあるのに、逆になっちゃう九井。やっぱ成功する人間は副作用さえすごいんだな。もってるよなアイツ。なぁベンケイ。」
「……。」
青宗の話の途中からベンケイは黙り込んでいる。
「ベンケイ君?どうしたの?」
「それが…たぶん…同じクスリ飲んでる……。」
「え。おまえ腰痛いの?言えよ!腰痛い間は俺仕事サボらねぇから!」
「いや。腰痛くなくてもワカはサボんなよ。ベンケイかわいそうだろ。」
「…もしかして、ベンケイ君も副作用あるの?」
「え!どんな?」
「どんな?」
「睡眠障害まではいかないけど、どうしても朝5時に目が覚める。」
「おじいちゃん。」
「おじいちゃんだ。」
「ベンケイおじいちゃん!」



「うまそう…」
竜胆はテーブルにのった料理にテンション爆上げである。これは、先程九井の部下から届けられたインターコンチネンタルホテルのパーティーセットで、イヌピーが世話になったかららしい。ワインまでついてる。
「俺たち、セックスレス解消のプロじゃんもう。」
乾にミニスカをはかせて九井に怒られるかと思いきや、より仲良くなったらしく感謝されている灰谷兄弟だった。
「兄貴はやく食べよ〜!!」
竜胆はもはや我慢できない。なぜならこの1週間アリアナグラン◯に感化された蘭により玄米と蒸した野菜のみを強要されていたからである。竜胆も脂質が多いメシが嫌いったって限度がある。しかも、味つけはまたもや岩塩のみ。もう岩塩ぶっころしてえ。久しぶりのご馳走だ。
「次はイヌピー何イベントにしようかな〜」
蘭はマイペースにデザートから食べながら思案する。灰谷兄弟のクラブはうるおい、九井と乾の仲はもはや深まりようがないほど深まり、Win-Winであった。
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