エリート駐在員狂わす乾

駐在エリート商社マン狂わすイヌ

 




 バンコクはいつでもうんざりするほど暑い。夜になって日差しがなくなっても暑さが続き、何もかもやる気が起きずどんどん自堕落になっていく。2年前からこの国に駐在員として暮らしているがこの暑さにはまったく慣れない。せっかくのダラダラした休日に夕飯を用意するのも面倒くさく、世界で最も有名なハンバーガーチェーン店ですませようと外に出た。自分は見た目もそこそこ、良い大学を出て、一流の商社に入り、かわいい妻も子もいる。妻は子の小学校受験にかかりきりで駐在に帯同せず日本にいるが。しかし、あと1年ばかりこの国で滞りなく過ごせば帰国でき、日本の本社では駐在ご苦労とばかりに良い役職が用意されていることだろう。あと1年耐えたら良いのだ。過不足なく幸せな人生と言えるだろう。
 そんなことを考えながらごちゃごちゃした道を歩いていたらハンバーガー屋についていた。日本も最近はそうだが、バンコクは特にタッチパネルで注文する店が多く現金はほぼ使えない。日本みたいに店員が親切に教えてくれたりということもほぼない。だからなのか、さっきから目の前の男はタッチパネルの前で途方に暮れている。困っているようだから、声をかけるべきか。ただ自分はタイ語はあまりできない。しかし、男は金髪で色が抜けるように白く背も高かった。どう見ても西洋系でタイ人ではないな。英語で話しかけるべきか?
「参ったな…わかんねぇ。あきらめるか。」
目の前の男が発したのは間違いなく日本語だった。
「あの。良かったら手伝いましょうか?」
「え?あ。助かる…けど。日本語?日本人ですか?」
「あ。はい。仕事でこっちに住んでる日本人なんで。」
「あ〜。助かる。俺。ハンバーガーとコーラも買えねえのかってちょっと泣きそうだったから。」
そう言ってその男は笑った。顔にアザがあるが、その造形はおそろしく美しかった。
「あの。ここ押したらタイ語表記が英語になるんですよ。」
「あ。ほんとだ。英語もわかんねえけどこれならできるかも。」
「ハンバーガーだったらここで……。」
その男に近づきタッチパネルの使い方を説明するが、この暑い国でこの男からはさわやかな良い香りがして戸惑う。
「ほんと助かった。ありがとうございます。あとはスマホで決済だよな?これは最近部下にさんざん教えられたからできるんだ。」
男が無邪気にスマホをかざしていてかわいらしい。…かわいらしい…?顔が綺麗だからと言って成人男性にかわいらしいとは。妻が日本にいて女性に縁遠いからっておかしな思考になっている。ダメだな。

「乾さん!!こんなとこいたんですか!!九井さん乾さんがホテルにいないってめちゃくちゃ怒ってんですけど!?」
店にガタイの良い男が入ってきてこちらに近づく。
「コヤマ?え?ココ今日会食って言ってなかった?」
「それは明日です!はやくホテルに帰りますよ。も〜イヌピーイヌピーぴーぴーめんどくせぇんだから〜!!」
「え。待って。俺ハンバーガー注文したんだけど。」
「ハンバーガーなんか持って帰ったら九井さんの血管ブチ切れるからやめてください。イヌピーにピッタリな良いディナーの店予約してるとか言ってたんですから。あと。着替えないと。Tシャツにサンダルじゃ入れないです。ディナーの店。俺は乾さんのそういうラフな服装似合ってると思いますし好きですけど。でもドレスコードあるんで。」
「マジか……。」
乾と呼ばれているその男はこちらを見ると
「あの…俺夕飯行かなきゃで。注文したハンバーガー食べれないから、良かったらもらってくれないですか?」
「あ。僕はかまわないですけど。ちょうど夕飯だったから。お金お支払いします。」
「いらねえいらねえ!こっちが無理言ってんだから。ごめんな。せっかく注文の仕方教えてくれたのに。」
乾はハンバーガーの受け取り番号が書かれたレシートをこちらによこし、コヤマと呼ばれたガタイの良い男と去って行った。乾は店の前にとめられた黒塗りのベンツにコヤマのうやうやしいエスコートで乗りこんだ。それは、エスコートされ慣れている人間の動きだった。見たところ自分より若く、20代後半くらいに思えたが。乾はいったいどういう人物なのだろう。驚くほど美しい顔にあまり上品とは言えないくだけた口調。そしてガタイの良い部下と黒塗りのベンツ。どう考えても反社会的な感じがして自分のような一般人とは相容れないだろう。それでも、僕はまた彼に会いたかった。






 バンコクはチャオプラヤー川をバスみたいに船に乗って街を移動する。慣れたら便利だが、最初は戸惑う。ひときわ輝いているようなその男はやっぱり船着場で途方に暮れていた。
「乾さん。どこに行かれるんですか?」
「あ?…え?あぁ!!ハンバーガーの!?」
「はい。ハンバーガー屋で部下の方に乾さんって呼ばれてたから。僕はマツイって言います。」
「マツイさん!この前はありがとう。今日午前中ココ…ダチが仕事なんだけど俺はヒマだから。ガイドブックに載ってた寝っ転がった大仏見てぇと思って。でも船わかんねぇな。コヤマが車出してくれるって言うのに1人で行けるもんとか言わなかったら良かった。」
乾は恥ずかしそうにはにかんで笑う。その顔がやっぱりかわいらしいと思ってしまう。
「寝っ転がった大仏に行くのはこの船着場じゃないんです。ここから300メートルくらい直進したとこにショッピングモールがあるんですが、そこの船着場から行くんです。」
「そうなのか!?マツイさん住んでるだけあって詳しいな。ほんと助かる。」
「降りる時16バーツ払ってくださいね。」
「運賃まで。ありがとう!しかし暑いなバンコク。髪また伸ばさなきゃ良かった。前みたいに刈っといたほうが良かった。」
乾は見事な金髪をかきあげる。その白い手首にはまだ血が滲んでいるような傷跡があった。
「乾さん怪我してるけど、大丈夫ですか?」
「ん?…あ!!ココのヤロウ!!」
「お友達とケンカですか?」
「ケンカ…広い意味ではケンカなのかもしれねえ……。」
「ちょっと。そのままだとたぶん痛いから。」
カバンに娘用の絆創膏があったから乾の白い手首に貼ってやる。近づくと、やはり彼からはいいにおいがする。香水ではない、さわやかで洗いたてのバスタオルみたいないいにおい。
「ふふ。かわいい。キテ◯ちゃんの絆創膏だ。」
「やぁ。すみません。娘のだから。でもないよりマシですよ。」
「マツイさん、色々ありがとう。」
乾は礼を言い、寝っ転がった大仏を見るのだろう船着場を目指し去って行った。寝っ転がった大仏って。言い方すごいな。そういうところもかわいいと思うが。しかし、なんだろう。乾の手首の傷はちょうどロープか何かで縛ったような傷あとだった。ココという友達とケンカって。縄で縛ってケンカ?激しすぎるな。僕は絆創膏を貼ってやる時に触れた彼の長くて形の良い指を思い出した。あの指で触ってほしいと思った。




3

地下鉄アソーク駅の近くのホテルでちょっとしたパーティーがあり、それに社の代表として出席した。立食だったからあまり食べられず腹が減っていた。最上階のレストランで何か食べて帰ろうと思った。レストランは遅い時間だからかあまり混んでなくて適当に注文してくつろぐ。商社マンなのにパーティーは苦手なのだ。

「おいテメェいい加減にしろよ!!」
日本語の怒鳴り声が聞こえて驚く。思わず怒鳴り声のほうを見ると、小柄なシルバーの髪色をした男が怒鳴っていた。男は日本語を喋っているが、その整った容貌はどこかしらの国との混血に見えた。男は一度怒りだすと止まらない性質らしく、その紫色の大きな瞳はらんらんと輝いておそろしい。自分でも怒りをコントロールできないのかもしれない。どう考えても普通の人ではないから、料理は惜しいがもう店を出ようと思う。

「乾!!おまえが甘っちょろいことするからアイツは逃げ出したんだろうが!!片足切っとけって言っただろう!!かわいそうだと思うから逃げられる!!アイツは売り物なんだから人間じゃねえって何度言ったらわかる!!」
乾と聞いて店を出る足が止まる。
「イザナ。怒鳴らないでくれ。ここではマズい。部屋に戻ろう。俺が。俺が悪かったから。部屋でなら殴っても蹴ってもかまわないから。」
あの美しい乾が必死になってイザナと呼ばれた男をなだめている。
「うるせぇ!!俺に指図するな!!」
イザナは乾の腹を蹴りテーブルにあった白ワインを乾に頭からぶちまけた。それで気が済んだのかイザナはもう一度乾の腹を蹴り飛ばすと店を出て行った。

「乾さん!?」
腹を蹴られた乾はうずくまっている。
「大丈夫ですか乾さん!?」
「あ…マツイさん…?参ったな。マツイさんは俺が困ってる時にいっつもいてくれるんだな。」
乾が微笑むので、たまらない気持ちになり
「出ましょう。」
と乾を支えて店を出た。ホテルの前でタクシーを拾い自宅の住所を告げる。乾は蹴られたとこが痛むのか腹をさすりながらグッタリしている。
 足もとのおぼつかない乾を支えて自宅に連れて入る。
「そこ。座ってください。」
ソファーに座らせた乾のシャツをめくると、真っ白なうすい腹が蹴られたところだけ赤黒く変色していた。
「これ。ひどいですね。警察行きますか?」
「いや。行かねえ。こんなの慣れてる。大丈夫だ。あれ上司だから。しょうがないんだ。逆らえねえ。」
「そんな……。」
「見てわかっただろ?俺たちはマツイさんみたいなエリートの人たちとは違う。かかわらないほうが良い。」
「乾さん。」
乾は乱れた金髪をなおすこともせずにこちらを見つめる。大きな薄緑の瞳が濡れて綺麗だった。その繊細な美しい瞳を見て、自分の気持ちがごまかせないところまできているのを悟った。
「マツイさんには娘さんだっているんだし。ほんと。かかわらないほうが良い。今度見かけてももう助けないでほしい。」
そんなことを言われたって、この乾をかわいらしい、守りたいと思う気持ちは止まらなかった。思わず乾を抱きしめた。イザナにぶっかけられた甘ったるい白ワインのにおいと、乾独特のいいにおいがする。
「僕。こう見えてけっこう給料良いんです。あと1年したら日本に帰れるし。乾さん。あんな人がいるとこ辞めて僕のところに来て。」
「でも。マツイさん。娘さんいるって。」
「いい。いいんです。僕は乾さんがいい。」
乾は困ったような顔をしている。そんな顔しないで。乾さんは笑っているのがいちばんかわいらしいのだから。
「マツイさん…勃ってる……。」
わざと当てていたのだが、乾が気づいたらしく真っ赤になって言う。
「乾さん見てたら我慢できない。不思議な人だ。初めて会った時から目が離せなかった。好きだ乾さん。こんな綺麗な人見たことがない。僕と一緒になって。」

 その夜、乾はキスも挿入も許してはくれなかったが、右手で抜いてくれた。妻が日本にいるから相当久しぶりの性的な接触だった。乾のことしか考えられず、何かに魅入られたような感覚だった。乾を抱きしめて眠ったはずだったが、起きたら彼はいなかった。




4

 乾と一晩過ごしてから、仕事がまったく手につかない。あの夜、まだ会ったばかりなのだから今日はキスも挿れるのもダメだと言われたが、触るのは良いと言われたから触った彼の肌はなめらかでどこまでも白く、とても忘れられそうにもなかった。右手で抜いてくれたが、乾は俗世のことは知らないような美しい顔をしているのにやけに手慣れていて上手かった。どう見てもヤクザみたいな連中にも同じことをしているのだろうか。素直な彼だから、やれと言われてやってしまうのが容易に想像できた。そんなことを考え始めると、仕事はおろか妻からの連絡もほとんど無視するようになっていた。
 ある日、知らない番号からショートメッセージがあった。
「今夜7時、スクンビットのホテルのバーで。乾」
乾だ。僕は天にも昇る気持ちだった。やっと。やっと僕と一緒になってくれる気になったか?僕はこんなに好きだというのに乾の気持ちがわからなかった。でも、同じ気持ちということでいいのか?この暑い国で、僕は何か憑き物につかれたかのように乾に夢中になっていた。

 指定されたバーでとりあえずウィスキーを頼んで乾を待つが、ドキドキして飲めたものではない。

「えーと。マツイさん?」
振り向くと乾ではない、まったく知らない男がいた。細身でスタイリッシュで。でも油断ならない表情をした男だ。僕も伊達に商社で駐在経験を積んでいるわけではないから、その男が普通の世界の男でないことはすぐにわかった。その男は僕の隣の席に座ると、俺も同じヤツ飲もうかなとウィスキーを頼んだ。乾はどこだ?コイツ誰だ?
「さて。旧財閥系商社にお勤めのマツイさん。奥さんの父親も同じ商社にお勤めと。逆らえないねこりゃ。しかも調べたらマツイさん婿なんだ?で、来年娘が小学校お受験ね。志望校、お嬢様学校だから父親が不倫したら響くね。大変だ。」
「な。どこでそんな…!?」
「軽々しく他人を自宅に入れちゃダメだよな。とんだ悪魔かもしれねえよ?」
「まさか…乾さん……?」
「えっと〜これがイヌピーがとってきたマツイさんの名刺。スマホロックかけなよ。イヌピー色々見たらしいよ。で、これがイヌピー抱きしめて寝るマツイさんの写真。ちょっとブレてんな。ま。撮影者イヌピーだからな。ご愛嬌だよブレは。で〜これは聞きたくないから再生しねえけど、イヌピーに手で抜いてもらってるアンタの声が録音されてるヤツ。これ。奥さんに送ろっかな?奥さんのお父さんでもいいなぁ。」
「…!?やめてください!」
「俺さあ。冷静に話してるけどアンタのことぶっ殺してえくらい怒ってるからね?」
「なんで…あなたが怒るんですか……?」
「なんで?なんでって。どうしても情報引き出したいからってアンタみたいなこぎれいな鼻持ちならないエリートぶった男に自分の恋人送り込んでハニートラップの真似事させる自分の不甲斐なさに怒ってる!!馬鹿野郎オレ!!」
「あなたの恋人……?」
「そうだよ。イヌピーは俺の大事な大事な恋人なんだけどさぁ。そちらの商社が次バンコクにいつ何個コンテナを運ぶのか聞きたくてさ。こんなこと…ハァ…もう最低……。反社辞めてえ。イヌピーの右手何回も何回もアルコール消毒したけど本当最低……。俺以外の触るとか……。黒川に言われたからって。イヌピーにそんなことさせたくなかった。イヌピーにはもう嫌な思いさせたくないんだ。」
男は本当に落ち込んでいるらしく、頼んだウィスキーを一気に半分飲んだ。
「そんな……。」
「で、このヤバい不倫の証拠奥さんに送られたくなかったらさっさとコンテナ運ぶ日時と個数教えろよ。そしたら、この証拠アンタにやるよ。こんなもの視界にも入れたくねえからな。」
男が乾を相当に愛しているのは、このわずかな言動からでもよくわかった。
「乾さんは……イザナさんに蹴られたところ治りましたか?」
「ハァ?」
「次に弊社がバンコクにコンテナを輸送するのは3日後。5600個です。おそらくあなたがたが用があるコンテナはb66にある黄色のコンテナです。」
「やけに素直じゃん。さすがエリート駐在員だから頭いいよな。アンタこのままおりこうにお婿さんしてたら順調に出世するよ?イヌピーみたいな小悪魔忘れな。俺だってアイツに人生狂わされてるんだから。まぁ望んで狂ってるし、すげーかわいいんだけどな。」
「乾さんに伝えてください。寝っ転がった大仏じゃなくて涅槃像ですって。…一緒に見たかったな。どうかお元気で。」

 僕は乾が仕組まれたことだと知ってショックで何も考えられなかったが、乾の恋人に醜態を見せたくない一心で平静を装って男に突きつけられた不倫の証拠をカバンに入れて帰った。不倫の証拠?バカな。これは僕の大事な思い出だ。乾のあの笑った綺麗な顔も。少しとぼけた物言いも。全部嘘だったというのか?でも、乾のために人生を捨てるわけにいかないのは自分でもわかっていた。男に言われて目が覚めた気がする。良い婿で。良い会社で出世して。大切な娘を育てなければならない。何もかも忘れて乾とどこかに行きたかった。乾のことを好きだと思う気持ちは本当だった。本当に好きだった。ダメだ。ちゃんと仕事して、妻の連絡にも返事をして。もとの僕にもどらないといけない。




5

「アァ〜疲れた。最初バンコクですることって黒川が胴元やってる違法の格闘技賭博に債務者ブチ込むだけって話だったじゃん。」
「ほんと。こんなハニートラップやらされるとか聞いてない。債務者逃げないように片足切ったりするだけかと思った。」
「まぁ。あのコンテナにはいけない粉があるからなかなかの儲けなんだけど。イヌピーお手柄だな。嫌だけど。」
「うん。さっきイザナにごほうびってすげぇ時計もらった。ダイヤで何時かわからねぇ何もわからねぇ。あと、オレ演技下手だから本気で蹴ってごめんな♡って言われた。やっぱり本気だったんだ痛いと思った。若い頃のイザナを感じた。」
「エリート駐在員もイヌピーが黒川に蹴られたとこ大丈夫か心配してた。」
「マツイさん…人を殺したり埋めたりするのはもう何も感じないのに…こういうのは嫌だ。罪悪感すごい。」
「あと、エリート駐在員さん寝っ転がった仏像は涅槃像っていうとか言ってた。イヌピーと一緒に見たかったなって。」
「ああ…。アレな。すごかったな。ひとりで見るには惜しい。ココにも見せたいと思ったくらい。」
「マツイさんじゃなくて俺と見たいの?」
「マツイさんの顔気まずくて2度と見れねえよ。」
「あ。そう。ところで、涅槃像ってのは全ての煩悩を捨てた姿らしい。俺の煩悩はしずまらねえんだよさっきから。」
九井と乾はバンコクのホテルのベッドでダラダラしながら色々お疲れ様シャンパンを飲んでいた。
「何。また手首縛るのか。やめろよアレあと残るから。」
「マツイさんにしたみたいにイヌピーの右手でやってよ。エリート駐在員もおとす魔法の右手のやつ。」
「悪趣味だな。お客さん、マツイさんコースはキスもできねえし挿入もできねえ。それでもいいか?せいぜいお触りぐらい。」
「なにそのコース。生殺しかよ。地獄過ぎる。しずまらない伊藤博文みたいな俺の煩悩そんなもんでおさまるかよ。」
「じゃ何コース。」
「イヌピーの右手で抜いてもらって口で抜いてもらって最終的にイヌピーに挿れる。」
「フルコースだな。」
「俺よく働いたからご褒美くれよ。俺には黒川からダイヤまみれの時計もねえし。」
「じゃ。上得意のお客さんにはいっぱいサービスしねえとな。」




6

 あれから2年が経過し、僕は日本の本社に戻り大層なポストについた。娘は無事に私立小学校に受かり妻のおなかには2人目がいる。過不足なく幸せなのに、何か物足りなかった。今日は赤坂見附で仕事があり、このまま直帰しようと思った。
「どうしよう…100円が延々と戻ってくる現象……」
自販機の前で男が困っている。その男は吊るしではなさそうな高級なスーツに身をつつみ見事な金髪をしていた。色は抜けるように白く、顔にはアザがあるが造形はこわいほどに整っている。
「乾さん……。」
あの頃と変わらず困っていて美しい彼に見惚れた。
「イヌピー嘘だろ!現金で買おうとしてんの!?令和だよ今!!」
「うん。」
「で、姫は何飲みたいの。」
「コーラ」
あの男だ。バーでこちらを詰めてきた男だ。男は自販機にカードをかざして乾にコーラを買ってやっている。
「ココありがとう。」
乾はコーラを買ってもらっただけなのに、本当に幸せそうな顔をしていた。彼に買ってもらったコーラだからだろう。きっと乾はこの男にコーラを買ってもらっても家を買ってもらっても同じ幸せそうな顔をするんだ。そんな顔僕には1度もしなかったなと思い出す。2年越しで己の片思いぶりを思い知る。自分は自分の世界に帰ろう。僕は我が家へ帰るべく赤坂見附駅へと向かった。

「九井さーん!乾さーん!迎えに来ました〜!」
「うるせぇなコヤマ!赤坂見附で騒ぐな恥ずかしい!」
九井に怒鳴られても慣れ過ぎてそよ風にしか聞こえないコヤマがピカピカのレンジローバースポーツから降りてくる。
「あれ。イヌピー車買ったの?良いじゃん。レンジローバー、ベンツよりずっとイヌピーに似合うよ。ピッタリ。」
「いや……これ……今朝イザナがくれたんだよ……飽きたからやるって。」
「いや。飽きるって。これ去年出たばっかのやつじゃん。…まさか…黒川まためんどくせえ仕事押しつけてくるんじゃ……。」
「やっぱそう思うよな。ハニートラップだけは嫌なんだが……。」
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