パンチの強い乾の母

パンチの強い乾の母



「昨日、乾さんがすげぇマブい女と歩いてんの見た。」
「乾さんならマブい女のひとりやふたり連れてるだろ。あのツラだぞ。」
黒龍の集会が終わり、柴大寿がさっさと帰ってしまったから隊員たちは幾分リラックスして思い思いにしゃべったり煙草を吸ったりしている。
「いや。そんじょそこらの女じゃねぇんだって!金髪のロングヘアで外タレみたいな。」
「お姉さんじゃね?乾さんのお姉さんめちゃくちゃ美人で有名らしいよ。オレの姉貴が同じ高校だったんだけど。」
「う〜ん。お姉さんかなぁ?ちょっと歳上に見えたし。しかもスーパーから出てきたし。」
「スーパー?じゃ。お姉さんだろ。」
「めちゃくちゃ乾さんにネギがはみ出た荷物持たせて、自分はせいしゅ〜♡って手ぶらで乾さんと腕組んでた。だからワガママ彼女かなんかかと勘違いした。仲良しのお姉さんか。」
「いや。それはお母さんだな。」
「お母さん?ないない。だってめちゃくちゃ綺麗…って九井さん!?」
突然会話に乱入してきた九井に隊員たちはあせりまくる。なぜならこの九井一。乾のことなら俺に意見求めて?俺、乾アドバイザーなんでな?みたいな乾に関してとてもめんどくさい人物だからである。あーあ見つかっちゃったよ。
「それにしてもお母さんはないと思うんですけど。だってニコールキッドマ◯みたいな人だったんですよ?あんなお母さんいます?」
「イヌピーのお母さんはニコールキッドマ◯みたいな見た目でせいしゅ〜♡ってどこでもかしこでも言ってイヌピーにうざがられてる人物だから間違いない。お姉さんの赤音さんはそこまでじゃない。」

 乾の母はスロベニア人である。あまり有名でないファッションモデルとして来日していたところ乾の父が一目惚れし結婚した。乾の大きな薄緑の美しい瞳とピンクがかったようなまろやかな色味の金髪、そしてスラリと恵まれた骨格は完全に母親からの遺伝である。姉の赤音も多くの恵まれた要素を母親からもらっているが、青宗のほうがそれは顕著だ。
 初めて青宗に会った時天使かと思ったとは九井一の言である。うわぁこんなかわいい子見たことないと感動した次の瞬間、なぜか青宗は手に持っていた芋虫を近くにいた女の子にくっつけて大泣きさせた。顔は天使。行動はデビル。それが幼い頃の青宗だった。そんなデビルだから女の子には遠まきにされているし、おとなしめの男の子にも避けられるというありさまだったから、青宗と仲が良いのは自然と九井だけになってしまった。幼い頃から独占欲が強く苛烈な性格だった九井はこれ幸いと思っていた。九井は青宗の美しい顔と青宗のぶっ飛び具合の虜となっていた。しかし、セクシュアリティはノーマルだと思っていたから、初恋は青宗の姉の赤音だった。だが、成長するにつれ違和感をおぼえた。赤音のことは綺麗だと思うし、読書家だから彼女の話もおもしろかった。でも、その先がない。九井がうれしい顔を見たい。ひどいことをしたい。支配したい。誰にもとられたくないと思うのは青宗だった。それを見透かしたかのように赤音にはナチュラルにフラれ、なんだか振り切れた九井はガンガン青宗を責めることにした。
 中学生の頃、九井は乾と乾の部屋で宿題をしていた。もちろん乾は勉強が好きじゃないから宿題もせずノートに四字熟語を書いている。おおかた新しい特攻服に刺繍する四字熟語の案でも練っているのだろう。でもイヌピー。五里霧中はカッコ悪いよイヌピー。
「やっぱ一騎当千がいちばんかな。」
乾はひらめいた!みたいな顔をしてつぶやいた。その顔があまりにかわいかったから
「イヌピー、好き。」
思わず九井は言ってしまっていた。
「俺もココのこと好きだけど。」
「いや。なんていうか。俺の好きはイヌピーの好きと違うかも…だって、俺はイヌピーとキスしたいとか思ってる。」
「……。」
「ごめん。キモいよな。忘れてイヌピー。」
「俺の好きもキスしたいの好きだったら?」
乾がそう言って九井の顔を覗き込んでくるので、これはもういくしかねぇと九井は乾を押し倒し最初は静かにそっとキスした。ただ、年頃なのでだんだん止まらなくなって、そのかわいい顔中にキスをし、耳たぶをかじり耳の穴に舌を入れた。
「あっやめ…ココ……やめて変な感じする……」
なやましい声で乾が言うが止まるわけがない。そのまま続けていると
「オイ!!ハジメ!!ストップ!!ストップしろコラ!!わたしのかわいい青宗なめるな耳ちぎれるわアホタレコラハジメ!!」
と乾の母が怒声と共に乾の部屋のドアを開け仁王立ちしていた。
「オイハジメこれドウイか?ゴウカンか?」
乾の母はめちゃくちゃ怒っている。
「おふくろ!!ドウイだから!!ていうかむしろ俺があおったから!!」
乾が顔を真っ赤にして白状している。やっぱイヌピーあおってたんだかわいい。
「おふくろ言うな!私おふくろイヤ。マミー呼べ。何おまえらつきあってる?」
「俺は!!イヌピーとつきあいたいです!!」
「お、俺も……。」
「そうか。でもマミーの前でイチャつくな。マミーショック死する。あとハジメ。青宗大切にしなかったら赤音とイッカソウデでヤリにいくからな!?」
「あ。ハイ。」

「てなわけで、俺とイヌピーは付き合い始めたんだけど。イヌピーのお母さん怖すぎだから。」
なんか知らんが、黒龍の隊員たちは九井と乾のなれそめメモリアルストーリーを長々と九井から聞かされるはめになった。ていうかあんたたちつきあってたんですか。特に驚きもせんが。
「ココ帰ろーぜ腹へった。」
件の乾がこちらにやって来た。
「あ。イヌピー昨日お母さんとスーパー行った?」
「…行った……長ネギの特売日だからってめちゃくちゃ持たされたぜ……。」
「ほらな。コイツらお母さんがイヌピーの彼女に見えたらしい。」
「やめろよ!!赤音ならまだしもマミ…おふくろはやめろよ!!ババアだぞ!!」
乾は顔を真っ赤にして怒ってバイクのほうへプイと去って行った。ふだんクールな乾だが、お母さんに関してはまだ反抗期らしい。反抗期だけど特売の長ネギは持ってあげる。良い話である。







「真一郎に彼女ができたかもしれない。」
ワカはコイツ闇堕ちしたみたいな顔ほんとサマになるよなと黒川イザナを見て思う。ワカが珍しく五条ジムで真面目に働いていたらこの黒川イザナがやって来たのだ。真一郎の弟のようなものということでもちろん知っているし、話にもよく聞くのだがこうして訪ねてくるなんてほぼ初めてかもしれない。
「飲めよ。ひでぇ顔だぞ。」
ベンケイが冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを出して渡してやる。イザナは素直に受け取って喉が乾いていたのか一気に半分ほど飲んだ。
「それで真ちゃんに彼女〜?ないだろ。ベンケイなんか知ってる?」
「先月、わりと貢いでたキャバクラの女が何も言わず辞めた話は聞いた。泣いてた。」
「わ〜。そんな感じで近くにいる俺らも何も知らねぇんだけど。今まで真ちゃんが特定の女と長くつきあったとか聞いたことない。一晩勢いであやまちをおかしたみたいなことはこの歳だからあるかもだけど。」
「いや。そんな一晩の遊びとかじゃない。この日本で雑用を片づけているわずか1ヶ月の間に、真一郎がオシャレっぽいカフェで真剣に女と話してるの3回も見た。」
「マジか……カフェでお話って……いい大人がカフェでお話なところに本気を感じるなぁ。」
「俺…俺…真一郎が結婚したらヨメをいびりまくるかもしれない……!!」
「そうだろうな。」
ワカとベンケイが同時にハモって言う。
「おまえが真ちゃんのヨメいびりたおすなんてみんなわかってることだぜ。なぁベンケイ?」
「そりゃそうだ。だっておまえチビイヌだっていびるじゃねぇか。」
「真一郎の店の従業員になって四六時中真一郎にまとわりつく犬ムカつくだろ。」
「ほら〜。すぐいびる〜。ていうかその四六時中真ちゃんのそばにいる青宗に聞いたら?」

 そういうわけでこれ幸いとワカはジムの仕事をベンケイに押しつけ、黒川イザナとともに真一郎の店へとやって来た。折良く真一郎は不在で、乾がひとり店で作業しているところだった。
「いらっしゃ〜せ〜…てワカくん!?と黒川イザナ!?珍しい!!」
「いや。この黒川イザナがな。青宗に聞きたいことあるんだってよ。」
「へぇ〜???俺に…それも珍しいな???」
「おまえなんかに聞くの不本意だけど、背に腹はかえられねえ。真一郎さ。最近女がいるんじゃないのか?」
「……。」
「どうなんだ乾!?」
「ないと思うけど。先月真一郎君けっこう貢いでたキャバクラの女が何も言わず店辞めてショック受けてて。先週かわいいと思ってたパチスロのバイトの女が結婚してたの知ってショック受けてて。そんなのばっかなのに。ないない。」
乾はたんたんと真一郎の気の毒な近況を報告する。
「真ちゃん……。あいかわらず……。」
「本当かあ?乾ニブそうだから信用できねえ。」
「イザナが真ちゃんと女がカフェでデートしてるの見たらしいよ。」
「真一郎君が…カフェ……?そんなシャバいとこ行くかな。あの真一郎君が。」
「俺もそう思う。真一郎はカフェなんか行かない。行ったとして煙草吸える喫茶店とかだろ。なのに……金髪のロングヘアの。背が高いモデルみてぇな……。外国人パブでひっかけたのか真一郎!?」
「へえ〜相手って外国人のモデル系の女ぁ?やるなぁ真ちゃん!」
「そう。ちょうどあんな女みてえな!!」
イザナが指差した先にいた女はおそるおそるガラスごしに店をのぞいている。しばらくして車を駐車してきたらしい真一郎が来て女を店内に入るようにうながした。
「マミ…じゃないおふくろ……。」
脱力する乾。
「あ。ワカにイザナまで?珍しいな。こちら青宗のお母さん。」
「お母さん!?トラン◯元大統領夫人かと思った!」
「青宗ダメだぞ〜!ウチに就職して九井君と一緒に住み始めて1回も実家帰ってないんだって?お母さん心配して何回も青宗どうしてるか聞きに来られたんだぞ。だから今回は店に連れてきた。」
「なるほど。じゃ。真ちゃんがカフェで会ってたっていうのは。」
「そうそう。青宗がお母さんからの電話にも出ないしメールにも返信しないからって俺から青宗の様子をお話してたんだ。」
「なんだ…良かった……未来のヨメじゃなかった……!!」
女の正体が真一郎の未来のヨメじゃなくただの心配性の乾の母だとわかって一気に興味を失ったイザナは「俺、こう見えて忙しいから帰るわ。」とクールに去って行った。

「え〜青宗電話はめんどうかもだけど、メールくらい返信しろよ〜」
毎度サボりのワカは居残っている。
「だってワカクン。マミーのメール、さみしいさみしいさしみ♡とかで返信しようがないんだもん。」
「なかなかのオカンメールだネ……。」
「青宗!!マイスウィーティー!!!!」
乾の母は久しぶりに会えた息子に大興奮して、真一郎もワカもいるけど関係ねえとばかりにギュウギュウと抱きしめた。抱きしめられている乾の目は死んでいる。
「青宗はどしてイエ帰らない?マミー嫌?ダディのクソ寒ダジャレ嫌?だから帰らない?」
「ちがう。マミーもダディのクソ寒ダジャレも嫌じゃない。いや。ダジャレはちょっと嫌かも。ほんとゴメン。俺、真一郎君の店で働くのが楽しくって。ココと一緒に暮らすのが楽しくって。楽し過ぎて実家に帰るの忘れてただけなんだ。ゴメン。」
乾は本当にすまなさそうにそう言った。裏表のない乾のことだから、楽し過ぎて実家に帰るのを忘れていたのは本当なのだろう。
「じゃあ次の休み帰るか?マミー待ってる。」
「うん。帰る。」
「ハジメにエロいことされてないか?ハジメすぐエロいことする。」
「され…てない!」
一緒に住んでいてハジメにエロいことされてないわけなかろうと真一郎は思った。が、乾の母は安心したのか、乾の顔面にありったけのキスをすると(その間乾は死んだ目をしていた)、真一郎サンワカサン青宗をよろしく頼みますと深々頭を下げて帰っていった。

「いや〜青宗のお母さん大統領夫人みたいな美女なのにめちゃくちゃパンチ強いな???」
ワカはいまだ乾の母のパンチの強さに驚いている。
「まぁ激しいけど良いお母さんだな。青宗お母さんのことマミーって言ってんの?かわいいな〜」
真一郎がニコニコそう言うので、「ちが…ちがう!!マミーじゃねえし!!おふくろだし!!」と乾は顔を真っ赤にして反論するが、ただただかわいいだけであった。なお、本当のところハジメにはエロいことをとてもされている乾なのである。





3

 九井は仕事の忙しさがひと山こえ、久しぶりに自宅でゆっくりしていた。先ほど同居している乾も仕事を終え帰宅したのでふたりで缶ビール片手にピザを食べているところである。食べているのだが、ひとくち食べるごとに九井が乾にちょっかいをかけるためまったく食べ進まないピザパーティーとなっている。
「何ココさっきから!!ぜんぜん食えねぇんだけど!?やりてえの!?」
「やりてぇよ。何週間やってねぇと思ってんのイヌピー。」
「あ。なんだ。やりてえのか。じゃ。やるか。こんなんじゃぜんぜん食えねーから。」
乾があっさりそう言うので、ピザと缶ビールはひとまず置いてやるべきことをやることにした。とりあえず服を脱ぎ捨て、ソファでふたりイチャついているとインターホンが鳴る。
「んん。ココ鳴ってる。鳴ってるってばぁ。やめろ。」
「知らね〜。聞こえね〜。」
「え。ココめっちゃ鳴ってるって。」
「…ほんとだ……何?こわい。あきらめなさすぎじゃん。」
しぶしぶ九井が脱ぎ捨てた服を着てドアホンを確認すると
「おか、お母さん!!イヌピーお母さん!!服!!服着て!!」
「え。やべぇ。服。服どこ。」
ドタバタ乾が服を着、九井と乾は何もしてません俺たちみたいな顔で乾の母を自宅に招き入れた。
「青宗!!マイスウィーティ!!」
乾の母はひとまず乾をギュウギュウ抱きしめた。なお、その間乾の目は死んでいた。
「なんか。青宗。ハジメの香水のニオイする!ハジメエロいことした!?」
「してない!してないです!ほら。ご覧のとおりピザ食べてたんで。」
こんな時とっても便利な食べかけのピザ。
「マミーも食ってけば?ピザいっぱいある。」
「ホント?うれしい!青宗とごはんうれしい!マミードーナツつくってきたあとで食えふたりで。」
「あ。これ好きなやつ。ありがとう。」
突如としてやって来た乾の母により、久しぶりのエロいことは中断されてしまったが、3人は楽しく食事した。缶ビールを飲み過ぎて途中乾は寝てしまい離脱したが。それにしても乾の母はさっきからあまり食べずにビールばかり飲んでいるが酔う気配すらない。白人のアルコール分解能力はすごいのである。
「わたし、ハジメが青宗にエロいことばっかしてるの知ってるよ。」
おもむろにとんでもないことを乾の母は言い出す。
「あ。はぁ。なんかすみません。かわいいからつい。」
「それはイヤだけど。でもわたしハジメ好きだよ。」
「え。」
「わたしの子どもたち助けてくれたハジメ好きだよ。わたしは助けられなかった。」
「お母さんは留守だったんだから仕方ないですよ。それに。俺は赤音さんしか助けてない。助けたのは謎の少年じゃないですか。」
「わたし思うんだけど。ハジメががんばって助けようとしなかったらあの不思議な子もあらわれなかったんだと思う。だから、ハジメがいなかったら子どもどちらかが死んでたのかもしれない。」
「そうでしょうか。そうなら良いんですけど。飛び込んだかいがある。」
「たぶんそうだよ。だからわたしハジメ好きだよ。青宗にエロいことするのはイヤだけど。」
「あ。ハァ。なんかほんとにそこはすみません。」
乾の母はソファで爆睡している乾に近づくと、髪の毛を整えてやり、そのまろくて白い頬にキスをした。
「じゃ。わたし帰る。楽しかった。かわいい青宗見れたし。まぁハジメいたら安心だしな。」
九井は玄関まで乾の母を見送る。
「また、来てくださいね。」
「ハジメもな。ハジメもたまにはウチに顔出せ。ダディ待ってるからな。ダディはハジメのわけわからんカブ?の本のファンらしい。サインくれって。」
「え。そうなんですか?うれしいな。じゃあまた。」

 九井があとかたづけをしていると、ソファで寝ていたはずの乾が起き上がってぼんやりしていた。
「ココ。マミーは?」
「帰ったよ。楽しかったって。」
途端に乾は置き去りにされたかのような悲しそうな顔になった。緑色の大きな瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
「イヌピー。お母さんに会ってホームシック?」
「ううん。違う。ちょっと寂しいって思ったんだけど。でも俺にはココがいてくれて幸せだなって思った。そしたら涙出てきただけ。」
「イヌピー。かわいいな。エロいのの続きやろう。」
「え。先にあとかたづけしようぜ。」
「マトモなこと言うなよ。ていうか、イヌピーおふくろって呼ぶのやめたの?もはやマミーじゃんずっと。」
「うん。反抗期終わったからな。マミーでいいや。」
乾のやや長めで、やや激しめの反抗期は終わった。乾はスロベニア人のパンチの強い母が大好きだし、彼女の希望どおりマミーと呼ぶ。マミーは赤音も青宗も愛している。そしてハジメのことも。なお、九井と乾はこの後あとかたづけをきちんとしてからエロいことをした。
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