ep.20 君に勉強を教えるのは大変
Name change
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勉強を再開して1時間以上は経っただろうか。
とうとう、名前は眠気に襲われ始めた。
さっきまでは、それでも問題を解こうとはしているようだったのだ。
だが、数分もすれば、考えこんでいたその格好のまま、テーブルに肘を乗せて頬杖をつき、名前は今、ウトウトと船をこぐ。
「名前さん。」
「んー…。」
「起きてください。」
「かんがえてるのぉ…。」
起こそうとした月島に、名前は目を閉じたまま言い返してくる。
絶対に考えてなんかいない。それどころか、自分が何を解いているのかも分かっていないはずだ。
そのうち、名前を呼んでも返事もしなくなってしまった。
本気で勉強をする気があるのか———と疑いたくなるくらいに気持ちよさそうな寝顔を、窓から差す光りが照らす。
どうせ名前が寝るのなら、その間、読みかけの本を読もうかと一瞬考えて、断念した。
本はリビングに置いてきてしまっている。
唐突に手持ち無沙汰になってしまった月島は、名前がしているようにテーブルに肘をついて頬杖をつく。
ふと目に入った問題集には、黒猫やよくわからない生き物の落書きがいくつも描き込まれていた。
(この人、何しに来たんだろう。)
月島は、ぼんやりと名前を眺めた。
光にあたって、薄茶色の髪が透けている。白い肌が輝いて、長い睫毛が落ちた部分だけに深い影が出来ている。
名前は鈍くさくて、自分で投げたボールを頭に直撃させるし、走るのは速いけど高確率で転びそうになっているし、実際、月島の前で盛大に転んだこともある。勉強も苦手で、数学の小テストでは5点の連続記録を更新中だ。月島が頭をフル回転させて出来る限り分かりやすく説明しているにもかかわらず、全く理解してくれない。
隣で喋る彼女は、何処にでもいる、普通どころかだいぶおバカさんな女子高生だった。
だから、ずっと忘れていた。
————名前は、すごく綺麗だ。
(人形みたいだな…。)
自分は絶対にしない———それだけは自信があったけれど、バイト帰りの名前を待ち伏せしていた男達の気持ちが、漸く分かった気がした。
名前は、なかなか出逢えないくらいの美人だ。
そういえば、昨日、西谷が『潔子さんと名前さんは、神様の最高傑作だな。』としみじみと語っていた。
あのときは、何をおかしなことを言っているのだろうと思った。正直、ほんの少しも共感はしなかった。
でも、今なら分かる。
もしも、神様がいるのなら、名前のことを丁寧に丁寧に創り上げたに違いない。
何年も、何十年も、いや、何千年かかったと言われても、誰も大袈裟だとは思わないはずだ。
(顔を作るのに夢中になりすぎて、運動神経と頭脳には時間かけられなかったんだろうな。)
頭のてっぺんでボールを跳ねさせた名前を思い出して、月島はぷっと吹き出す。
きっと、何かしらの能力は付け足さなければ———と慌てて、足だけは速くしたのだ。でも、その副作用で、鈍くさくなってしまったのだろう。
名前を見ていると、神様の雑さがよく分かる。
世界が理不尽なのは、きっとそのせいだ。
神様は平等なんかじゃなくて、慈愛の精神だってない。
人間には持って生まれた才能というのがあって、天才は必ず存在する。悔しいけれど、影山や日向はそちら側の人間だ。
でも、だからといって、彼らが、非凡だから凄いというだけではないことも分かっている。
影山や日向は、才能の上に胡坐をかくことは絶対にしないし、努力を惜しまない。
天才たちがそうやって努力をして、才能と実力を磨く陰で、凡人が汗水垂らして足掻いてどうなるというのだろう。
凡人がどれほど頑張ったって、大きな大きな非凡という壁にぶち当たるだけなのだ。そして、自分の限界を感じて、絶望して、心が折れるのがオチだ。
だから、頑張ったって無駄だ。たかが部活に本気になって、一体何になるというのだろう。将来の役に立つわけでもないのに———。
思考が月島の奥にある闇を引っ張り出し始めた頃、名前が耳に触れた。起きたのではなくて、頬杖をついたままの手で無意識に触れただけのようだ。
どうして黒いピアスなのだろうーーーーーー寝ながら黒いピアスを撫でる指を眺めながら、ふと思う。
確かに、今日の服装ならば、黒いピアスも合っている気がする。黒いインナーと合わせて来たと言われれば、そういうものかと納得するだろう。
けれど、名前は平日、学校にも黒いピアスをつけて来ている。
東京に行った時もだった。お洒落が好きな名前なら、服装に合わせてピアスやアクセサリーだって変えそうなのに、女性らしいトップスとスカートを合わせたデート服だったあの日も黒いピアスをつけていた。
触れるのが癖になるくらいだから、気に入っているピアスなのだろう。
デザインが凝っている訳でもない。普通の黒いピアスだ。
確かに、普段使いするには、これくらいシンプルなものの方がいいのかもしれない。
でも、名前なら、黒よりも白とか、オレンジとか、明るい色の方が「ぽい」気がする。
(まぁ、僕には関係ないけど。)
名前がどんなピアスをつけていようが、どうでもいい。そう結論付けて、問題の続きを解こうとした時、名前が耳にかけていた横髪がハラりと落ちた。
さり気なく主張していた黒いピアスが、長い髪に隠れる。
鼻と口元に髪がかかってしまうと、名前は気持ち悪そうに眉を顰めた。
けれど、それでも起きる様子はない。
月島は、名前を起こさないようにゆっくりと手を伸ばす。
髪を耳にかけるだけ、それだけだ。
なぜだか分からない。けれど、たったそれだけのことを、今絶対にしなければならないような、そんな強迫観念に囚われる。
あと数センチで、指が名前の髪に触れる———。
「蛍、飲み物と名前ちゃんからもらったケーキを持ってきたわよ。」
コンコン————扉を叩く音がして、月島はハッとした。
伸びていた手を、慌てて自分の元に戻す。
「ん…。あ…、寝てた…かもしれない。」
「かもじゃないです。
———待って、今開けるから。」
母親の声がしたのか、名前がやっと起きた。そして、眠たそうな目をこすっている。
月島は立ち上がると、母親に返事をしてから扉を開けた。
とうとう、名前は眠気に襲われ始めた。
さっきまでは、それでも問題を解こうとはしているようだったのだ。
だが、数分もすれば、考えこんでいたその格好のまま、テーブルに肘を乗せて頬杖をつき、名前は今、ウトウトと船をこぐ。
「名前さん。」
「んー…。」
「起きてください。」
「かんがえてるのぉ…。」
起こそうとした月島に、名前は目を閉じたまま言い返してくる。
絶対に考えてなんかいない。それどころか、自分が何を解いているのかも分かっていないはずだ。
そのうち、名前を呼んでも返事もしなくなってしまった。
本気で勉強をする気があるのか———と疑いたくなるくらいに気持ちよさそうな寝顔を、窓から差す光りが照らす。
どうせ名前が寝るのなら、その間、読みかけの本を読もうかと一瞬考えて、断念した。
本はリビングに置いてきてしまっている。
唐突に手持ち無沙汰になってしまった月島は、名前がしているようにテーブルに肘をついて頬杖をつく。
ふと目に入った問題集には、黒猫やよくわからない生き物の落書きがいくつも描き込まれていた。
(この人、何しに来たんだろう。)
月島は、ぼんやりと名前を眺めた。
光にあたって、薄茶色の髪が透けている。白い肌が輝いて、長い睫毛が落ちた部分だけに深い影が出来ている。
名前は鈍くさくて、自分で投げたボールを頭に直撃させるし、走るのは速いけど高確率で転びそうになっているし、実際、月島の前で盛大に転んだこともある。勉強も苦手で、数学の小テストでは5点の連続記録を更新中だ。月島が頭をフル回転させて出来る限り分かりやすく説明しているにもかかわらず、全く理解してくれない。
隣で喋る彼女は、何処にでもいる、普通どころかだいぶおバカさんな女子高生だった。
だから、ずっと忘れていた。
————名前は、すごく綺麗だ。
(人形みたいだな…。)
自分は絶対にしない———それだけは自信があったけれど、バイト帰りの名前を待ち伏せしていた男達の気持ちが、漸く分かった気がした。
名前は、なかなか出逢えないくらいの美人だ。
そういえば、昨日、西谷が『潔子さんと名前さんは、神様の最高傑作だな。』としみじみと語っていた。
あのときは、何をおかしなことを言っているのだろうと思った。正直、ほんの少しも共感はしなかった。
でも、今なら分かる。
もしも、神様がいるのなら、名前のことを丁寧に丁寧に創り上げたに違いない。
何年も、何十年も、いや、何千年かかったと言われても、誰も大袈裟だとは思わないはずだ。
(顔を作るのに夢中になりすぎて、運動神経と頭脳には時間かけられなかったんだろうな。)
頭のてっぺんでボールを跳ねさせた名前を思い出して、月島はぷっと吹き出す。
きっと、何かしらの能力は付け足さなければ———と慌てて、足だけは速くしたのだ。でも、その副作用で、鈍くさくなってしまったのだろう。
名前を見ていると、神様の雑さがよく分かる。
世界が理不尽なのは、きっとそのせいだ。
神様は平等なんかじゃなくて、慈愛の精神だってない。
人間には持って生まれた才能というのがあって、天才は必ず存在する。悔しいけれど、影山や日向はそちら側の人間だ。
でも、だからといって、彼らが、非凡だから凄いというだけではないことも分かっている。
影山や日向は、才能の上に胡坐をかくことは絶対にしないし、努力を惜しまない。
天才たちがそうやって努力をして、才能と実力を磨く陰で、凡人が汗水垂らして足掻いてどうなるというのだろう。
凡人がどれほど頑張ったって、大きな大きな非凡という壁にぶち当たるだけなのだ。そして、自分の限界を感じて、絶望して、心が折れるのがオチだ。
だから、頑張ったって無駄だ。たかが部活に本気になって、一体何になるというのだろう。将来の役に立つわけでもないのに———。
思考が月島の奥にある闇を引っ張り出し始めた頃、名前が耳に触れた。起きたのではなくて、頬杖をついたままの手で無意識に触れただけのようだ。
どうして黒いピアスなのだろうーーーーーー寝ながら黒いピアスを撫でる指を眺めながら、ふと思う。
確かに、今日の服装ならば、黒いピアスも合っている気がする。黒いインナーと合わせて来たと言われれば、そういうものかと納得するだろう。
けれど、名前は平日、学校にも黒いピアスをつけて来ている。
東京に行った時もだった。お洒落が好きな名前なら、服装に合わせてピアスやアクセサリーだって変えそうなのに、女性らしいトップスとスカートを合わせたデート服だったあの日も黒いピアスをつけていた。
触れるのが癖になるくらいだから、気に入っているピアスなのだろう。
デザインが凝っている訳でもない。普通の黒いピアスだ。
確かに、普段使いするには、これくらいシンプルなものの方がいいのかもしれない。
でも、名前なら、黒よりも白とか、オレンジとか、明るい色の方が「ぽい」気がする。
(まぁ、僕には関係ないけど。)
名前がどんなピアスをつけていようが、どうでもいい。そう結論付けて、問題の続きを解こうとした時、名前が耳にかけていた横髪がハラりと落ちた。
さり気なく主張していた黒いピアスが、長い髪に隠れる。
鼻と口元に髪がかかってしまうと、名前は気持ち悪そうに眉を顰めた。
けれど、それでも起きる様子はない。
月島は、名前を起こさないようにゆっくりと手を伸ばす。
髪を耳にかけるだけ、それだけだ。
なぜだか分からない。けれど、たったそれだけのことを、今絶対にしなければならないような、そんな強迫観念に囚われる。
あと数センチで、指が名前の髪に触れる———。
「蛍、飲み物と名前ちゃんからもらったケーキを持ってきたわよ。」
コンコン————扉を叩く音がして、月島はハッとした。
伸びていた手を、慌てて自分の元に戻す。
「ん…。あ…、寝てた…かもしれない。」
「かもじゃないです。
———待って、今開けるから。」
母親の声がしたのか、名前がやっと起きた。そして、眠たそうな目をこすっている。
月島は立ち上がると、母親に返事をしてから扉を開けた。