ep.02 2人の会いたい理由
Name change
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いるわけがないーーーーーーー夜久にはそう言った黒尾は、週末、研磨と一緒にフェスの会場となるシガンシナ広場にやってきていた。
淡い期待を胸に抱き、賭けに出たのだ。
今年も大盛り上がりのフェスは、会場の外から人でいっぱいだ。
テレビ局の取材も幾つか入っているようで、機材を抱える人たち達ともよくすれ違う。
なんとか受付を終わらせて中に入ったが、まずはどこへ向かうべきか。
朝イチからやって来たのはいいものの、名前が来ていたとしてもこの人混みの中で本当に見つけることが出来るだろうか。
黒尾が周囲を見渡しながら考えていると、受付スタッフから渡されたマップを見ていた研磨が口を開いた。
「これ、名前好きそう。」
そう言って、研磨が指差したのは、シュークリーム店だった。
広い公園をいくつかのエリアに区切って、ステージでライブを行うかたちのフェスでは、ステージ周辺だけではなく、そこに行くまでの道中にも、屋台や簡易的な店舗が出店している。
王道のハンバーガーや唐揚げ専門店なんかの軽食系が多い中、シュークリーム、ケーキやパフェといったスイーツ店もある。
確かに、名前は毎年、歩きながらでも食べやすそうなスイーツをよく選んでいた。
一度も一緒にフェスに来たことがないのに、ドンピシャで当てるとは。さすが、子供の頃からの付き合いなだけある。
「行ってみるか。」
とりあえずの目的地は決まり、人混みの中で黒尾と研磨も動き出した。
アーティスト目当ての客は、期待たっぷりの笑みで楽しそうにおしゃべりをしながら、前を向いて歩く。
挙動不審に周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いているのは、蟻の大群のような人混みの中から、いるかも分からないたった1人を探そうとしている黒尾と研磨くらいだ。
「シュークリームのお店に着いたら、クロも買う?」
「いや。俺は唐揚げを食う。」
「…名前がいつも、唐揚げばっかりって文句言ってたよ。
たまには、ハンバーガー食べたいのにって。」
「名前がジャンケン負けるから、いけねぇの。」
「最初は必ずチョキ出すこと知ってて、ジャンケンで勝負するんだから。
クロって本当ずるいよね。」
「教えてくれたのは研磨だけどな。」
「…!」
研磨がハッとした顔をして、目を見開く。
どうやら、名前の弱点をバラしたことを覚えていなかったらしい。
ククッと意地悪く笑うと、研磨が小さく息を吐いた。
「もし、名前に会ったらどうするの。」
研磨の質問に、即答出来ないどころか、何も答えられなかった。
再会出来たとして、どうするかは決めていない。
もしも、まだ名前の気持ちが変わっていなかったとして、今度こそ受け入れるのか。
名前が変わっていなくても、黒尾を取り巻く環境も夢もまた変わっていないのだ。
むしろ、高校3年生になり、音駒高校男子バレーボール部の主将になった今の方が、忙しいし責任もある。
あのとき、名前を優先しなかったことをこんなに悔やんでいるのに、彼女の存在が当然になってしまったら、きっとまた同じことを繰り返す。
そう分かっているのに、本当は好きだったーーーー、なんて自分勝手なことは言えない。
「クロって、名前のことになると、急に昔のクロに戻るよね。」
「昔の俺?」
「……どうせ覚えてないからいい。」
「え!そこまで言っといて!?」
あり得ないだろうーーーーそんな顔をする黒尾を見上げ、研磨は心底面倒臭そうにため息を吐いた。
けれど、ぶっ込んできたのは、研磨だ。
「初めて、名前とフェスに行った時もそうだったでしょ。」
「…?」
研磨が言う「そう」に、黒尾は検討がつかなかった。
確かに、覚えていないようだ。
分かっていたーーーという顔をして、研磨が続ける。
「本当は、名前を誘いたかったくせに、クロが声もかけられないから
俺が犠牲に……、面倒臭いのにフェスに付き合う羽目になった。」
「それ、何も言い直してないからね。」
バレてたのかーーーー。
茶化して言ってみたけれど、研磨が口にしたそれは、ほんの少し照れ臭くて、とても懐かしい思い出話だった。
初めて名前を見たのは、研磨の家だ。
研磨はまだバレーを始めていなくて、クラブが休みだった放課後にいつものように一緒にテレビゲームをしていた。
そこに、旅行かなんかのお土産を持ってやって来たのが、名前だった。
母親に呼ばれて1階に降りた研磨について行ったら、玄関に女の子がいるから驚いた。
まさか、研磨の家に女子が来るなんて想像もしたことくて、急なことに恥ずかしくなった黒尾は、階段の隅に隠れてこっそりと様子を伺っていた。
背中を向ける研磨の身体がちょうど重なって、そこにいるはずの女子の姿は全く見えなかった。
『何してたの?』
『友達と部屋でゲーム。』
『前に言ってた子?』
『そう。』
小学生らしい可愛らしい女子の声だけを聞いていると、不意に、その娘が研磨から覗くようにして、こちらを見た。
黒尾が、初めて名前を見た瞬間だ。
『はじめまして!名前って言うの!
研磨をよろしくね!』
自分を真っ直ぐに見た彼女が、ニコリと微笑んだその時、心臓が止まった。心底驚いたのだ。
まさか、この世にこんなに可愛い女の子がいるなんて、信じられなかった。
顔面に熱が集中して熱くて、ちゃんと返事を出来たかどうか、あの時も今も覚えていない。
名前が同じ学校で、同級生で、2つ離れた教室にいることを知ったのは、それからすぐのことだった。
あれからずっと、学校でも、どこにいても、名前を目で追っていた。
可愛くて明るくて優しい名前は、学校中の人気者で、いつも皆んなの中心にいるような娘だった。
そして、黒尾は、名前にとって、仲の良い年下の男の子の友達、でしかなかった。
名前が主人公の物語で、自分はせいぜい脇役がいいところ。名前すらない。当然、そんな脇役が、名前の目に入るわけもなかったけれど、それでも良かった。
本当は、喋ってみたかったし、一緒に遊んでもみたかったけど、勇気が出なかった。
初恋の淡い片想いだ。
「仕方ないから、ゲームしようって名前をうちに泊めて、
クロが迎えに来たタイミングで
やっぱり行かないって言って、名前を犠牲に……、クロを押し付けた。」
「だから、それも何も言い直してないんですけど?」
「だって、本当のことだし。」
澄ましている研磨の隣で、今頃気づいたーーーフリをした。
でも、正直なところ、やっぱりか、という気持ちが大きい。
あの日、研磨は奇妙なくらいに意固地になって「行かない。」「代わりに名前が行って。」と繰り返していたし、やると言えばやる研磨が、途中で気持ちを変えるのには、違和感があった。
「クロは、やるっていったら必ずやり遂げるし、
実際、勉強もスポーツも出来て、なんでも積極的なのに
名前のことになると、急に臆病になって引っ込み思案になる。」
「……やめて。俺を分析するのやめてください、恥ずかしい。」
少し大袈裟に両手で顔を覆って、隠してみた。
図星過ぎて、何も言い返せないし、確かにそうだーーーと気恥ずかしい。
そんな黒尾の本音に気づいていないわけがない研磨が、少し意地悪く口元を歪めて口を開く。
「一目惚れだったって言っちゃえばいいのに。」
「な……ッ!?」
なんで知ってるんだよ!?ーーーーー続く言葉を、黒尾はなんとか飲み込んだ。
あの日、きっと研磨は、顔を真っ赤にして硬直していた黒尾を見たのだろう。そして、勘の鋭い彼は、友人が恋に落ちたと気づいてしまった。
「…言えるわけないでしょう。
顔だけしか知らないくせに、好きだ、愛してる、可愛いって群がる男に迷惑をかけられまくって
そういうやつが、誰よりも大っっっ嫌いな名前に。」
冗談めいて言ってみたけれど、ため息が混じる。
研磨のアシストのおかげで、他の男達から一歩抜きん出て親しくなることが出来た。そうして、いつの間にか、黒尾のそばには当然のように名前がいるようになって、運よく好意まで向けてもらえるようになった。
それなのに、実は一目惚れでした、なんてことが知られてしまったら、「お前もか。」と幻滅されるかもしれない。
名前のことを知って、好きになればなるほど、好きだと言えなくなった。その理由は、自分も一目惚れだったという負い目があるせいなのもある。
「え?クロも名前の顔だけが好きなの?」
「…。」
チラリと視線を向ければ、研磨がわざとらしいほどに不思議そうな顔をしている。
そんなわけがないーーーと知っているくせに、本当に、いい性格をしている。
名前は、顔とスタイルは、雑誌から出てきた美人モデルどころか、どこかの物語から飛び出してきたのではないかと信じてしまいそうになるくらいに綺麗だ。
見た目だけなら、名前は完璧なのだ。だから、性格も良くて、頭も良くて、運動神経だって抜群で、短所なんてどこにもないのではないかと思わされる。
でも、実際は、名前だってただの人間で、映画の理想的な主人公でもなければ、人気アニメのヒロインでもない。
やれば出来るから頭が悪いというわけではないはずなのだけれど、勉強が嫌いで、だからテストの点数もいつも悪い。足は速いから徒競走ではいつもぶっちぎりの1位だったけれど、他の運動は全く出来ない。正真正銘の運動音痴だ。鈍臭くて、よく転けてる。
性格だって、優しくて明るいけれど、頑固なところもある。マイペースで悪戯が好きで、我儘だ。
涙腺が脆くて、まだ誰も泣かないような映画のシーンでも号泣するタイプだ。でも、それを人に見られるのを嫌って、必死に涙を堪えるから、瞬きを許してもらえなかった目をよく真っ赤にしているし、ついでに鼻も赤くなっていて最高に間抜けだ。それなら、泣いてしまった方がまだマシなんじゃないかと思うのだけれど、名前はなにがなんでも涙を隠す。
涙を堪えるのが下手かと思えば、自分が傷つくことがあっても、名前は絶対に泣かない。ほんの一滴の涙すら流さないし、当然、目も鼻も赤くなってない。
きっと、負けず嫌いで気が強い性格のせいだ。
たぶん彼女はいつも「負けたくない」と思っている。だから、絶対に泣かない。傷ついていないフリをする。辛い時ほど、平気な顔をしてよく笑う。
泣くのは苦手な名前だけど、怒るのは得意で、自分の思うように行かないとすぐに拗ねて怒る。
それで何度、くだらない喧嘩をしただろう。
とにかく、完璧な美人に見える名前の中身は、勉強が嫌いでおバカな我儘で本当は泣き虫なくせに嘘つきな気が強い面倒臭いタイプの女子だ。
そして、黒尾は、そんな名前を知れば知るほど愛おしくなった自分は変わり者だと知っている。
でも仕方がない。自分を見て笑う名前が可愛いのだ。
バカで鈍臭くて、でもいつも笑っている。どんなに辛くても、苦しくても、誰にも心配をかけないように傷ついていないふりをして笑う儚い彼女が、好きなのだ。守りたくなる。
何も言わない黒尾の返事を待つことをやめたのか、研磨がさらに続けた。
「まぁいっか。新しい学校で、名前の顔だけじゃなくて
鈍臭くておバカな中身も好きになってくれる人に出逢ってるかも知れないしね。」
「…そんなわけありませーん。
ーーー俺以上なんて、いるわけねぇんだから。」
ボソッと続けた本音混じりの強がりは、研磨にも届いたはずだ。
だから彼はきっと、安堵したようにフッと笑ったのだろう。
黒尾は、人混みに目を這わせる。
どんな人混みの中でも関係ない。名前を見つけるのは、誰よりも得意だ。
だって、11歳の頃からずっと、そうやって名前だけを見つめてきたのだからーーーー。
淡い期待を胸に抱き、賭けに出たのだ。
今年も大盛り上がりのフェスは、会場の外から人でいっぱいだ。
テレビ局の取材も幾つか入っているようで、機材を抱える人たち達ともよくすれ違う。
なんとか受付を終わらせて中に入ったが、まずはどこへ向かうべきか。
朝イチからやって来たのはいいものの、名前が来ていたとしてもこの人混みの中で本当に見つけることが出来るだろうか。
黒尾が周囲を見渡しながら考えていると、受付スタッフから渡されたマップを見ていた研磨が口を開いた。
「これ、名前好きそう。」
そう言って、研磨が指差したのは、シュークリーム店だった。
広い公園をいくつかのエリアに区切って、ステージでライブを行うかたちのフェスでは、ステージ周辺だけではなく、そこに行くまでの道中にも、屋台や簡易的な店舗が出店している。
王道のハンバーガーや唐揚げ専門店なんかの軽食系が多い中、シュークリーム、ケーキやパフェといったスイーツ店もある。
確かに、名前は毎年、歩きながらでも食べやすそうなスイーツをよく選んでいた。
一度も一緒にフェスに来たことがないのに、ドンピシャで当てるとは。さすが、子供の頃からの付き合いなだけある。
「行ってみるか。」
とりあえずの目的地は決まり、人混みの中で黒尾と研磨も動き出した。
アーティスト目当ての客は、期待たっぷりの笑みで楽しそうにおしゃべりをしながら、前を向いて歩く。
挙動不審に周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いているのは、蟻の大群のような人混みの中から、いるかも分からないたった1人を探そうとしている黒尾と研磨くらいだ。
「シュークリームのお店に着いたら、クロも買う?」
「いや。俺は唐揚げを食う。」
「…名前がいつも、唐揚げばっかりって文句言ってたよ。
たまには、ハンバーガー食べたいのにって。」
「名前がジャンケン負けるから、いけねぇの。」
「最初は必ずチョキ出すこと知ってて、ジャンケンで勝負するんだから。
クロって本当ずるいよね。」
「教えてくれたのは研磨だけどな。」
「…!」
研磨がハッとした顔をして、目を見開く。
どうやら、名前の弱点をバラしたことを覚えていなかったらしい。
ククッと意地悪く笑うと、研磨が小さく息を吐いた。
「もし、名前に会ったらどうするの。」
研磨の質問に、即答出来ないどころか、何も答えられなかった。
再会出来たとして、どうするかは決めていない。
もしも、まだ名前の気持ちが変わっていなかったとして、今度こそ受け入れるのか。
名前が変わっていなくても、黒尾を取り巻く環境も夢もまた変わっていないのだ。
むしろ、高校3年生になり、音駒高校男子バレーボール部の主将になった今の方が、忙しいし責任もある。
あのとき、名前を優先しなかったことをこんなに悔やんでいるのに、彼女の存在が当然になってしまったら、きっとまた同じことを繰り返す。
そう分かっているのに、本当は好きだったーーーー、なんて自分勝手なことは言えない。
「クロって、名前のことになると、急に昔のクロに戻るよね。」
「昔の俺?」
「……どうせ覚えてないからいい。」
「え!そこまで言っといて!?」
あり得ないだろうーーーーそんな顔をする黒尾を見上げ、研磨は心底面倒臭そうにため息を吐いた。
けれど、ぶっ込んできたのは、研磨だ。
「初めて、名前とフェスに行った時もそうだったでしょ。」
「…?」
研磨が言う「そう」に、黒尾は検討がつかなかった。
確かに、覚えていないようだ。
分かっていたーーーという顔をして、研磨が続ける。
「本当は、名前を誘いたかったくせに、クロが声もかけられないから
俺が犠牲に……、面倒臭いのにフェスに付き合う羽目になった。」
「それ、何も言い直してないからね。」
バレてたのかーーーー。
茶化して言ってみたけれど、研磨が口にしたそれは、ほんの少し照れ臭くて、とても懐かしい思い出話だった。
初めて名前を見たのは、研磨の家だ。
研磨はまだバレーを始めていなくて、クラブが休みだった放課後にいつものように一緒にテレビゲームをしていた。
そこに、旅行かなんかのお土産を持ってやって来たのが、名前だった。
母親に呼ばれて1階に降りた研磨について行ったら、玄関に女の子がいるから驚いた。
まさか、研磨の家に女子が来るなんて想像もしたことくて、急なことに恥ずかしくなった黒尾は、階段の隅に隠れてこっそりと様子を伺っていた。
背中を向ける研磨の身体がちょうど重なって、そこにいるはずの女子の姿は全く見えなかった。
『何してたの?』
『友達と部屋でゲーム。』
『前に言ってた子?』
『そう。』
小学生らしい可愛らしい女子の声だけを聞いていると、不意に、その娘が研磨から覗くようにして、こちらを見た。
黒尾が、初めて名前を見た瞬間だ。
『はじめまして!名前って言うの!
研磨をよろしくね!』
自分を真っ直ぐに見た彼女が、ニコリと微笑んだその時、心臓が止まった。心底驚いたのだ。
まさか、この世にこんなに可愛い女の子がいるなんて、信じられなかった。
顔面に熱が集中して熱くて、ちゃんと返事を出来たかどうか、あの時も今も覚えていない。
名前が同じ学校で、同級生で、2つ離れた教室にいることを知ったのは、それからすぐのことだった。
あれからずっと、学校でも、どこにいても、名前を目で追っていた。
可愛くて明るくて優しい名前は、学校中の人気者で、いつも皆んなの中心にいるような娘だった。
そして、黒尾は、名前にとって、仲の良い年下の男の子の友達、でしかなかった。
名前が主人公の物語で、自分はせいぜい脇役がいいところ。名前すらない。当然、そんな脇役が、名前の目に入るわけもなかったけれど、それでも良かった。
本当は、喋ってみたかったし、一緒に遊んでもみたかったけど、勇気が出なかった。
初恋の淡い片想いだ。
「仕方ないから、ゲームしようって名前をうちに泊めて、
クロが迎えに来たタイミングで
やっぱり行かないって言って、名前を犠牲に……、クロを押し付けた。」
「だから、それも何も言い直してないんですけど?」
「だって、本当のことだし。」
澄ましている研磨の隣で、今頃気づいたーーーフリをした。
でも、正直なところ、やっぱりか、という気持ちが大きい。
あの日、研磨は奇妙なくらいに意固地になって「行かない。」「代わりに名前が行って。」と繰り返していたし、やると言えばやる研磨が、途中で気持ちを変えるのには、違和感があった。
「クロは、やるっていったら必ずやり遂げるし、
実際、勉強もスポーツも出来て、なんでも積極的なのに
名前のことになると、急に臆病になって引っ込み思案になる。」
「……やめて。俺を分析するのやめてください、恥ずかしい。」
少し大袈裟に両手で顔を覆って、隠してみた。
図星過ぎて、何も言い返せないし、確かにそうだーーーと気恥ずかしい。
そんな黒尾の本音に気づいていないわけがない研磨が、少し意地悪く口元を歪めて口を開く。
「一目惚れだったって言っちゃえばいいのに。」
「な……ッ!?」
なんで知ってるんだよ!?ーーーーー続く言葉を、黒尾はなんとか飲み込んだ。
あの日、きっと研磨は、顔を真っ赤にして硬直していた黒尾を見たのだろう。そして、勘の鋭い彼は、友人が恋に落ちたと気づいてしまった。
「…言えるわけないでしょう。
顔だけしか知らないくせに、好きだ、愛してる、可愛いって群がる男に迷惑をかけられまくって
そういうやつが、誰よりも大っっっ嫌いな名前に。」
冗談めいて言ってみたけれど、ため息が混じる。
研磨のアシストのおかげで、他の男達から一歩抜きん出て親しくなることが出来た。そうして、いつの間にか、黒尾のそばには当然のように名前がいるようになって、運よく好意まで向けてもらえるようになった。
それなのに、実は一目惚れでした、なんてことが知られてしまったら、「お前もか。」と幻滅されるかもしれない。
名前のことを知って、好きになればなるほど、好きだと言えなくなった。その理由は、自分も一目惚れだったという負い目があるせいなのもある。
「え?クロも名前の顔だけが好きなの?」
「…。」
チラリと視線を向ければ、研磨がわざとらしいほどに不思議そうな顔をしている。
そんなわけがないーーーと知っているくせに、本当に、いい性格をしている。
名前は、顔とスタイルは、雑誌から出てきた美人モデルどころか、どこかの物語から飛び出してきたのではないかと信じてしまいそうになるくらいに綺麗だ。
見た目だけなら、名前は完璧なのだ。だから、性格も良くて、頭も良くて、運動神経だって抜群で、短所なんてどこにもないのではないかと思わされる。
でも、実際は、名前だってただの人間で、映画の理想的な主人公でもなければ、人気アニメのヒロインでもない。
やれば出来るから頭が悪いというわけではないはずなのだけれど、勉強が嫌いで、だからテストの点数もいつも悪い。足は速いから徒競走ではいつもぶっちぎりの1位だったけれど、他の運動は全く出来ない。正真正銘の運動音痴だ。鈍臭くて、よく転けてる。
性格だって、優しくて明るいけれど、頑固なところもある。マイペースで悪戯が好きで、我儘だ。
涙腺が脆くて、まだ誰も泣かないような映画のシーンでも号泣するタイプだ。でも、それを人に見られるのを嫌って、必死に涙を堪えるから、瞬きを許してもらえなかった目をよく真っ赤にしているし、ついでに鼻も赤くなっていて最高に間抜けだ。それなら、泣いてしまった方がまだマシなんじゃないかと思うのだけれど、名前はなにがなんでも涙を隠す。
涙を堪えるのが下手かと思えば、自分が傷つくことがあっても、名前は絶対に泣かない。ほんの一滴の涙すら流さないし、当然、目も鼻も赤くなってない。
きっと、負けず嫌いで気が強い性格のせいだ。
たぶん彼女はいつも「負けたくない」と思っている。だから、絶対に泣かない。傷ついていないフリをする。辛い時ほど、平気な顔をしてよく笑う。
泣くのは苦手な名前だけど、怒るのは得意で、自分の思うように行かないとすぐに拗ねて怒る。
それで何度、くだらない喧嘩をしただろう。
とにかく、完璧な美人に見える名前の中身は、勉強が嫌いでおバカな我儘で本当は泣き虫なくせに嘘つきな気が強い面倒臭いタイプの女子だ。
そして、黒尾は、そんな名前を知れば知るほど愛おしくなった自分は変わり者だと知っている。
でも仕方がない。自分を見て笑う名前が可愛いのだ。
バカで鈍臭くて、でもいつも笑っている。どんなに辛くても、苦しくても、誰にも心配をかけないように傷ついていないふりをして笑う儚い彼女が、好きなのだ。守りたくなる。
何も言わない黒尾の返事を待つことをやめたのか、研磨がさらに続けた。
「まぁいっか。新しい学校で、名前の顔だけじゃなくて
鈍臭くておバカな中身も好きになってくれる人に出逢ってるかも知れないしね。」
「…そんなわけありませーん。
ーーー俺以上なんて、いるわけねぇんだから。」
ボソッと続けた本音混じりの強がりは、研磨にも届いたはずだ。
だから彼はきっと、安堵したようにフッと笑ったのだろう。
黒尾は、人混みに目を這わせる。
どんな人混みの中でも関係ない。名前を見つけるのは、誰よりも得意だ。
だって、11歳の頃からずっと、そうやって名前だけを見つめてきたのだからーーーー。