ep.00 プロローグ
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黒尾鉄朗は、中学2年の冬のことを思い出していた。
寒さが本格的になってきた12月の初旬、ピアスをつける意味を知った日だ。
あの日、期末テストの試験対策期間で部活が休みだった黒尾は、勉強にも飽きて、2階にある自室からリビングに降りて来ていた。
祖母は夕飯の準備をしていて、父親と祖父はまだ仕事から帰って来ていない。つけっぱなしになっているテレビからは、誰も見ていないのに夕方の情報番組が流れていた。
黒尾はソファに腰かけると、手持ち無沙汰にバレーボールを軽く天井近くにまで飛ばしてはクルクルと回し始める。
そんな彼の耳に、テレビの向こうにいる女性アナウンサーの声が聞こえてきた。
《昔から、ピアスは魔除けのために耳元につけるお守りとして扱われてきました。》
バレーボールを回す黒尾の手が止まる。視線は、真っ直ぐにテレビに向かった。
テレビでは、最近人気の新人女性アナウンサーが、ピアスが魔除けと呼ばれるようになった経緯を説明し始めていた。
遠い昔、悪魔は人間の耳から侵入して悪さをすると信じられてきたらしい。その為、耳につけるピアスは悪魔の侵入を防ぐ魔除けとして、昔から大切な人から大切な人へと贈られてきたのだそうだ。
黒尾は、食い入るように女性アナウンサーの説明を聞いた。
《ーーーピアスには、あなたをずっと見守っている、という意味が込められています。》
この言葉が決定打になった。
バレーボールを持って立ち上がった黒尾は、階段を駆け上がり2階の自室に戻ると、引き出しの中から財布を取り出した。
中には、クリスマスプレゼント用に入れておいた現金、数千円が入っている。
何を贈ればいいか分からず、ずっと悩んでいた。
でも、決めた————。
黒尾は財布を握り締めて部屋を出ると、階段を駆け下りた。
「ピアス買ってくる!」
「は!?何て!?」
祖母の驚いた声がしたけれど、黒尾は気にせずに家を飛び出した。
けれど、数千円では、テレビで見たような宝石のついた綺麗なピアスは買えない。
お手頃なピアスは、ハートや星型の可愛いピアスで、中学生の男子が買うには、少し勇気がいったし、とても恥ずかしかった。
(黒なら…、悪魔をぶっ飛ばせるはずだ。)
そう、自分に言い聞かせた。今思い返せば、ただ自分がそう思いたかっただけなのかもしれない。
黒尾は、黒い小さなピアスを買った。プレゼント包装すら恥ずかしくてお願いできなかった。
けれど、小さな袋を手に持ってショップを出た黒尾は、なんだか大人になった気がして、ほんの少しだけ誇らしかった。
彼女が喜ぶ姿を想像して、心が躍った。
そして、待ちに待ったクリスマス・イヴ。照れ臭くて2人きりで会う約束をとりつけられるわけもなく、研磨も巻き込んだ。
凄く面倒くさそうにしてた研磨だけれど、欲しがっていたゲームソフトをチラつかせると、喜んでついて来た。
初めて一緒に過ごしたクリスマス・イヴは、ふたりきりでもなければ、近所のただの公園。
それなのに、なんだかすごく特別だった。
北風に揺れるブランコがキーキーと鳴らす高い音は、トナカイのソリの鈴の名で、遅れてなんかいないのに「おまたせ!」と走ってやってきた彼女のリズムの良い笑い声は、一年中聴いていたいくらいに心地の良いクリスマスソングのようだった。
『嬉しい…!ありがとう…!』
黒尾が、ピアスは魔除けの意味があるのだと教えてやると、名前は手に乗せた小さなピアスを、まるで硝子細工でできた宝物かのように、大切そうに優しく包み込んだ。
心から嬉しそうな、安心したような笑みは、今まで見たどの彼女よりもずっと可愛かった。
ピアスホールなんて空いているわけもない中学2年生の綺麗な耳たぶに、穴を開ける役を担ったのは黒尾だ。
『本当にいいの?怒られるんじゃない?』
不安そうな研磨は、しきりにそう繰り返していた。
でも、黒尾はもう決めていたし、名前も嫌だとは言わなかった。
『悪魔よりは、怖くないよ。
全然、怖くない。』
ニシシーーーと、ぎこちなく笑う。
名前は、黒尾のシャツをギュッと握りしめながら、身体に針を刺す恐怖に震えていた。
胸が、締め付けられそうだった。
苦しいだらけの学校生活を、名前に悪魔と呼ばせるいじめっ子たちへの強い怒りで、どうにかなりそうだった。
でも、ここで怒り狂って大騒ぎしたところで、優しい彼女を困らせてしまうだけだということも知っていた。
だから、もう二度と悪魔が彼女に近づきませんように————ピアスの穴を開ける自分の手に強い願いを込めた。
『ふふっ、これで私、無敵になったよ。』
数日後、綺麗に空いたピアスホールに黒いピアスをつけて、誇らしげに笑う名前を見て、心から誓った。
世界一綺麗な彼女の笑顔を守るんだ。絶対に誰にも彼女を泣かせたりしない。
冬休み明け、名前の耳にピアスがついていることに気付いた担任が彼女の両親を呼び出したり、黒尾が『自分がやった!彼女は悪くない!』と白状したり、そのせいで黒尾の父親まで学校に呼び出されたり、と大騒ぎになったけれど、その黒いピアスが小さな耳から消えたことは一度もない。
少なくとも黒尾が知る名前は、いつも黒いピアスをつけて、そして楽しそうに笑っていた。
無邪気な彼女の笑みを、どんな悲しみからも、苦しみからも、絶対に守ってやる。そう誓ったのにーーーー。
寒さが本格的になってきた12月の初旬、ピアスをつける意味を知った日だ。
あの日、期末テストの試験対策期間で部活が休みだった黒尾は、勉強にも飽きて、2階にある自室からリビングに降りて来ていた。
祖母は夕飯の準備をしていて、父親と祖父はまだ仕事から帰って来ていない。つけっぱなしになっているテレビからは、誰も見ていないのに夕方の情報番組が流れていた。
黒尾はソファに腰かけると、手持ち無沙汰にバレーボールを軽く天井近くにまで飛ばしてはクルクルと回し始める。
そんな彼の耳に、テレビの向こうにいる女性アナウンサーの声が聞こえてきた。
《昔から、ピアスは魔除けのために耳元につけるお守りとして扱われてきました。》
バレーボールを回す黒尾の手が止まる。視線は、真っ直ぐにテレビに向かった。
テレビでは、最近人気の新人女性アナウンサーが、ピアスが魔除けと呼ばれるようになった経緯を説明し始めていた。
遠い昔、悪魔は人間の耳から侵入して悪さをすると信じられてきたらしい。その為、耳につけるピアスは悪魔の侵入を防ぐ魔除けとして、昔から大切な人から大切な人へと贈られてきたのだそうだ。
黒尾は、食い入るように女性アナウンサーの説明を聞いた。
《ーーーピアスには、あなたをずっと見守っている、という意味が込められています。》
この言葉が決定打になった。
バレーボールを持って立ち上がった黒尾は、階段を駆け上がり2階の自室に戻ると、引き出しの中から財布を取り出した。
中には、クリスマスプレゼント用に入れておいた現金、数千円が入っている。
何を贈ればいいか分からず、ずっと悩んでいた。
でも、決めた————。
黒尾は財布を握り締めて部屋を出ると、階段を駆け下りた。
「ピアス買ってくる!」
「は!?何て!?」
祖母の驚いた声がしたけれど、黒尾は気にせずに家を飛び出した。
けれど、数千円では、テレビで見たような宝石のついた綺麗なピアスは買えない。
お手頃なピアスは、ハートや星型の可愛いピアスで、中学生の男子が買うには、少し勇気がいったし、とても恥ずかしかった。
(黒なら…、悪魔をぶっ飛ばせるはずだ。)
そう、自分に言い聞かせた。今思い返せば、ただ自分がそう思いたかっただけなのかもしれない。
黒尾は、黒い小さなピアスを買った。プレゼント包装すら恥ずかしくてお願いできなかった。
けれど、小さな袋を手に持ってショップを出た黒尾は、なんだか大人になった気がして、ほんの少しだけ誇らしかった。
彼女が喜ぶ姿を想像して、心が躍った。
そして、待ちに待ったクリスマス・イヴ。照れ臭くて2人きりで会う約束をとりつけられるわけもなく、研磨も巻き込んだ。
凄く面倒くさそうにしてた研磨だけれど、欲しがっていたゲームソフトをチラつかせると、喜んでついて来た。
初めて一緒に過ごしたクリスマス・イヴは、ふたりきりでもなければ、近所のただの公園。
それなのに、なんだかすごく特別だった。
北風に揺れるブランコがキーキーと鳴らす高い音は、トナカイのソリの鈴の名で、遅れてなんかいないのに「おまたせ!」と走ってやってきた彼女のリズムの良い笑い声は、一年中聴いていたいくらいに心地の良いクリスマスソングのようだった。
『嬉しい…!ありがとう…!』
黒尾が、ピアスは魔除けの意味があるのだと教えてやると、名前は手に乗せた小さなピアスを、まるで硝子細工でできた宝物かのように、大切そうに優しく包み込んだ。
心から嬉しそうな、安心したような笑みは、今まで見たどの彼女よりもずっと可愛かった。
ピアスホールなんて空いているわけもない中学2年生の綺麗な耳たぶに、穴を開ける役を担ったのは黒尾だ。
『本当にいいの?怒られるんじゃない?』
不安そうな研磨は、しきりにそう繰り返していた。
でも、黒尾はもう決めていたし、名前も嫌だとは言わなかった。
『悪魔よりは、怖くないよ。
全然、怖くない。』
ニシシーーーと、ぎこちなく笑う。
名前は、黒尾のシャツをギュッと握りしめながら、身体に針を刺す恐怖に震えていた。
胸が、締め付けられそうだった。
苦しいだらけの学校生活を、名前に悪魔と呼ばせるいじめっ子たちへの強い怒りで、どうにかなりそうだった。
でも、ここで怒り狂って大騒ぎしたところで、優しい彼女を困らせてしまうだけだということも知っていた。
だから、もう二度と悪魔が彼女に近づきませんように————ピアスの穴を開ける自分の手に強い願いを込めた。
『ふふっ、これで私、無敵になったよ。』
数日後、綺麗に空いたピアスホールに黒いピアスをつけて、誇らしげに笑う名前を見て、心から誓った。
世界一綺麗な彼女の笑顔を守るんだ。絶対に誰にも彼女を泣かせたりしない。
冬休み明け、名前の耳にピアスがついていることに気付いた担任が彼女の両親を呼び出したり、黒尾が『自分がやった!彼女は悪くない!』と白状したり、そのせいで黒尾の父親まで学校に呼び出されたり、と大騒ぎになったけれど、その黒いピアスが小さな耳から消えたことは一度もない。
少なくとも黒尾が知る名前は、いつも黒いピアスをつけて、そして楽しそうに笑っていた。
無邪気な彼女の笑みを、どんな悲しみからも、苦しみからも、絶対に守ってやる。そう誓ったのにーーーー。
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