ep.26 君の黒いピアスより、僕は遠い
Name change
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東京合宿から帰ってきて数日が経っていた。あのあと、名前と黒尾に何があったのかは、少なくとも烏野高校の誰も知らない。
名前から教えてくれるわけでもないのに、当然、月島が訊ねることもしない。
ただ、名前は、今までと何も変わらなかった。
いつものように遅刻ギリギリで学校にやって来て、放課後はバイトをしたり、男子バレーボール部の練習を手伝ったりして、月島と一緒に家路に着く。
相変わらず、数学の小テストでは10点以下の点数をとっては、愚痴っている。いつも通りだ。
敢えて何か一つ挙げるとすれば、少しだけ明るくなった気がする。
それも、なんとなく月島がそう感じているだけで、山口は『音駒と何かあったのかと思ったけど、名前さん、いつも通りだね。大丈夫だったんだね。』と安心していたくらいだ。
そもそも、名前の様子が暗くなったわけではないのだから、安心したという山口の感想もあながち間違ってはいないのかもしれない。
今日も部活の為に部活着に着替えた月島は、更衣室を出た。
第二体育館に入ると、部員達はもうバレー用具の準備を始めていた。
体育倉庫からネットや支柱を運び、コートにセットしている。その中に、名前の姿もある。
部活着ではなく体操服の名前だけれど、部員達と談笑しながら慣れた様子でセットするその姿は、知らない人から見れば立派なバレー部のマネージャーだろう。
(あぁ…、今日はバイトが休みだったっけ。)
平日はほとんどシフトに入っていた名前だったけれど、最近は、平日の休みが増えた。
新しくコンビニのバイトに入った他校の男子高校生のシフトが、名前と被っていた為、調整の為に減らされたのだと落ち込んでいたのを思い出す。
けれど、最近は、バイトが休みだと月島に伝える名前は、とても嬉しそうにしている。
清水からバレーボール部のマネージャーに誘われ、放課後の用事がバイト以外にも出来たことで、名前の気持ちも明るくなったのかもしれない。
「おつかれさまでーす。」
月島も準備している部員達に加わった。
体育倉庫からボールの入ったボールカゴを運んだりしていれば、続々と部員達が集まってくる。
準備が終わり、澤村の声掛けでストレッチ運動が始まる。
それからすぐに、鵜養コーチもやって来て、本格的に春高予選に向けての練習が始まった。
音駒での東京合宿を終えてから、バレー部員達の練習も、雰囲気も変わっていた。
部員達は、さらに自分達を磨くために、新しい技を身につけようとしていた。
休憩を入れつつも、熱が入る練習が続いていた時だった。
サーブの練習をしていた東峰がジャンプサーブのボールを打ち損ねたのだ。
パワータイプの東峰の打ったボールは、試合でも相手選手を怯えさせるほどの威力がある。
その威力はそのままに、ボールはあらぬ方向へ飛んでいく。
そしてそれは、菅原がセッターを務めるBチームの記録をしていた名前に向かっていた。
「名前さん!」
「キャーーー!!」
誰かの焦った声が名前の名前を叫んだのと、谷地が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
パァァァァン!!
ボールが肌に当たる、大きな音が響いた。
なんとか頭だけでも守ろうとしたのか、名前は頭を抱えて座り込んでいる。彼女の足元に、記録に使っていたノートやペンが散らばっていた。
そんな彼女の前には、影山がいた。
なんとか間一髪、影山が手を伸ばし、ボールを受け止めていたらしい。
あの大きな音は、勢いよく飛んできたボールを影山が受け止めたときの音だった。
猛スピードで飛んでくる威力満点のボールを、片手でよく受け止めた。影山がいなければ、どうなっていたか。どんなに甘く見たって、名前は怪我をしていただろう。
「影山、よくやった!!」
西谷がすぐに影山を褒めた。
一瞬の出来事に肝を冷やした部員達や、悲鳴を上げた谷地、清水もホッと息を吐いた。
「よかったぁぁぁぁ…。」
名前のすぐそばにいた谷地が、腰を抜かして座り込む。
「名前さん、大丈夫っすか。」
頭を抱えて座り込んだままの名前に、影山が声をかける。
「名前さん、ごめん!大丈夫だった!?怪我してない!?」
東峰が真っ青な顔をして名前に駆け寄った。
それでもまだ、名前は頭を抱えて座り込んだまま動かなかった。
名前からはいつまで経っても返事はなく、顔も上げない。
少しずつ、彼女の様子がおかしいことに周囲が気づき始めた。
「名前さん、どこか打ったんすか。」
影山が膝を追って屈むと、名前の肩に触れる。
すると、名前がビクッと肩を揺らした。
「いッ…、痛い…ッ。揺らさないで…っ。」
名前がやっと喋った。
でも、それは、みんなが聞きたかった「大丈夫」とは違っていた。
ボールは影山が受け止めて、名前は無事だと思っていたのだが違っていたようだ。
東峰の顔から血の気が引いていく。そのそばで、谷地も真っ青になっていた。
「ど、どどどどどどどど、どうしよう…!?
どこか打った!?どこが痛いの!?」
東峰が慌てた声を上げる。
心配した澤村も駆け寄って来た。
「お前らは練習続けてろ!
——名前、どこが痛ぇんだ。立てねぇのか?」
鵜養も心配したのか、部員達に指示を出すと名前の元へ向かう。
けれど、名前は顔を上げない。
何処が痛いのか伝えてくれないまま、痛みからなのか、頭を抱えている手は微かに震えているようだった。
「名前さん、何処が痛いか教えてくれないと、
どうしてやればいいのか、俺達にも分かりません。」
影山はずっと冷静だった。
その横で、真っ青な顔でオロオロしている東峰との対比がすごい。
「耳…っ。」
やっと名前が答えてくれた。
「耳が痛いのか?」
澤村が訊ねる。
「うん、いた…ッ。」
頷こうとした名前だったが、また痛そうな声を上げて動きを止めてしまった。
「影山、名前は耳を打ってたのか?」
鵜養が影山に訊ねる。
「俺はボール受けただけなんで見てないからわかんないっす。
でも、名前さんにボールはぶつかってないと思うんですけど。」
「影山が受けて弾かれたボールが、名前さんの耳に当たったんでしょうか。」
「いや、ボールはあっちに飛んでいきました。」
澤村の疑問にそう答えた影山は、菅原のトスに合わせて飛んでいる日向の方を指さした。
練習を続けている菅原達も名前の様子が気になっているようで、チラチラとこちらを見ている。
影山も、何が起こったのか分からず困惑しているようだ。
その隣では、東峰が声も出ないようで、アワアワし続けている。なぜか、谷地まで顔色を青くしてアワアワとしていた。
「ピアス…!」
どうしたのか———困っている澤村達に、名前が頭を抱えて座り込んだ格好のままで答えを叫んだ。
「ピアスぅ~?」
鵜養の表情が険しくなった。
「急いで、頭守ったとき…、髪がピアスに引っかかって…っ。
耳が引きちぎれそぅ~っ、痛い~~~っ。動けない~~~~っ。」
名前から悲痛な声が漏れ続ける。その声は痛みに震えていた。
耳が引きちぎれそうだと言うくらいだし、相当痛いのだろう。
名前の痛そうな声は、心配で過呼吸気味だった東峰にとどめを刺したらしく、大きな図体から魂が抜けていった。その隣で、谷地の小柄な身体からも魂が抜けていく。
だが、影山と澤村は「そういうことか。」と顔を見合わせ、鵜養の表情はさらに険しくなっていた。
名前がマネージャーの手伝いをすることになったとき、鵜養からピアスは外すようにと注意をされていたのだ。
万が一にでもボールがぶつかったときに、ピアスがとれて怪我をするのを防ぐ為だ。ネットにピアスが引っかかってしまう可能性だってある。
けれど、彼女は、これは自分の体の一部だから外さないのだとヘラヘラと笑っていた。
ほんの数週間前の出来事だ。
「お前なぁぁあぁああ!だから、ピアスは外せと言っただろうが!!」
鵜養が、名前を怒鳴りつける。
当然だ。今回は、名前も悪い。
彼の注意を聞き流し、危険回避を怠ったのが原因なのだ。
「髪が引っかかってんなら、ピアスを外せばいいんじゃないですか。」
名前の前に屈んでいた影山が、そう言って耳元に手を伸ばした。
影山が、ピアスごと耳を隠す長い淡い茶色の髪にそっと触れる。
引っ張られる感覚があったのか、影山の手はすぐに動きを止めた。
澤村達からは名前の耳の状態は見えない。
けれど、影山はピアスを見つけたようだった。
影山がピアスに触れようとしたときだった。
「触らないで!!」
名前が叫んだ。いや、違う。彼女は怒鳴った。
あちこちからボールの音が溢れる第二体育館に響き渡るほど大きな怒鳴り声だった。
そうではなくても、名前の様子を気にしながら練習をしていた部員達も驚いた様子でついに動きを止めた。
そして、名前へと視線を向ける。
なぜ彼女が怒ったのか、誰も分からなかった。
もちろん、影山もだろう。触れようとしていた手は固まって、驚いた表情で動きを止めていた。
一瞬の静寂の後、鵜養の顔がみるみる怒りに満ちていく。
「名前、お前なぁ!本当に、いい加減に————。」
「どいてください。僕がやります。」
怒鳴りつけようとしていた鵜養の隣から、月島がやって来た。
さっきまで、月島は山口達と奥のコートで練習をしていたはずだった。
「そこどいて。」
月島が影山に声をかける。
邪魔、とでも言いたげな表情を浮かべている月島に、いつもの影山なら、腹を立てていたかもしれない。
でも、理由も分からず怒鳴られてしまって困惑していた影山は、黙ってその場を月島に譲った。
さっきまで影山がいた場所に月島が片膝をついて屈む。
「そのピアス、黒尾さんからもらったんですね。」
月島は、名前の耳元で小さな声で何かを言った。
それが聞こえたのは、名前だけだったようだ。彼女は、小さく「うん。」と答えた。
どんなやり取りがあったのかは、2人にしか分からない。
けれど、月島は大きなため息を吐くと、名前の腰のあたりに落ちているポーチを手に取った。いつも名前が部活の手伝いに持ってきているベージュに黒猫のワンポイントがついているポーチだ。
月島はポーチを開き、ハサミを取り出した。
テーピングするときや包帯を切るときに名前が使っているのを、部員達はみんな見たことがあった。
「ピアスには触らないんで、
引っかかってる髪を切るくらいならいいデショ。」
月島が名前に声をかける。
そういうことか———とハサミを取り出した理由に澤村達も納得する。
「…でも、あんまり、切らないで…。
ロングが、好みなの…。」
名前がボソボソと小さな声で言った。
でも、部員皆が息を呑んで彼らの様子を見守っていたから、その小さな声は月島以外にもしっかりと聞こえた。
けれど、澤村達にはその意味を理解できなかった。
ただ、月島には伝わったのかもしれない。呆れたような、面倒そうな顔をした後に「はいはい。」と頷いていた。
「動かないでくださいよ。
名前さんが動いたせいで、僕が耳を切っても責任取りませんからね。」
「…動いたら耳が千切れそうだから、大丈夫。」
月島は、名前の横髪を左手でそっと持ち上げた。
ピアスに引っかかっている部分はすぐに見つかったようで、彼はすぐにハサミを髪に入れた。
名前から教えてくれるわけでもないのに、当然、月島が訊ねることもしない。
ただ、名前は、今までと何も変わらなかった。
いつものように遅刻ギリギリで学校にやって来て、放課後はバイトをしたり、男子バレーボール部の練習を手伝ったりして、月島と一緒に家路に着く。
相変わらず、数学の小テストでは10点以下の点数をとっては、愚痴っている。いつも通りだ。
敢えて何か一つ挙げるとすれば、少しだけ明るくなった気がする。
それも、なんとなく月島がそう感じているだけで、山口は『音駒と何かあったのかと思ったけど、名前さん、いつも通りだね。大丈夫だったんだね。』と安心していたくらいだ。
そもそも、名前の様子が暗くなったわけではないのだから、安心したという山口の感想もあながち間違ってはいないのかもしれない。
今日も部活の為に部活着に着替えた月島は、更衣室を出た。
第二体育館に入ると、部員達はもうバレー用具の準備を始めていた。
体育倉庫からネットや支柱を運び、コートにセットしている。その中に、名前の姿もある。
部活着ではなく体操服の名前だけれど、部員達と談笑しながら慣れた様子でセットするその姿は、知らない人から見れば立派なバレー部のマネージャーだろう。
(あぁ…、今日はバイトが休みだったっけ。)
平日はほとんどシフトに入っていた名前だったけれど、最近は、平日の休みが増えた。
新しくコンビニのバイトに入った他校の男子高校生のシフトが、名前と被っていた為、調整の為に減らされたのだと落ち込んでいたのを思い出す。
けれど、最近は、バイトが休みだと月島に伝える名前は、とても嬉しそうにしている。
清水からバレーボール部のマネージャーに誘われ、放課後の用事がバイト以外にも出来たことで、名前の気持ちも明るくなったのかもしれない。
「おつかれさまでーす。」
月島も準備している部員達に加わった。
体育倉庫からボールの入ったボールカゴを運んだりしていれば、続々と部員達が集まってくる。
準備が終わり、澤村の声掛けでストレッチ運動が始まる。
それからすぐに、鵜養コーチもやって来て、本格的に春高予選に向けての練習が始まった。
音駒での東京合宿を終えてから、バレー部員達の練習も、雰囲気も変わっていた。
部員達は、さらに自分達を磨くために、新しい技を身につけようとしていた。
休憩を入れつつも、熱が入る練習が続いていた時だった。
サーブの練習をしていた東峰がジャンプサーブのボールを打ち損ねたのだ。
パワータイプの東峰の打ったボールは、試合でも相手選手を怯えさせるほどの威力がある。
その威力はそのままに、ボールはあらぬ方向へ飛んでいく。
そしてそれは、菅原がセッターを務めるBチームの記録をしていた名前に向かっていた。
「名前さん!」
「キャーーー!!」
誰かの焦った声が名前の名前を叫んだのと、谷地が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
パァァァァン!!
ボールが肌に当たる、大きな音が響いた。
なんとか頭だけでも守ろうとしたのか、名前は頭を抱えて座り込んでいる。彼女の足元に、記録に使っていたノートやペンが散らばっていた。
そんな彼女の前には、影山がいた。
なんとか間一髪、影山が手を伸ばし、ボールを受け止めていたらしい。
あの大きな音は、勢いよく飛んできたボールを影山が受け止めたときの音だった。
猛スピードで飛んでくる威力満点のボールを、片手でよく受け止めた。影山がいなければ、どうなっていたか。どんなに甘く見たって、名前は怪我をしていただろう。
「影山、よくやった!!」
西谷がすぐに影山を褒めた。
一瞬の出来事に肝を冷やした部員達や、悲鳴を上げた谷地、清水もホッと息を吐いた。
「よかったぁぁぁぁ…。」
名前のすぐそばにいた谷地が、腰を抜かして座り込む。
「名前さん、大丈夫っすか。」
頭を抱えて座り込んだままの名前に、影山が声をかける。
「名前さん、ごめん!大丈夫だった!?怪我してない!?」
東峰が真っ青な顔をして名前に駆け寄った。
それでもまだ、名前は頭を抱えて座り込んだまま動かなかった。
名前からはいつまで経っても返事はなく、顔も上げない。
少しずつ、彼女の様子がおかしいことに周囲が気づき始めた。
「名前さん、どこか打ったんすか。」
影山が膝を追って屈むと、名前の肩に触れる。
すると、名前がビクッと肩を揺らした。
「いッ…、痛い…ッ。揺らさないで…っ。」
名前がやっと喋った。
でも、それは、みんなが聞きたかった「大丈夫」とは違っていた。
ボールは影山が受け止めて、名前は無事だと思っていたのだが違っていたようだ。
東峰の顔から血の気が引いていく。そのそばで、谷地も真っ青になっていた。
「ど、どどどどどどどど、どうしよう…!?
どこか打った!?どこが痛いの!?」
東峰が慌てた声を上げる。
心配した澤村も駆け寄って来た。
「お前らは練習続けてろ!
——名前、どこが痛ぇんだ。立てねぇのか?」
鵜養も心配したのか、部員達に指示を出すと名前の元へ向かう。
けれど、名前は顔を上げない。
何処が痛いのか伝えてくれないまま、痛みからなのか、頭を抱えている手は微かに震えているようだった。
「名前さん、何処が痛いか教えてくれないと、
どうしてやればいいのか、俺達にも分かりません。」
影山はずっと冷静だった。
その横で、真っ青な顔でオロオロしている東峰との対比がすごい。
「耳…っ。」
やっと名前が答えてくれた。
「耳が痛いのか?」
澤村が訊ねる。
「うん、いた…ッ。」
頷こうとした名前だったが、また痛そうな声を上げて動きを止めてしまった。
「影山、名前は耳を打ってたのか?」
鵜養が影山に訊ねる。
「俺はボール受けただけなんで見てないからわかんないっす。
でも、名前さんにボールはぶつかってないと思うんですけど。」
「影山が受けて弾かれたボールが、名前さんの耳に当たったんでしょうか。」
「いや、ボールはあっちに飛んでいきました。」
澤村の疑問にそう答えた影山は、菅原のトスに合わせて飛んでいる日向の方を指さした。
練習を続けている菅原達も名前の様子が気になっているようで、チラチラとこちらを見ている。
影山も、何が起こったのか分からず困惑しているようだ。
その隣では、東峰が声も出ないようで、アワアワし続けている。なぜか、谷地まで顔色を青くしてアワアワとしていた。
「ピアス…!」
どうしたのか———困っている澤村達に、名前が頭を抱えて座り込んだ格好のままで答えを叫んだ。
「ピアスぅ~?」
鵜養の表情が険しくなった。
「急いで、頭守ったとき…、髪がピアスに引っかかって…っ。
耳が引きちぎれそぅ~っ、痛い~~~っ。動けない~~~~っ。」
名前から悲痛な声が漏れ続ける。その声は痛みに震えていた。
耳が引きちぎれそうだと言うくらいだし、相当痛いのだろう。
名前の痛そうな声は、心配で過呼吸気味だった東峰にとどめを刺したらしく、大きな図体から魂が抜けていった。その隣で、谷地の小柄な身体からも魂が抜けていく。
だが、影山と澤村は「そういうことか。」と顔を見合わせ、鵜養の表情はさらに険しくなっていた。
名前がマネージャーの手伝いをすることになったとき、鵜養からピアスは外すようにと注意をされていたのだ。
万が一にでもボールがぶつかったときに、ピアスがとれて怪我をするのを防ぐ為だ。ネットにピアスが引っかかってしまう可能性だってある。
けれど、彼女は、これは自分の体の一部だから外さないのだとヘラヘラと笑っていた。
ほんの数週間前の出来事だ。
「お前なぁぁあぁああ!だから、ピアスは外せと言っただろうが!!」
鵜養が、名前を怒鳴りつける。
当然だ。今回は、名前も悪い。
彼の注意を聞き流し、危険回避を怠ったのが原因なのだ。
「髪が引っかかってんなら、ピアスを外せばいいんじゃないですか。」
名前の前に屈んでいた影山が、そう言って耳元に手を伸ばした。
影山が、ピアスごと耳を隠す長い淡い茶色の髪にそっと触れる。
引っ張られる感覚があったのか、影山の手はすぐに動きを止めた。
澤村達からは名前の耳の状態は見えない。
けれど、影山はピアスを見つけたようだった。
影山がピアスに触れようとしたときだった。
「触らないで!!」
名前が叫んだ。いや、違う。彼女は怒鳴った。
あちこちからボールの音が溢れる第二体育館に響き渡るほど大きな怒鳴り声だった。
そうではなくても、名前の様子を気にしながら練習をしていた部員達も驚いた様子でついに動きを止めた。
そして、名前へと視線を向ける。
なぜ彼女が怒ったのか、誰も分からなかった。
もちろん、影山もだろう。触れようとしていた手は固まって、驚いた表情で動きを止めていた。
一瞬の静寂の後、鵜養の顔がみるみる怒りに満ちていく。
「名前、お前なぁ!本当に、いい加減に————。」
「どいてください。僕がやります。」
怒鳴りつけようとしていた鵜養の隣から、月島がやって来た。
さっきまで、月島は山口達と奥のコートで練習をしていたはずだった。
「そこどいて。」
月島が影山に声をかける。
邪魔、とでも言いたげな表情を浮かべている月島に、いつもの影山なら、腹を立てていたかもしれない。
でも、理由も分からず怒鳴られてしまって困惑していた影山は、黙ってその場を月島に譲った。
さっきまで影山がいた場所に月島が片膝をついて屈む。
「そのピアス、黒尾さんからもらったんですね。」
月島は、名前の耳元で小さな声で何かを言った。
それが聞こえたのは、名前だけだったようだ。彼女は、小さく「うん。」と答えた。
どんなやり取りがあったのかは、2人にしか分からない。
けれど、月島は大きなため息を吐くと、名前の腰のあたりに落ちているポーチを手に取った。いつも名前が部活の手伝いに持ってきているベージュに黒猫のワンポイントがついているポーチだ。
月島はポーチを開き、ハサミを取り出した。
テーピングするときや包帯を切るときに名前が使っているのを、部員達はみんな見たことがあった。
「ピアスには触らないんで、
引っかかってる髪を切るくらいならいいデショ。」
月島が名前に声をかける。
そういうことか———とハサミを取り出した理由に澤村達も納得する。
「…でも、あんまり、切らないで…。
ロングが、好みなの…。」
名前がボソボソと小さな声で言った。
でも、部員皆が息を呑んで彼らの様子を見守っていたから、その小さな声は月島以外にもしっかりと聞こえた。
けれど、澤村達にはその意味を理解できなかった。
ただ、月島には伝わったのかもしれない。呆れたような、面倒そうな顔をした後に「はいはい。」と頷いていた。
「動かないでくださいよ。
名前さんが動いたせいで、僕が耳を切っても責任取りませんからね。」
「…動いたら耳が千切れそうだから、大丈夫。」
月島は、名前の横髪を左手でそっと持ち上げた。
ピアスに引っかかっている部分はすぐに見つかったようで、彼はすぐにハサミを髪に入れた。