ep.15 君は僕と正反対、だけど嫌いじゃない
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スマホの地図アプリを頼りに、月島がやってきたのは、大都会東京のど真ん中だった。
首が痛くなりそうな高層ビルが建ち並び、沢山の人たちが右へ左へ、前へ後ろへと忙しなく行き交う。
ここでもフェスをやっているのか、と一瞬思ってしまった程だ。
幾つもある高層ビルの1つが、月島の目的の場所だ。入口に大きく恐竜展のタイトルの看板がかけられている。
大きなガラスの両扉から中に入ると、執事風の黒いスーツの男性が出迎えた。
白い手袋を嵌めた手から、恐竜展の案内書を受け取る。このビルの見取り図と共に恐竜展についての説明や案内、この恐竜展を企画した博士のコメントなんかが書いてある。
外の喧騒を忘れてしまいそうになるほど落ち着いた雰囲気の館内は、高級ホテルのラウンジを思わせた。
正面にある受付には、落ち着いた雰囲気の女性が2人並んでいて、観覧客の案内をしているところのようだった。
館内はとても静かで、落ち着いたBGMが流れている以外は、観覧客の話し声が小さく聞こえるくらいだ。
受付の奥に進むと、すぐに展示フロアになっていた。
他にも数名の観覧客が1階のフロアにいたが、ここもやっぱり静かだ。
少し前まで、腹にまで振動が響くほどの爆音が響くフェスの真ん中にいたおかげで、まるで音のなくなった世界に彷徨い込んでしまったみたいな感覚に陥る。
改めて案内書を確認すると、1階の展示フロアは、恐竜ではなくて、他のもっと小さな生き物達の化石やその標本が展示されているようだった。
壁沿いにガラス張りの展示棚が並び、入口にいたような執事風の黒スーツの男性が所々に立って、警備をしている。
他の観覧客と同じように、丁寧に並べられているそれらを月島が眺めていると、バッグの中のスマホがバイブを鳴らした。
スマホを確認して初めて、名前から着信も来ていたことに気がついく。
ちょうどフェス会場を出た頃の時間に2回、電車を降りた頃の時間にまた1回、名前から電話が来ていたらしい。全く気が付かなかった。
メッセージアプリを開くと、名前とのトーク画面に確認していない新規メッセージが幾つか届いていた。
月島の居場所を確認するメッセージが幾つか届いている。そんなメッセージに紛れて、何か怒らせるようなことをしてしまったのかと訊ねるメッセージまであった。
着信に気づかなかっただけなのだけれど、電話に出なかったことで、月島が怒っていると勘違いさせてしまったのかもしれない。
ーーーーーーーー
気づきませんでした。
さっき恐竜展のビルに着いたところです。
ーーーーーーーー
取り急ぎ、今の状況を伝えるためのメッセージを送る。
すぐに既読がついた。
これで、怒って着信やメッセージを無視していたわけではないと理解してくれるといいが、どうだろうか。
別に、月島が名前に対して腹を立てることなんて、何ひとつないのに、どうしてそう思ってしまったのか、全くわからない。
たとえ、名前がフェスに参加したかった本当の目的が、もしかしたら会えるかもしれない初恋の人との再会だったのだとしても、月島には何の関係もないことだ。
だって、月島の本当の目的は、恐竜展だったのだ。名前の付き添いではないし、ましてや、恋人ごっこなわけがない。
ーーーーーーーー
ライブは終わったんですか?
好きなだけそっちで遊んでていいですよ。
新幹線の時間があるうちに帰れるなら、大丈夫です。
ーーーーーーーー
メッセージを打ち込むと、今度は、月島は削除することはせずに送信ボタンを押した。
そのままトーク画面を開いたままで返事を待ってみたけれど、既読にすらならない。
月島を怒らせたわけではないと安心して、黒尾と楽しんでいるのだろう。
スマホをバッグに仕舞うと、気を取り直して、月島も化石の展示を楽しむことにした。
案内書を見てみると、2階から上は全て恐竜のフロアになっているようだ。ここのようにガラス張りの中に置かれている化石ばかりではなく、全身の化石標本を展示していると書かれている。
きっと大迫力だ。
俄然興味が湧いた月島は、奥にあるエレベーターへと向かう。
上階へ向かうボタンを押す必要もなく、ちょうど1階に降りてきたグループとすれ違いにエレベーターに乗ることが出来た。
「待って!」
扉を閉じるボタンを押そうとしたところで、静かなフロアに女性の声が響いた。
思わず手を止めると、急いでこちらに走ってくる若い女性の姿があった。目が合ったのは、どう見ても名前だ。
途中、執事風の黒スーツの男性に声をかけられて、頭を下げて謝っている。
きっと、「走らない。」「大きな声を出さない。」と小学生男子が先生にされるような注意を受けたのだろう。
執事風の黒スーツの男性の視線を気にしながら、早歩きでエレベーターまでやってくる名前は、とても間抜けだった。綺麗に整えられた髪もメイクも、お洒落をしたデート服も、台無しだ。
「はぁ〜、エレベーターに間に合った…。」
「僕が、開延長ボタンを押して待ってたからですけど。」
胸に手を当てて長い息を吐く名前に指摘しつつ、月島は今度こそ閉じるボタンを押した。
エレベーターが閉まった途端、BGMすら聞こえなくなり、静寂が訪れる。
ここにいるのだから当然なのだろうけれど、名前の手には恐竜展の案内書が握られていて、不思議で仕方がなかった。
どうして、彼女は今、ここにいるのだろう。
月島が恐竜展を開催しているこのビルに到着してから、それほど時間は経っていない。
この時間に名前がここにいる為には、月島が『先に恐竜展へ行きます。』とメッセージを送ってからすぐに会場を出ないと無理だ。
まさか、黒尾とデートするどころか、楽しみにしていた海外アーティストのライブすら見ていないのではないだろうか。
「ライブ見なくてよかったんですか?」
「だって、恐竜を待ちきれなかったらしい月島くんが
勝手に先に行っちゃうから。」
名前が頬を膨らませて、恨めしげに月島を見上げる。
先に恐竜展へ行くというメッセージの意図を、そういう風に変換したのかーーーー。
「名前さんも好きにすればよかったのに。」
「1人で見てもつまんないじゃん。
だから、月島くんを誘ったのにさ。」
名前はまだ不貞腐れている。
1人ではなかったくせにーーーーー言いかけてやめたのは、ちょうどエレベーターが2階に到着して扉が開いたからだ。他に理由なんて、あるわけない。
「こっちに来ても、つまらないんじゃないですか。」
エレベーターから降りながら、月島が言う。
そんな月島の隣に並ぶ名前は、なぜかとてもワクワクした顔をして案内書を開いていた。
2階のフロアに入った途端に、また静かなBGMが聞こえ始める。BGMに混じって、観覧客の話し声もする。1階よりも少しだけ賑やかな気がした。
エレベーターを出たところは、休憩ラウンジのようになっていて、4人掛けソファが2脚、1人掛けソファが4脚置いてある。4人掛けソファには、すでに家族連れが座っていて、母親が、近くの自販機で買ったペットボトルのジュースを小さな子供に飲ませていた。
「なんで?」
1人掛けソファの近くで立ち止まって、名前が不思議そうに首を傾げる。
「興味ないデショ。
恐竜好きなんて、子供っぽくて、バカみたいでしょ。」
普段よりも低くなった気がした声は、月島の意図しないカタチで名前に伝わってしまった。
責めるつもりはなかったし、腹が立っているわけでもないのだ。
けれど、名前は、眉をハの字に曲げて悲しそうな顔をする。そして、周囲を見渡すように左右に視線を動かした。
辺りには、恐竜の展示を見てきたらしい家族連れが増え始めていた。大人よりも、小さな子供が多いくらいだ。
2階からは、恐竜の全身標本が展示されている。この場所からはまだ見えないが、きっと奥には大きな恐竜の化石が、遠い昔に存在した時の姿で立っているのだろう。
ソファでハシャいでいる子供は、さっきからしきりに「恐竜がカッコよかった!」「大きかったね!」と嬉しそうに繰り返している。
「バカになんて、してないよ。
子供みたいだなんて、思ってない。」
名前が悲しそうな顔のままで言う。
だから余計に、不必要に苛立ちをぶつけてしまった自分のことが、子供みたいに感じてしまった。
「でも、実際、そうデショ。
恐竜なんて、子供が好きなものだ。」
月島がそう言うと、名前は何かを言いかけて、口を閉じてしまう。
違うーーとでも言おうとしたのか。でも、言えるわけがない。
小さな子供のいる家族連ればかりのこのフロアの様子は、月島の見解が間違っていないことを証明している。
月島は、自虐的にフッと笑う。それは、何も言えない様子の名前を馬鹿にするためではなくて、高校生になってもまだ恐竜に夢中である自分への嘲笑だった。
そんな月島を見上げて、名前はより一層、悲しそうな顔をした。
「月島くんは、一度好きになったものを、いつまでも好きでいられる人って
それだけのことでしょう?」
名前が悲しそうな顔のまま、優しい笑みを浮かべて言う。
「…は?」
「それに、他の人達が”好きじゃない”ものを”好き”だと思えることって
私は、すごくラッキーだと思うんだけどなぁ。」
「ラッキー?」
「よく考えてみてよ。みんなが、気づきもしないで通り過ぎちゃうものを見て
嬉しくなったり、幸せになったりできるんだよ。
それって、すごくラッキーじゃない?」
名前が、ニコリと笑う。
月島は、何も言えなかった。
そんな風に考えられる人がいるのか、とただ素直に感心してしまったのだ。
後ろ向きな考え方をすることの多い月島にとって、名前の思考回路は未知だ。
でも、嫌いじゃない。
「ほら、早く行こうよ。あっちに、恐竜の全身標本が展示されてるんだってよ!」
名前に腕を掴まれて、少し強引に引っ張られる。
ほんの少しだけ前向きに傾いた上半身をそのままに、今だけは、名前の強引さに少しだけ身を任せてみた。
首が痛くなりそうな高層ビルが建ち並び、沢山の人たちが右へ左へ、前へ後ろへと忙しなく行き交う。
ここでもフェスをやっているのか、と一瞬思ってしまった程だ。
幾つもある高層ビルの1つが、月島の目的の場所だ。入口に大きく恐竜展のタイトルの看板がかけられている。
大きなガラスの両扉から中に入ると、執事風の黒いスーツの男性が出迎えた。
白い手袋を嵌めた手から、恐竜展の案内書を受け取る。このビルの見取り図と共に恐竜展についての説明や案内、この恐竜展を企画した博士のコメントなんかが書いてある。
外の喧騒を忘れてしまいそうになるほど落ち着いた雰囲気の館内は、高級ホテルのラウンジを思わせた。
正面にある受付には、落ち着いた雰囲気の女性が2人並んでいて、観覧客の案内をしているところのようだった。
館内はとても静かで、落ち着いたBGMが流れている以外は、観覧客の話し声が小さく聞こえるくらいだ。
受付の奥に進むと、すぐに展示フロアになっていた。
他にも数名の観覧客が1階のフロアにいたが、ここもやっぱり静かだ。
少し前まで、腹にまで振動が響くほどの爆音が響くフェスの真ん中にいたおかげで、まるで音のなくなった世界に彷徨い込んでしまったみたいな感覚に陥る。
改めて案内書を確認すると、1階の展示フロアは、恐竜ではなくて、他のもっと小さな生き物達の化石やその標本が展示されているようだった。
壁沿いにガラス張りの展示棚が並び、入口にいたような執事風の黒スーツの男性が所々に立って、警備をしている。
他の観覧客と同じように、丁寧に並べられているそれらを月島が眺めていると、バッグの中のスマホがバイブを鳴らした。
スマホを確認して初めて、名前から着信も来ていたことに気がついく。
ちょうどフェス会場を出た頃の時間に2回、電車を降りた頃の時間にまた1回、名前から電話が来ていたらしい。全く気が付かなかった。
メッセージアプリを開くと、名前とのトーク画面に確認していない新規メッセージが幾つか届いていた。
月島の居場所を確認するメッセージが幾つか届いている。そんなメッセージに紛れて、何か怒らせるようなことをしてしまったのかと訊ねるメッセージまであった。
着信に気づかなかっただけなのだけれど、電話に出なかったことで、月島が怒っていると勘違いさせてしまったのかもしれない。
ーーーーーーーー
気づきませんでした。
さっき恐竜展のビルに着いたところです。
ーーーーーーーー
取り急ぎ、今の状況を伝えるためのメッセージを送る。
すぐに既読がついた。
これで、怒って着信やメッセージを無視していたわけではないと理解してくれるといいが、どうだろうか。
別に、月島が名前に対して腹を立てることなんて、何ひとつないのに、どうしてそう思ってしまったのか、全くわからない。
たとえ、名前がフェスに参加したかった本当の目的が、もしかしたら会えるかもしれない初恋の人との再会だったのだとしても、月島には何の関係もないことだ。
だって、月島の本当の目的は、恐竜展だったのだ。名前の付き添いではないし、ましてや、恋人ごっこなわけがない。
ーーーーーーーー
ライブは終わったんですか?
好きなだけそっちで遊んでていいですよ。
新幹線の時間があるうちに帰れるなら、大丈夫です。
ーーーーーーーー
メッセージを打ち込むと、今度は、月島は削除することはせずに送信ボタンを押した。
そのままトーク画面を開いたままで返事を待ってみたけれど、既読にすらならない。
月島を怒らせたわけではないと安心して、黒尾と楽しんでいるのだろう。
スマホをバッグに仕舞うと、気を取り直して、月島も化石の展示を楽しむことにした。
案内書を見てみると、2階から上は全て恐竜のフロアになっているようだ。ここのようにガラス張りの中に置かれている化石ばかりではなく、全身の化石標本を展示していると書かれている。
きっと大迫力だ。
俄然興味が湧いた月島は、奥にあるエレベーターへと向かう。
上階へ向かうボタンを押す必要もなく、ちょうど1階に降りてきたグループとすれ違いにエレベーターに乗ることが出来た。
「待って!」
扉を閉じるボタンを押そうとしたところで、静かなフロアに女性の声が響いた。
思わず手を止めると、急いでこちらに走ってくる若い女性の姿があった。目が合ったのは、どう見ても名前だ。
途中、執事風の黒スーツの男性に声をかけられて、頭を下げて謝っている。
きっと、「走らない。」「大きな声を出さない。」と小学生男子が先生にされるような注意を受けたのだろう。
執事風の黒スーツの男性の視線を気にしながら、早歩きでエレベーターまでやってくる名前は、とても間抜けだった。綺麗に整えられた髪もメイクも、お洒落をしたデート服も、台無しだ。
「はぁ〜、エレベーターに間に合った…。」
「僕が、開延長ボタンを押して待ってたからですけど。」
胸に手を当てて長い息を吐く名前に指摘しつつ、月島は今度こそ閉じるボタンを押した。
エレベーターが閉まった途端、BGMすら聞こえなくなり、静寂が訪れる。
ここにいるのだから当然なのだろうけれど、名前の手には恐竜展の案内書が握られていて、不思議で仕方がなかった。
どうして、彼女は今、ここにいるのだろう。
月島が恐竜展を開催しているこのビルに到着してから、それほど時間は経っていない。
この時間に名前がここにいる為には、月島が『先に恐竜展へ行きます。』とメッセージを送ってからすぐに会場を出ないと無理だ。
まさか、黒尾とデートするどころか、楽しみにしていた海外アーティストのライブすら見ていないのではないだろうか。
「ライブ見なくてよかったんですか?」
「だって、恐竜を待ちきれなかったらしい月島くんが
勝手に先に行っちゃうから。」
名前が頬を膨らませて、恨めしげに月島を見上げる。
先に恐竜展へ行くというメッセージの意図を、そういう風に変換したのかーーーー。
「名前さんも好きにすればよかったのに。」
「1人で見てもつまんないじゃん。
だから、月島くんを誘ったのにさ。」
名前はまだ不貞腐れている。
1人ではなかったくせにーーーーー言いかけてやめたのは、ちょうどエレベーターが2階に到着して扉が開いたからだ。他に理由なんて、あるわけない。
「こっちに来ても、つまらないんじゃないですか。」
エレベーターから降りながら、月島が言う。
そんな月島の隣に並ぶ名前は、なぜかとてもワクワクした顔をして案内書を開いていた。
2階のフロアに入った途端に、また静かなBGMが聞こえ始める。BGMに混じって、観覧客の話し声もする。1階よりも少しだけ賑やかな気がした。
エレベーターを出たところは、休憩ラウンジのようになっていて、4人掛けソファが2脚、1人掛けソファが4脚置いてある。4人掛けソファには、すでに家族連れが座っていて、母親が、近くの自販機で買ったペットボトルのジュースを小さな子供に飲ませていた。
「なんで?」
1人掛けソファの近くで立ち止まって、名前が不思議そうに首を傾げる。
「興味ないデショ。
恐竜好きなんて、子供っぽくて、バカみたいでしょ。」
普段よりも低くなった気がした声は、月島の意図しないカタチで名前に伝わってしまった。
責めるつもりはなかったし、腹が立っているわけでもないのだ。
けれど、名前は、眉をハの字に曲げて悲しそうな顔をする。そして、周囲を見渡すように左右に視線を動かした。
辺りには、恐竜の展示を見てきたらしい家族連れが増え始めていた。大人よりも、小さな子供が多いくらいだ。
2階からは、恐竜の全身標本が展示されている。この場所からはまだ見えないが、きっと奥には大きな恐竜の化石が、遠い昔に存在した時の姿で立っているのだろう。
ソファでハシャいでいる子供は、さっきからしきりに「恐竜がカッコよかった!」「大きかったね!」と嬉しそうに繰り返している。
「バカになんて、してないよ。
子供みたいだなんて、思ってない。」
名前が悲しそうな顔のままで言う。
だから余計に、不必要に苛立ちをぶつけてしまった自分のことが、子供みたいに感じてしまった。
「でも、実際、そうデショ。
恐竜なんて、子供が好きなものだ。」
月島がそう言うと、名前は何かを言いかけて、口を閉じてしまう。
違うーーとでも言おうとしたのか。でも、言えるわけがない。
小さな子供のいる家族連ればかりのこのフロアの様子は、月島の見解が間違っていないことを証明している。
月島は、自虐的にフッと笑う。それは、何も言えない様子の名前を馬鹿にするためではなくて、高校生になってもまだ恐竜に夢中である自分への嘲笑だった。
そんな月島を見上げて、名前はより一層、悲しそうな顔をした。
「月島くんは、一度好きになったものを、いつまでも好きでいられる人って
それだけのことでしょう?」
名前が悲しそうな顔のまま、優しい笑みを浮かべて言う。
「…は?」
「それに、他の人達が”好きじゃない”ものを”好き”だと思えることって
私は、すごくラッキーだと思うんだけどなぁ。」
「ラッキー?」
「よく考えてみてよ。みんなが、気づきもしないで通り過ぎちゃうものを見て
嬉しくなったり、幸せになったりできるんだよ。
それって、すごくラッキーじゃない?」
名前が、ニコリと笑う。
月島は、何も言えなかった。
そんな風に考えられる人がいるのか、とただ素直に感心してしまったのだ。
後ろ向きな考え方をすることの多い月島にとって、名前の思考回路は未知だ。
でも、嫌いじゃない。
「ほら、早く行こうよ。あっちに、恐竜の全身標本が展示されてるんだってよ!」
名前に腕を掴まれて、少し強引に引っ張られる。
ほんの少しだけ前向きに傾いた上半身をそのままに、今だけは、名前の強引さに少しだけ身を任せてみた。