『非公式Twitter』

番外編から零れたふたり~アニ編~

2017/11/21 13:13
##IMGU75##アニ
「見合い?」

それは晴天の霹靂だった。

「お前、今、『お見合いするんです』と言ったか?」

「……はい」

馴染みのレストランで向かいの席に座った櫻井が、居心地悪そうに俯きながら頷く。

「……」

俺はサラダを取り分ける為に手にしていたトングを、危うく落としかけた。

どういう事だ。

『ご相談したい事があるんですけど、明日、ランチをご一緒出来ますか?』というメールが届いたのは、昨夜の事。

「相談」というのが気になったが、櫻井との昼食は久し振りで、俺は仕事を三倍速で片付けて待ち合わせ場所に駆けつけたというのに。

時間通りに現れたこいつに、「気にするな、俺もさっき着いたばかりだ」と余裕綽々で笑ってみせてやったというのに。

実は一時間も待ったくせにだ。

それもこれも、恥ずかしながらこいつに会いたかったからだ、というのに。

見合い……

こいつが、他の男と結婚を前提に向かい合う。

見合い……

なんて事だ!

恋人どうしになったと思っていたのは、俺だけだったのか!

「あ、あの」

まだ事実を受け止め切れず、黙々とサラダを皿に盛り付けるしかない俺に、おずおずと顔を上げた櫻井が声を掛けてきた。

あ、おお、いかん、いかん。

そうだな、まず、何はともあれ冷静に、冷静に……。

「原告の訴えを聞かねば」

「原告?」

「ゴホンゴホン!!」

俺は咳払いしながら、否定の意味で櫻井に向けて手を振った。

いかん間違えた、これでは裁判ではないか。

櫻井は首を傾げたが、ぽつりぽつりと事情を説明し始めた。

「……実は、交通課時代の課長に頼まれて、です。課長も、上司の上司から、友人の息子さんの結婚相手を探してほしい、と頼まれたらしくて」

「けっ、こん、あいて……」

「あの!もちろん、お受けするつもりはないんです!課長は、会うだけでいい、断ってくれていい、って言ってくれてて。私を紹介して、見合いの場所を設けるだけで、上司への義理は立つから、って」

……なるほど。

……落ち着いて話を聞いてみれば、ありそうな話だ。

俺自身、似たような経験が無いでもない。

こいつは義理堅いところがあるから、課長の立場を考えて、断れなかっただけだろう。

俺は内心、胸を撫で下ろした。

しかし、安堵したのも束の間。

本当の難題は、その直後にやって来た。

「慶史さん、私、どうすればいいですか?」

…………

は?

「『どうしたらいいですか?』と聞きたいのは俺の方だ!!」

ドン!と俺は座卓を叩いた。

「大きな声を出すなや、他のお客さんに迷惑やろ」

居酒屋の個室で怒鳴った俺に、わざとらしく手で耳を塞ぎながら、愚弟が肩をすくめて苦言を呈した。

「しかし、解決している問題ではないか!会えば終わる話ではないか!俺に何をどうしろと言うのだ!」

「そら、正直、俺にもよう分からんけど。もしかしたら櫻井は、兄貴に『そんなん行くな』って言って欲しかったんと違うか?」

愚弟に言われて、俺は少し心が揺らいだ。

「言ったら見合いをやめるのか?」

「いや、やめられへんやろうけど」

「どうしろと言うのだ!」

「どうも、こうも……俺やったらめっちゃ動揺して、隠れて見に行ってしまうわ」

「見に行く?」

「だって心配やん。相手が室長みたいな男前やったらどないすんねん。小野瀬さんみたいな色男やったら、もっとどないすんねん」

愚弟の方がおろおろしている。

役立たずめ、何が「どないすんねん」だ。

その穂積や小野瀬が近くにいたのに俺を選んでくれた櫻井が、今さら、誰が来ようと迷うはずがないではないか。

……そうは思うが、櫻井が、俺に相談するほど悩んでいるのは確かだ。

ならば、櫻井の悩みは解決してやらねばならない。

しかし、どうすれば……

俺は、ううむと唸って腕組みをし、眼鏡を直した。

***

櫻井の見合い当日。

時間通りに非行防止教室を切り上げて、櫻井が、見合いの会場であるホテルに姿を現した。

愚弟め。

『兄貴、俺、櫻井とペアでの非行防止教室やから。なるべく引き延ばして遅刻して、相手に失礼なヤツやと思わせて、向こうから断らせる作戦に出るわ!』

などと言っていたから、貴様にそんな器用な芸当が出来るものか、と思っていたが、やっぱりだ。

どうせ、講義の後の質疑応答でPTAに捕まって逃げ損なって、あたふたしている間に櫻井に置いてこられたに決まっている。

使えない奴だが仕方ない、あいつのお人好しは今に始まった事ではないしな。

ラウンジに向かった櫻井は、先に到着していた相手に気付いて会釈し、席に近付いて行く。

俺はそれを見届けると、ひとつ深呼吸をしてから、足を踏み出した。

櫻井の姿を認めた相手が立ち上がって、挨拶してきた。

櫻井も、丁寧に挨拶を返す。

「初めまして」

「初めまして、櫻井翼です」

「初めまして、藤守慶史です」

「……初めまして」

お辞儀した櫻井に続いて隣から俺が名刺を差し出すと、櫻井は突然現れた俺にびっくりした様子で後ずさったが、見合い相手は一瞬きょとんとした顔をしただけで、にこりと微笑んで俺の名刺を受け取った。

そして、作法通りに、今度は自分の名刺を差し出す。

書かれていた名前と肩書きに、俺は戦慄した。

その名刺は、目の前にいるこの男が、霞ヶ関で働く者なら誰でも知っているVIPの息子であり、かつ、官僚候補として前途洋々な男だと告げていたからだ。

俺の出現に口をぱくぱくさせている櫻井を横目に、俺と見つめあったVIPの息子は、笑顔のまま、なるほど、と頷いた。

「櫻井判事が娘さんを大切にされているという噂は、真実なんですね。そして、お目付け役として藤守検察官が同席されたという事は、つまり、そういう事、と考えてよろしいでしょうか」

「ええ、そういう事です」

俺は頷いた。

「やはり、そうですか」

相手も頷く。

本当は『そういう事、とはどういう事だ』と訊きたかったが、こいつに分かっていて俺に分かっていないなど、悔しいではないか。

「では、ライバルに敬意を表して、ご挨拶だけで退散させていただきましょう」

「え?」

ようやく櫻井が声を漏らしたが、前途洋々の男はそれには応えず、浅く静かに頭を下げた。

「今日はありがとうございました。いつか、義理ではなく実力で、僕を選んで頂けるよう努力します」

そう言って微笑むと、男は最後まで礼儀正しく、去って行ったのである。

ううむ。

なんだ、いい奴ではないか。

俺もいつかまた会いたいぞ、などと感慨を噛み締めていると、つん、と横から服の袖を引かれた。

「慶史さん……そういう事、って、どういう事ですか?」

上目遣いで笑顔を向けられて、俺は内心どきりとした。

「ここに来てくれた理由も、そういう事、だと思っていいですか?」

「そういう事、とはどういう事だ?」

「意地悪ですね」

櫻井が頬を染めて俺を睨む。

意地悪などではなく、本気で聞いたのだが。

「でも、心配してもらえて、嬉しいです」

櫻井は笑顔に戻り、嬉しそうに呟いて俺の手を握った。

小さな手の温かさがいとおしくて、ああ、そういう事か、と、ようやく全てに合点がいく。

そうだ、確かに心配だった。

俺には、こいつの、この手が、必要なのだ。

誰にも渡したくないほどに。

「もう、見合いなどするなよ」

「はい!」

俺は、身体を擦り寄せてくる櫻井の手を握り締めて、二人で夕食を摂るために最上階のレストランに向かう。

このホテル、今夜空室があるだろうか、などと考えながら。

~終わり~
追記
名前:冬子
本文:
まあ、アニさん、立派な大人になって……

今晩は、レストランに行って、お泊りですか。

すんばらしい。

冬子、涙で前が見えないよ……


ワタクシ、藤守さんばりに柱の陰から二人をそっと見守る覚悟です。

いやー、よかったよかった

名前:エミ
本文:
待ってました!!
番外編のひそかな楽しみ、小春日和版・零れたふたり編。


三倍速とか動揺して職業的な言葉が出ちゃうとか、おまけに見合い現場に速攻乱入とか、おもしろさてんこ盛り!


アニ、お泊まりの大事な場面で三倍速発動しないようにね(笑)


名前:ジュン
本文:
待ってました!番外編の番外編きたー!!

すごく嬉しいですo(^o^)o

もう慶史さんらしくてニヤニヤしちゃいました。

恋人と思ってたのは自分だけだったのか~とか

自分だけ解ってないのは悔しいとか

なによりお見合い相手に自分の名刺を渡しちゃうなんて(^-^)

翼ちゃんもビックリだったでしょうね。

でも慶史さんらしい(笑)

そしていつものように呼び出される賢史くん。

兄弟の掛け合い(?)もいいですね。

ホテルの部屋が空いてるといいですね、慶史さん。

名前:小春
本文:冬子さん、エミさん、ジュンさん、ありがとうございます。

待ってました、と言ってもらえて嬉しいです。

番外編から零れたふたりを書くのは楽しいですが、皆さんに楽しんでもらえることがもっと楽しいのです。

夜の三倍速発動には笑いました。アブナイアブナイww

頑張って書いていますので、JS編もぜひ読んでくださいね。

コメント

コメントを受け付けていません。