二人の誕生日
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~翼vision~
明日は、私の誕生日。
それを伝えると、泪さんは、開口一番こう言った。
穂積
「あら大変。それなら実家に行かなきゃね」
……実家?
私はきょとんとした。
翼
「鹿児島へ、ですか?」
今は、残業で帰りが遅くなってしまった私を送る為に、警視庁を出て女子寮に向かう途中の、泪さんの車の中。
助手席で首を傾げると、ハンドルを握って前を向いたまま、泪さんは笑った。
穂積
「行きたきゃ連れてってあげるけど、違うわよ。ア、ン、タ、の、ご実家。櫻井家」
誕生日は、泪さんが私の両親に交際宣言をしてくれてから初めて迎える、私自身の記念日。
だけど、私は警察の女子寮暮らしだし、泪さんはいまだに私の父親に毛嫌いされている。
だから、もしも泪さんが私の誕生日をお祝いしてくれるとしたら、てっきり、彼のお部屋に誘われるものだろうと思っていたのに。
まさか、私の実家に行こうと言い出されるなんて。
私の戸惑いをよそに、泪さんは、楽しそうに口角を上げて、運転を続けている。
穂積
「手土産は何がいいかしらね。判事には玉露、お母様には水羊羹なんかどう?甘い物お好きかしら」
翼
「それは、喜ぶと思いますけど……」
続く言葉を探していると、運転席から泪さんの手が伸びてきて、私の頭を撫でてくれた。
穂積
「もちろん、ケーキも用意するから心配しないで」
翼
「あ、ありがとうございます」
バースデーケーキの心配じゃないんだけどな…とは思ったものの、泪さんは鼻歌でも歌い出しそうに機嫌が良いし、こんなに私の誕生日を歓迎してくれるなんて想像もしていなかったから、なんだか、くすぐったいぐらいに嬉しい。
やがて、警察の女子寮の玄関が見える場所まで来たところで、泪さんは左のウインカーを出し、車を静かに路肩に寄せた。
完全に停車するとハザードランプを点け、サイドブレーキをかけてから、私に向かって微笑んでくれる。
穂積
「楽しみにしてるわ」
翼
「私もです」
予想とは違った展開だけど、お父さんとお母さんと泪さん、という大好きな三人に囲まれての誕生日なんて初めてで、考えただけでもわくわくしてきた。
穂積
「じゃあ、また明日ね」
翼
「はい」
穂積
「おやすみ」
私の返事の後、見つめあったままの一瞬の間があって……。
ハッとした。
……やだ、私ったら。
降りなきゃ。
今の瞬間、私が何を待ってしまったのか、泪さんに気付かれないうちに。
翼
「お、送っていただいて、ありがとうございました!」
慌てて社交辞令を言いながらシートベルトを外し、助手席のドアを開けて、転がるように車外に出た。
急いで身体の向きを変えてドアを閉め、泪さんに頭を下げる。
翼
「ありがとうございました!」
そろりと顔を上げると、助手席のパワーウィンドウがまるでスローモーションのように下りて、泪さんと目が合った。
穂積
「玄関を入るまで、ここで見ているわ」
車内の暖気と、泪さんの穏やかな声がそこから流れ出してきて、とくんと胸が鳴る。
穂積
「今日はお疲れさま。ゆっくりお休みなさい」
翼
「はっ、はい!」
もう一度深々と頭を下げた私は、熱くなる頬を隠すようにしながら、寮に向かって駆け出した。
途中でこっそり振り返ると、泪さんは両手でハンドルを握り締め、そこに顔を突っ伏していた。
うう、やっぱり笑われてる。
顔から火が出そうに恥ずかしい。
キスしてくれると思った、なんて。
全速力で寮に辿り着き、向き直って泪さんの車に手を振り合図を送ると、応えるようにハザードランプが消えて、代わりに、右のウインカーが点滅した。
本当に、見ててくれたんだ。
走り出した泪さんの車を、テールランプが角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、私は、両手を頬に当てた。
すっかり熱く火照ったあげく、明日の事を考えたら自然と綻んでしまう頬を、抑える事は出来そうになかったけれど。