訳アリな彼氏
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~小野瀬vision~
今日、面白いものを見た。
日本では「落とし物は警察へ」という言葉が広く国民に浸透し、しかも、実際それが良く守られている。
まあ、そのまま持っていると「遺失物等横領罪」という罪になるからでもあるけれど、海外と比較しても、日本の拾得物返還率はかなり高い方らしい。
きみたちの身近にも、忘れ物や落とし物を駅や交番に届けた、とか、警察から電話がかかってきて、無くしたと思って諦めていた物が戻ってきた、っていう人、結構いるんじゃないかな。
そんなわけで、警察には、大切な物を落としたり、置き忘れてしまったという事を申告する為に、毎日たくさんの人たちが訪れる。
もちろん、反対に、拾い物をしたから警察に届けに来た、という人たちも大勢やって来る。
警察では、それらの人たち全員から状況を聞いて、必要な書類を書いてもらい、それに基づいて無くした物と出てきた物とを照合し、持ち主が見付かれば連絡し、本人確認をした後引き渡す。
だから、遺失物担当者…いわゆる落とし物係は、いつも忙しい。
特に師走も終盤を迎えたこの時期は、買い物や外食などで外に出る機会が増えるからか、落とし物も多く、猫の手も借りたいほどの忙しさなのだとか。
それは知っていたけど。
まさか、猫どころか、あの穂積まで手伝いに駆り出されているとは思わなかった。
見覚えのあるスーツ姿が「落とし物係」の窓口に座っているのを発見した瞬間、俺は、笑い出すより先にスマホで連写してしまった。
穂積の存在感と、ちんまりした窓口とのギャップがあまりにも可笑しい。
しかも警視庁の玄関に近い場所だから、金髪碧眼の穂積の美貌は目立つ事この上ない。
おかげで、俺はしばらくの間、柱の陰に隠れて、笑いの発作を噛み殺さなければならなかった。
どうしてああなったのか、想像してみた。
おそらく穂積は俺と同じように、たまたま会計課に用事があったからここに来たんだろう。
混雑してるなあ、などと思いながら、用事を済ませるまでの間、つい辺りの様子が気になって見てしまう穂積。
物を落としたのか拾ったのか分からないが、おとなしく椅子に座って順番待ちをしている、善良な人たちに目が行く。
きっと縋るような顔をされる。
それはそうだろう、年末で忙しいのは警察だけじゃない。
彼らだって早く帰りたいのだ。
同情しながらも、穂積はさりげなく目を逸らす。
逸らした視線の先にいた、いつも世話になっている、温厚な会計課長と目が合ってしまう。
これはよくない。
さらに視線を逸らしたつもりが、今度は窓口の担当者たちが視界に入る。
次々と訪れる来訪者に、朝から同じ手続きを延々と繰り返している彼ら、彼女らの声なき声が、涙目の視線を伴って穂積に絡み付く。
5分間でいいです、1件でもいいんです、穂積さん助けてください、と。
穂積は多忙だ。
捜査室もメンバーが全員出払っているほど多忙で、だからこそ穂積が自分で会計課まで来たのだから。
だが、穂積は断れない。
何故ならそういう性分だから。
三方から退路を塞がれた穂積は、はあ、と溜め息をついてから、予備のパイプ椅子を提げていって、窓口の係の横に並べる。
すかさず、感謝に目を潤ませた隣の係員から、必要な書類の束が穂積の前に差し出される。
穂積はキャリア採用だが、当然、警察官だから遺失物の処理も学んでいるし、交番研修で実践もして来ている。
準備を整えた穂積は、深呼吸をひとつすると気持ちを切り替え、順番待ちの行列の先頭にいる人に向かって、微笑んで声を掛けたことだろう。
「お待たせしました、次の方どうぞ」と。
いやもう、ここまで想像しただけでも充分面白かったんだけど。
本当に面白かったのは、そこから実際に目撃した事だった。
それは穂積の前に、カウンターを挟んで二人の若い女性が座った時から始まった。
女性A
「すみません、先日、公園にバッグを置き忘れて遺失届けを出した者ですけど、見つかったとご連絡を頂いたので伺いました。あ、これが、受付番号です」
穂積
「ありがとうございます、良かったですね。今、別の者がバッグをお持ちします」
女性が差し出したメモを受け取り、後方にいる出納担当者に手渡してから、穂積は、改めて二人に向き直った。
穂積
「では、その間に、ご本人である事を確認させて頂きたいので、運転免許証か健康保険証を拝見させていただけますか」
女性A
「はい。健康保険証を持ってきました」
穂積から向かって右側の女性がバッグの中を探る。
どうやら、左側の女性は、付き添って来ただけの友達のようだ。
ずっと穂積をちらちら見ていた彼女は、本人確認が終わり、二人の会話が一段階したのを見計らって、思いきった様子で口を開いた。
女性B
「あのう、失礼ですけど、もしかして穂積室長、ですか?」
急に名前を呼ばれ、穂積は一瞬怪訝な顔をしたけれど、そのまま頷いた。
穂積
「そうです」
すると。
女性A・女性B
「きゃー、やっぱり!」
女性二人は突然黄色い声を上げると、穂積を見つめて目を輝かせた。
さっきまでの生真面目さはどこへやら。
女性A
「翼の言う通りの人だねっ!」
女性B
「うん、本当に綺麗で格好いい!」
女性A
「あの、私たち、櫻井翼の友達なんです。高校の時からの!」
女性B
「すみません。室長さんの事、いつも翼から聞いてるので、勝手に盛り上がっちゃって!」
二人の女性たちから速射砲のように捲し立てられて、さすがの穂積も押されぎみだ。
穂積
「……櫻井が?ワタシの事を?」
女性A
「はい!あのー、本当にオカマで女嫌いなんですか?」
女性B
「勿体無ーい、でも萌えるー!」
櫻井さん、いつもあの子たちに、穂積の事をどう説明しているんだろう……。
あと『萌える』って何だ。
俺は穂積の引きつった顔を眺めつつ、柱の陰から、さらに聞き耳を立てた。
女性A
「翼ったら『お父さんみたいな人だよ』なんて言ってたけど、どう見ても『お兄さん』ですよね!警視庁の『抱かれたい男性ランキング』で毎年1、2位を争ってるって聞いたけど、納得!」
女性B
「うんうん。でも、本当に翼にもデコピンするんですか?『桜田門の悪魔』なんて呼ばれてるんですか?こんなに優しそうなのに?」
素人の部外者らしい率直さで彼女たちは攻めてくる。
『桜田門の悪魔』のくだりでは、堪えきれなくなった数人の職員が周りで噴き出した。
穂積
「……あの子ったら、あなた達にそんな事まで話してるの?」
出たな、秘技『猫かぶり』。
顔はニコニコ笑ってるけど、内心かなり怒ってるね、あれは。
穂積
「ずいぶん仲良しなのねえ。他にはどんなお話をするのかしら?」
女性A
「えー、最近は、彼氏の話とか?」
水を向けておきながら、穂積の顔色が変わった。
それはそうだろう。
署内ではまだ秘密になっているけれど、櫻井さんの彼氏と言ったら穂積の事だ。
二人の交際を知っているのは、今のところ、たぶん俺だけ。
穂積は席を立つ切っ掛けを求めるように後ろを振り向いたが、あいにく、バッグを持った係員はまだ現れない。
女性B
「室長さんならご存知ですか?翼の彼、同じ部署の先輩で、男らしくて頭が良くて、すごく強くて優しい人らしいんですけど」
穂積
「え?えーと、誰かしら?うちの連中はみんなそんな感じだから…」
女性A
「もしかして、室長さんだったりして!」
女性B
「だったら羨ましい!…けど、室長さんはオカマでしょ?だから違うよ」
女性A
「名前は教えてくれないんですよぅ。職場恋愛だから秘密だとか何とか言って」
穂積が、ちょっとホッとしたような残念なような、複雑な顔をする。
女性A
「まだ、お父さんにも認めてもらえてないみたいなんだよね」
女性B
「だけど、そのわりには、いつも嬉しそうに話すんですよ?ほおずき市に浴衣を着て行ったら、よく似合うって褒められちゃった、とか」
女性A
「忙しい彼が、仕事を調整してクリスマスを一緒に過ごしてくれた事が嬉しかった、とかね。なかなかデート出来ないの、なんて、たまには文句も言うけど」
女性B
「もー、とにかく彼の事が大好き!って感じなんだよね」
女性A
「そうそう。寂しいとか意地悪だとか言っても、結局は毎回ノロケ話なんだから、参っちゃう」
穂積
「……そうなの?」
穂積、顔、顔。
握り拳でなんとか緩む口元を隠してるけど、こっちからは、嬉しさを隠しきれない締まらない顔が丸見えだから。
女性B
「あっ、でも、部屋が汚いのと、夜が強過ぎるのが大変だって言」
女性A
「バカバカ、ここでそんな話ダメだったら!」
穂積
「バッグはまだかしらぁ?!」
穂積が赤い顔で立ち上がりながら大声で叫ぶと、奥から係員がすっ飛んで来た。
どうやら俺と同様、女の子たちのアブナイ会話に聞き入ってしまい、出るタイミングを失っていたらしい。
穂積の手から無事に友達Aの手にバッグが渡ったところで、俺は痙攣しそうな腹筋を押さえながら、そっとその場を離れた。
小野瀬
「ほーづみ」
夕方、駐車場で穂積を見かけたので、鼻歌混じりに近付いて行ったらいきなり殴られた。
小野瀬
「何で?!」
穂積
「見てたらさっさと助けろよ!」
どうやら覗き見がバレてたみたい。
小野瀬
「ごめんごめん、だって面白かったから」
穂積
「あいつ、今夜お仕置きだ」
顔をしかめた穂積が顎で示した先には、帰り支度を整え、こちらに小走りで駆けてくる櫻井さんの姿。
あの様子では、何故穂積に呼び出されたか、分かっていないね。
小野瀬
「櫻井さんに同情するよ。お手柔らかにしてあげて」
穂積
「さあな。あいつの彼氏は、部屋が汚くて意地悪で、大変な”どえす”らしいからな」
そこまでは言ってなかったけど。
俺は、美し過ぎて背筋が寒くなるような恐ろしい笑顔を浮かべる穂積を見ながら、何も知らず嬉しそうに駆け寄って来る櫻井さんに、心の中で、御愁傷様、と手を合わせた。
オカマで女嫌いで悪魔で上司で、友達にも言えない、訳アリな彼氏。
だけど、たとえ、今夜、どんなお仕置きをされても、きっと、きみはまた誰かに自慢せずにはいられないんだろうね。
だって、きみはこの最悪で最強で最高な彼氏が大好きで、こいつもまた、笑っちゃうほどきみに夢中なんだから。