ピンクゴールド・バースデー
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穂積
「いい店だったな」
料理店を出てから、再び私と腕を組んだ泪さんが、いま後にして来たばかりの玄関を振り返るようにして、呟いた。
翼
「うん。また来ようね」
穂積
「ああ、また来よう」
空には寒月が高々と昇り、師走の夜風は冴えて冷たい。
でも、さっき少しだけ頂いたお酒のせいか、繋いだ手から伝わってくる泪さんの体温のおかげか、私の身体は寒さを感じる事もなく、ほかほかしていた。
翼
「泪さん、次は遊園地に行っていい?」
穂積
「今からか?補導されるぞ」
泪さんはわざとらしく時計を見てから、私がぷうっと膨らませた頬を、指先で押して笑った。
穂積
「相変わらず遊園地が好きか。いつまでもお子様だな」
そうは言いながらも歩みは進む。
私と泪さんは肩を並べて、クリスマス間近の夜景の中でも一際輝いている、大きな観覧車を見上げた。
私だって、覚えてる。
初めて誘ったデートも、遊園地だった。
あの時は、年上の社会人である泪さんをどこに誘えばいいのか分からなくて。
その結果、泪さんに『ガキっぽすぎる、うるさすぎる、天気が良すぎる、健康的すぎる、エロくない』と、散々にダメ出しをされてしまった。
でも、夜も遅い時間なら。
少しは遊園地も大人っぽい雰囲気になってるはず。
だってほら、他にもたくさんカップルがいるもんね!
……どう見ても高校生みたいだけど。
……かと思うと、あっちの大学生っぽい二人は乗る前からスマホで自撮りでツーショットだけど。
……家族連れも多くて、野球帽を被った子供が、今も私の横を駆け抜けて行くけど。
翼
「……」
ああ、泪さんが、奥にあるゲームコーナーのけたたましい音と光に眉をひそめている。
……やっぱり、遊園地は鬼門だったのかしら。
私、また、失敗しちゃったのかしら。
どうしよう……。
せっかく、泪さんが、捜査室主催の、いつもの居酒屋での誕生祝いをずらしてまで、私に付き合ってくれているのに。
遊園地は諦めて、どこか近くのバーにでも入る方がいいような気がしてきた。
でも店を知らないし。
どうしよう……。
入場券売り場の前で途方に暮れていると、泪さんが不意に、私の手を離した。
穂積
「トイレ行って来る」
翼
「あ、うん」
泪さんの背中を見送って一人になると、時間が経つにつれて余計に、胸の内の不安は黒い染みのように広がってゆくばかり。
どうしよう……。
その時。
軽やかなチャイムが鳴り響いた。
《お客様のお呼び出しを申し上げます。ご夫婦でお越しの、穂積翼さま、穂積翼さま。お連れ様が、観覧車の前でお待ちです。繰り返しご案内申し上げます……》
園内に行き渡るアナウンスに名前を呼ばれて、私はびっくりしてしまった。
心臓が早鐘を打っている。
だって、だって、今……!
《穂積翼さま、穂積翼さま…》
私は知らず知らずのうちに走って、観覧車に向かっていた。
穂積
「来たか」
観覧車の周りにもたくさんの人たちがいたけれど、私の目には、笑顔で佇む泪さんの姿しか映らなかった。
翼
「泪さん!」
穂積
「俺と観覧車に乗りたかったんだろう?」
息を切らして見上げると、目の前にいるはずなのに、泪さんの姿が滲んでぼやけた。
翼
「うん、乗りたかった」
穂積
「ほら」
泪さんに手を引かれて、涙を拭いながらゴンドラに乗り込む。
係の人が外から錠を下ろす音を合図に、ゴンドラは上昇を始めた。
穂積
「なんで泣いてるんだ」
隣に座って首を傾げた泪さんが、指先で私の涙を拭う。
翼
「だって、放送で、《ご夫婦でお越しの》って。《穂積翼さま》って」
穂積
「もうじき本当になる」
翼
「でも、嬉しかったの。だって、私、遊園地、また、失敗しちゃったと、思って」
泪さんはしゃくり上げる私の頭を、自分の胸に引き寄せた。
穂積
「二度目の観覧車に誘われて、喜ばない男はいない」
ゴンドラが上がってゆくのに合わせて、ゆっくりと、下界の喧騒が遠ざかってゆく。
穂積
「早く泣き止め。鼻水垂らしてたら、キスも出来ない」
翼
「だって、泪さんが、嬉しくなる事ばかり言うから」
皺くちゃになってしまったハンカチの乾いた場所を探していると、泪さんは覗き込むようにして、私の唇にキスした。
翼
「泪さん……」
穂積
「大丈夫、もう最上段だ」
翼
「ん……」
涙で冷たくなった頬を両方の手のひらで包まれると、熱が戻ってくる。
泪さんは指先で私の頬を撫で、もう一度キスをした。
優しい唇が、舌が、私のそれと溶け合って、くちづけはさらに甘く、深く、私の心は、泪さんの存在で占められてゆく。
唇が離れた後も、泪さんは私の髪や額にキスを落としながら、私の涙を受け止めてくれていた。
翼
「……泪さんの誕生日なのに……私の方が幸せにしてもらっているみたい……」
穂積
「当たり前だ。俺の恋人なんだから、いつだって世界一幸せにしてやる」
泪さんは私を抱き上げ、膝に乗せた。
穂積
「だから、俺から離れるなよ」
翼
「うん」
私は、泪さんの胸に、顔を擦り付けた。
抱き締められて、また、唇が重なる。
前に観覧車に乗った時に交わしたような、情熱的な大人のキスに、気が遠くなりそうになる……
観覧車で、こんな……
翼
「……あっ!」
突然思い出した現実に、私は、ハッとして目を開け、唇を離して泪さんを押し戻した。
目の前には、泪さん。
その向こうに広がるのは、星の海のような夜景。
その景色と下界の喧騒が、ゆっくりと遠退いてゆく……
翼
「二周目?!」
思わず、ゴンドラのガラスに手をついて外を見下ろす。
私を膝に乗せたまま、泪さんが噴き出した。
翼
「わっ、笑い事じゃないでしょ、どうして、いつの間に二周目?!」
穂積
「さっきキスしてる間に」
翼
「きゃー!!」
それって、下にいた人達にみ、見、見られてた?!
穂積
「心配するな。係員には、乗る前に『二、三周するから』って言って前払いしてある」
なんて人なの!!
穂積
「通過した時、薄目開けて見たら、係員は親指立てて『グッドラック』って口パクしてたぞ」
翼
「降ろして!帰る!恥ずかしい!」
穂積
「暴れるなったら。揺らすと周りが変に誤解するぞ」
翼
「泪さんのバカー!」
ぎゅっ、と、抱き締められた。
穂積
「じっとしてろったら」
翼
「……!……」
この非常識な恋人に、言ってやりたい事は山のようにあるのに。
こうなってしまったら、観覧車という空中の密室ではどうする事も出来ない。
穂積
「翼」
この目に捉えられて、そんな声で名前を呼ばれて、この腕に抱き締められたら。
翼
「………」
私は、どうする事も出来ないの。
穂積
「愛してるから」
翼
「…………私も」
最上段に向かう観覧車の中で、私はもう逆らわず、泪さんからのキスに身を委ねた。
二人で紡ぐ濃厚なくちづけは夢のように気持ちよくて、身体が疼くほど背徳的で、他の事は何も考えられなくなってしまう。
誰よりも優しくて危険な、私の恋人。
穂積
「離さないからな」
頷く事しか出来ないけれど。
穂積
「俺は、永遠に、お前のものだ」
泪さんの言葉に、私は、同じ思いを込めたくちづけで応えた。
穂積
「……熱烈だな。もう一周するか?」
翼
「しません!」