二度目のデート
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~翼vision~
最初のデートは、遊園地。
私なりに一生懸命考えて誘ったんだけど、泪さんには不評だった。
穂積
『ガキっぽすぎる。うるさすぎる、天気が良すぎる、健康的すぎる、エロくない』
せっかくの機会なので、普段、彼が行かないような場所で、しかも、私が行きたい場所を選んだんだけど。
完全に裏目に出てしまったみたい。
あからさまに不機嫌だった泪さんだけど、それでも、買い物や、私が乗りたいアトラクションにはちゃんと付き合ってくれた。
ジェットコースターには二度も乗ったし、絶叫系のアトラクションは楽しんでくれたと思う。
でも、家に帰ってから、よーく考え直してみたけど、やっぱり、仕事帰りでスーツを着た三十路の男性に、あの場所は辛かったかもしれない。
最後の観覧車ではかろうじて恋人っぽく、お膝でキスしてくれたけど、『お子様にはここまで』。
穂積
『残念だと思うなら、次はもっと色気のある場所に誘え』
ううう。
確かに、ちょっとだけ、ちょっとだけ、残念だと思ったけど。
それよりも、泪さんに悪い事をしちゃったなと思う。
忙しい仕事を切り上げて、私の為に時間を割いてくれたのに……。
だから、今度は、少しでも泪さんの希望に沿うよう、考えてみなくちゃ。
数日後。
その日、継続捜査していた盗撮犯が捕まったのをきっかけに、私は泪さんを誘ってみる事にした。
午後、食事を終えた泪さんが廊下に出たのを見計らって、後をつけていく。
すると、予想通り、休憩スペースの自販機で、泪さんはカフェオレのボタンを押した。
翼
「室長」
誰が来るか分からないので、私は、職場モードで彼を呼んだ。
せめて声色だけは、気持ちを込めたつもりだけど。
泪さんが振り向き、私を見て微笑んだ。
穂積
「桃ネクターでいいの?」
言いながら、小銭を入れる。
翼
「あっ、ごめんなさい!おごって欲しいんじゃないんです」
私は慌てて否定したけど、泪さんはジュースを買ってくれた。
穂積
「ほら」
翼
「……ごちそうさまです」
ああ、タイミング失敗。
穂積
「ん」
泪さんはベンチに座り、私の服の裾を引いて、隣に座らせた。
穂積
「何か、相談?」
いつものおネエ口調だけど、その表情はとても優しい。
翼
「……あの、……あの、今日、ご予定はありますか?」
私が、家で何度も練習したセリフを言うと、泪さんは、急に声をひそめた。
穂積
「……もしかして、二度目の?」
かあっ、と顔が赤くなるのが分かった。
もう、何度もお泊まりしているのに。
デートの方は、回数が極端に少なくて、どんな顔をすればいいか分からない。
翼
「あの、お時間があれば、ですけど」
穂積
「時間は作るものだ」
泪さんの口調が、変わった。
穂積
「……お前に誘われて、俺が断るはずが無いだろ?」
ほとんど囁くように言われて、私は、ドキドキしながら泪さんの顔を見上げた。
笑顔の泪さんと目が合う。
とても嬉しそうで、その頬が赤く見えるのは、気のせいかしら。
泪さんは、ポケットから取り出した車のキーを、私に手渡した。
大きな手が、一瞬だけど、力強く私の手を包み、離れた。
穂積
「終わったら、車で待ってろ」
胸が温かくなって、私は、こくんと頷いた。
それからの午後の仕事は、正直、舞い上がっていてよく覚えていない。
翼
「お疲れ様でした。お先に失礼します!」
私は、明智さんがいつものように定時で帰るのを追うようにして、捜査室を出た。
駐車場に行き、泪さんの車を見つけて、助手席に乗り込む。
車内に残る泪さんの香りは、小野瀬さんの柑橘系とは違うけれど、とても良い香り。
偉い人にも会うので、デオドラントには気を遣うと言っていた。
泪さん自身に体臭は無いけど、夏場、この香りのする扇子やハンカチを使っていたのは知っている。
その移り香でいいというところが、泪さんらしい。
なんだか、泪さんに包まれているみたいで、うっとりしてきちゃった。
……
車のエンジンが掛かって、私は目を覚ました。
穂積
「あ、ごめん。やっぱ起こしちゃったか」
運転席で、泪さんがこちらを振り返った。
翼
「すみません、つい、うとうとしてて」
泪さんは、掛けたばかりのエンジンを切った。
再び、周りが静かになる。外はもう、薄暗かった。
穂積
「待たせて悪かったな」
腕時計を見たけど、思ったより時間は経っていない。
お彼岸を過ぎて、いつの間にか日が短くなったみたい。
翼
「ううん。お仕事お疲れ様です」
泪さんは微笑むと、こちらに身を乗り出して、唇に軽いキスをくれた。
翼
「!」
ここ、まだ警視庁の駐車場。
穂積
「で?どこに行くんだ?」
泪さんは、もう、シートベルトを付け直している。
翼
「有楽町へお願いします」
私が答えると、泪さんは、ううむと唸った。
穂積
「……渋いな」
駐車場に車を停めて、私と泪さんは徒歩で通りへ出た。
宵闇の有楽町は、なんだか、子供の頃に来たお祭りのような、ふわふわした風景に見える。
そこを泪さんと歩くなんて、夢を見ているみたい。
穂積
「ほら」
泪さんの乾いた温かい手が、私の手を握った。
穂積
「はぐれるなよ」
翼
「はい」
私は頷いて、その手を握り返した。
様々なショップや、ファストフードの並ぶ賑やかな場所までのんびりと歩いて来て、ふと、泪さんは足を止めた。
穂積
「俺たちは、どこに向かってるんだ?」
私は噴き出した。
そもそも、私が「有楽町に行きたい」と言ってスタートしたはずなのに、いつの間にか、泪さんが先に立ってのウィンドゥショッピングになっていたから。
それも楽しかったので、私は敢えて、何も説明しないでニコニコ付いて歩いて来たんだけど。
泪さんはようやく、これがデートだと思い出したらしい。
翼
「今日は、泪さんと映画を観たいと思ったの」
穂積
「映画館か?」
泪さんは意外そうな顔をした。
翼
「遊園地では、『ガキっぽすぎる。うるさすぎる、天気が良すぎる、健康的すぎる、エロくない』って言われたから」
穂積
「よく覚えてたな」
翼
「映画館なら、大人が来る場所だし。静かだし、天気は関係無いし、健康的すぎないし」
私はそこまで説明して、さらに、赤くなりながら、付け足した。
翼
「それに……暗がりで隣に座るから、ちょっとエロいかな、って思って」
泪さんは黙っている。
やっぱり、決め手に欠けるのかな。
私はバッグから、下調べの時に書いて、畳んだ紙片を取り出した。
翼
「あの、……後は、これ」
穂積
「?」
泪さんは、私が差し出した紙片を開き、次の瞬間、膝から崩れ落ちた。
翼
「泪さん?!」
屈み込んでしまった泪さんを追って、私もしゃがんだ。
穂積
「……何だ、これは」
泪さんは、震える手で、私にメモを突き返した。
翼
「あの……エロが足りないかと思って」
そこに書いたのは、有楽町で上映中の、成人映画三本立ての題名。
穂積
「『エロム街の悪夢』……『パイパニック』……『アーンイヤーンマン』……!」
翼
「声に出して読まないで」
穂積
「お前は俺を何だと思ってるんだ!!」
真顔で怒鳴った泪さんは、けれど、そのままお腹を抱えた。
穂積
「駄目だ……苦しい」
そう言って膝をつき、堪えきれないように声を出して笑い出す。
穂積
「エロが足りないって……『パイパニック』ってお前」
通りの真ん中で、大笑いする泪さんは、笑い過ぎて涙を溢している。
穂積
「やべえ。お前、可愛すぎ」
ひーひー言って笑い続ける泪さんの傍らにしゃがんだまま、私は耳まで真っ赤になりながら、自分がまたしても、デートプランに失敗した事を悟った。
数分後、ようやく発作的大笑いから回復した泪さんを引っ張って、私は映画館の前まで来ていた。
泪さんはまだ、赤い顔をして涙を拭いている。
穂積
「翼、映画館が違うぞ」
翼
「ここでいいんです!」
上映しているのは、フランス映画。
情報紙で、『大人の恋』と紹介されていた映画だ。
穂積
「『エロム街の悪夢』見たかったなー」
私がじろりと睨むと、泪さんはくるりと背を向けて、券売機で大人2枚を買った。
平日だからか、中は比較的空いていた。
客席は四分の三が空席、というところ。
穂積
「後ろの方でいいか?」
翼
「いいけど。前も空いてますよ」
穂積
「うーん、俺、デカいだろ。後ろの席の人を邪魔したくない」
ああ、そうか。
翼
「でも、泪さん、座高低いですよ」
穂積
「それでもお前よりは高いよ」
言いながら、泪さんは中央の列の、後ろから三番目の席に座った。
他のお客さんは通路より前にいて、このブロックには誰もいない。
穂積
「どんな映画だ?」
並んで座ると、泪さんは早速尋ねて来た。
さっきの話じゃないけれど、泪さんが座ると、普段より顔が近くなる。
薄暗い中で、僅かな光を受けて、泪さんの顔は、ハッとするほどきれいだった。
翼
「『大人の恋』ってキャッチフレーズだけで選んじゃったんですけど」
穂積
「ふうん」
翼
「とても女性にモテる男性がいて、その人を好きになった主人公が、彼に振り回されるラブコメディーらしいです」
穂積
「小野瀬みたい」
泪さんの的確なツッコミに、私は思わず笑ってしまった。
翼
「言われてみればそうですね」
穂積
「リアルの小野瀬の方が、映画より面白いかもしれないぞ」
翼
「うふふ」
泪さんは、笑う私の耳元に唇を寄せてきた。
穂積
「……映画の後は、敬語禁止な」
どきりとした。
私の動揺を見抜いているのか、泪さんは、クスクス笑いながら座り直してしまう。
何か言い返そうとした時、館内の照明が落ち、スクリーンが輝いた。