priceless
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翌日も生活安全部に出向し、さくらポリスの精力的な活動を学びながらその仕事を手伝っていると、終業時間の間際になって、見覚えのある年配の男性が声を掛けてきた。
確か、生活安全部の、保安課の課長だ。
課長
「櫻井くん、これから、お台場で行う補導に参加してくれるか」
翼
「お台場、ですか」
私は内心首を傾げた。
明智さんから、何も聞かされていないけれど。
それに、東京都で補導と言ったら、18歳未満で午後11時から午前4時までの外出が対象になる。
今夜は、泪さんが横浜から帰って来たら、二人だけでお誕生日を祝うつもりだったんだけどな……。
……なんて、色々と考えをめぐらせてはみたけれど、たとえどんな用事があろうと、私みたいな下っ端が、上からの命令を断れるはずがない。
翼
「分かりました。では、上司にそのように報告をしてきます」
とにかく、明智さんに許可をとらなくちゃ。
そう思って一礼し、捜査室に戻ろうとした私を、慌てたように課長が引き留めた。
課長
「いや、すぐに出発したいんだ。穂積くんが出張中で、室長代行は明智くんだろう?彼には、わたしから連絡しておくから」
翼
「……?はい……」
何となく違和感を感じたものの、さくらポリスから私以外にも何人か、それに、保安課の捜査員たちも、慌ただしく外出の身支度をしている。
何か、緊急手配でも発令されるのかもしれない。
翼
「分かりました。コートとバッグだけ取って、すぐに戻って来ます」
課長
「うん、そうしてくれ」
課長は時計を見ながら、忙しく答えた。
私が小走りに捜査室に戻り、ロッカーからショルダーバッグとコートを取り出していると、折よく明智さんが戻ってきた。
翼
「あっ、明智さん」
明智
「櫻井、どうした?そんなに急いで」
保安課長から、まだ聞いてないのかしら。
翼
「これから、お台場での夜間取り締まりなんだそうです」
私はロッカーを閉めた。
明智さんが、秀麗な眉をひそめる。
明智
「聞いてない」
翼
「私も、たった今聞いたんです。明智さんにも、もうじき保安課長から連絡が入ると思いますけど」
明智
「保安課長?お前は生活安全総務課への出向だろう?なんで保安課が……」
明智さんが言いかけたところで、室長席の電話が鳴った。
明智
「はい、緊急特命捜査室、室長代行明智です」
どうやら、その、保安課長からの電話らしかった。
明智
「……はい、たった今、櫻井から聞きました。ですが……いいえ、……はい、……はい……」
電話が切れると、明智さんは拳を口に当てて何か考える風だったけれど、私と目が合うと、仕方ない、という表情で息を吐いた。
明智
「……保安課長から、改めて協力の要請だ。学生が冬休みに入るため、非行の監視を重点的に行う事になったという話なんだが……」
明智さんはまだ納得がいかない様子で、私を見つめた。
明智
「急に言われてもな。お前、今日は早く帰りたかっただろうに」
明智さんは、言外に「室長の誕生日なんだから」という雰囲気を匂わせた。
明智
「保安課の手伝いには、俺が行こうか?藤守や如月ももうじき帰って来るし」
明智さんの気持ちは嬉しかったけど、藤守さんたちが帰って来るなら、明智さんには、ここにいて報告を聞いてあげてほしい。
それに、泪さんが帰って来たら、今度は明智さんが、泪さんに留守中の報告をしなければならないはずだ。
私はそれを伝えて、頭を下げた。
翼
「せっかくのご指名ですし、きっと勉強になります。頑張って来ますから」
私は心配そうな明智さんに、笑顔でぎゅっ、と拳を握ってみせた。
夜十時、お台場。
総勢三十人余りの生活安全部の捜査員たちは、二、三人の組に分かれて、お台場周辺で巡回を行っていた。
未成年たちの溜まり場になりそうな場所や、逆に人目につきにくい場所などを見て廻るのだ。
そして、青少年保護条例や迷惑条例などに引っ掛かりそうな事案があれば、条件が揃ったところで検挙する。
私たちさくらポリス班は、主に18歳未満の男女に絞って、帰宅を促したり、夜遊びの危険性を説明したりしながら、巡回を続けていた。
こうして歩いてみると、十代の子たちの危機意識の希薄さに改めて驚かされる。
厳格な父親にしつけられて育った私には、こんな時間にコンビニ前にたむろしてスマホをいじる男の子たちも、道端にしゃがんでタバコを吸ったり化粧をしている女の子たちも理解できない。
彼らもまた、私たちの訴える危険性などどこ吹く風だ。
胸の奥が寒くなるような思いで歩いていると、パトカーが近付いて来て、開いた後部座席の窓から、保安課長が私を手招きした。
課長
「櫻井くん、乗って。向こうのショッピングモールの方に行ってみよう」
一緒に廻っていたさくらポリスの捜査員たちは、呼ばれなかった。
変だなと思いながらも、捜査員たちに挨拶して別れ、パトカーの後部座席に乗り込む。
パトカーには課長の他にも、男女一人ずつの保安課の捜査員たちが乗っていた。
課長
「Vフォートのすぐ裏なんだけどね。未成年の女の子たちが集まる一角があるんだ。きみは彼女たちと年齢が近いから……」
課長の言葉の語尾は、聞き取れなかった。
でも、言わんとした事はだいたい分かる。
年齢が近い私が説得する方が、彼女たちも話を聞いてくれる、という事だろう。
……今のところ、そう簡単ではなさそうだけど。
Vフォートというショッピングモールには、私も休日にプライベートで来た事が何回かある。
もちろん昼間だけど、一度などは泪さんにせがんで二人で来た事もある。
いつ来ても大勢の若者で溢れている、人気のスポットだ。
私たちはパトカーを降りて、照明の落ちたVフォートの周りを歩いてみる事になった。
Vフォートの閉店時間は午後九時で、今はもう十時を回っている。
こんな遅い時間にここに来たのは初めてだけど、課長の言った通り、意外と、周辺に若い女の子たちが残っている事に驚いた。
そして、Vフォートのすぐ近くに、こんなホテル街があった事にも。
薄暗い、というよりは、妖しい光に包まれた通り。
そこそこ人通りも多い場所なのに、道端に、点々と女の子たちがしゃがんでいる。
ごく普通の女の子たちだけど、スマホを操作したり、壁にもたれたりしながら、他に何をするでもなくそこにいる感じだ。
翼
「……?……」
しばらく注意して観察していると、道を歩く男性の中に、時々、それらの女の子たちに声を掛ける人がいる事に気付いた。
最初は、夜遅く、道端に座っている女の子を心配して声を掛けているのかと思ったけど、どうやら違う。
彼らは、彼女たちに二言三言声を掛ける。
女の子の多くは、顔も上げない。
男性はやがて苦笑いしてこちらに歩いて来て、私たちの横を通り過ぎ、雑踏の中に消えていく。
課長
「援交の疑いがあるな」
課長が、ぼそりと言った。
翼
「……!」
そう言われて、状況が見えてきた。
つまり、彼女たちは、相手を待っているのだ。
路地の先の方で、新たな男性が、女の子の一人に声を掛けた。
女の子はちらりと男性を見上げると、さらに短い言葉を交わした後で立ち上がり、男性について、すぐ横のホテルに入っていった。
翼
「……あっ」
課長
「彼女たちの多くは、いわゆるデートクラブのようなところに所属している。学生のように見えるが成人だ。……が、中には、高校生や、時には中学生もいる」
人気のショッピングモールのすぐ脇で、そんなことが公然と行われているなんて……
課長
「ここだけが特別なわけじゃない。AQシティの裏手にも、Fテレビの近くにも、似たような場所はいくつもある」
だから、課長は、ベテランの捜査員たちをそちらに行かせ、慣れていない私は、自分たちのチームに加えたのだという。
課長
「彼女たちは、気前よく金を出してくれて安全で、見た目のいい相手を探しているわけだ」
翼
「……」
課長
「わたしたちのような、いかにもな警察官が近付けば、怪しまれて逃げられてしまう。それはそれで抑止力になるからいいのだが、実態は掴めない」
それは、つまり……
課長
「櫻井くん、彼女たちに近付いて、事情を探ってくれないか。もちろん、無理の無い範囲でいい。条例に触れるような年齢の女の子であれば、帰宅を促すだけでいいんだ」
課長が真剣な表情で話す間にも、数人の男女がホテルに消えた。
課長
「我々は、近くで、逆に、客とおぼしき男性たちに職務質問を行う事にする。万が一、きみ自身がホテルに連れ込まれそうになったら、我々が助けるから」
翼
「……分かりました」
女の子たちに声を掛けて、帰宅を促すだけでいい。
午後十一時を過ぎれば、その場で補導する事も出来る。
男の人たちについては、課長たち保安課の捜査員が調べてくれる。
それなら、と私は納得して、薄暗い通りに歩き出し、暗闇のあちこちにいる女性たちに声を掛けては、年齢を聞き、その場を離れるよう説得を続けた。