priceless
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~翼vision~
その案件は、泪さんの出張直前に、捜査室に持ち込まれた。
生活安全総務課が、捜査協力に私を指名して来たのだ。
行き先は、子ども・女性安全対策室、通称、さくらポリス。
小笠原さん曰く、
小笠原
「もちろん知ってると思うけど。『さくらポリス』は、性犯罪の前兆となる子どもや女性を狙った声かけ、つきまとい、公然わいせつなどを専門に取り締まるチームだよ」
そのチームのメンバーの多くは心理学を学んでいて、中には、性犯罪捜査員の指定を受けた女性刑事もいる。
捜査にしても、被害者から事情を聞くにしても、その際、同性ならではの細やかな配慮が出来るという利点があり、設置されて以来、高く評価されている部署だ。
同じ生活安全の部署にはサイバー犯罪対策室もあって、私と小笠原さんは研修も兼ねて、それぞれの応援にまわされる事になったのだった。
穂積
「勉強にもなるし、悪い話じゃないんだけど」
泪さんは出張に備えて書類を決裁しながら、首を傾げていた。
明智
「何か気になる事でも?」
如月
「相談や調査が主体の部署ですし、いつもの仕事より安全だと思いますけど」
藤守
「今までにも何度か、手伝いに行った事ありますやん」
小野瀬
「櫻井さんにとっては、むしろプラスになる体験だと思うよ」
穂積
「ワタシも、そうは思うんだけど。何かしら、胸騒ぎがするのよねえ」
みんなから口々に言われても、まだ腑に落ちない様子の泪さんを見て、明智さんと小野瀬さんも顔を見合わせる。
明智
「分かりました、頻繁にご連絡を入れるようにしますから」
明智さんが真顔で言った。
小野瀬
「穂積の勘を疑うわけじゃないけど、半分は、出張で櫻井さんと離れるのが寂しいからなんじゃないの?」
ねっ、と私を振り返ってウインクした小野瀬さんの後頭部に、泪さんの指先から凄い速度で弾き出された消しゴムがヒットする。
小野瀬
「痛ー!!」
跳弾を恐れた全員が、一斉に首を竦めた。
幸い誰にも当たらずに、消しゴムはコロコロと床に転がる。
小野瀬
「痛たた……撃たれたかと思った」
穂積
「櫻井に色目を使うんじゃねえ!藤守、如月!俺の留守に、こいつを櫻井の5m以内に近付かせるんじゃねえぞ!」
「了解!」と敬礼する二人の横で、小野瀬さんが涙目で自分の頭を擦った。
小野瀬
「だいたい大袈裟なんだよ、横浜まで会議と研修で二日間の出張ぐらいでさ」
穂積
「櫻井、小野瀬に襲われたら大声出すのよ。困った事があったらお兄ちゃんたちに相談するのよ。甘いジュースは一日1本。ポテチとアイスは7時まで。寝る前には歯を磨くのよ」
小野瀬
「無視かよ!」
小野瀬さんを尻目に、泪さんは私の頭を撫でた。
翼
「過保護過ぎますよ、室長。大丈夫です」
もはや職場のお父さんなんだかお母さんなんだか分からないぐらいの心配ぶりに、私は思わず笑ってしまう。
穂積
「かも知れないけど。アンタは自覚が足りな過ぎるの」
翼
「何の自覚ですか?」
穂積
「悪運が強過ぎる、って、いつも言ってるでしょ!」
ぴん、と、泪さんの強烈なデコピンが私の額に炸裂した。
翼
「あう!」
藤守
「うわ出た」
藤守さんが、なぜか私と一緒に痛がってくれる。
穂積
「事件に遭遇する確率が高いのは、警察官としては稀有な才能よ。だけど、それだけ、犯罪に巻き込まれやすいって事なの!」
言い終わると同時に、二発目のデコピンが来た。
翼
「ううう、すみません」
小笠原
「自分の彼女にも容赦無いね……」
小笠原さんが、うずくまる私の頭を撫でてくれる。
穂積
「とにかく!ワタシのいない間、気を抜くんじゃないわよ!」
泪さんは私だけじゃなく、全員の顔を見渡して言った。
穂積
「分かったら返事!」
全員
「イエッサー、ボス!」
穂積
「よろしい」
気合いの入ったみんなの顔を見つめて、泪さんは、ふん、と鼻を鳴らした。
小野瀬
「全く、櫻井さんには同情しちゃうな」
駐車場を出て行った泪さんの車に手を振って見送った後、通用口から戻りながら、小野瀬さんが、私を見つめて溜め息をついた。
翼
「どうしてですか?」
小野瀬
「あんな暴君が上司で、だよ」
私たちは揃って笑いながら、待機していたエレベータに乗った。
小野瀬
「……それに、明日は12月18日。穂積の誕生日でしょ。本当ならみんなで食事して、その後は一緒に過ごせたはずなのに」
エレベータに乗り込んで二人きりになったのを見計らって、小野瀬さんはプライベートな話をしてきた。
そうなのだ。
急な出張が入るまでは、泪さんも私たちもそのつもりでいた。
例によって泪さんは自分の誕生日なんか忘れていたものの、藤守さんや如月さんが先頭になって、いつもの居酒屋でみんなでお祝いしましょうと言ったら、嬉しそうに目を細めた。
もうめでたくないとか、俺がおっさんになるのが嬉しいのかとか、口ではさんざん悪態をついていたけど。
だから、本当は泪さんも、出張なんか行きたくなかったんだと思う。
私にかこつけて文句を言ってたけど、本当は、みんなが企画してくれた誕生会をすっぽかすのが嫌だったんだと思う。
誕生会はすぐに延期する事が決まったし、みんなにも泪さんの気持ちは分かっているはず。
でも、泪さんはそういう人だ。
小野瀬
「俺と二人きりなのに、穂積の事ばかり考えてるんだね」
翼
「!」
耳元で囁かれて、私は飛び上がりそうになった。
翼
「すすす、すみません」
赤くなって見上げた先で、小野瀬さんが笑っている。
小野瀬
「穂積の留守に、きみを誘惑するのは無理そうだ」
エレベータが刑事部のフロアに到着して、開いた扉を、小野瀬さんが押さえてくれた。
小野瀬
「でも、くれぐれも油断しちゃ駄目だよ。あいつの事を考えてる時のきみは隙だらけだ」
先に降りて振り返った私の鼻の頭を、小野瀬さんは、指先でちょん、とつついた。
小野瀬
「きみを狙ってるのは、俺だけじゃないんだからね」
そう言って笑顔でウインクする小野瀬さんは、他の階に用事があるのか、エレベータを降りずに、私に手を振った。
いけない、いけない。
私は、感謝を込めて小野瀬さんに深々と頭を下げ、エレベータを送ってから、改めて、気合いを入れ直したのだった。
その日一日お手伝いに行ってみて、さくらポリスの業務は、やっぱりとても勉強になる事ばかりだった。
インターネットの普及とその進化はすでに私の想像を超えていて、殊に、性に関する情報の氾濫と、誘発される犯罪の数といったら凄まじい。
こんな危険な世界に、指先ひとつで簡単に入れるのだ。
売春の元締めをしているらしい女子高校生のサイトを調査したり(実は暴力団の中堅幹部の男だった)、アニメのサイトだと思ってクリックしたら援助交際のメール着信が止まらなくなった小学生とその親からの対面相談を受けたりと、一日中、慣れない仕事をしていたら、定時を迎える頃には、すっかり疲れはててしまった。
ようやく解放され、捜査室に戻って明智さんにも報告書を提出して、私は、へとへとになって帰宅したのだった。
いつもより長く入ったお風呂から出て、テレビも見ないでベッドに寝転がる。
身体は疲れてるのに頭は冴えて、というか、今日起きたごちゃごちゃした事を考えてしまってなかなか寝つけないでいると、枕元に置いた携帯が震えた。
泪さんだ!
がばっ、と跳ね起きる。
さっきまで、身体が泥みたいに重くてもう動けないと思っていたのに、我ながら現金。
内心苦笑いしつつ受話モードにすると、優しい声が聞こえてきた。