相合傘
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
喫煙所に、泪さんはいなかった。
焦って探しながら廊下を進んで行くと、休憩スペースの方から話し声が聞こえてきた。
着替えを終えた明智さんと泪さんがベンチに並んで座り、何だか楽しそうに笑いあっている。
明智
「……ですから、本当に、相合い傘をするつもりは無かったんです」
穂積
「じゃあ、一つの傘の下にいても、櫻井にムラムラしたりしなかったんだな?」
明智
「そ、それは、全く、その、しなかったと言えば嘘になりますが」
穂積
「触るつもりはないのに身体に当たる胸にも、湿って透けたブラウスにも、髪の匂いにも?」
明智
「なるべくそういう事は考えないようにしてましたが」
穂積
「してましたが?」
明智
「……すみません、至近距離から見上げられた時とブラウスの隙間から白い肌が見えた時とほつれた髪がうなじに貼り付いているのを見た時には少しだけムラッと」
穂積
「それのどこが『少しだけ』だ!俺の女に欲情しやがって、このムッツリ!」
明智
「すみませんすみませんすみません!」
座ったまま、小突いたり頭を抱えたりしてじゃれあう二人の姿に、私は自分がいつしか微笑んでいるのに気付いた。
それから、邪魔しないようにその場をそっと離れて、先に捜査室に戻る。
後で泪さんに謝ろう。
小野瀬さんにもちゃんと説明しよう。
やきもちを妬いたのは、私の方だったって。
決心とは裏腹に、その後、就業時間中に泪さんと話す機会は無かった。
外回りから帰って来て、終業時間を迎えて。
それでもなかなか二人きりになれないので、私は残業する羽目になってしまった。
幸い、明智さんを始めとする他のメンバーが雰囲気を察して早目に帰ってくれたので、捜査室に私と泪さんが残るまで、一時間とかからなかったけれど。
穂積
「櫻井、まだかかりそう?」
室長席で首を回しながら、ようやく、泪さんが声をかけてくれた。
翼
「あっ、いえ。あの、もう、いつでも切り上げられます」
私のおかしな返事を聞いて、くくっ、と泪さんが笑った。
そりゃ、そうよね。
だったら帰れって思うわよね。
案の定、泪さんはパソコンを閉じて立ち上がった。
穂積
「それなら支度しなさい、車で寮まで送るわ。アンタ、傘が無いんでしょう」
私は反射的に窓の外を見た。
昼間より小降りにはなってきたけど、外はまだ雨が降り続いているようだ。
翼
「ありがとうございます」
今度は素直に言えた。
うん、と、泪さんも頷いてくれた。
捜査室を出て、並んで通用口へ向かう。
穂積
「……今日は、悪かったな」
泪さんの口調が、プライベートのものに変わっていた。
その口調で話し掛けてもらえるのが、たまらなく嬉しい。
翼
「ううん、私の方こそ」
穂積
「まだ降ってるな」
通用口まで来て、雨の落ちてくる黒い空を見上げながら、泪さんが上着のボタンを外した。
穂積
「入れ。走るぞ」
そう言ってかざされた上着の下には、私がすっぽり入れそうな空間が出来ている。
翼
「!」
穂積
「傘なんてまだるっこしいからな」
立ちすくんでいた私に微笑んで、泪さんが、私をその場所に入れてくれた。
ほのかに香る泪さんの匂いと、温もり。
嬉しくて見上げると、泪さんが額にキスをしてくれた。
翼
「泪さん」
穂積
「ん?」
翼
「……寮じゃなくて、泪さんのお部屋に帰りたい」
泪さんの上着の中からそう打ち明けると、泪さんは少し頬を染めて、横を向いた。
穂積
「……最初からそのつもりだ、馬鹿」
私の頬も熱くなる。
翼
「泪さ」
穂積
「ほら、行くぞ!」
翼
「あっ待って、きゃあ!」
泪さん。
今日は本当にごめんね。
私、もっと大人になるから。
頑張るから。
だから、泪さんの傘には、他の誰も入れないでね。
みんなから相合い傘に誘ってもらえて嬉しかったけど、私はやっぱり泪さんがいいの。
~END~