約束の朝 *くちびる様のリクエスト
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瞬きをして瞼をひらくと、月明かりだけの薄暗闇に、室長のきれいな寝顔。
一瞬ビックリして、そしてすぐ、昨夜、室長のお部屋に泊めてもらった事を思い出す。
そっと目線だけを動かして見た窓の外は、まだ黎明の藍色だ。
……どうしよう。
夜明け前に目が覚めちゃった。
自然と、隣で静かに眠っている室長に視線を戻した。
枕にさらさらと流れる金色の髪、長い睫毛、微かな寝息。
自分がこの人の隣で眠るようになったなんて、未だに信じられない。
でも、全身に残る甘い倦怠感が、室長と、満たされた夜を過ごした証。
……幸せ。
胸の奥で呟いた時、不意に、室長がうっすらと瞼をひらいた。
碧色の目に見つめられて固まっていると、その目が細められて、ゆるやかなカーブを描く。
穂積
「……眠れない?」
微笑んだ室長に、私はこくんと頷いた。
室長は私の掛け布を直すと、身体ごと腕の中に包み込んだ。
額に、優しいキス。
顔を上げると、唇にも、触れるだけのキスをくれた。
穂積
「……そうだな……」
室長は私の髪を指で梳きながら、眠そうな目で私を見つめて、語り始めた。
穂積
「……お前が聞きたがっていた話、しようか」
私が聞きたがっていた話?
翼
『……室長は、私を、どこで見つけてくれたんですか?』
翼
『室長は、どうして、私を選んでくれたんですか……?』
穂積
「いつか話すって……、言ったろ」
私は顔をほころばせた。
覚えていてくれたんだ。
翼
「ありがとうございます。室長、聞きたいです」
そう言った私の唇に、室長は指先を押し当てた。
穂積
「……まず、敬語をやめろ。それから……、名前」
私につられて起きただけで、本当はまだ眠いんだろう。
室長の声は低く、少し掠れていて、囁くよう。
穂積
「……泪、だ」
耳元に吹き込まれて、ぞくりと感じる。
思わず身をすくめると、室長……泪さんは低く笑った。
指先が、ゆっくりと、唇の稜線をなぞる。
穂積
「泪」
泪さんはまるで甘えるような声で、静かに繰り返した。
翼
「……泪さん」
うん、と頷いて、泪さんは私の身体を抱いた。
泪さんはいつでも私より体温が高くて、素肌が触れ合うのは心地好かった。
穂積
「翼に初めて会ったのは……五、六年前だ」
私は、頭の中で逆算した。
翼
「私、高校生の時?」
穂積
「……そうだ。……制服を着ていた」
と言う事は、学校で?……あっ、非行防止教室?……ううん、あの時は年配の男性ばかりだった。
泪さんみたいに目立つ人、一度見たら絶対忘れない。それに、私が気付かなくても、周りの女子が騒いでるはずだ。
じゃあ、部活動で?登下校で?
穂積
「……登校中、……裁判所の前だ」
翼
「裁判所?」
意外な場所が出て来た。
穂積
「……お前は……判事に……弁当を届けに来た……」
泪さんを見ると、目を閉じている。
寝てしまったら、きっともう聞けない。私は急いで尋ねた。
翼
「……そこに、泪さんがいたの?」
泪さんは、仕草だけで頷く。
穂積
「……お前は判事に頭を撫でてもらって……嬉しそうで」
は、恥ずかしい。
高校生にもなって、私、そんな姿を見られてたなんて。
しかも泪さんに。
穂積
「……可愛かった」
翼
「え」
穂積
「お前の笑った顔」
泪さんは思い出しているのか、少し微笑んでいた。
ゆっくりと瞼をひらいて、私を見つめる。
穂積
「それが、お前との出会い」
翼
「……」
……それだけ?
たったそれだけの事を、泪さんは何年も大切に覚えていてくれたの?
一目見ただけの、私を。
穂積
「笑っちゃうだろ」
そんな事ない。
私はぶんぶんと首を振った。
翼
「嬉しい」
涙が出そうなくらい。
腕枕をしてくれている方の手が、私の頭を撫でた。
穂積
「……もうひとつの質問は、前に答えたよな」
翼
『室長は、どうして、私を選んでくれたんですか……?』
穂積
『お前を選んだのは、誰よりも、お前を好きになったからだ』
私は頷いて、涙を拭いた。
穂積
「……初めて会った時、……俺はもう、お前が好きだったんだよ」
翼
「泪さん」
ぽろぽろと涙が零れた。
それを掬うように、泪さんが頬にキスしてくれる。
穂積
「今は、もっと好きだ」
翼
「私も。泪さんが好き」
私が首に抱きつくと、泪さんはしっかりと抱き締めてくれた。
ねだるように見つめたら、微笑んでキスしてくれた。
泪さんのキスはいつも優しい、甘くてうっとりするようなキス。
角度を変えて、浅く、深く、何度も何度も唇を重ね合う。
穂積
「俺は、何年も待った」
口づけの合間に、私を見つめて、泪さんが呟いた。
胸が痛くなるような声。
深い想いの込もった眼差し。
どんな時でも完璧で、自信に満ちているはずの彼が、今は、迷子の子供のような表情で、私を見ている。
穂積
「やっと、手に入れたんだ。……もう、離さない」
離さない。
俺から離れるな。
泪さんはいつもそう言ってくれる。
どうして、こんなに求めてくれるの?
こんなに、愛してくれるの?
泪さんなら、他にいくらでも相手を選べるのに。
翼
「怖いです」
穂積
「え?」
急に、涙が込み上げて来た。
翼
「私、幸せ過ぎて、泪さんが好き過ぎて、怖い」
心変わりされるのが怖い。
この手を離されるのが怖い。
泪さんは真顔で、私を見つめた。
それから、子供をあやすような表情で微笑む。
穂積
「……言っただろう?もっと俺を好きになれ」
そう言って抱き締めて、髪を撫でてくれた。
穂積
「俺はお前しか見ない。信じろ」
翼
「泪さん……」
泪さんの手が、涙を拭いてくれる。それなのに後から後から、溢れて止まらない。
翼
「信じてる」
穂積
「必ず幸せにしてやる」
翼
「うん」
私は頷いて、泪さんの身体にきつく抱きついた。
もう、じゅうぶん幸せ。
怖いくらいに。
泪さんの唇を首筋に感じて、私はその温もりに身を委ねる。
夜明けはまだ遠い。
求め合うふたりを、月だけが見ている。
~END~