相合傘
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穂積
「おはよう……って、どうしたの、明智!ずぶ濡れじゃない!」
いつものように早朝会議を終え、スポーツ新聞を読んでいた泪さんが、出勤してきた私と明智さんの姿を見るなり、驚いたように室長席から立ち上がった。
つまりそれほど明智さんは濡れてしまったという事で、私は申し訳なくてたまらない。
翼
「私が傘を忘れたので、明智さんが入れて来てくれたんです」
穂積
「電話すれば車で迎えに行ったのに」
明智さんが濡れたジャケットを脱ぐのを手伝いながら、泪さんが心配そうに言った。
穂積
「悪かったわね、明智。シャワー浴びて着替えてらっしゃい」
明智
「ありがとうございます」
明智さんがロッカーから着替えを出してシャワールームに向かうのを見送ると、泪さんは、私を振り返って呆れ顔をした。
穂積
「アンタ天気予報見なかったの?」
……確かに、見なかったけど。
……でも、私だって、いつもは傘、持っているのに。
明智さんが濡れたらあんなに心配したのに、私にはそんな冷たい事を言うの?
穂積
「外回りに行くのに困るでしょう。前にコンビニで買った傘があるから、あげましょうか?」
泪さんは自分のロッカーから真新しいビニール傘を出してくれたけど、私は首を横に振った。
翼
「大丈夫です」
穂積
「でも」
翼
「ありがとうございます大丈夫ですお気持ちだけいただきます」
私が不機嫌だという事に気付いたのか、泪さんもまた、眉をひそめた。
穂積
「何それ」
翼
「すみません感じ悪くて」
私が唇を尖らせていると、泪さんは溜め息をついて傘を戻し、ロッカーを閉めた。
穂積
「何に怒ってるのよ」
翼
「別に」
穂積
「アンタねえ」
如月
「おっはよーございまーす!」
一触即発、というところで、如月さんが出勤してきた。
藤守
「いやー、えっらい雨やな!!」
藤守さんも出勤してきて、捜査室は一気に賑やかになる。
如月
「あれー?明智さん、今日はまだですか?」
藤守さんと二人並んで靴下を穿き替えながら、如月さんが明智さんを探して室内を見回した。
穂積
「櫻井と相合い傘して来て濡れたから、シャワーを浴びに行かせたところよ」
私に背を向けて室長席に戻りながら、泪さんが説明した。
如月
「え、翼ちゃん、傘忘れたの?じゃあさ、外回りの時は、俺の傘に一緒に入らない?」
翼
「えっ?」
泪さんの足が止まった。
藤守
「あーほ。今日、櫻井は俺と聞き込みの予定や。なっ、櫻井。風邪引いたらあかんからな、お兄ちゃんの傘にお入り」
翼
「あの」
……泪さん、何も言わないで席に座っちゃった。
いつもなら「ふざけんなてめえら」とか言って、みんなから私を引き離して、背中に隠してくれるのに。
何だか胸がモヤモヤしてきて、私は、如月さんと藤守さんに笑顔を向けてしまった。
翼
「ありがとうございます。明智さんもお二人も、本当に優しいですね」
誰かさんとは違って。
言外に込めた声を察したのか、たちまち泪さんが頬をひきつらせて立ち上がり、両手で机を叩いた。
穂積
「タバコ吸って来るわよ!」
言い終わらないうちに泪さんは捜査室を出て、物凄い音を立てて扉を閉めた。
小野瀬
「おー怖」
小笠原
「なんであんなに不機嫌なのさ」
入れ替わりに入って来たのは、小野瀬さんと小笠原さん。
如月
「翼ちゃん、傘を忘れたんですって。だから、今日は相合い傘するしかないねって話をしてたんですよ」
小野瀬
「なーんだ。じゃあ、穂積のいつものやきもちか」
小野瀬さん、違うと思います。
小笠原
「……ねえ、それなら俺の傘を貸してあげる。嫌じゃなければ、だけど」
小野瀬
「櫻井さんの為になら、俺も喜んで傘を差し出すよ。もちろん、相合い傘の方が嬉しいけどね」
小笠原さんはバッグから折り畳み傘を取り出し、小野瀬さんは騎士が淑女にするように、私の手の甲にキスをしてくれた。
この二人も優しいな。
それに比べて、と、脳裏に浮かんだ泪さんの顔に向かって、私はまた唇を尖らせる。
小笠原
「ところで、明智さんは?休み?」
小笠原さんが辺りを見回してから、誰にともなく呟いた。
翼
「いえ、明智さんは……」
シャワールームに、と言いかけた私の声に、小野瀬さんの呟きが被った。
小野瀬
「昨夜、だいぶ具合悪そうだったからね」
如月
「え、明智さん体調悪いんですか?」
如月さんが驚いたように声を上げたけど、私にも初耳だった。
小野瀬
「うん、昨日の残業中に熱が出てきたから、穂積が後を引き受けて帰らせたんだよ。今日は休むかと思ったけど、出勤してるんだね?」
小野瀬さんの言葉の途中から、私の胸は早鐘を打ち始めていた。
泪さんが、私よりも先に明智さんを心配したのは、そのせいだったんだ。
それなのに私、泪さんにあんな態度をとってしまった。
……ううん、それだけじゃない。
いつの間に私、こんなに自分勝手になっていたんだろう。
泪さんはみんなの室長なのに。
いつの間にか、泪さんは誰よりも私を大切にしてくれるものだと、それが当たり前だと思っていた。
たとえ言葉や態度は乱暴でも、泪さんはいつだって深い愛情を持って私を見守ってくれている事、分かってるはずなのに。
自分の落ち度を棚にあげて、泪さんが甘やかしてくれない事に腹を立てていたなんて。
なんて傲慢で、嫌な女なんだろう。
翼
「……あの、私、様子を見てきます」
居ても立ってもいられなくなって、私は捜査室を飛び出した。