Tokyo☆アブナイ☆week
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午後4時。
私と如月さんは茉莉花さんに付き添って、ステージ裏にある《Tokyo☆Week》出演者たちの楽屋まで来ていた。
一社の持ち時間が10分程度と短い事もあり、日程前半のショーの時と比べるとモデルさんの数もスタッフさんも少ないけれど、それでも、舞台裏は相変わらずの慌ただしさ。
今日は、オーナーのブランさんも、デザイナーのノワールさんもここにいる。
一週間に及んだイベントの最終日、その最後を締め括るブランドの代表という事で、ウェディングドレスの茉莉花さんに先立って、二人して舞台挨拶に登場する予定だからだ。
そのため当然、三人の警護を担当する捜査室メンバーは、全員、ここに集まる事になった。
けれど、私たちを迎えてくれたブランさんとノワールさんの傍らにいたのは、明智さんだけ。
室長と藤守さんの姿は無かった。
昼のイベントが終わってから二時間以上経ったのに、まだ、病院で手当てをしているのかな……。
翼
「……」
現場に室長がいない。
そう思うだけで、私はたちまち不安になってしまう。
もしも、今、新たな襲撃があったら、私たちはどう対処すればいいんだろう?
ううん……、不謹慎だけど、私にとっては、それよりも室長の怪我の方が心配だ。
どうして帰って来ないんだろう?
もしかして、思いのほか重傷だったの?
演出の打ち合わせを始めたブランさんたちと茉莉花さんをぼんやりと見つめながら私が悶々としていると、不意に、両方の肩が、後ろから温かい手に包まれた。
一瞬、室長かと思ったものの、ふわりと匂う柑橘系の香りが、それが誰なのかを教えてくれる。
小野瀬
「やあ、櫻井さん」
翼
「あっ」
室長ではなかった事にがっかりしながらも(ごめんなさい)、柔らかい声に振り返った私は、花婿のタキシードを着た小野瀬さんに笑顔を向けられて、息を飲んだ。
いつもハーフアップにしている長い髪を下ろし、綺麗にブローして、毛先に遊びをもたせたエレガントなヘアスタイル。
白、というより象牙色の上品なタキシードに、純白の薔薇のブートニア。
いつものように優美に微笑むその姿は、ファンの女の子たちが見たら卒倒してしまうのではないかと思うような格好の良さだ。
うわあ、と、私の隣で如月さんが目を丸くした。
如月
「さっすが小野瀬さん。超似合いますよ!かぁっこいいー!」
小野瀬
「そうかな。櫻井さん、どう思う?」
翼
「はい、とってもお似合いです!」
見惚れながら私が頷くと、小野瀬さんは「二人ともありがとう」と言ったものの、ちょっとだけ、不満そうな顔をした。
小野瀬
「でもやっぱり、俺が白いタキシードを着ても、きみはやきもちを妬いてはくれないんだね」
翼
「あっ、あの……」
私が狼狽えると、小野瀬さんはくすくす笑った。
小野瀬
「う、そ。……穂積の怪我の事なら、心配ないよ。さっき連絡が入ってね。5cmほどの切り傷で、傷跡も後遺症も残らずに、綺麗に治るそうだ」
翼
「えっ、じゃあ」
小野瀬
「うん。そろそろ帰って来ると思うよ。……ほら来た」
小野瀬さんが指差す方向を振り返ると、本当に、室長と藤守さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
翼
「室長!」
思わず叫んで駆け寄る。
穂積
「ただいま」
翼
「お帰りなさい!」
良かった、元気そう。
本当は抱きつきたいのを我慢して見上げると、室長は微笑んで、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
ブランさんたちに会釈をした後、室長は私から離れ、小野瀬さんに歩み寄る。
穂積
「小野瀬、急に代役だなんて、無理を言って悪かったわね」
小野瀬
「お前に無理を言われるのはいつもの事だよ」
ウインクで応える小野瀬さんに、室長は笑顔を返し、二人は互いの拳をごつんと合わせる。
たったそれだけの会話で、何もかも分かり合えるのが羨ましい。
穂積
「さて、と。小松原係長からの指示を伝えるわ」
室長は小野瀬さんとの話を終えると、きりりと表情を引き締めて顔を上げた。
穂積
「明智!」
明智さんが走って来る。
室長は手招きで、如月さん、藤守さんも呼び寄せた。
穂積
「ショー開始まで、ワタシと明智、藤守は、舞台裏での警護にあたる。ブランとノワールがステージに出る時には、明智と藤守に同行してもらうわ。小野瀬は茉莉花を頼むわね」
小野瀬
「分かった」
穂積
「如月と櫻井は、観客席の通路での立ち番よ。全員、周辺の状況に注意し、不審な点があれば、すぐに小松原係長かワタシに報告する事」
全員
「了解」
穂積
「会場にいる二千人の身元は、全て小笠原が把握しているわ。会場を映すカメラの映像もね。少しでも疑問を感じたら、小笠原に確認を依頼して」
全員
「了解」
指示を出し終えると、室長は、私たち全員の顔を見渡した。
穂積
「……さあ、最後のステージよ。気合い入れて。絶対、無事に終わらせるわよ!」
全員
「イエッサー、ボス!」
最終日のエキシビションでの演出に、特に奇抜なものは無い。
『ブラン・ノワール』でも、三日目のショーで使った白のウェディングドレスを茉莉花さんがまた着る事からも分かるように、それらは、すでに一度、これまでのフルモデルのショーで発表された作品ばかりだからだ。
にも関わらず、今日の、このエキシビションが全日程の中で最も人気が高いのは、30社のハイブランドが、それぞれ自社の特長を最も分かりやすい形で表現した最高の自信作を、次々に見る事が出来るからだろう。
こうして観客と同じ目の高さに立って、華やかなステージに吸い寄せられたような人々の恍惚とした表情を見ていると、ファッションショーというものに、どれほどの魅力があるのかがよく分かる。
前に、茉莉花さんが言っていたっけ。
ファッションショーは……
穂積の声
『如月、櫻井。出るわよ』
インカムのイヤホンから聴こえた室長の声にハッとして、私はステージを見上げた。
音楽が『ブラン・ノワール』のショーではお馴染みになったJ-POPに変わり、幕が上がると、目映い光と喝采を浴びて、ブランさんとノワールさんが登場した。
並んで歩く二人の半歩後ろを、黒いスーツの明智さんと藤守さんが一緒に歩く。
ブランさんも、ノワールさんも、四方からの声援や拍手に笑顔で手を振って応えながら、ゆっくりと花道を往復した。
ブラン
『Thank You,Japan』
ノワール
『Thank You,Tokyo』
英語で感謝の意を伝える二人の目は、心なしか潤んでいるよう。
それに気付いて、私もじんとしてしまう。
ブランさんはいつも紳士的で、優しかった。
明智さんと私が、この特設会場の中二階で警護していた時、ブランさんは私たちに迷惑をかけたと謝りながら、約束してくれた。
ショーが終わったら、フローラさんとともに罪を償うと。
たとえ名声を落とす事になっても、全てを明らかにして法に身を委ねると。
そして、フランスに帰国したら、もう決して、フローラさんに寂しい思いをさせはしないと。
ブランさんはきっと、約束を守ってくれると私は思う。
ノワールさんは、いつも明るくて楽しくて。
でも、とても繊細で、思いやりのある人だった。
昨日、ノワールさんは教えてくれた。
ラファエルとは親友だったのだと。
フローラさんもラファエルも現役だった頃には、三人でよく食事に行って、互いの夢を熱く語り合ったりしたものだと。
ノワールさんは、モデルである二人の加齢による変化にも対応するデザインの服を提案し続けた。
けれど、美し過ぎた二人は、自分たちの容色が衰えてゆく現実を受け入れられなかった。
それが全ての不幸の始まりだったと、ノワールさんは唇を噛んだ。
デザイナーの自分にもっと才能があれば、二人が納得する服を作れれば。
そうすればフローラさんもラファエルも、今でもモデルとして輝き続ける事が出来ていたはずだと、ノワールさんは自分を責めていた。
ラファエルが罪を償って戻ってきたら、もう一度彼と話をしてみるつもり。
もちろんフローラさんとも。
そして、ブランさんを含めた四人で、また、『ブラン・ノワール』を新しく生まれ変わらせたいのだと言っていた。
ノワールさんの夢はきっと叶うと、私は信じる。
ひときわ高い歓声が上がって、純白のウェディングドレスの茉莉花さんが花道に姿を現した。
小野瀬さんにエスコートされて、茉莉花さんは銀色に輝くステージの上を、ロングドレスの花嫁らしくしとやかに、けれど、軽やかに華やかに歩く。
光に包まれた長い花道の先端は、会場の中心。
そこに到達すると、茉莉花さんは輝くように素敵な笑顔を見せた。
私と同じ人を好きになった人。
たとえ恋敵でも、どんなに辛い思いをさせられても、茉莉花さんを本気で嫌いになることは出来なかった。
それは全て、あの魅力的な笑顔のせい。
モデルという仕事に誇りを持って、見えない場所でも手を抜かず、いつだって真剣で正直で、常に最善を尽くそうとする人。
だからこそ、茉莉花さんの笑顔は最高に光り輝く。
茉莉花
『Thank You,everyone』
茉莉花さんから学んだ事を、私は忘れない。