Tokyo☆アブナイ☆week
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さっきまでVTRでトークしていたブランさんとノワールさんが特設ステージに上がると、お客さんたちが足を止め、笑顔で拍手を送ってきた。
ブランさんは声援に一礼してから、ノワールさんは投げキッスで応えてから、壁際に置かれたスツールに座る。
二人が並んで腰を下ろすと、人々の視線は再び、ステージ中央に立つ室長の、黒いウェディングドレスに集中した。
ノワール
『黒いベールはそのまま、花冠とブーケを黒百合からカサブランカに代えてみたわよ。黒から白へ、さらに大輪の花になった事で、かなり印象が違うでしょう?』
ブラン
『確かにだいぶ変わったね。披露宴でのカラードレス向きかな?これなら、広い会場でも映えるだろうね』
ブランさんとノワールさんが、フランス語でドレスの説明を始めた。
それぞれ同時通訳をする男性スタッフを介してではあるけれど、足を止め、二人の軽快な会話に聞き入るお客さんも少なくない。
お客さんの流れは、エスカレーターで昇ってくると正面に店舗、そこから左に折れ、壁に沿って設えられたステージに並ぶブランさんとノワールさん、室長、大型モニターへと、反時計回りに続いていく。
周りには充分な広さがあるので、それを利用しながら、順路を確保してステージの先のフロアに人を流し、渋滞させないようにするのが私の仕事だ。
ブラン
『ちょっと、黒いベールを外して蝶結びにして、腰の後ろに2、3輪のカサブランカで留めてみてくれないか』
ノワール
『こうかしら。あら素敵。じゃあ、裾をこうしたら?』
ブラン
『いいね。華やかになった。ハイヒールをブーツに代えても、きっといいだろうな』
ブランさんとノワールさんはいつの間にか立ち上がって、自分たちでドレスのアレンジを始めた。
これはまた随分と贅沢なワークショップだな、と、私は苦笑いしながら思う。
お客さんは大喜びだけど、その分、人の流れは遅くなってしまう。
警護を信頼してくれるのはありがたいけど、ブランさんもノワールさんも、自分たちが狙われている事、本当に分かっているのかしら?
一方で私の視界には、明智さんだけでなく、藤守さんの姿も見えて来ていた。
それは、ラファエルが、すでに順路に入った事を示している。
入り口側に待機して、ラファエルが直接行動に出たら現行犯逮捕するのが、藤守さんの役目だからだ。
私はぞくりとした。
「ただし、発見したからといって、即、捕まえてはダメ」
ミーティングの時は何気無く聞き流してしまったけど、あの時、確かに、室長はそう言った。
「実際に危険な行動を起こしたら、そこで現行犯逮捕ですね」
藤守さんはそう答えた。
それはつまり、ラファエルに何らかの事件を起こさせる、という事。
それでいながら、ラファエルの望む「不幸な事件」を起こさせてはならない、という事。
私にはその矛盾を解決する方法が思いつかない。
ラファエルが何をして来るのか想像がつかないからだ。
それなのに、室長はブランさんたちの作業に身を任せながら、ただ静かな微笑みを浮かべて立っている。
室長を、そして明智さんや藤守さんを信じてはいるけれど。
高まる緊張感と不安で、早鐘を打つ心臓が苦しい。
ブラン
『黒いドレスの難点は、同席する他の来場者と被る確率の高い色でもあるという事だよ』
ノワール
『それは認めるわ。だから、このドレスでは、シェイプなラインを維持しながら、単調にならないよう工夫したつもりよ』
ブラン
『ほう?』
ノワール
『たとえば……』
ブランさんとノワールさんが説明のために、揃って、室長の後方に移動した。
まさにその時。
私の目の前を、長身の背中が塞いだ。
翼
「……!」
黒いサマージャケット、そして、銀色の髪。
ラファエル!
私は総毛立った。
息遣いまで聴こえる至近距離にいきなり現れた相手に、頭の中が真っ白になってしまう。
とにかく落ち着かなくては。
ラファエルの存在は、室長も、それぞれの任務に就いている皆も、もちろん気付いているはず。
だとしたら、これからどうすればいいか。
私に出来る事は何なのか……。
そればかりを必死で考えていた時、私はようやく、ラファエルが、何かぶつぶつと呟いている事に気が付いた。
ラファエル
『……』
フランス語らしいその呟きの意味は私には分からなかったけれど、かろうじて聞き取れた言葉の中に、確かに「フローラ」という単語が含まれていた気がする。
どういう意味だろう。
フローラさんがここにいない事は、ラファエルにも分かっているはずなのに。
私は、つい、身を乗り出した。
ラファエルは私に構わず、しきりに身体を揺すりながらも、まだ、小声で何か言い続けている。
何だか、同じ言葉を繰り返しているみたい……そう気付いた時、私はある方法を思いついた。
それは、もう少し近付いて、私のインカムのマイクに、ラファエルの声を拾わせる事。
室長はフランス語が使える。
だから、室長に聞いてもらえば、ラファエルが何を言っているのか分かるはず。
私はそっと半歩横に動き、自分の呼吸音が入らないように手で口を押さえてから、さらにラファエルに近付いて、マイクのボリュームを上げた。
ラファエル
『Flora……』
次の瞬間、ステージ上にいた室長が、弾かれたようにこちらを振り向いた。
すると、室長と目が合ったラファエルが、うっとりと嬉しそうな笑顔を浮かべたではないか。
ラファエル
『……J'aimerais vous aider.……』
穂積の声
『……そいつから離れなさい、櫻井』
室長の硬い声に、私は、自分がラファエルに近付きすぎた事を悟った。
けれど、ラファエルには、私の姿など目に入っていないよう。
さっきまでと同じ言葉を繰り返しながら、身体を揺すっている。
ラファエル
『……Je suis heureux de pouvoir t'aider.……』
翼
「何を言ってるんですか……?」
私は、言われた通りにそろそろと後ずさりながらも、声を潜めて室長に尋ねた。
穂積の声
『《フローラ、君を助けたい……君の役に立てるのは嬉しい》と言っている』
ラファエルの言葉は段々と早口になり、私にはもう聞き取れない。
穂積の声
『狙いはブランだ』
インカムを駆使して、室長が如月さんや藤守さん、明智さんに矢継ぎ早に指示を出す。
会場の最前列で、長身を揺すっているラファエルは悪目立ちする。
不穏な気配に、どうやら、お客さんたちも少しずつ異変に気付き始めているようだ。
いけない。
でも、何かをきっかけに均衡が崩れてしまいそうで、私はもう声が出せない。
ただ、お客さんたちを巻き込まないように、ゆっくりと、ゆっくりと、人の流れをラファエルから遠ざける。
ラファエルの見つめるステージの上では、ブランさんとノワールさんが、今まで通りに話を続けてくれていた。
そのおかげで、お客さんたちも、何か変だとは感じながら、比較的落ち着いているのだと私は思った。
二人とラファエルの間にはまだ数mの距離があり、中間に室長がいる。
室長は正面にいるラファエルを常に視界に入れながら、しかも、常に、背後の二人を庇う位置に移動していた。
インカムで指示を出す時には巧みに口元を隠し、時には、ラファエルの気を逸らさないよう、意味深な眼差しを向ける。
室長が微笑むと、ラファエルも微笑む。
もはや、ラファエルの心が完全に室長に奪われているのは間違いないけれど、それは同時に、ラファエルの妄執がさらに加速している事をも意味する。
じりっ、と、明智さんと藤守さんが距離を詰め、私のすぐ後ろまで来た。
唐突に、ラファエルが動いた。
いきなりステージの段差を飛び越え、奇声を発しながら、ブランさんに向かってステージを駆け上がったのだ。
けれど、間には室長がいる。
室長は、ブランさんに躍りかかろうとしたラファエルの前に、流れるような動きで身体を投げ出した。
翼
「!」
行く手を阻まれて逆上したのか。
ブランさんを庇う姿に嫉妬したのか。
ラファエルの左手が室長の右腕を掴み、振り上げた右手の先で、銀色のナイフが煌めいた。
スローモーションのような一瞬の中で、私は見ていた。
室長に向かって降り下ろされるナイフの刃。
よろめき、縺れあって倒れる室長とラファエル。
掴まれたままだった室長の右腕。
閃光と、呻くような悲鳴。
散ってゆくカサブランカ。
藤守
『そこまでや!動くな!』
明智
『傷害の現行犯で逮捕する!』
藤守さんと明智さんが同時に背後から飛び付いてラファエルの腕を捕らえ、抑え込んだ瞬間から、再び、世界に色と時間が戻って流れ始めた。
駆け付けた小松原係長と五係の人たちが、明智さんに手錠をかけられたラファエルを連行して、人混みを抜けて行く。
ラファエルは抵抗し、フランス語で何か口汚く叫んでいたけれど、係の人たちに囲まれて、連れられて行った。
幸いな事に、一時は突然の乱入騒ぎにどよめいたお客さんたちも、大きなパニックには陥らずに済んだ。
私は、まだ、動悸と足の震えがおさまらないけれど。
一方で、襲われた室長は、さっき倒れ込んだまま、腰が抜けたように座った姿勢でいる。
藤守さんが膝をついて、室長を助け起こそうと手を貸していた。
藤守
『大丈夫ですか?』
穂積
『Merci』
二人は英語とフランス語で、まるでモデルとボディーガードのドラマの一場面のようなやり取りをしているけれど、あの時、私は見ていた。
降り下ろされるナイフを防いだのは、室長の左腕。
その手が握っていたのは、カサブランカのブーケに隠されていた、小型スタンガン。
閃光を放ったのはナイフではなく20万ボルトの電圧の火花、呻いたのは室長ではなくラファエルの方。
散ってしまったカサブランカの傍らで、室長は、差し伸べられた腕に縋って身を起こしながら、お客さんたちから見えないように密かに、藤守さんのスーツのポケットに、スタンガンを滑り込ませた。
穂積
『Merci beaucoup』
いやいやいや。
いかにも「助けて頂いてありがとう」みたいな顔して目をウルウルさせてますけど、ラファエルにスタンガンで電気ショックをかましたのは、アナタですから!
穂積
『Merci beaucoup』
藤守さんに支えられて立ち上がった室長は、フランス人女性を演じたまま、彼の顔に両手を添えて身を屈め、右の頬にチュッとキスをした。
藤守
「うひゃあ!」
思いがけない室長からのキスに、藤守さんがたちまち真っ赤になって飛び上がる。
それを見た大勢のお客さんたちから、笑顔とともに、わあっという歓声と拍手が送られた。
さらに、ブランさんとノワールさんからも拍手を送られて、藤守さんは耳まで赤く染めてしまう。
満場の拍手を浴びて、藤守さんは恐縮して長身を屈めながら、ステージを降りてきた。
室長は藤守さんと明智さんに笑顔で手を振り、目が合った私にも、小さくキスを投げてくれた。
すると、壁に飾られていた花々の中から大輪の白薔薇を外して、ブランさんがそれを室長の髪に飾った。
ノワールさんもまた、同じようにして壁から花を外し、散ってしまったカサブランカのブーケの代わりに青や白、黄色といった花をリボンで束ね、即席で拵えたブーケを室長に持たせる。
ドレスに、靴に、次々と色とりどりの生花が飾られて、室長はまるで花の精のように華やかに変わってゆく。
ブラン
『Merci beaucoup』
ノワール
『Merci』
ブランさんとノワールさんから室長に送られた花と感謝の言葉は、私たちの間だけに通じる、秘密の会話。
穂積
『Merci beaucoup』
拍手と喝采に包まれる会場で、正面に向き直った室長が、花を纏ったドレスの裾を持ち上げて、優雅に一礼した。