約束の朝 *くちびる様のリクエスト
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~翼vision~
仕事を終えて警視庁の通用口まで降りて来ると、外は雨。
見上げた暗い空から、霧のように細かい雨が降り注いでくる。
私は普段、雨が好き。窓の向こうに降る雨を見るのが好き。
夜の雨は少し怖いけど、今日は、室長のお家にお邪魔する事になっている。
室長と過ごせると思うだけで、夜雨の憂鬱なんて吹き飛ぶから不思議。
我ながら単純だけど。
折り畳みの傘を広げていると、目の前の道路に車が停まった。
ハザードランプが灯り、運転席の窓が開いて、顔を出したのは明智さん。
明智
「櫻井、送ろうか」
一瞬迷ったものの、私は傘を畳み、駆け出して明智さんの車の後部座席に乗った。
翼
「ありがとうございます」
明智
「いや、ちょうどタイミングが良かったから」
ハンドルを握ったまま、顔だけ振り向いて明智さんが微笑んだ。
明智
「寮でいいのか?」
翼
「あの、買い物をして帰りたいので。近くのスーパーまでお願いします」
今夜は寮には帰らない。
だから、降ろしてもらう口実のつもりだったけど、相手を間違えた。
明智
「そうか。それなら俺も」
しまった(明智さんごめんなさい)、と思ったけど、もう遅い。
慣れない嘘なんかつくものじゃない。一度寮まで送ってもらって、それから室長のお家に出直せばよかった。
明智
「櫻井、何を作る予定だ?」
翼
「えと、栗の炊き込みご飯と、お味噌汁に挑戦してみようかと思います」
これは本当。
以前、明智さんが捜査室のお昼に差し入れしてくれた時、室長は会食で食べられなかった。
だから、食べさせてあげたいと思ったのだ。
翼
「この前、明智さんにレシピを書いてもらったから」
明智さんは少し考えて、ああ、あれかと頷いた。
明智
「だが、栗は胸焼けするからな。味噌汁は、なめことか、ほうれん草とか、豆腐とか、喉ごしの良いものがいいかもしれない」
お料理の話をする明智さんは、いつもより雄弁。
翼
「じゃあ、ほうれん草にします」
明智
「ああ」
スーパーへ着いて、明智さんと並んで別々のカートを押す。
明智
「玄米を混ぜて炊いても美味いぞ。その時は麦味噌にするといい」
翼
「勉強になります」
本当に、明智さんの教えてくれるお料理はみんな美味しそう。
明日の朝のパンまで買って、私と明智さんはレジを済ませた。
翼
「明智さん、私、電話で迎えを呼びましたから。ここで結構です。ありがとうございました」
明智
「え?……そうか?送って行くつもりだったのに」
明智さんは、申し訳なさそうな顔をして時計を見た。
明智
「思ったより買い物に時間が掛かったんだな。すまん」
ああ、こんないい人に嘘をつくなんて。
翼
「とんでもない。送って頂いてたら、明智家のお夕飯が遅くなってしまいますから」
これは効いたみたい。
明智さんのお家では、帰宅した明智さんが夕飯を作る。
遅くなるとお姉さんたちが暴れ出す、とは、明智さん本人の言葉だ。
明智
「悪いな」
翼
「いいえ。本当に、ありがとうございました」
エコバッグを提げた明智さんの背中に頭を下げて、車に乗って駐車場から出るまで手を振って、それから、私は室長にメールを打った。
いつの間にか雨が上がって、月が出ている。
メールを打ってから二十分ほどで、室長の車がスーパーの駐車場に入って来た。
私は停止を待って、運転席のドアから降りた、背の高い影に駆け寄った。
穂積
「何か、中途半端な場所にいるな」
首を傾げる室長に、私は、車の中で事情を説明した。
穂積
「明智には悪い事をした」
そう言って笑いながら、室長はマンションの駐車場に車を停めた。
翼
「近いうちに甘い物でお返しします……」
私は小さくなった。
室長が、スーパーの袋を持ってくれる。
穂積
「そうしろ。俺がおごってやってもいいが、それも変だしな」
話をしながら着いた部屋で、室長が鍵を開けた。
翼
「お邪魔しまーす……」
部屋の中は、いつもの惨状。
振り返って見上げると、室長は片手で顔を覆って項垂れていた。
穂積
「……すまん」
その様子が可笑しくて、私は笑顔になる。
翼
「軽く片付けて、お夕飯にしましょうね。室長は、シャワー浴びて休んでて下さい」
この流れも数回目。
慣れた手付きで床の衣類を拾いながら、私はキッチンに向かった。
お料理は好評で、室長は全部褒めてくれて、嬉しかった。
何でも残さず食べてくれるし、いつも惚れ惚れするような食べっぷり。
食べ終わった食器を運ぶのも、手伝ってくれる。
片付けを終えて、私もシャワーを浴びた。
これにはまだ慣れない。
……どうしても、この後の事を考えて恥ずかしくなってしまうから。
バスルームから出て来ると、室長はミネラルウォーターを飲み干したところだった。
私にも差し出してくれるのを、お礼を言って受け取る。
翼
「いいお湯でしたー」
これは私の口癖。そして、室長はいつも笑う。
穂積
「家のシャワーなのに」
翼
「実家の習慣なんです」
唇を尖らせる私に、室長は楽しそうに笑った。
穂積
「そのうち、俺も言うようになるかもな」
室長の言葉の意味に気付いて、私は真っ赤になった。
照れ隠しに、辺りを見回す。
翼
「あ、し、室長。靴下と下着は洗濯機に入れてくれるようになったんですね!嬉しいです」
室長はくすくす笑っている。
穂積
「そうやって少しずつ、俺を変えていってくれ」
近付いてくる室長の顔が、もうまともに見られない。
翼
「あの、洗濯機を」
まわさなきゃ、という言葉の続きは、私を抱き締めた室長の唇に奪われた。