Tokyo☆アブナイ☆week
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茉莉花
『ラファエルなら知っているわ』
鏡に囲まれたリハーサル室で、入念なストレッチを行いながら、茉莉花さんが言った。
シンプルなグレーのレオタードを着た茉莉花さんが身体を前に倒すと、両手がぺたりと床に着く。
私と如月さんも、スーツ姿で真似してみるけど、指まで楽に着く如月さんに対して、私は床にも届かずプルプル震えるばかり。
茉莉花
『元モデルだから見た目はいいけど、熱くて粘着質というか、しつこい感じの男の人だったわね』
翼
『……でも、フローラさんとラファエルさんは、交際していたんですよね?』
私は顔を上げ、思い切って、数日振りに茉莉花さんに声を掛けてみた。
茉莉花さんはこちらに背中を向け、真っ直ぐに前を向いて立ったまま、脚を肩幅に開いてから、ゆっくりと身体を捻る。
茉莉花
『ラファエルが一方的に付きまとっていたのよ。フローラさんは気持ち悪がってたわ』
如月さんもいるせいか、わだかまりの感じられない様子で、茉莉花さんは私の問いに答えてくれた。
ただ、目線は鏡に向けたまま。
積極的に、私と顔を合わせようとはしない。
如月
『茉莉花さんも口説かれたの?』
如月さんの軽口に、茉莉花さんは笑った。
茉莉花
『いいえ。ラファエルはフローラさんみたいな、金髪碧眼の美人に執着するのよ』
茉莉花さんはそう言ってから、一瞬だけ、鏡の中の私を見た。
茉莉花
『だから、ルイが女装する羽目になったんでしょ』
まだ、呼び捨て。
でも、茉莉花さんにしてみれば、最初から今までずっとそう呼んできたんだし、私が嫌がったぐらいで直す理由も無いんだろう。
如月
『室長が女装する話、聞いてるんだね』
茉莉花
『ええ。ノワールが張り切ってたわ』
如月さんと茉莉花さんは、モデルとして何日も一緒にショーをしてきたからか、お互いに話し方もすっかりこなれて、すでに友人のよう。
何だか羨ましい。
茉莉花
『明日、ルイが着るのは、フローラさんが引退してしまって、発表するタイミングを逃していた大作なのよ』
如月
『へえ。……もしかして、茉莉花さんも着たかった?……でもさ、そんな縁起の悪い服を、茉莉花さんがわざわざ着る必要はないよ』
茉莉花さんはバレエシューズを履きながら、笑った。
茉莉花
『気を遣ってくれてありがとう、キサラギ』
壁際のバーに手を添えて立った茉莉花さんは、ゆっくりと、バーレッスンを始めた。
茉莉花
『でも、いいのよ。あのドレスは、フローラさんのイメージに合わせて作ったから、大人っぽすぎて、私には似合わないの』
それに、と、茉莉花さんは私たちを振り返った。
茉莉花
『ルイがあれを着るのは、私たちを守ってくれるためだもの。平気どころか、申し訳ないぐらいだわ』
そう言うと、丁寧に足の位置を変えながら、浅く深く膝を屈伸するプリエを繰り返した後、次はタンデュへ。
毎日欠かさないトレーニングを丹念にこなす茉莉花さんの汗が光るのを見ていると、私は、この汗が報われる事を願わずにはいられなくなる。
如月
『なら、いいけどさ……』
茉莉花
『それより、ねえ、キサラギ』
如月
『うん、なに?』
茉莉花
『ちょっとの間、翼と二人で話がしたいの。席を外してもらえるかしら?』
どきん、と私の鼓動が跳ねた。
私の隣で、腕組みをして茉莉花さんを見ていた如月さんが、腕をほどく。
如月
『いいよ。翼ちゃんも、いいよね?俺、廊下にいるからさ』
翼
『は、はい』
頷いた私の肩に、ぽん、と手を置いてから、如月さんは私の耳元に口を寄せた。
如月
「頑張って」
廊下に出て行く如月さんの背中を一礼して見送り、私は、茉莉花さんに向き直った。
茉莉花さんはもう鏡に背を向けて、燃えるような目をして、私を見ていた。
茉莉花
『ルイの婚約者だったんですってね』
ヒールの無いバレエシューズを履いていても、茉莉花さんは私より背が高い。
見下ろされるような感覚に、私は身体を硬くした。
茉莉花さんはペットボトルの封を切って、ミネラルウォーターを一口飲んだ。
茉莉花
『アオイから聞いたわ』
翼
『……すみませんでした』
私は深く頭を下げた。
翼
『……私的な事だと思ったので、お話ししませんでした。でも、今は、失礼な態度をとってしまう前に、お伝えしておくべきだったと反省しています』
茉莉花さんは、声に出して溜め息をついた。
茉莉花
『そうね。私も、あなたの口から聞きたかったわ』
『でも』と、茉莉花さんは続けた。
茉莉花
『あなたが言い出せなかった事情も、分かる。そもそも、上司でもあるルイが、あなたと特別な関係にある事を、私に教えなかったんだし』
翼
『……』
茉莉花
『教える必要も無い、と、思われていたという事よね』
茉莉花さんは、少し、寂しげに笑った。
茉莉花
『むしろ、余計な情報を与えて、私の、ショーへの集中力を妨げたくない……そう、考えてくれての事だったのよね』
翼
『……』
私は、茉莉花さんをここまで納得させてくれた、小野瀬さんに感謝していた。
確かにその通りだ。
でも、私の気持ちのどこかには、室長の相手が私だと茉莉花さんに知られた時、釣り合わないと思われるのが怖かった、という劣等感があった事も、また、確か。
私がその事も正直に打ち明けると、茉莉花さんは笑った。
茉莉花
『あなたと、ルイはね。釣り合うか釣り合わないかで言ったら、全然、釣り合わないと思うわ』
翼
『……』
茉莉花
『だけど、大切なのは、周りからどう見えるか、という事じゃないでしょ』
茉莉花さんは、美しい顔を軽く傾げた。
茉莉花
『あなたと、彼とが、互いに惹かれ合うか、それとも惹かれ合わないか、だわ』
茉莉花さんの口調が変わって、私はハッとした。
翼
『……茉莉花さん』
茉莉花
『私はルイに惹かれた。でも、ルイは私に惹かれてくれなかった。それだけの事』
茉莉花さんは肩をすくめ、次に、その肩から力を抜いて、微笑んだ。
茉莉花
『ショーはもう一日あるわ。……言っておくけど、私は、最後まで彼を「ルイ」と呼ぶわよ。これは、私の意地』
茉莉花さんは、きれいな指で私の鼻先を摘まんだ。
それが思った以上に痛かったのは、きっと気のせいじゃない。
茉莉花
『あなたに負けた事を認めるんだから、そのくらいの意地、許してくれてもいいでしょう?』
翼
『はい。……許してあげます』
私が慇懃に言うと、茉莉花さんが、ぷ、と噴き出した。
茉莉花
『ありがとう、翼。……それから、今までごめんね』
翼
『こちらこそ』
私たちは顔を見合わせて、笑った。
茉莉花さんの笑顔は、やっぱり最高。
明日、最終日、最後のショーで、この笑顔がもう一度見られますように。