Tokyo☆アブナイ☆week
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~小松原vision~
《Tokyo☆Week》六日目の朝。
いつもの早朝ミーティングの時間、俺は、穂積を、開店前のハイブランドフロアの一角にある休憩所に誘った。
小さいテーブルを挟んで座り、昨日の報告と、今日の警護の打ち合わせを行う。
報告書を読みあげる穂積は、いつもと変わらない様子。
昨夜、櫻井に託した変更点も、穂積にちゃんと届けられていた。
藤守が約束してくれた通り、何も起こらなかった事になっているようだ。
穂積と過ごせるこの平穏な時間を、俺は本当に有り難いと思った。
俺からの新しい指示書を黙読している穂積の長い睫毛を見ながら、俺は、ぽつりと訊いてみた。
小松原
「……なあ、穂積」
穂積
「はい」
穂積が顔を上げた。
小松原
「いつ、結婚するんだ?」
穂積
「……誰の話ですか?」
急に場にそぐわない単語が出たせいか、穂積が怪訝な顔をした。
そう言えば、今まで、穂積と、プライベートな会話をした事は無かったなと俺は思い出す。
小松原
「お前と、櫻井だ。付き合っているんだろう?」
きょとんとした表情の穂積に、可笑しさが込み上げてくる。
小松原
「《Tokyo☆Week》の前夜、お前と櫻井を見たぞ」
穂積
「…」
瞬きの後、あ、と唇が動いて、穂積の顔色が変わった。
穂積
「…………す」
俺を見つめたまま、穂積の顔がみるみるうちに赤く染まる。
穂積は肌の色が白いので、あっという間に耳の先まで赤くなったのが、よく分かった。
穂積
「…………すみません」
こんなに恐縮する穂積を見るのは初めての事だ。
小松原
「謝る事は無い。勤務時間外だし、今どき、路地裏のキスくらい、俺以外の警察官でも、まあ、大目に見るだろう」
穂積
「……いえ……本当に……」
弱りきった穂積が、熟れたトマトのような顔を左手で覆った。
穂積
「……勘弁して下さい」
とうとう俯いてしまった。
堪えきれず、俺は噴き出した。
小松原
「あっはっはっはっ」
初めて見る、素顔の穂積。
それはあまりにも正直で、可憐で。
一頻り笑った俺に、穂積は、観念したように溜め息をつき、それから、少しだけ照れ笑いを浮かべた顔を向けた。
穂積
「……出来るだけ早く、とは思っています。ただ……、実は、彼女の父親に渋られてまして」
ちょっと鎌を掛けただけの俺の話に、穂積が律儀に返事をする。
ほう、と俺は意外に思った。
俺が尋ねたからではあったが、穂積が素直に交際を認めた事、それに、どうやら、結婚したい気持ちは穂積の方が強いらしい事も、だ。
小松原
「お前、父親の反対とか気にせず入籍してしまいそうに見えるんだがな」
穂積
「彼女に後悔させたくないんです」
穂積は静かに言うと、真面目な顔になった。
穂積
「……彼女の父親は、彼女が警察に入った事も、よく思っていないんです。大事な娘が心配なんですよ。しかも、心配だけれど、入ったからには、一人前の警察官になるべきだと考えている」
父親の気持ちは一見矛盾しているようだが、分かる気もする。
俺はまだ独身だが、娘が出来れば、きっとそう思うだろう。
穂積
「……今回、彼女が催涙スプレーを浴びたと聞いた瞬間、彼女の父親の顔が目に浮かびました」
あの時か。
俺がそれを伝えた時、穂積は蒼白な顔をしていた。
警備出身者なら誰しも、催涙スプレーの威力と、浴びた時の苦しさは知っている。
俺はその時、穂積の反応はそのせいだと思っていたのだが。
穂積
「彼女の父親が知ったら、また、どんなに心配するだろうかと思いました」
穂積の表情は、苦しげなものに変わっていた。
穂積
「……その後、シャワーでガスも化粧も洗い流して、小野瀬の買った女の子らしい服を着て戻ってきた櫻井を見た時には……、正直言って、涙が出そうになりました」
小松原
「……」
穂積が拳を握り締めた。
穂積
「俺が捜査室に入れなければ、普通の女の子でいられた。親に心配かける事も無かった。……それが、申し訳なくて。……でも、本人は俺を信じて、懸命に一人前になろうとしている。……だから、俺が泣くわけにはいかなくて」
俺はいつしか、穂積の肩に手を乗せていた。
小松原
「……お前の気持ちは、櫻井にはきっと分かっている」
穂積
「……ありがとうございます」
ずきり、と胸が痛んだ。
そんな目で見るな。
俺は昨日、お前がそれほど大切に想っている女に、酷い事をしようとしたんだ。
穂積
「櫻井の事は、幸せにしてやりたいと思っています。……でも、まだ辛い思いをさせていて……つい、係長にこんな話をしてしまいました。申し訳ありません」
深々と頭を下げた穂積に、俺の胸は、まだずきずきと痛んだままだった。
穂積
「……申し訳ないついでに、今の話は、係長の胸の内だけにとどめておいて頂けると有り難いのですが」
小松原
「ああ。それは、もちろんだ」
俺が頷くと、穂積はほっとした表情を見せた。
穂積
「ありがとうございます」
小松原
「……本当に、愛しているんだな……」
ぽつりと呟いた俺に、姿勢を正して書類を手に取りかけていた穂積が、頬を染めて微笑んだ。
穂積
「ええ」
それは俺が初めて見る、穂積の本当の笑顔だった。
穂積
「俺は、櫻井を、愛しています」
眩しくて、俺は目を細めた。
穂積と別れた後、持ち場に戻るために一人で歩いていると、不意に、階段の陰から、ひょい、と、黒い影が顔を出した。
ノワールだ。
唇に指を当てて、もう一方で、ちょいちょい、とこちらに手招きをする。
小松原
「?」
俺は辺りを見回してみたが、俺以外誰もいない。
仕方なく自分を指差して首を傾げると、ノワールは、そうだ、と言うように、こくこく頷いた。
小松原
「……?」
手招きに誘われて近付くと、ノワールの背後から、藤守もひょっこりと顔を出した。
藤守
「おはようございますー」
小松原
「藤守……?」
間を遮るようにして、ノワールが俺の肩を抱く。
ノワール
『相談があるのよ、コマツバーラ』
小松原
『相談?』
ぎくりとした。
まさかこいつら、櫻井の事で、俺を揺するつもりじゃないだろうな。
神妙な顔で俺の腕を掴んだ二人の手によって、俺は、近くの物陰に引っ張りこまれていた。