Tokyo☆アブナイ☆week
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~小松原vision~
小松原
「明日の警護の変更点を記した書類だ」
スペースの手前で、俺は、本当に、穂積に届けるべき書類を櫻井に手渡す。
小松原
「頼むぞ」
翼
「了解しました」
きちんと両手で書類を受け取る櫻井に、俺は微笑んだ。
小松原
「頑張っているようだな、櫻井。ここでの警護もあと少しだ。気を緩めずに頼むぞ」
翼
「はい」
元気の良い返事が返ってくる。
だが、その表情には、心なしか翳りがあるように見えた。
俺は本気で心配になる。
小松原
「……お前、顔色が悪いぞ。何か、悩みでもあるのか?」
穂積の事で、と訊きたいのを、ぐっと堪える。
翼
「えっ……す、すみません。そんな顔になってましたか」
櫻井が思いの外分かりやすく狼狽したので、こちらの方が戸惑ってしまった。
小松原
「あ、いや。立ち入った事を聞いてしまったか。すまん」
俺は咳払いをした。
小松原
「お前だって若い女だ、そんな時もあるよな」
言ってから、しまった、と思う。
小松原
「あー……、今のはセクハラ発言になるのか?」
しかし、慌てた俺に対して、櫻井はくすりと笑って首を横に振った。
翼
「大丈夫です。係長がそんな人じゃないって、知ってます」
小松原
「そ、そうか」
翼
「はい。……ご心配、ありがとうございました」
にっこり笑ってから、櫻井は腕時計を確かめ、俺に向かって頭を下げた。
翼
「では、今日はこれでホテルに戻ります。明日もよろしくお願いします」
小松原
「あ、ああ」
櫻井が背を向ける。
小さい肩、そして、あまりにも無防備な背中。
俺はそれを追って足を踏み出しかけて、躊躇した。
俺の身体の中で、悪魔と良心とが葛藤して、鼓動が高まってゆく。
俺の手には、クロロホルムを染み込ませた脱脂綿がある。
櫻井はすぐそこにいる。
後ろから左手で目を、右手で鼻と口を塞いで、麻酔を嗅がせてしまえばいい。
容易い作業だった。
だが待て。
そもそも俺は、何故こんな事をしようとしているのか。
櫻井を救うためだと、口では言いながら。
失神させて無人の場所に引きずり込んでしまったら、自分が彼女に何をするつもりなのか、俺は知っている。
それが櫻井を、どれほど傷付ける事になるか知っている。
それでも、穂積から奪いたい。
そうだ。
俺は、穂積から、何かを奪いたいんだ。
再び足を踏み出しかけた、その時。
後頭部に、ごつり、と何かが押し付けられた。
知っている感触に、俺は凍りつく。
背後に誰か立っていた。
「そのまま動かんで下さい」
囁くような声には、独特のニュアンスがある。
相手が誰なのか、すぐに分かった。
小松原
「……藤守」
藤守
「振り返らんといて下さい」
その理由もまた、すぐに分かった。
藤守の声が、湿っていたからだ。
藤守
「櫻井には触れんといて下さい」
櫻井。
俺は、藤守を振り返りかけていた目を、櫻井に戻した。
その櫻井が遠ざかってゆく。
行ってしまう。
穂積の元へ。
小松原
「……藤守っ」
俺は歯軋りをした。
藤守
「すんません」
櫻井の姿が視界から消えた。
小松原
「……穂積が、俺を疑ったのか?」
違います、と藤守が答える。
藤守
「室長は何も知りません。櫻井の後を尾行してきたのも、係長の頭に拳銃を突き付けたのも、俺の独断です」
小松原
「……どうだかな」
すると藤守は、むきになって否定した。
藤守
「ほんまです。室長は、小松原係長を尊敬してるんですから!」
小松原
「何だと?」
穂積が俺を?
藤守
「……俺ら、室長に、何回か質問しました。なんで、階級が上の室長が、現場の指揮を執らないんですか、て」
小松原
「……」
藤守
「そしたら、室長は、『小松原係長の方がワタシより優れてるからよ、もちろん』て。……それに」
小松原
「……それに?」
藤守
「前夜の侵入者の時も、催涙スプレーの時も、職務質問で容疑者を確保した時も、爆発物処理の時も……。室長は言うてました。大事を小事で食い止められたのは、全部、小松原係長が、地道な作業と、周到な準備を積み重ねてきてくれたおかげやて。そういう手腕を、見習いたいんやて」
言葉の一つ一つから、必死さが伝わってくる。
藤守は純粋で、真っ直ぐな男だ。
こんな状況で、嘘の言える男ではない。
……穂積が、俺を、そんな風に。
藤守
「せやから、お願いします。……室長を裏切らんで下さい。……俺に、こんなもんの引き金を引かせんで下さい」
藤守はもう涙声だった。
藤守
「……俺は、室長や明智さんみたいに強くないから、銃なんて、よう撃てません。……でも、せやから、『撃たない』事なら出来ます。『何も見なかった』て言う事なら出来ます」
いつしか、俺の後頭部から、固い銃口の感触は消えていた。
藤守
「……お願いします……!」
小松原
「……藤守……」
だが、俺はまだ振り返らなかった。
小松原
「……穂積は、櫻井を、愛してるのか」
俺が、二人の関係を知らないと思っていたのだろうか。
藤守が一拍の間をおいて、だが、力強く頷いたのが分かった。
藤守
「はい」
……そうだろうな。
そうでなくて、藤守がこんなにも必死になるはずがない。
藤守
「けど、今回、室長は……本来なら指揮を執る場所を、小松原係長に任せはりました。……モデルになる事で、小野瀬さんや如月も巻き込んでもうた言うてました」
言いにくそうに言葉を選ぶ藤守だったが、不器用な言い方の中に、真実が伝わってきた。
藤守
「せやから、あの人は、どうしても任務を優先するしか……自分と、自分の手で櫻井を守る事を、後回しにするしかなかったんです」
小松原
「……」
藤守
「そのせいで、今回、櫻井は辛い思いをしたかも知れません。けど、室長は、間違いなく櫻井の事を……、」
小松原
「……分かった。もういい」
俺は藤守の言葉を遮り、溜め息を吐いて、振り返った。
赤い目をした藤守の顔を見て、俺は心底、穂積を羨ましいと思った。
藤守の言葉の続きは、聞かなくても分かる。
穂積は、櫻井を愛している。
だからこそ、部下たちは、穂積と、穂積が最も愛している櫻井とを守ろうとしている。
明智は震える手で銃を撃ち、小野瀬と如月は、穂積の負担を減らす為、共に危険な舞台に上がり、小笠原は寝る間も惜しんで情報を集め、藤守は、上官である俺を脅してまで、櫻井を守った。
本当は、分かっていた。
櫻井もまた、何が起きても穂積を信じて疑わないほどに、穂積を愛しているのだと。
だからこそ、泣くしかない時もあるのだと。
唇を歪めた時、ふと、藤守が手に提げている拳銃が目についた。
その銃には見覚えがあった。
それは、初日に穂積が金銀の紙吹雪を撒き散らした、あの、パーティーグッズの銃だった。
小松原
「……ふ」
急に笑いが込み上げてきた。
それに気付いた藤守が、慌てた様子で、銃を自分の背中に隠す。
が、もう遅い。
小松原
「……ありがとう、藤守」
俺は両手を半ば挙げて、降参のポーズをとった。
小松原
「おかげで、目が覚めた」
藤守
「……係長、俺、何も見てませんよ」
藤守が、拳で涙を拭う。
その顔と顔を見合わせて、俺は頷いた。
小松原
「……そうだったな」
俺が笑うと、ようやく、藤守も笑った。
俺は長い長い夢から覚めたような心地で、藤守の笑顔を見つめていた。