Tokyo☆アブナイ☆week
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~小松原vision~
《Tokyo☆Week》五日目。
『ブラン・ノワール』のショーが無いというだけで、五係としても精神的にはかなり楽になった感のある警護だが、こういう時こそ油断は禁物だ。
精神を病んだフローラからの脅迫は『ブラン・ノワール』を名指ししたものではあるが、だからと言って、他のブランドや観客の安全を無視するわけにはいかない。
万が一、何らかの事故が起き、手の届かない所で誰かが「『ブラン・ノワール』に恨みのある者だ」と犯行声明を出せば、今までの苦労が水の泡だ。
しかも、実際に行動を起こすのはフローラではない。
三日目のベアトリーチェのように、フローラの友人が頼まれもしないのに勝手に、外部業者を買収して爆弾を仕掛けた例もある。
ネットカフェでフローラが依頼した複数の人物も、まだ特定出来ない。
いつ、誰がどんな妨害をしてくるか分からないのだ。
警護とはいつもそういうものだが、責任者である俺にとっては、頭の痛い毎日が続いていた。
この日、『渋谷☆KAGURA』の警護を確認しながら館内を歩いていた俺の目に、櫻井の姿が映った。
ハイブランドのフロアを、ノワール、藤守とともに歩いている。
背の高い藤守の後を追うように小走りでついてゆく姿に、俺は既視感を覚えた。
《Tokyo☆Week》の始まる前夜。
あの夜も、櫻井は、あんな風にして穂積を追い掛けていた。
穂積は櫻井が追い付くのを待って引き寄せ、路地裏でキスをした……。
……穂積。
衆人監視の舞台の上で、拳銃を突きつけられても丸腰で立ち向かえる男。
爆発まで数分間と知っても臆せず、爆弾の仕掛けられた場所へ足を踏み出して行く事の出来る男。
俺が畏れるのは、穂積が、命を賭けて派手な事をするからではない。
そこに至るまでの綿密な準備、部下との信頼関係、何事にも対応出来る頭脳と身体能力を含めた、全てにおける瞬発力の高さが、尋常ではない。
しかもそれを驕らず、周囲への感謝を惜しまない。
俺たち五係にとっても、その繰り返しが、いつしか穂積に惹き付けられてしまう魅力になるのだ。
現在、捜査室にいるメンバーの潜在能力の高さは、誰もが知りながら、誰も引き出す事が出来なかったものばかりだった。
彼らは、穂積の元で、穂積の為に、それぞれの能力を発揮している。
今ならその理由がよくわかる。
男なら誰でも、穂積のような男と働いてみたい、穂積のような男に認めてもらいたい、そして、穂積のような男になりたい、と思うのではないだろうか。
そして、女なら。
女なら誰もが、穂積のような男を手に入れたいと思うのではないのだろうか。
……櫻井。
その、穂積が選んだ女。
今回、櫻井の、警察官としての類い稀な能力の片鱗は、確かに見る事が出来た。
普通なら、気付いたとしてもそれ以上の事を考えないだろう、たった数分間の空席。
だが、櫻井は、瞬時にその席に座っていたベアトリーチェの特徴を言い当て、三日前に通りすがりに見たきりの男の顔を思い出し、その二人が言葉を交わす姿に危機を察知し、結果として爆発を防いだ。
あの記憶力、危険を感知する能力は本物だ。
ほとんど勘だけのような櫻井の言葉を、捜査室の誰一人として微塵も疑わなかった事が、彼女のこれまでの実績を証明している。
穂積に見出だされるまで、交通課の新人に過ぎなかった女なのに、だ。
だから、穂積が、櫻井を、部下として愛する気持ちは、よく分かる。
櫻井が、上司としてだけではなく穂積に惹かれるのもまた、当然だろう。
だが、純粋に男女として見た時、その関係は対等なのか?
穂積は本当に、女性としての櫻井を愛しているのか?
催涙スプレーを浴びた時、櫻井は、「室長に、動くな、と言われたから」と言って、ただひたすらに耐えていた。
大の男でも悶絶する苦痛の中で、愚直なまでに言いつけを守って、だ。
穂積は白いタキシードを着て、ウェディングドレスの茉莉花とステージに立ち、櫻井の前を歩いて見せた。
それでも、櫻井は、微笑んでいた。
俺が見たあの夜と同じ、愛情と信頼の込められた眼差しで。
……どう考えても理解出来ない。
しかも、俺の部下からの非公式な報告によれば、先日、前半終了の打上げの後、櫻井は階段の踊り場で、小野瀬に泣きついていたという。
穂積が不誠実な人間だとは思わない。
だが、あれほどの男だ。
仕事と恋愛を全く割り切っているとして、……いや、もっと言えば、潤滑な仕事の為に櫻井の恋心を利用していたとして、何の不思議があるだろうか。
むしろ、そう考える方が自然ではないだろうか。
穂積のような男が、何の計算も無く、純粋に櫻井を愛していると思う方が、不自然なのではないだろうか。
……俺は穂積の完璧さに嫉妬するあまり、歪んだ考えに取り付かれているのだろうか。
そんな事はない。
俺は至って冷静だ。
冷静に考えて、櫻井を不憫だと思う。
俺の考えが間違っていないなら、本当の事を櫻井に教えてやりたいと思う。
櫻井がもし、薄々気付いているとしたら、だから泣いていたとしたら、余計に不憫で哀れだと思う。
可哀想で、励ましてやりたいと思う。
慰めてやるだけなら、小野瀬でなくてもいいはずだ。
抱き締めてやるだけなら、俺にでも出来るはずだ。
そうして穂積を忘れさせてやれたら。
櫻井を、現在の苦しみから、穂積から、解放してやれたら。
そう思うだけだ。
だから、これは嫉妬でも、横恋慕でもない。
全ては櫻井の為を思っての事なのだ。
俺は、そう思っていた。
櫻井を呼び出すのは簡単だった。
閉店直後、『渋谷☆KAGURA』のカジュアルフロアの一角。
フロアと階段とを隔てる非常扉の手前に、カーテンで仕切られたスペースがある。
ごく狭いスペースで、今、カーテンと壁との間には何も置かれていない。
ここは、この階で営業時間内に出た梱包材、つまり、仕入れた商品が入っていた段ボールやビニール袋などを集めておく、業務用の収集スペースだ。
実は、この辺りは防犯カメラの死角にあり、俺が警護の配置を少し変えるだけで、誰からも見えない、誰も来ない場所になる。
だが、それを知らなければ、全く警戒されるような場所ではない。
俺はそこに、櫻井一人を呼び出した。
ごく自然に、正式なルートで、警護でコンビを組んでいる藤守を通して連絡したのだ。
小松原
「藤守、ホテルの穂積に届けてもらいたい物がある。櫻井に、俺の所まで取りに来るよう言ってくれないか」
そうして呼び出しておいて、俺は櫻井を例の場所に誘い込んだ。
櫻井は何の疑いも持たずに、素直に俺に付いて来た。