Tokyo☆アブナイ☆week
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翌朝、私は気を取り直して、まだ暗いうちにホテルに戻った。
真っ先に、昨夜からずっと廊下で立ち番を続けていた室長の元に挨拶に行き、頭を下げる。
翼
「室長、昨夜はすみませんでした。……それから、これ」
扉を隔てて就寝中の人たちを起こさないように、小声で話をしてから、私は、昨日、小野瀬さんを通して貸してもらった、室長のハンカチを差し出した。
翼
「ありがとうございました」
穂積
「……こちらこそ、ありがと」
きれいに洗って、アイロンも当ててきた水色のハンカチ。
穂積
「……」
それをポケットにしまうと、室長は、私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
翼
「きゃ」
セットしてきたばかりなのに、そうされる事が心地好い。
気持ち良くてじっとしてると、そのうち、今度は手櫛で丁寧に乱れを直してくれた。
穂積
「ごめん」
ぼそり、と言われた。
大丈夫です、と言いながら、私はそれが、髪を乱した事への謝罪ではないと気付いた。
目を合わせると、室長が身を屈めて、囁く。
穂積
「愛してるぞ」
こつん、と額を当てられて、私は泣きそうになってしまった。
夜明けのミーティングを終えると、小野瀬さんは鑑識に帰って行った。
昨夜は茉莉花さんの話をじっくりと聞きながら、寝かしつけてくれたそうだ。
今夜からも、私に代わって、夜の茉莉花さんの警護と話し相手は小野瀬さんが務めてくれるという。
私は深々と頭を下げて、謝罪と、お礼の気持ちを伝えた。
茉莉花さんの事は気になるし、謝らなければ、という気持ちももちろんある。
けれど、正直に言うと、今はまだ、茉莉花さんに会わずに済む事がありがたかった。
もう少し気持ちが落ち着いたら、きっと自分から謝りに行こう。
私はひとまずそう思うことに決めて、今日からの任務の為に、拳をぎゅっと握り締めた。
ショーは無くても、各国メディアからの取材や、雑誌の写真撮影というような用事は、ひっきりなしにある。
今日から最終日までの三日間は、ショーが無い代わりに、そんな雑然としたスケジュールになった。
こちらのホテルで取材を受ける茉莉花さんの警護には、室長。
『渋谷☆KAGURA』内のブランドショップで宣伝活動をするブランさんには、明智さん。
如月さんは半日休憩。
私と藤守さんも『渋谷☆KAGURA』へ戻って、ファッション誌用のスチール撮影に付き合うノワールさんの警護に当たる事になった。
ノワール
『櫻井ー!』
翼
「きゃー!」
忘れてた。
ノワール
『久し振り!会いたかったわあ!』
翼
「きゃー!きゃー!きゃー!」
控え室で出会った途端、ノワールさんは私の全身をぺたぺたと触り始めた。
ノワール
『んもー、相変わらず可愛いわあ!』
相変わらずなのはノワールさんの方ですけど!
この人、見た目は人気の黒人演歌歌手みたいなのに、中身が親戚のおばちゃんみたいなのは何故?
激し過ぎるスキンシップから逃げ回る私と、ニコニコしながら部屋中追っかけ回すノワールさん。
その真ん中に立っていた藤守さんが、自分の前を通過するタイミングを待って、ノワールさんの襟首を捕まえた。
藤守
『こら!ノワール!』
ノワール
『いやーん!』
藤守
『櫻井に悪さしたらあかん!』
ノワール
『だって可愛いんですもん!ああ、フランスに連れて帰りたいわ!』
全く懲りないノワールさんに、溜め息をつく藤守さん。
藤守
『アホ、そんな事してみい。室長にシメられるで!』
ノワール
『シツチョー?』
首を傾げたノワールさんに、藤守さんは、ハッとした様子で口を押さえた。
ノワール
『ケンジ、「シツチョー」って、ルイの事でしょ?何なに?櫻井とルイは付き合ってるの?』
藤守
「……」
藤守さんは狼狽しながら、私に向かって、手を合わせた。
藤守
「すまん、櫻井」
それを受けて、思わず私も足を止める。
翼
「いえ……」
藤守さんが手を離した隙に、ノワールさんは、私に、後ろから抱きついてきた。
ノワール
『どうして謝るのー?』
ノワールさんが、今度は反対向きに首を傾げた。
ノワール
『ねえ、二人は交際しているの?』
藤守さんは頭をぼりぼりと掻きながら、溜め息をついた。
藤守
『婚約してんねん』
ノワールさんの顔が、パッと明るくなった。
ノワール
『婚約?あらステキ!』
藤守
『けどな、職場で知れると不都合やから、知ってるのは一部の人間だけなんや』
ノワール
『どうして?お似合いの二人なのに』
翼
『え、本当ですか?!』
普段、不似合いを自覚しているだけに、私は、ノワールさんの『お似合い』という言葉に反応してしまった。
ノワール
『あら本当よ。キレイなルイと、かわゆーい櫻井。とーっても、お似合いだわ』
翼
『ありがとうございます!』
嬉しい!
けれど、次のノワールさんの言葉は、私を、一瞬で失意のどん底に突き落とした。
ノワール
『職場で知られて、何の不都合があるの?もしかして、ルイは、自分がロリコンだという事を秘密にしているの?』
翼
「ロリ……」
絶句した私は数歩よろめき、あげく膝をついてしまう。
藤守
『ロリコンちゃうわ!!』
藤守さんが漫才師みたいにノワールさんの頭をはたいたけれど、私は、しばらく立ち直る事が出来なかった。
そんなノワールさんも、仕事モードに入ればやっぱり凄い。
自身のデザインした服を着て次々に現れるモデルさんたち、そして撮影するカメラマンさんたちにも的確な指示を出しながら、カメラに向かって最も効果的なポーズをとらせる。
出来上がった写真を覗かせてもらったけど、それぞれが、まるで、一枚の絵画のように素晴らしかった。
撮影の合間には、いつも持ち歩いているスケッチブックに、さらさらと私や藤守さんの絵を描いてくれたりもした。
ノワールさんの絵は、精緻なデッサン画のようでいて、しかも描くのがおそろしく速い。
ノワール
『二人ともスタイルいいから楽しいわあ』
そう言いながら描かれる絵は、藤守さんが歌舞伎の『鏡獅子』のような格好をしていたり、シルクハットの藤守さんが私を腹話術の人形に見立てて膝に乗せたりしている絵で、私たちを大笑いさせてくれた。
世界的なデザイナーの直筆イラストで、レアなもののはずだけど、両方、気前よく藤守さんにプレゼントしてしまう。
ノワール
『櫻井にはこれ』
それは私が室長に寄り添い、室長の腕に抱かれた可愛らしい赤ちゃんを二人で見つめている絵。
微笑んだ表情がとても優しい。
ノワールさんには、私たちがこんな風に見えているんだろうか。
藤守
『ええやん。未来予想図やな』
ノワールさんが笑った。
ノワール
『ほらね。お似合いでしょ?』
何か言ったら泣いてしまいそうで、私はただ、その絵を大切に抱き締めた。
ノワール
『……ごめんね、櫻井』
ノワールさんに謝られて、私は顔を上げた。
ノワール
『ルイの婚約者だとしたら、今回の仕事は辛かったでしょう。ワタシが知っていれば、演出を変えたのに』
私は首を横に振った。
翼
『そう言って頂けただけで充分です。ノワールさんは、今までと同じように、観客の皆さんが喜んでくれるような演出をしてください』
これは本心だった。
室長や小野瀬さんのように、私の本当の気持ちを分かってくれる人たちがいてくれる、それだけで充分。
藤守さんやノワールさんのように、温かく励ましてくれる人たちがいてくれるだけで充分。
私はまだ未熟で、自分の事だけでいっぱいいっぱいだけど。
いつか、この人たちのように、広くて深い心と、それを支える強さを持ちたい。
警護四日目、この日は、生き生きと働くノワールさんの傍で、守るのではなく、私の方が守られているように感じた一日だった。