Tokyo☆アブナイ☆week
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あんなに嫌だったショーのフィナーレを、こんなに穏やかな気持ちで迎えられるとは思わなかった。
舞台袖から眺めるステージの上では、目映いほどに輝く純白の衣装を身につけた室長と茉莉花さんが、たくさんのモデルさんたちに囲まれて笑顔を見せていた。
和やかな音楽に包まれて、天井から色とりどりの花びらが降り注いで、夢のように綺麗。
みんな、無事で、本当に良かった。
さっきまでの騒々しさも、さっきまでの嫉妬も苛立ちも、全てが夢のようで、私はふと、涙が零れそうになった。
お前だと思って守る、と言っていた。
それはつい今しがた、インカムの発信を閉じた後に、明智さんが、私だけに教えてくれた言葉。
室長は、茉莉花さんをお前だと思って守る、と。
明智さんは彼らしく、たったそれだけを私に教えてくれただけで、笑いながら任務に戻ってしまったけれど。
茉莉花さんを見つめる室長の眼差しの優しさが、私を想ってくれている事の証だと思って見れば、その温かさに胸が熱くなる。
室長は、私には不釣り合いなほど、素敵で、聡明で、頼もしくて優しい恋人で。
だからいつも不安になってしまうけれど。
たとえ今、隣にいるのが茉莉花さんだとしても、たとえ、互いの姿が見えないほど離れている時でも。
室長は私が思っている以上に、私を想ってくれている。
俺が見ていたいのはお前だけ、抱き締めたいのもお前だけ。
私は、そう言ってくれた室長を信じていればいい。
自分が満たされてゆくのを感じながら、私は、おとぎ話のように綺麗な景色を見つめていた。
こうして、三日目が終わった。
片付けを終えた深夜、『ブラン・ノワール』のスタッフ全員とともに宿泊先のホテルに引き上げて来た私たちと、小松原係長は、三日間のショーがひとまず終わった事を祝って、ささやかな宴席を開いていた。
場所はホテルのバー。
異変があればすぐに対応出来るよう、館内にはいつものように五係が配置されている。
小松原係長は、もちろん、捜査室の担当であるブランさん、ノワールさん、茉莉花さんのところにも、五係の係官を割り当ててから来てくれた。
全員
「前半終了に、乾杯!」
明日からは後半の15社と入れ替わるため、『ブラン・ノワール』のショーは休演になる。
警護そのものは最終日の全社エキシビションが終わるまで継続だけれど、最も警戒していたショーが終了した事で、全員が明らかにホッとしていた。
特に、ここまでモデルを兼ねて任務に当たっていた、如月さんと小野瀬さんの苦労はひとしお。
如月
「いやー、モデルさんたちって、ほんっと大変なんですね!」
小野瀬
「全くだね。まず、あの着替えの速さには驚いた。裏ではほとんど裸だからね」
裸、と聞いて、明智さんはビックリした様子。
明智
「え、そうなのか、藤守?」
藤守
「……俺、恥ずかしくてよう見られませんでしたわ」
藤守さんが、大きな両手で赤い顔を覆う。
藤守さんはデザイナーのノワールさんを警護していたから、楽屋にも出入りしていたはずなのだけど。
如月
「明智さんや藤守さんが見たら卒倒しますよ」
ちょっと残念そうな顔を見合わせる、明智さんと藤守さん。
翼
「……」
私からの視線に気付いたのか、室長が笑う。
穂積
「鑑賞してる余裕も恥ずかしがってる暇も無いわよ。とにかく時間との戦いなんだから」
小野瀬
「そうそう。穂積なんかずっとTバック」
穂積
「小野瀬はそれに加えて時々ブラジャー」
げらげら笑う二人に、全員がどっと笑った。
こんなやり取りも、何日振りだろう。
小笠原さんや小松原係長まで、声を立てて笑っている。
引き続き警護があるので、ほんの一時間ほどでお開きになったけれど。
時々はお互いの働きを褒めたり、反省したりもしながら、それでも、終始リラックスした、楽しいノンアルコール宴会だった。
宴会で英気を養った私たちは、再び、それぞれの警護に戻った。
私は廊下で立ち番をしてくれていた五係の係官と交代して、茉莉花さんの元に戻る。
茉莉花さんの泊まる部屋の扉をノックし、返事を確認して中に入ると、毎晩の事だけれど、茉莉花さんはまだ起きていて、笑顔で労ってくれた。
自分の方が疲れてるはずなのに。
翼
『茉莉花さん、お疲れ様でした』
申し訳なくて駆け寄ると、茉莉花さんが抱きついてきた。
茉莉花
『翼こそ、お手柄だったんですってね。ありがとう』
背の高い茉莉花さんが、身を屈めて私にお礼を言ってくれた。
茉莉花
『本当に怖かったし、守ってくれた翼たちにもとても感謝してるわ』
私にだけではなく、警護に当たっていた全員に対して感謝の気持ちを述べた後、茉莉花さんは、ちょっぴり声をひそめた。
茉莉花
『こんな言い方をしたらいけないけれど、とてもエキサイティングだったわね』
私の身体を抱き寄せ、頬を桜色に染めて目を輝かせる茉莉花さんは、とても可愛い。
翼
『茉莉花さんやモデルさんたちが落ち着いて協力してくれたから、無事に終わったんです』
茉莉花
『舞台に立つと度胸が据わるのよ。醜態を晒すわけにはいかないって……でもね』
翼
『でも……何ですか?』
茉莉花さんに誘われてソファーに座ると、茉莉花さんははにかむような笑顔を見せた。
茉莉花
『安心していられた一番の理由は……ルイが傍にいてくれたから、だと思うの』
ずきん、と、胸が疼いた。
茉莉花
『ルイはいつも励ましてくれて、盾になると言ってくれた。だから、ルイに全てを委ねたの。ルイはそれに応えてくれた。実際に私たちを守ってくれたわ』
翼
『……』
私は、自分の鼓動が速くなってゆくのを自覚した。
茉莉花
『ねえ、翼。私ね……』
私は耳を塞ぎたくなった。
茉莉花
『私、ルイに恋してしまったみたい』
どうしよう。
頭の中が混乱して、考えがまとまらない。
翼
『室長が茉莉花さんたちを守るのは当然ですよ』
唐突な私の言葉に、夢見るようだった茉莉花さんの表情は、戸惑いに変化した。
茉莉花
『ルイが仕事で私に付いてくれている事は分かってるわ。でも、私がルイを好きになるのは自由でしょ?ルイだって……』
翼
「ルイって呼ばないで」
自分では気付かないうちに、私は日本語になっていた。
翼
「室長をルイって呼ばないで」
茉莉花
『翼、どうしたの?』
茉莉花さんに訊かれて、私はハッとした。
翼
『す、すみません。私はただ、室長が茉莉花さんを守るのは、あくまでも仕事だと……』
たちまち、茉莉花さんの大きな目に涙が湧き上がった。
茉莉花
『どうしてそんな事を言うの?』
しまった、と気付いた時にはもう遅かった。
翼
『茉莉花さん』
茉莉花
『悪いけど出て行って。今はあなたの顔を見たくないわ』
茉莉花さんはもう、私の身体を扉に向けさせていた。
翼
『茉莉花さん、すみません、私……』
茉莉花
『出て行って!』
翼
『茉莉花さん!』
私の叫びは、身体とともに廊下に押し出されて、扉で閉ざされた。
翼
『茉莉花さん、開けて下さい、茉莉花さん!』
明智
「どうした、櫻井?!」
廊下で立ち番をしていた明智さんが、駆け寄って来てくれた。
その肩越しに、さらに離れた場所に立っていた室長が駆け付けて来るのが見える。
翼
「すみません。私、茉莉花さんの気分を損ねてしまって……!」
明智
「彼女、気分屋だからな」
穂積
「そんな事は百も承知でしょう。何してるのよ、もう」
室長は溜め息をついて、茉莉花さんの部屋の扉を見つめた。
穂積
「……泣いてるみたいじゃないの」
扉越しに部屋の気配を察した室長は、確かめるように私を振り返った。
けれど、私には、室長の顔を見る事さえ出来ない。
穂積
「……」
明智さんが、私を庇うように前に出てくれた。
明智
「自分が代わりに中に入りましょうか」
穂積
「ありがとう。でも、アンタに、泣いてる女は荷が重いかもねえ」
室長は廊下の反対側に行って、携帯を取り出した。
穂積
「小野瀬か?お前まだその辺にいるよな。すぐ戻って来い」
小野瀬さんはもうモデルとしての任務は終了している。
ショーの期間中も、小野瀬さんだけは、夜は警視庁の鑑識に戻って働いていたのだ。
今夜は打ち上げという事で、宴会の後は久し振りに自宅に帰ると言っていたのに。
申し訳なくて涙が出そうだった。
穂積
「櫻井、小野瀬が来たら、交代して帰りなさい。そして頭を冷やしたら、明日の朝またここに出勤して来る事」
俯いたままの私に、室長は仕事の口調でそう告げた。
穂積
「いいわね」
翼
「……はい」
穂積
「よろしい。明智、持ち場に戻るわよ」
明智
「はい」
顔を上げた時、室長はもう背を向けて歩き出していた。
明智さんは私の頭をぽんと叩いてから、その後を追う。
私は小野瀬さんが来るまで、ひとり、ぽつんと立ち尽くしていた。