Tokyo☆アブナイ☆week
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《Tokyo☆Week》三日目。
今日で、『ブラン・ノワール』を含む前半のブランド15社のショーはひとまず終わり、後半の15社と入れ替わる事になる。
小笠原さんによれば、ここまでのショーの評判はすこぶる良くて、メディアにも大きく取り上げられ、『ブラン・ノワール』には、国内外からの注文が殺到しているそうだ。
商業的に『ブラン・ノワール』が大成功しているのはもちろん喜ばしい事だけれど、ブランドへの注目が集まるのは、その成功を妨害しようと企む人たちの望むところだ。
警護する私たちにとっては、頭の痛い問題だった。
《日本での『ブラン・ノワール』の成功を望まない。イベント期間中に、必ず、不幸な事件が起きるだろう》
頭の中に刷り込まれてしまった脅迫文。
これを送ったフローラさんは心を病んでいた。今は病院で治療を受けている。
フローラさんが衝動的に雇ってしまった実行犯たちのうち数人は、実際に行動を起こしてきた。
前日に、ショーの衣装に針や劇薬を仕込もうとした不法侵入者が二人。
初日に、メインモデルの茉莉花さんを銃撃しようとした男が一人。
同じく初日に、催涙スプレーで会場を混乱させようとした女が一人。
さらに、建物の周辺を警邏していた五係が、自動発火装置をリュックの中に入れていた男を職務質問で発見して事情聴取しているのを加えれば、既に五人の犯人が現れた事になる。
二日目の昨日、全く何も起きなかったのが却って不気味だ。
私は何となく落ち着かない思いで、ミーティングで指示を出している室長の声を聞いていた。
ミーティングを終えた後、私は控え室のひとつにいた。
他のメンバーは例によって振り分けられ、今日は初日と同じような布陣。
私は明智さんと共にブランさんに付く事になっているけれど、室長に、その前に話があるからこの部屋にいるようにと言われたのだった。
一人でソファーにかけているのも落ち着かないので、室内をうろうろしていると、ノックと共に室長が入って来た。
足取りが速い。
《Tokyo☆Week》が始まってから、室長はいつにも増して忙しそうだ。
ちゃんと眠れているのか、心配になってしまう。
穂積
「待たせてごめんなさい」
翼
「いいえ」
穂積
「……」
扉を閉めた途端、室長はいきなり私の両手を取って、頭を下げた。
穂積
「櫻井、すまない」
私はびっくりした。
急にオカマじゃなくなった事も、急に謝られた事も。
まわりくどい話し方はしない人だけど、これはさすがにいきなり過ぎて。
翼
「ど、どうしたんですか?!」
室長が顔を上げ、真剣な表情を見せた。
穂積
「……今日の最後、俺は白いタキシードを着るそうだ」
タキシード?
穂積
「茉莉花がウェディングドレスを着る」
……タキシード……?
……ウェディングドレス……?
私の中で、室長の謝罪とその理由がようやく合致するまで、かなりの時間を必要とした。
それほどの衝撃だった。
そして次に来たのは、猛烈な拒否反応だった。
嫌だ。
私は、足が震えてくるのを自覚した。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
室長は私を選んでくれた。
心の奥にその支えがあるからこそ、今まで、舞台の上で茉莉花さんが室長と腕を組んでも、抱きついても、冷静に見守ってこられた。
それなのに……。
タキシードを着た室長の隣に、ウェディングドレスの茉莉花さんが立つなんて。
その二人を見なきゃいけないなんて。
それだけは、絶対に、どうしても嫌だ。
……でも……
翼
「……仕事、です、もんね……」
私の口から出たのは、物分かりの良い部下としての言葉だった。
声は震えてしまったけれど。
強がりではなく、室長の気持ちは分かるつもり。
実際に銃撃を防いだ室長が、あの華やかな舞台の上で、どれほど神経を磨り減らしながら茉莉花さんを守ってきたか、見てきたつもり。
茉莉花さんがウェディングドレスを着て舞台に立つという事が、どれほど危険な事なのか、分かっているつもり。
そこには室長がいなければならないという事も、分かる、つもり。
心変わりを告げられたわけじゃない。
ただ服を着て、ほんの何分か歩くだけ。
ただ、……結婚式の衣装を身に着けた室長が、別の綺麗な女の人と、私の前を通り過ぎるだけ……。
いけない。
考えただけで泣きそう。
翼
「……茉莉花さんを、守るためですから……」
涙を堪えて言うと、私の手を握っている大きな手に、ぐっ、と力が込められた。
最初から繋がれていた手。
私はその手を辿って、室長の顔を見つめた。
室長も、私を見つめている。
私の心の動きは何もかも、この手の持ち主には伝わっているはず。
だから、言えなかった。
平気です、とは。
気にしないで下さい、とは。
私は涙を溢さないように息を吸い込んで、正直な気持ちを打ち明けた。
翼
「嫌ですけど。見たくないですけど。……我慢します」
穂積
「……」
室長が、掴んでいる私の両手を彼の胸に引き寄せた時、コンコン、と、遠慮がちにノックの音がした。
小野瀬の声
「穂積、そろそろ……」
ショーの準備が始まるのだろう。
室長は小さく舌打ちをして扉に顔を向け、「分かった」と返事をする。
繋がれていた手が緩んだ、と思った瞬間、私は、室長に抱き締められていた。
翼
「室長……」
穂積
「そんな顔をさせて、ごめんな」
室長の胸から、声が伝わってきた。
穂積
「キスしていいか、櫻井」
私は首を横に振る。
翼
「……そんな、公私混同なお願いは聞けません」
室長が腕を緩めて、私を見た。
私は頑張って笑顔を見せる。
穂積
「……だな」
やっと、室長が笑ってくれた。
穂積
「……さあ、行かないと。仕事ですもんね」
さっきの私の言葉を使って、静かに腕をほどくと、室長は私から離れた。
離れ際にほんの一瞬だけ、私の唇にそっと唇を重ねて。