Tokyo☆アブナイ☆week
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~小松原vision~
穂積
「他にもまだ何人か、不審な人物がいますね」
目の前で、穂積が着ている服をどんどん脱がされながら、俺に報告を続けていた。
ファッションショーの裏側とは凄まじいものだ。
なんと茉莉花まで、すぐそこで着替えている。
穂積に警護されているのだから近くにいるのは当然だし、他のモデルたちも慣れているらしく平然と服を脱ぎ着しているのだが、こちらの方が目のやり場に困ってしまう。
しかし、『ブラン・ノワール』のスタッフは穂積の都合も俺の存在もお構いなしで、物凄い速さかつ機械的に作業をこなしてゆく。
スタッフの隙をかいくぐりながら俺が客席の見取り図を差し出すと、穂積は指先でここ、ここ、ここ、ここ、と、正確な座席を示した。
すぐに俺は伝令を飛ばし、自分の部下たちに、穂積の示した人物を監視するよう命じる。
俺にとっては、一歩間違えば会場がパニックになりかねなかったあの襲撃を、機転と、部下との連係で切り抜けただけでも驚きだったのだが。
穂積は俺に五係の働きへの礼を言ったばかりで、もう次の事を考えていたのだ。
さらに、穂積は、別の事も気にしていた。
穂積
「犯人の容態はどうでしたか」
下着一枚になった穂積に、『ブラン・ノワール』のスタッフは、無言でまたどんどん次の衣装を着せてゆく。
今度はパーティーにでも出るような、白い飾り襟の付いた濃いグレーのデザインスーツだ。
小松原
「ゴム弾は肩に当たっていた。治療は必要だが命に別状は無いと判断して、身柄は刑事部に引き渡しておいた」
穂積
「ありがとうございます」
小松原
「……ああ、銃の使用については、お前の行動を威嚇発砲とし、明智の発砲は合法だと説明しておくから心配するな」
穂積
「重ね重ね、恐れ入ります」
さらにロングコートを羽織りながら、穂積が俺に頭を下げた。
その頭からウイッグが外され、今度は黒髪のウイッグが被せられる。
穂積
「しかし、今日はもうこの手は使えません」
着替えの際に外したホルスターとモデルガンを、穂積は俺に手渡した。
結婚式の二次会なんかのイベントで使うような、クラッカーが仕込まれたオモチャのピストル。
こんな物で実弾の入った銃と渡り合ったのだから、恐ろしい度胸だと言うしかない。
そこへ、ステージから小野瀬が戻ってきた。
俺に軽く会釈をしてから、穂積と肩を並べる。
小野瀬
「穂積、K列13の女性だけどね。バッグから出し入れしているのは、確かに小さいスプレー缶のようだ」
見取り図で確認する俺に、傍らから穂積が再びその位置を指で示した。
穂積
「二十代後半女性、黒いバッグを膝に乗せています。ショーの始まる前から落ち着きなく、時々、手の中に収まる程の小さい缶をバッグから出して、握りしめるような仕草をします」
小野瀬
「遠目にですが、あの缶のデザインには見覚えがあります。市販の催涙スプレーである確率が高いですね」
穂積に続いて、小野瀬も、見取り図を覗きながら俺への説明を続ける。
小野瀬
「もちろん、現段階では化粧水や香水、制汗剤などの可能性も、全く無いとは言い切れません。が……」
小松原
「どれも、そんなに頻繁に出し入れする必要はないはずだな」
俺は、小野瀬の言葉の続きを引き取って返した。
小野瀬
「ええ。……しかし、催涙ガスを撒かれたら厄介ですね。念のため、警視庁の鑑識に、中和剤を届けるよう指示を出しましたが、気休めに過ぎません」
俺と小野瀬の間に、『ブラン・ノワール』のスタッフが割り込んで来た。
今度は小野瀬が、着ている服を次々に脱がされて、代わりに白いペチコートの付いた、濃い霜降りグレーのワンピースを着せられてゆく。
続いて駆け寄ってきたメイク係が、長い栗色の髪のウイッグと化粧とで、あっという間に小野瀬を絶世の美女に変えてしまった。
俺は目の前の美男美女に目を奪われながらも、必死で対策を考えていた。
穂積
「催涙スプレーだとしても、所持しているだけでは取り締まれない。万が一にも使われないよう、場所を理由に没収するしかない」
穂積の言う通りだ。
催涙スプレーは、正当な理由が無いのに持っていた場合や、不特定多数の相手に危害が及ぶような場所で使った場合には、軽犯罪法に触れる事がある。
だが、女性が護身用として少量を持ち歩いていたとしても、それを処罰することは難しい。
しかも罰則は軽い。
ところが、スプレーの効果は広範囲に及び、屋内なら一時間は消えない。
OCガスと呼ばれる、トウガラシなどを主成分としたこの液体を浴びると、皮膚や粘膜への刺激で目を開けていられなくなり、激しく咳き込み、立っているのさえ困難になってしまうのだ。
暴漢が悶絶する威力の激しい刺激物を撒き散らされたら、会場中はあっという間に大パニックだ。
まさに、イベントの妨害をするのにはお誂え向きの道具だった。
穂積
「客席警護の五係で、何とか没収出来ませんか」
カフスボタンに黒曜石の飾りを着けられながら、穂積が訊いてきた。
小松原
「小さなスプレーなどは、さっき小野瀬が言ったような化粧品の類だと思って、手荷物検査で通過させているからな。今さら没収する事はむずかしいかもしれん」
これは俺の認識不足だった。
小松原
「すまん」
しかし、『ブラン・ノワール』が脅迫を受けて襲撃される可能性がある事は、来場者には伏せられている。
その為に、通常のイベント以上の所持品検査は出来なかったのだ。
全員の身体検査や液体の成分検査まで出来れば、さっきの襲撃者の銃や、今このスプレー缶にも頭を悩ませる事は無かったのに。
穂積
「櫻井を行かせましょうか」
不意に、穂積が言った。
穂積
「女性の櫻井なら、対象者にも近付きやすいでしょう。ひとまず会場から出し、ショーの終了までスプレー缶を預からせます。櫻井のいた場所には藤守を行かせます」
小野瀬
「なるほど、中二階にいるブランさんを、狙撃要員でもある明智くん一人に任せるわけにはいかないからね。茉莉花さんとノワールさんはこの舞台裏にいるから、俺と穂積、如月くんで警護すればいい」
穂積
「小松原係長、K列13へ行く櫻井には、五係から補助を付けて頂けますか?」
小松原
「分かった。茉莉花の出番も近い、それで行こう。穂積、櫻井への指示を頼む。全員に、薬剤が撒かれた場合を想定した誘導や警護を周知徹底させておこう。他のモデルへの注意も怠らないようにさせなければ」
穂積、小野瀬と俺は手早く打ち合わせを済ませ、それぞれの持ち場に忙しく散った。