Tokyo☆アブナイ☆week
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この日、『渋谷☆KAGURA』の建物の周りには、早朝から、オープン待ちの長蛇の列が出来ていた。
翼
「うわあ」
明智
「凄いな」
私と明智さんは、『ブラン・ノワール』の店舗があるフロアの窓から見た下界の混雑ぶりに、思わず感嘆の声を漏らしていた。
ブラン
『今日一日で、四万人以上の人出を予想しているそうじゃないか』
店舗の最終確認を終えたブランさんも近付いて来て、明智さんがビニール袋から取り出した、コンビニおにぎりを受け取る。
ブラン
『どのブランドも、出足は好調らしい。今日の為に用意した整理券は、昨日のうちに全て配り終えたそうだよ』
実は、今日からのファッションショー開催に先立って、昨日の昼間、ハイブランドのフロアのみ、先行オープンセールが行われていた。
私たちは夜からの警護だったから見てはいないけれど、高級ブランドの店ばかりなのに、数千人の来客があったらしい。
その来客のうち、店内で一定金額以上の買い物をし、カードで決済したお客さんに限って、先着順でファッションショー《Tokyo☆Week》の入場整理券がもらえる。
整理券は、通常のクレジットカード利用の外に、『KAGURA』グループ共通のICカードを使用した買い物であれば、現金払いの場合でも手に入れる事が出来る。
『KAGURA』カードは館内のサービスカウンターで申込書に記入するだけで即日交付してもらえるので、おそらく、お客さんも、特に不自然さは感じないはず。だけど、ここにもちょっとした仕掛けがある。
つまり、どちらのカードを使用するにしても、カードリーダーを通して、その内部にある個人情報と引き換えにしなければ、整理券がもらえない。
逆に言えば、《Tokyo☆Week》の整理券を持っている人物の身元は、全て把握出来るという事になるのだ。
ハイブランドで買い物をするお客さんの場合、そもそもカード払いの比率が高いという事実を踏まえて、小松原係長が施した警護案の一つだった。
この手の小さい工夫はあちこちになされている。
例えば、同じカードで複数の整理券を入手する事は出来ないとか、ショーの観覧を希望しない場合は、整理券の代わりに、後日使えるお得な割引券がもらえるとか。
全ては、不特定の入場者を極力減らす為、そして、その思惑を気付かせないようにする為。
文字通りの「入場整理券」だ。
そして、ブランさんによれば、今日のショーの分の整理券は、すでに全て配布済みだという。
《Tokyo☆Week》初日の会場は、主催者側の招待客と併せて、千五百人を超す観客で満員になるはずだった。
明智
『それにしても凄い人数だ。今日は警備会社の警備員も動員されているはずだが、捌ききれるのかな』
翼
『このフロアも今はそれぞれのブランドスタッフさんと、要所に五係の警護がいるだけですけど、オープンしたら大変ですよ』
明智
『まあ、この階から上はハイブランドばかりだからな、下のカジュアルフロアほどじゃないだろうが……』
ブランさんと三人、立ち話をしながら食べ終えたコンビニおにぎりとペットボトルのお茶での朝食を片付けながら、明智さんは苦笑い。
明智
『櫻井も、本当ならそっちを見に行きたいんじゃないのか?』
うっ。
翼
『で、でも、ハイブランドのファッションショーなんて、滅多に見られないですからね!』
バレバレの反応だけど、ブランさんはくすくす笑い、明智さんは受け流してくれた。
明智
『そうだな。それに』
そこで初めて、明智さんはにやりと笑った。
明智
『如月のベッキーはともかく、室長と小野瀬さんの盛装した姿なんて、それこそ滅多に見られないからな』
最上階、《Tokyo☆Week》会場。
開演時刻まで一時間を切ったファッションショー会場は、開場とともに客席が埋まり始め、舞台裏を行き来するスタッフの間にも、徐々に緊張感が高まってきていた。
《Tokyo☆Week》に参加するブランドは、全部で約三十社。
一週間の開催期間を前期と後期に分けて、それぞれ十五社ずつがショーに登場する。
『ブラン・ノワール』は前期の三日間に毎回およそ五十着、そして、全ブランドが一堂に会する最終日に、衣装を披露する事になっていた。
万が一の事態に備えて、登場順はいずれも一番。
当然、他のブランドよりも先に準備を終え、間もなく始まるショーに備えているはずだった。
ただでさえ緊張するだろう開催初日。
しかも、妨害が入る事を前提にしながら迎えた本番当日。
私なら胃が痛くなりそうな状況の中、モデルまで引き受けた室長、小野瀬さん、如月さんのメンタルの強さに、私は、今更ながら頭が下がる思いがした。
如月
「ハイハーイ!」
ブランさんについて楽屋に入ると、一斉に挨拶してくるスタッフやモデルさんたちに混じって、すっかり「ベッキー」に変身した如月さんが、こちらに向かって手を振った。
やっぱりメンタル強いな。
ブラン
『ほう』
初めて「ベッキー」を見るブランさんが、感嘆の声を漏らした。
翼
「如月さん!可愛いです!」
思わず駆け寄った私の手を取ると、如月「ベッキー」はニコニコ笑って、ぴょんぴょん跳ねた。
如月
「でっ、しょー?俺もビックリ!やっぱ、プロのメイクは違うよねえ!」
ベッキーがジャンプすると、ウィッグのツインテールが軽やかに跳び跳ねる。私もつられて、一緒に跳ねた。
翼
「とっても似合ってます!それに、服がすごく可愛い!」
ベッキーの服装は、切り替えを多用した、タータンチェックの膝丈ワンピース。それにショートブーツとジャケット。
基本色は『ブラン・ノワール』の特色でもあるモノトーンだけど、グラデーションのついたグレーのジャケットと、ワンピースの抑えたピンクの色調がとても上品。
如月
「だよねー。肌触りもいいし、俺、買い取りしちゃおっかな。お値段も意外とリーズナブルなんだよ」
ベッキーから耳打ちされた値段を聞いて、私もびっくり。
翼
「えっ、本当ですか?それなら、私も欲しいなあ!」
如月
「じゃあさ、ノワールに頼んで、色違いでさ」
明智さんが咳払いした。
明智
「お前ら、ガールズトークはまた後にしろ」
如月
「はーい!」
注意を受けたベッキーこと如月さんは、私だけにこっそり舌を出した後、顔を引き締めた。
如月さんが明智さんと細かい打合せを始めたので、私は、改めて周りの様子を見た。
遠くで、ノワールさんがモデルさんの着ている服を手直ししながら、忙しく指示を出しているのが見える。
あの近くに、小野瀬さんと藤守さんもいるはずだ。
室長と茉莉花さんはどこだろう。
そう思った時、不意に、背後からそっと目隠しされた。
小野瀬
「だーれだ?」
よく知っている声と手に、私は相手を確かめるより先に、思わず笑ってしまった。
翼
「小野瀬さん!」
小野瀬
「ふふ、当たり」
翳された手が外される。
無意識のうちに、そこにいるのはいつもの小野瀬さんだと思い込んで振り向いた私は、目の前に現れた彼の姿に息を飲んだ。
……小野瀬さんの女装を、私はこの時初めて見た。
それは室長の華やかさとも、如月さんの愛らしさとも違う、独特の美しさ。
翼
「……」
口を半開きにして見つめたまま声の出ない私に、小野瀬さんは綺麗な紅い唇で、ふ、と微笑んだ。
小野瀬
「どう?」
どう?……って……。
問い掛けられたのだと気付いて、私はようやく、我にかえった。
翼
「き、綺麗、です」
他に言葉が思い付かなかった。
小野瀬さんの衣装は、白を基調に、襟や袖、胸元にクラシックなレースを効果的に使った、優雅なラインのジャンプスーツ。
髪はウィッグではなくエクステで、胸までの長さをワンサイドに垂らして束ねている。
ノワールさんの言ってたユニセックスなスーツって、これの事かな。
だとしたら、なるほど、小野瀬さんの雰囲気にぴったり。
小野瀬
「そう?……櫻井さんに見惚れてもらったなら、やった甲斐があったかな」
身を屈め、私に笑顔を近付けようとした小野瀬さんの肩を、横から明智さんが掴んで引き戻した。
明智
「確かにうまく化けましたね」
怒ったような口調の明智さんに、小野瀬さんの表情が、たちまち冷たくなる。
この二人は、何故か反りが合わない。
どちらも普段は人一倍優しいのに、二人揃うと、どうして、いつもこう険悪な雰囲気になってしまうのかしら。
明智
「ですが……」
如月
「小野瀬さんはキレイですよ、マジで!」
すかさず割り込んでくれる如月さんの機転に感謝しながら、私も急いで言葉を探す。
翼
「わ、私もそう思います。女装しても、完全に女性にはならないというか、その」
明智
「エロさが隠しきれないんだな」
如月
「明智さん!せめて、フェロモンが出てるとか言ってくださいよ!」
小野瀬
「……」
翼
「あ、そ、そうです。何て言うか、男女を問わず惹き付ける、中性的で危険な香りといいますか」
明智
「そのにおいの事なら知っている。発情期のネコなんかが出すっていうアレだろ?」
きゃー!
如月
「明智さん、やめてー!」
小野瀬
「……」
如月さんと私が二人がかりで渾身のフォローをしても、明智さんが台無しにしてしまう。
明智さんと小野瀬さんはさらに睨み合い、緊迫した空気は一触即発の危機に陥った、その時。
不意に、照明が一段階落ちた。
如月
「あ、やべ」
小野瀬
「もう行かないと」
同時に二人が真顔になる。
私は腕時計を見て、それが、開演十分前の合図だと知った。
如月
「じゃあ、行ってきまーす!」
声色をベッキーに変え、笑顔で手を振った後、如月さんが背を向ける。
小野瀬
「何かあればインカムでね」
爪まで綺麗に塗った指先で、とんとん、と自分の耳のイヤホンを示してから、小野瀬さんも身を翻した。
二人が急ぎ足で去ってから数分。照明がカクテルライトに変わり、英語と日本語でのアナウンスが始まった。
アナウンス
『……間もなく、《Tokyo☆Week》開演でございます。照明が暗くなりますので、貴重品はお手元からお離しになりませんよう。また、携帯電話の電源はお切りになるかマナーモードにして……』
翼
「いよいよですね」
明智
「そうだな」
アナウンスを合図に、私は、明智さん、ブランさんと共に、特設された中二階に移動した。
ここからは、モデルさんや観客の表情まで読み取れる距離で、会場全体を斜め上から見渡せる。
他のブランドのオーナーさんたちが数人、同じ高さにいるけれど、私たちが入った場所は仕切りが設けられていて、他とは独立したスペースになっている。
言うまでもなく、警護の為の配慮だ。
私たちが席に付くと同時に、インカムから小笠原さんの声が聴こえてきた。
小笠原の声
『整理券を配布した入場者、全員の身元確認終了。特に不審な人物はいない』
小笠原さんは各店舗やカード会社と頻繁に連絡を取り合う必要がある為、別の場所で作業している。
もちろん、捜査室のメンバーも小野瀬さんも、小笠原さん考案の極小インカムをつけていて、互いに即座に連絡が取り合えるようになっていた。
小笠原の声
『ただし、フランス国籍の男女七名が含まれている。以上』
私はブランさんを挟んで、明智さんと顔を見合わせた。
軽く溜め息が出る。
明智さんが肩を解すように回したので、私も真似した。
俺の命を、お前たちに預ける。
室長の言葉が蘇ってくる。
翼
「……任せて下さい」
私は拳を握り、ぎゅっと力を込めた。
必ず、必ず守ってみせる。