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~翼vision~
穂積室長に『好きだ』って言ってもらえた、次の日。
警視庁に出勤して廊下を歩きながらも、私はまだ、ぽーっとしていた。
油断するとすぐ、脳裏に室長の顔が浮かんでくる。
そしてそのたびに昨日の告白を思い出して、私は幸せな気持ちに包まれてしまう。
いつからか芽生えていた、室長への淡い恋心。
その恋が成就するなんて、そのうえ、室長が、ずっと前から、私を好きでいてくれたなんて。
嬉しくて、でもまだ夢みたいで、私は指先でそっと、唇に触れてみた。
キス……しちゃった。
室長のキスは、大人のキスだった。
甘くて柔らかくて、唇が触れ合うだけでも頭の芯が痺れてくるような……。
初めての……キス。
思い出すと、自分の顔が赤くなるのが分かった。
熱い頬を押さえた時、不意に、どこからか柑橘系の香りがした。
小野瀬
「おはよう、櫻井さん」
翼
「おっ、小野瀬さん!おはようございます!」
飛び上がった私を見て、小野瀬さんは、くすくす笑った。
小野瀬
「ぼんやり歩くと危ないよ?」
……周りから見ても、やっぱりそう見えてるんだ。
そんなところを小野瀬さんに見られちゃうなんて、もう、恥ずかしい。
翼
「す、すみません」
私が恥ずかしくて思わず足早になっても、小野瀬さんはのんびりと付いてくる。
もう逃げてしまいたいのに……脚の長さの違いが恨めしい。
小野瀬
「良い事があったみたいだね」
エレベーターの前で立ち止まった時、私の肩に顎を載せるようにして囁いた小野瀬さんに、私はびっくりして飛び退いてしまった。
小野瀬
「当たり?」
ここ、まだエレベーターホールですけど!
みんなが小野瀬さんの姿を目で追ってて、ものすごく注目されてるんですけど!
周囲の女性からの視線が痛くて、いたたまれない。
翼
「し、失礼します!」
やっと到着したエレベーターに飛び乗った私は、急いで扉を閉めようとした。
小野瀬
「待って。一緒に行こうよ」
ですよね……私が小野瀬さんから逃げ切れるはずがありませんよね……。
小野瀬さんが乗り込んで扉が閉まり、私は溜め息をついた。
周囲の視線からは逃れたけど、エレベーターの中では小野瀬さんと二人きり。
これはもう逃げられない。
小野瀬
「もしかして、うまくいったのかな?……穂積と」
翼
「キャー!しー!しーっです!」
小野瀬
「おっと」
小野瀬さんはわざとらしく、両手で口を押さえた。
小野瀬
「当たり?」
囁くように言われて、私は、真っ赤になって俯いた。
翼
「ううう、……当たり、です……」
すみません室長……この人に隠し事なんて、私には無理です。
ところが、小野瀬さんはそれ以上何も言わず、ただ、ニコニコしているだけだ。
翼
「……?」
小野瀬
「良かった」
私は首を傾げた。
今の「良かった」は、私に向けられた言葉じゃない気がしたからだ。
小野瀬さんは私の様子に気付いて、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
小野瀬
「櫻井さん、穂積をよろしくね」
翼
「……はい」
私は頷いた。
「良かった」の意味は分からないけど、小野瀬さんが、室長を心配してくれているのは分かったからだ。
いつもケンカばかりしてるように見えて、本当は仲良しなんだな、きっと。
小野瀬
「今、俺と穂積は仲良しだ、なんて思ったでしょ」
翼
「え!」
小野瀬
「悪いけど違うからね。俺は、いつも迷惑してるんだからね」
翼
「うふふ」
私が笑うと、小野瀬さんはちょっと頬を赤くした。
エレベーターから降り、捜査室に向かう。
何故か、鑑識に向かうはずの小野瀬さんも、私に付いて来た。
私はもう、逆らう気持ちも起きない。
室長はいつも出勤が早い。おそらく、もう捜査室にいるはずだった。
振り向けば、小野瀬さんは顔を楽しそうに綻ばせている。
私は溜め息をついてから、観念して扉を開けた。
翼
「……おはようございます……」
予想通り、室長は自分の机で新聞を広げていた。
顔を上げた室長は私と小野瀬さんを見比べて、眉をひそめた。
穂積
「おはよう。……何で小野瀬が一緒なんだ」
小野瀬
「おはよう、穂積。お祝いを言いに来たんだよ」
穂積
「はあ?」
室長は怪訝な表情をしたが、すぐに、何かに気付いた顔になった。
穂積
「……!」
そして、凄い勢いで私に顔を向ける。
穂積
「こいつに言ったのか?」
怒っている表情ではない。けれど、室長は明らかに困惑していた。
小野瀬
「まあまあ。確かに彼女も白状したけど、俺は、お前の態度で気付いたんだよ」
穂積
「何だと?」
小野瀬さんの言葉に、私も驚く。
いつ、気付いたんだろう?昨日の告白の後、室長も私も、小野瀬さんには会っていないはずなのに。
小野瀬さんは相変わらず、ニコニコしている。
小野瀬
「石原事件の解決が見えた頃から、穂積がそわそわしているように見えたからね。これは、近々何かあるなと思ったよ」
穂積
「……」
室長が頭を抱えた。
穂積
「俺とした事が……」
小野瀬
「いいじゃない。良かったね、穂積」
小野瀬さんの言葉に、室長は顔を上げた。
穂積
「……小野瀬。俺はこいつに、交際を秘密にする必要はないと言った」
室長が、私とお付き合いする事を小野瀬さんに打ち明けてくれた事が嬉しくて、私はドキドキする。
穂積
「だが、ここは職場だ。少なくとも勤務中は、公私の区別を付けたい」
私は、うんうんと頷いた。
穂積
「協力してくれ、小野瀬」
真顔で頼む室長に、小野瀬さんは一度私の顔を見てから、頷いた。
小野瀬
「分かった。捜査室では余計な事は言わない」
翼
「小野瀬さん……」
私はホッとした。
変な噂が立たなければ、私は捜査室で、今まで通り仕事が出来る。
小野瀬
「あのね。誤解の無いよう言っておくけど、俺は、櫻井さんの恋を邪魔するつもりは無いから」
穂積
「小野瀬……」
小野瀬
「だから、櫻井さんが穂積を好きなうちは、二人がうまくいくよう応援する」
翼
「小野瀬さん、ありがとうございます!」
不意に、小野瀬さんの指が私の顎を捉えて、上向かせた。
小野瀬
「ただし、櫻井さんが俺に心変わりしたら別だよね?」
翼
「!」
小野瀬さんのきれいな顔が、近付いて来る。
と思ったら、駆け寄った室長が腕を伸ばして、素早く私を背中に庇った。
穂積
「こいつに触るな!」
小野瀬
「穂積は野暮だねえ。交際中って事は、お試し期間って事でしょ?だったら櫻井さん、俺もお試ししてみない?」
室長の手が、ファイルを掴んだ。
穂積
「出てけー!」
小野瀬
「櫻井さん、そいつに飽きたら、いつでも俺の所においで。待ってるからね」
室長の常に正確無比なファイル投げを華麗に避けて、小野瀬さんは笑いながら捜査室を出て行った。
穂積
「あの野郎……馬に蹴られればいいのに」
室長はまだ、小野瀬さんが出て行った扉を睨み付けている。
私は何だか可笑しくて、くすくす笑ってしまう。
穂積
「笑うな!」
翼
「す、すみません」
穂積
「全く、お前は」
室長は私の髪を撫でながら、溜め息をついた。
翼
「?」
穂積
「いいか、必要以上に小野瀬に近付くな。他の男にもだ」
翼
「はい」
室長に見つめられて、体温が上がる。
穂積
「お前は危なっかしい。……俺は、心配でたまらない」
翼
「すみません……でも、」
ハッとして、私は口を押さえた。
室長は一瞬不思議そうに首を傾げて、それから、にやりと笑った。
穂積
「でも?」
かあっ、と顔が熱くなる。
穂積
「続きは何だ?言え」
翼
「うう……」
室長は微笑んで、私の顔を覗き込んだ。
穂積
「言え」
翼
「……私が、好きなのは……室長です。浮気なんかしません」
穂積
「よく言った」
室長は微笑むと、ポケットから何かを出して、私の掌に載せた。
翼
「?」
手を開いたそこには、シンプルな鍵が一つ。
これは……もしかして……?
顔を上げると、室長はそっぽを向いていた。
穂積
「持ってろ」
横を向いた顔の、頬が微かに赤い。
室長の部屋の、合鍵。
私はそれを握り締めて、胸に抱いた。
穂積
「いつでも入っていい。ただ……先に言っておくが、すまん。散らかってる」
翼
「私、お掃除します」
穂積
「ありがとう。……お前の想像以上に、散らかってるからな」
念を押す室長が可笑しくて、……可愛い。
翼
「覚悟を決めて、行きます」
穂積
「そうか。違う覚悟も決めて来いよ?」
翼
「え?……あっ」
室長の言葉の意味を理解して、私はまた真っ赤になった。
室長は声を立てて笑いながら、自分の席に戻って行く。
翼
「もう……!」
ポケットの中の鍵が、私に勇気をくれる。
室長は、私を待っていてくれるって。
ゆっくり大人になればいい、そう言ってくれた。
ポケットの中の鍵が、私に教えてくれる。
この幸せは夢じゃないって。
~END~