Tokyo☆アブナイ☆week
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~小松原vision~
明日からの警護の段取りを済ませた俺は、ようやく帰宅の途についた。
『ブラン・ノワール』のスタッフ全員が宿泊しているホテルから、最寄り駅までは、ゆっくり歩いても十分余りの距離だ。
どこか立ち呑み屋で焼き鳥でも肴に軽く一杯引っ掛けて、早く帰って寝よう。
今日は疲れた。
もっとも、俺のこの疲労の最大の原因は、七つだか年下の穂積に対して、ただ労う事しか出来なかった、自分の不甲斐なさにある。
渋谷の神宮前での、ファッションビルのオープニングイベント。
しかも、高級海外ブランドのショースタッフの警護。
警護課第五係長になって以来初めての、華やかな任務だった。
その上、脅迫の内部調査という名目で、警備部は、かつて警備部にいた穂積を補助につけてくれた。
穂積は現在、少人数とはいえ検挙率の高さで注目されている、緊急特命捜査室の室長だ。
若いがキャリアである穂積の階級は、もう、すでに警視。
捜査室が正式な部署なら、室長の穂積は警視正になっていたはずで、本来なら、現場の指揮は、警部の俺ではなく、穂積が執ってもおかしくない。
その穂積に女装を命じ、潜入捜査の命令を出し、穂積が従順に働くのを眺め、報告に来るのを待つのは楽しかった。
正直に言うと、このまま犯人が分からず、穂積がいつまでも俺の部下ならいいのにとさえ思っていたほどだ。
しかし、当たり前だが、穂積はそんなに無能ではなかった。
潜入初日にはもう、脅迫メールの送信者を、オーナーの妻、フローラだと推理し、所在確認と精神鑑定をするよう進言してきた。
その上、挨拶と称して三分の一のスタッフと接触し、様々な情報を集めてきた。
穂積から次々に届けられる仰天するような報告に、俺は、平静を装うのに必死だった。
翌日には、さらにスタッフとのコミュニケーションを広げながら、メールの発信元がフランスのネットカフェだと突き止め、その防犯カメラに映っていたというフローラの映像を、プリントアウトして持ってきた。
三日目の報告では、フローラの最近の言動を分析し、夫であるブランの不在、そして、トップモデルからの転身や妊娠という、環境変化によるストレスが原因ではないかと動機付けをしていた。
フランスにいるフローラの動きをどうやって把握しているのか想像もつかないが、この時点で、穂積は『ブラン・ノワール』への脅迫はフローラの単独犯行だという判断を下している。
フローラのメールの存在を知る者が、オーナーと、共同経営者であるデザイナーの他にいない事、スタッフ全員が、東京での成功を目指して団結している事。
それが、穂積の行った内部調査の結論だった。
つまり、『ブラン・ノワール』の内部には、現在、フローラに呼応して事を起こそうとしている仲間はいないという事だ。
そして、今日。
穂積は、女装の穂積をメインモデルの身代わりにするという案について、どうしますか、と相談してきた。
モデルたちは「ルイ」のメインモデル抜擢に表向きは納得しているものの、内心では不満を抱えている。
そのため、このまま進めると、せっかくの団結を乱す結果になり、新たなトラブルの火種になりかねない、と言うのだ。
返す言葉がなかった。
穂積の態度も言葉遣いも終始穏やかで控え目で、礼儀正しいものだったにも関わらず、だ。
俺は穂積の調査報告と進言に基づいて、穂積の女装による潜入捜査の任を解き、身代わり案を廃案にした。
それをブランとノワールに報告すると、二人は脅迫メールがフローラの犯行だという事に驚き、同時に、身内による人騒がせな事件だという事に恐縮し、謝罪してきた。
ただ、フローラの脅迫が、メール送付だけなのか、それとも何らかの行動が計画されているのかまでは、現時点では確認出来ない。
そのため、警護は、イベントが無事に終わるまで継続する事になった。
俺は穂積に、明日までに、代替の警護案を書類にして出すよう指示した。
明日の夜からは実際の警護を始める予定なのだから、我ながら無理を言うと思ったが、穂積は素直に了解してくれた。
穂積は、身代わり案がモデルたちから受け入れられないだろうという事を、既に予期していたのかもしれない。
それとも、穂積の頭には、常に複数の選択肢が準備されているのか。
容姿端麗、頭脳明晰、臨機応変。
俺に従って後ろを歩きながら、実際には俺よりも遥か先を走っている穂積の才能を思い、自分の平凡さを思うと、自然と溜め息が出た。
小松原
「世の中には、あんな奴もいるんだな……」
俺は自分の独り言で現実に戻った。
小松原
「いや……いかん、いかん」
世の中とか恵まれたとか、そんな言葉で片付けてはいけない。
穂積は確かに超のつくエリートだが、それは、真面目に勉強してきたからだろう。
俺は、胸の中の自分に言い聞かせるように言った。
不正な方法で国家公務員試験に合格する事は不可能だし、まして、そんな人物が警察庁キャリアに採用されるはずもない。
穂積が、人一倍努力した事は間違いないのだ。
それに、確かに並外れた美形だが、穂積が整形してるという噂は一度も聞いた事が無い。
外国の血が入っているのは、見れば分かる。金髪碧眼なのもそのせいだ。
だとすればあの美貌は生まれつきのもので、どれほど他人から羨ましがられようと、穂積に罪はない。
しかも穂積はオカマで女嫌いだと聞いている。
宝の持ち腐れじゃないか。
そんな事を考えながら、ぼんやりと見つめた景色の先に、目指す赤い提灯が下がっているのを見つけた時。
さらにその先の路地を、穂積が横切るのが見えた。
ちょうど穂積の事を考えていたからかと目を擦って改めて眺めたが、間違いない。
金髪で、濃紺のスーツを着た、すらりと背の高い穂積と、その後を追うように小走りでついていく……あれは、確か部下の……櫻井と言ったか。
覗くつもりは無かったが、俺は櫻井の小走りにつられるようにして赤提灯の先まで行き、二人を目で追った。
不意に、穂積が櫻井の腕を引き、そして、暗がりで唇を重ねた。
ほんの一瞬だったが、抱き合う二人の姿は、俺の目に、鮮烈に焼きついた。
羞恥に頬を染めた櫻井の愛らしい笑顔と、穂積を見上げた、愛情と信頼の込められた眼差しとともに。
あっという間に離れた二人は元の道に戻り、再び和やかに談笑しながら、やがて、大通りの雑踏に消えて行った。
俺はそれまで、穂積に嫉妬などしていなかった。
それがこの時、魔が差した。
そう、魔が差したんだ。