Tokyo☆アブナイ☆week
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穂積
『失礼します』
声と共に現れたのは、室長。
その姿は、予想していたあの艶やかな女装ではなくて、私たちには見慣れた紺の三つ揃い。
室長が踵を揃えて一礼すると、一拍置いて、茉莉花さんが息を飲む音が聞こえた。
その室長と一緒に姿を現したのは、今回の警護の現場責任者、警備部警護課の係長だ。
係長は何故か苦虫を噛み潰したような顔をしているけど、こちらも丁寧に一礼する。
ブラン
『お二人とも、どうぞ。今、ここにいる茉莉花に、ルイをメインモデルにはしない、という話をしたところです』
ブランさんの説明に、頷いたのは係長の方だった。
係長
『茉莉花さん、警視庁警備部、警護課第五係長の小松原です。大切なショーの前に、貴女方のモチベーションに影響を与えるような事をしてしまい、申し訳ありませんでした』
驚いた事に、係長はいきなり、深々と頭を下げた。
それから係長は、茉莉花さんに、『ブラン・ノワール』宛に脅迫メールが届いた事を打ち明け、そのため、モデルを含むスタッフ全員に護衛が必要なのだという説明をした。
係長
『ここにいる穂積には、私の指示で、先行して内部調査をさせておりました。……その結果、現在、『ブラン・ノワール』内部には、悪意を持ってイベントを妨害するおそれのある人物はいない事が分かりました』
茉莉花さんは、大きな目をじっと見開いて、室長を凝視している。
係長
『そのため、穂積については、一旦、特別任務を解き、通常の警護に当たらせる事に致しました』
果たして、係長の説明は、茉莉花さんにどのくらい伝わっただろうか。
私がそんな心配をしてしまうほど、茉莉花さんは、スーツ姿の室長に衝撃を受けているようだった。
茉莉花
『じゃあ……ルイは警察官だったの?……いえ、それより……あなた、男性だったの?!』
穂積
『申し訳ありませんでした』
今度は室長が、深々と頭を下げた。
穂積
『わたしは、そこにいる明智たちの所属する部署の室長です。今後はその立場から、あなた方を護衛する事になります』
茉莉花
『…………』
茉莉花さんは、まだ信じられないという様子で、立ち尽くしている。
係長と室長は、ブランさんに向き直った。
係長
『あなた方三人の警護は、穂積以下捜査室に一任してあります。イベント終了まで、引き続き警戒をお願いします』
ブラン
『分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いします』
係長
『……では、私は、自分の担当部署に戻りますので……。本日は、これで失礼します』
退席する係長を廊下まで見送った後、戻ってきたブランさんは、茉莉花さんの肩をぽんぽんと叩いた。
ブラン
『……分かってもらえたかな、茉莉花』
茉莉花
『オーナー……じゃあ、ショーのメインモデルは誰が?』
ブランさんはにっこり笑った。
ブラン
『もちろんきみだよ、茉莉花』
その瞬間、ぱあっ、と茉莉花さんの頬が染まり、輝くような笑顔が花開いた。
私たちが一斉につられて微笑んだほど、それは魅力的な笑顔で。
ブランさんとノワールさんも、目を細めて茉莉花さんを見ている。
私は、本来の姿に戻った、目映いくらいに綺麗で愛らしい茉莉花さんと、やはり本来の姿に戻った室長とを見比べながら、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
顔合わせを終えた私たちは、勤務時間終了を待ってホテルを出た。
近くのレストランに全員で行って、久し振りに、みんな揃っての食事をする。
穂積
「明日の夜からは、スタッフと同じリズムでの生活になるわよ。しっかり体調を整えておいてちょうだいね」
全員
「はい!」
穂積
「ここまでの経緯は、明日のミーティングで説明するわ。今夜はワタシがおごってあげるから、たくさん食べなさい」
全員
「ありがとうございまーす!」
実際の警護はこれからだけど、とりあえず、室長が身代わりになるという最大の懸念が消えた事で、自然と笑顔の食事会になった。
車の運転があるのでお酒は無し。でも、室長の言葉通り、たくさん食べてたくさん笑って。
二時間ほどの食事時間は、あっという間に過ぎて。
全員
「ご馳走様でした!」
穂積
「どういたしまして。さあ、存分に飲み食いしたんだから、明日から一週間、存分に働いてもらうわよ?」
全員が、どっと笑いながらも「はい!」と返事をした。
駐車場に戻ると、来る時には私と室長も乗せてくれた明智さんが、運転席に自分だけ乗り込んだきり、ドアのロックを解除してくれない。
室長が運転席の窓をコツコツとノックしたけれど、明智さんは窓を少し下げて微笑んだだけ。
明智
「お疲れ様でした。では、明日の朝、警視庁で」
翼
「えっ?」
明智さんは敬礼とともにアクセルを踏んだ。
明智さんの車に置いてきぼりにされた私と室長の前を、藤守さん、如月さん、小笠原さんの乗った車が徐行して通る。
助手席の窓がスーッと下がって、如月さんが笑顔で敬礼してきた。
運転席の藤守さんと後部座席の小笠原さんも、揃って敬礼の真似をする。
藤守
「室長、ご馳走さまでした!ほな、また明日!」
如月
「翼ちゃん、おやすみ!」
小笠原
「……寝かせてもらえるといいけどね」
室長が軽くタイヤを蹴ると、車は三人が笑う声だけを残して走り去ってしまった。
穂積
「……まったくもう、アイツらは……」
二台の車を見送った室長は呆れたように溜め息をついているけど、私は、みんなの気遣いが嬉しかった。
だって、久し振りに、室長と二人きりになれたから。
穂積
「……仕方ないわね。ワタシの車はさっきのホテルの駐車場だし、歩いて戻りましょうか」
翼
「はい!」
歩き出した室長の背中を追いながら思わずにやけていると、振り返った室長と目が合った。
穂積
「……アンタ、何か嬉しそうね?」
私は急いで真面目な顔をしたつもりだったのに、室長にはお見通し。
翼
「すみません。だって、室長とこんな風に一緒に歩ける機会、滅多に無いし」
私は正直に言ってから、どうしても緩んでしまう頬を、両手で押さえた。
翼
「それに……女装もすごく綺麗でしたけど、室長がスーツ姿の男性に戻ってくれた事が、やっぱり嬉しいんですもん」
一流モデル顔負けの女装姿を思い出してくすくす笑っていると、室長が足を止め、指先で私の額を軽くつついた。
穂積
「ああ……それなら、まだよ」
翼
「え?」
聞き返した途端、暗がりに誘い込まれた。
背中が壁に当たると顔が近付いて、前髪が触れ合う。
穂積
「実はね。今回は女装が長かったから、着替えただけでは戻りきれないの」
翼
「え、そ、そうなんですか?!」
ビックリする私に、室長はくすりと笑って、さらに顔を近付けた。
穂積
「だから、……ね、翼」
オカマ口調なのに、低い声のプライベートモード。
穂積
「今夜は、ワタシの部屋に来てちょうだい」
急に醸し出される大人の香りに、私の胸が、どきりと跳ねた。
その胸に、室長の掌がそっと触れる。
目が合うと、室長が不敵な笑顔を浮かべた。
穂積
「ワタシを、男に、戻らせて」
翼
「室…」
言葉の続きを奪ったやわらかい唇が、私から息を、舌を、次々と奪い取ってゆく。
室長の掌が、なめらかな舌が、息が、唇が、奪われた以上の熱を、私に返してくれる。
それは鼓動が乱れるほど激しいのに、頭の芯から痺れるほど甘美で、とろけそうに気持ちよくて。
穂積
「……いいでしょう?」
再び唇を塞がれた私が何度も頷くと、彼のキスは一段と甘く、優しくなる。
翼
(……泪さん……大好き……)
私は彼から贈られる熱に浮かされながら、私を抱き寄せる腕に身を任せた。
遠い闇の中から私たちを見つめている視線があった事など、気付かないままに……。