Tokyo☆アブナイ☆week
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如月
「ぶはーっ!!」
扉が閉まり、室長の足音が遠退いてゆくと、真っ先に噴き出したのは如月さんだった。
さっきまで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、そのままゲラゲラ笑いだしてしまう。
如月
「室長が、室長が、女装で、『ブラン・ノワール』のモデルだって!」
翼
「き……如月さん……笑い過ぎですよ……」
他の誰も笑っていないので、私はひやひやしてしまう。
如月
「だって、翼ちゃんも資料見たでしょ?!本物のモデルたちより、室長の方が美人なの!あっはっはっはっ、ありえねー!」
た、確かに、それは私も思ったけど!
助けを求めようと見回すと、思いがけず、真顔の藤守さんと目が合った。
藤守
「アホ、如月!」
同時に拳骨が飛んできた。
如月さんの頭の上で、ごつん、と音がする。
如月
「痛゙ー!」
藤守
「笑い事ちゃうわ!」
真剣な顔で、なおも怒鳴る藤守さん。
いつもなら味方になってくれる藤守さんのただならぬ雰囲気に、ようやく、如月さんも笑いをおさめた。
如月
「何なんですかぁ……」
殴られた頭を擦りながらぶつぶつ言う如月さんに、次に声を掛けたのは、明智さんだった。
明智
「藤守の言う通りだぞ、如月」
けれど如月さんが振り返るより先に、明智さんは小野瀬さんを振り返っていた。
明智
「自分は反対です」
小野瀬さんは室長の席からゆっくりと立ち上がりながら、明智さんの顔を見た。
明智
「犯人の狙いが分からない以上、まずはショーを中止するなり、『ブラン・ノワール』の参加を見合わせるなり、警護の仕方を考えるなり、とにかく他の方法があるはずです。潜入なんて危険過ぎます」
珍しく、明智さんが熱くなっている。
小野瀬
「警備部も、主催者と熟慮した上での決断なんだろうけどね」
明智さんにはそう応じたものの、どうやら小野瀬さんも、心底納得してはいない様子。
藤守
「室長に何かあったらどないするんですか!」
藤守さんはまだ興奮気味だ。
藤守
「俺、直談判してきます!」
小野瀬
「藤守くんも、落ち着いて」
小野瀬さんが二人をなだめている様子を見ながら、如月さんが、私に、助けを求めるような視線を移してきた。
年長の3人が言い合っている理由が分からないのだ。
もちろん、私にも分からない。
私は如月さんに同調する意味で首を傾げて見せてから、席に就いて作業している小笠原さんに顔を向ける。
私の視線に気付いて、小笠原さんが顔を上げた。
小笠原さんには、私と如月さんに説明を求められる事が、予め分かっていたようだった。
小笠原
「《日本での『ブラン・ノワール』の成功を望まない。イベント期間中に、必ず、不幸な事件が起きるだろう》」
先ほどの脅迫メールの文言を復唱した小笠原さんの声に、私たちはもちろん、小野瀬さんと、明智さん、藤守さんまでが、一斉に小笠原さんを見た。
小笠原
「逆の言い方をすれば、犯人は『ブラン・ノワール』に対して、イベントでの失敗を望んでいる、という事になるよね。ブランドにとって、ファッションショーでの失敗、と言えば?……例えば、如月なら、何を思い付く?」
小笠原さんはそう言って、如月さんを見た。
急に質問された如月さんは、思わず「えっ?」と言ってしまったものの、それでも、素早く返事をした。
如月
「それは……やっぱ、ファッションショーに参加出来なくなる事とか……」
小笠原さんは頷いた。けれど、それ以外は微動だにしない。
小笠原
「そうだね。でも、それは失敗と呼べるかな?他には?」
如月さんにも、小笠原さんの意図が見えてきたよう。
如月
「じゃあ……参加したくても、出られなくなる。……例えば、衣装が全焼するとか、必要な機材が壊れるとか」
小笠原
「なるほど。その方がダメージあるよね。じゃあ、犯人側から考えてみよう」
小笠原さんの端正な顔が、今度は、私に向けられた。
小笠原
「今、如月が言ったような事があったとして。それでも、標的のブランドはショーに出る事になった。さあ、君が犯人なら、何をする?」
小笠原さんが、いつになく能弁だ。
きっと、口には出さないけど、みんなと同じように室長が心配なんだろう。
私も、一生懸命考えてみる。
翼
「犯人はもっと、強硬な手段に出るはずですよね……」
小笠原
「例えば?」
翼
「例えば……」
想像力をフル回転させたその瞬間、私の頭の中に、恐ろしい映像が浮かんだ。
翼
「!」
いけない。
声が、震え始めた。
翼
「……例えば、観客が、会場に来られないよう、周辺で、爆発などの騒ぎを起こし、たり」
頭を振って振り払おうとしても、結論に到達してしまった思考はもう、後戻り出来なくて。
翼
「あるいは……、あるいは、出演する、モデルを……」
泪さん。
ただの警護じゃないの?
目的は潜入捜査じゃないの?
小笠原
「そう。モデルはブランドの広告塔だ。当然、狙われる。スキャンダルに晒されてもいい、怪我をしてもいい」
小笠原さんは、言葉に詰まった私をフォローしてくれるように、淡々と続けた。
小笠原
「最も効果的なのは、ショーの最大の見せ場で、モデルが襲われて倒されるという状況だよ」
目の前が暗くなる気がした。
実際、ふらついたのかもしれない。
背中側から肩に手を置くようにして、小野瀬さんが私を支えてくれた。
小笠原
「ただの転倒ではなく、『故意に倒される』事で、『ブラン・ノワール』が誰かに狙われている事が周りに知れる」
小野瀬
「……そうなれば次には、狙われているのを知りながらショーに参加し、観客や関係者を危険に晒した、そのブランドの意識や責任が問われる事になる」
小野瀬さんが、小笠原さんの言葉を補う。
小野瀬
「おそらく」
まるで、それを私に告げる事が、自分の役目だというように。
小野瀬
「……警備部はその、最も狙われる可能性の高いメインモデルの身代わりに、穂積を起用するつもりだ」
小野瀬さんの言葉は、刃となって私の胸を突き刺した。