Tokyo☆アブナイ☆week
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大急ぎで人数分の番茶の支度をした私が給湯室から戻って来ると、既に全員がそれぞれの椅子を引いてきて、ミーティングテーブルに就いていた。
私の椅子も、誰かが移動してくれてある。
これは、ミーティングが長くなる兆候……。
そう考えかけて、私は我ながら失笑した。
長いミーティングが必要な事態が起きている事は、今の室長の姿を見れば、一目瞭然だったからだ。
室長はあの美しい姿態のまま、ファイルを開いて資料を見ながら、室長席の机の手前に立っていた。
その姿は近くで見ても本当に優美で、元々が美青年だということを差し引いても、自分の恋人だという欲目を除いても、思わず見蕩れてしまう美しさだ。
彼が正真正銘の男性だという事は、誰よりも、私自身が一番よく知っているのだけれど。
思いがけずベッドの上での事など思い出しそうになってしまった私は、赤くなる顔を伏せながら手早くお茶を淹れ、室長の机の上にお湯呑みを置く。
翼
「お待たせしました」
穂積
「はい、ありがとう」
彼はどんな時でも、私の目を見てお礼を言ってくれる事を忘れない。
ほっとしながら顔を上げると、笑顔で室長の席に座っている小野瀬さんと目が合った。
小野瀬さんはにっこり笑顔を深くして、ここに置いて、というふうに、無言のまま、室長の机を指先でとんとん叩いた。
室長の顔色を窺うと、こちらも無言で頷いている。
許可が出たので、私はそこに小野瀬さんのお茶も置いた。
小野瀬さんは本来部外者なので、ミーティングに加わる必要はない。
室長が暴れ出した時、後ろから殴ってでも羽交い締めにしてでも抑えてくれるので、大変有り難い存在ではあるのだけれど。
今の彼は超ご機嫌で女装の室長を眺めていて、その、面白がっている感じがちょっと不安だ。
ミーティングテーブルの4人に年齢順にお茶を出し、私もその末席に加わると、室長が、静かに話を始めた。
穂積
「……警備部警護課から、来月1日に開店する、レディースファッションビル『渋谷☆KAGURA』のオープニングイベントへの協力を要請されたわ」
「ええっ?!」と叫んだのは私と、何故か如月さん。
如月
「凄えっ!」
如月さんの大きな声に、振り向いた明智さんが、しっ、と指を唇に当てた。
明智
「二人とも、説明の途中だぞ」
如月さんと私は、すみません、と口を押さえた。
穂積
「如月と櫻井は知ってるようだけど……『KAGURA』は各地のいわゆる「神宮前」に、女性向けの服飾や雑貨を扱う店を集めたビルを展開しているグループよ。今回は三重の伊勢神宮前、京都の平安神宮前に次ぐ3店舗目として、渋谷の明治神宮前に出店することになったらしいわ」
室長は、テーブルの上に、持って来たファイルを広げた。
穂積
「オープニングイベントは1日から7日まで、『渋谷☆KAGURA』最上階の特設ステージで、ファッションショーの形式で開催される予定。30以上のハイブランドによる、プレタポルテのショーがイベントの目玉だそうよ」
そこまで言うと室長はテーブルに両手をつき、声をひそめた。
穂積
「……当然だけど、通常、警察が企業のイベントを警護する事は無いわ。今回、警備部が出動する理由は、これ」
額を突き合わせるようにして、全員がそのファイルを覗き込む。
穂積
「『渋谷☆KAGURA』に入るフランスのハイブランド『ブラン(blanc)・ノワール(noir)』に対して、先日、脅迫メールが届いたの」
ファイルには、その脅迫メールのコピーが挟まれていた。
内容はPCでプリントアウトされたらしい日本語の文章で、ごく短い。
《日本での『ブラン・ノワール』の成功を望まない。イベント期間中に、必ず、不幸な事件が起きるだろう》
事件、という言葉が使われているのに、具体的な事は何も書かれていない。
事件の内容はともかく、犯行の理由や、要求さえ一切分からないのが不気味だ。
穂積
「このため、警護対象は、モデルを含む『ブラン・ノワール』のブランドスタッフ全員に対する警護になるわ。そこで、緊急特命捜査室にも協力要請が来たわけ」
なるほど。
……でも、それだけでは、室長が女装している説明にはならない。
恐らく、全員がそう思ったのだろう。
明智
「……室長」
代表して、明智さんが片手を挙げた。
明智
「申し訳無いのですが、その……自分には、ショーの警護と、室長の女装とが結び付かないのですが……」
すると室長はあっさり、そうよね、と頷いた。
穂積
「実はね。この手の脅迫は、内部の事情に詳しい者の可能性も高いの。その為、担当部署は、警護と並行して、潜入捜査を採り入れる事にしたのよ」
室長は身体を起こして、長い髪を掻き上げる。
穂積
「現在、脅迫について知っているのは『KAGURA』のオーナーと、『ブラン・ノワール』のオーナーだけ。そこで、警護課は、両オーナーの協力を得て、イベントの為のモデルという名目で、潜入捜査員を入れる事にした。形だけだけど、実際に募集広告も出すわ。それがこれ」
小笠原さんが、ファイルに書かれた文面を読み上げた。
小笠原
「募集要項…20~35歳の女性若干名。身長175cm以上、容姿端麗、フランス語と英語が堪能である事、面接あり……」
穂積
「ま、それもこじつけね。要するに、警護課は、何とか理由をつけてワタシに潜入捜査をさせたいのよ。警備出身者で刑事だから、話が早いでしょ?」
室長はそこまで説明した後、肩をすくめた。
穂積
「ワタシが適任だと会議で上にアピールする為に、今朝はこんな女装まで準備して待ち構えていたのよ」
全員
「……なるほど」
ようやく、私たちは腑に落ちる思いがした。
実際、警視庁にいる女性警察官の中に、これだけの条件を満たす事の出来る女性が何人いるだろうか。
その上、警備も出来る人材が望ましいだなんて言ったら、なおさら。
警備部が、この任務に最初から室長を設定したのも無理はない気がする。
……女性じゃないけど、女性より遥かに綺麗だし。
穂積
「他に質問は無いかしら?」
室長はファイルを閉じた。
穂積
「いま、うちが抱えているのは窃盗2件、変態1件。今週中に片付けられるはずね」
全員
「はい!」
穂積
「頼んだわよ。……じゃ、ワタシは着替えて来るわ」
室長はファイルを机に戻すと、長い髪を掻き上げた。
穂積
「名残惜しいでしょうけど、普通のオカマに戻らなきゃ」
色っぽく微笑む室長に、如月さんが、ぷ、と噴き出した。
穂積
「明智、他は予定通りよ。後の指示は任せるわね」
明智さんに指示を出した後、室長は再びサングラスをかける。
明智
「分かりました」
明智さんが返事をすると、室長は背中を向けて肩越しにひらひらと手を振りながら、捜査室を出て行った。