泪さんの犬
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~翼vision~
ホワイトデーの夜、小野瀬さんと二人で、泪さんの帰りを待っている時の事。
私の携帯電話が鳴った。
時刻は、すでに午後10時を過ぎている。
こんな遅くに誰だろう?
翼
「……!」
表示された名前を見て、私は、慌てて座り直した。
発信元は、『穂積 瞳』。
泪さんの弟!
以前、鹿児島の泪さんのご実家に挨拶に行った時に交換して、登録しておいた電話番号だ。
でも、瞳さんの携帯電話から私に電話がかかってきたのは、これが初めて。
しかも、こんな時間に。
まさか、鹿児島のお家で何かが起きたのだろうか。
私はどきどきする胸を押さえて、電話に出た。
翼
「はい!翼です!」
瞳
『穂積です。ご無沙汰しています。夜分遅くにすみません』
翼
「いえ、あの、こちらこそご無沙汰してしまって、申し訳ありません」
面識はあっても、初めて電話で話す相手との会話に、何だかうろたえてしまう。
瞳
『今、お話ししても大丈夫ですか?』
落ち着いた話し方と、優しい声は泪さんによく似ている。
その声を聞いているうちに、私もようやく落ち着いてきた。
どうやら、切羽詰まった用件が出来たわけではなさそうだ。
私は胸を撫で下ろした。
翼
「はい、大丈夫です。瞳さん、お元気ですか?ご家族の皆様にも、お変わりはないですか?」
瞳
『ありがとうございます。それより、小野瀬さんからご連絡を頂いたんですが』
翼
「え?小野瀬さん?」
私は、隣に座っていた小野瀬さんの顔を見た。
すると、小野瀬さんは「あー喉が渇いたな」なんて言いながら立ち上がり、こそこそとキッチンの方に去って行ってしまった。
テーブルの上に、飲みかけのコーヒーがあるのに。
瞳
『翼さんと兄が仲違いしていると聞いて、心配になってしまって。遅くに申し訳ないとは思ったのですが、今、仕事が終わって帰宅したものですから……』
翼
「えっ!」
小野瀬さんたら、もう!
鹿児島にまで連絡するなんて!
翼
「ご心配をお掛けしてすみません。……今回の事は、私が意地を張ってしまったんです。泪さんに謝るつもりで、今、お帰りを待っているところなんです」
瞳
『そうでしたか。それを聞いて安心しました』
翼
「本当に、すみません」
瞳
『いいえ。……翼さんが意地を張るだなんて。よほど、兄がきつい事を言ったんでしょう。申し訳ありません』
電話口で頭を下げている、泪さんと全く似ていない弟さんの姿を思い浮かべながら、私はふと、閃くものがあった。
翼
「そうだ、瞳さんなら、ご存知ですよね」
瞳
『何ですか?』
翼
「泪さんが小学生の頃、二日間だけ犬を飼った事があるという話」
私が言うと、瞳さんは、ちょっと驚いたような、でも、嬉しそうな声を出した。
瞳
『兄が、そんな話をするようになりましたか』
いえ、実は、そこだけなんですけどね。
翼
「もう少し、詳しくうかがえますか?」
きっと、小野瀬さんも知らない話なんだ。
だからこそ、私が瞳さんからその話を聞けるように、鹿児島に電話をかけたんだろう。
瞳
『それは、翼さんになら構わないと思いますが……。僕もまだ小さかったので、記憶は曖昧ですよ。……春休みの前で、兄がまだ一年生だった時の話だと思いますけど』
翼
「はい。それで結構です」
泪さんが小学校一年生なら、瞳さんはまだ就学前のはずだ。
それなのに件の記憶があるという事自体、彼らにとって大きな出来事だったのだろう。
そしてきっと、それは瞳さんの中で、何度も再生されてきた思い出なのに違いない。
記憶を辿っているのか、少しの間があって、瞳さんが、静かに話し始めた。
瞳
『……よくある話ですが、学校の帰り道、よちよち歩きの子犬が、兄の後を付いてきてしまったんです……』