ホワイトデーの夜に
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翌朝。
私は携帯のアラーム音で目が覚めた。
……泪さんの部屋。
私は床に座り、上半身をテーブルに預けて寝ていた。
テーブル……。
私は一気に目を覚ました。
仔犬がいない。
寝床やミルクもそっくり無い。
代わりにそこには、泪さんの手書きの綺麗な文字で『会議があるので先に行く』のメモが置かれているだけ。
……私、あのまま寝ちゃったんだ……。
きっと私が寝てしまった後で、夜の保温も、ミルクも世話も、全部泪さんがやってくれたんだ。
偉そうな事を言って、意地を張るばかりで、泪さんに迷惑をかけて。結局、何もしていない。
自己嫌悪で朝から泣きそう。
でも泣いてる場合じゃない。
私は急いで身支度をした。
早くしないと、泪さんは、あの犬を保健所に連れて行ってしまう。
始業時間ギリギリで出勤してみると、捜査室には全員が揃っていた。
翼
「すみません、遅くなりました!」
明智
「おはよう。朝のお茶なら俺が淹れたぞ。心配するな」
小笠原
「櫻井さんでも、ギリギリになる事があるんだね?」
藤守
「昨日、俺らが遅くまで残業付き合わせたからやろ」
如月
「ごめんね、翼ちゃーん」
みんなの優しさにほっとする。
翼
「本当に、すみませんでした」
謝った後、私は辺りを見回した。
泪さんの姿も、犬の姿も無い。
胸騒ぎがしてきたところで、扉が開いて、箱を抱えた小野瀬さんが入って来た。
小野瀬
「あ、ほら来た。おはよう」
誰かに話し掛けるような口調に、私はおずおずと、小野瀬さんの手元を覗き込んでみる。
その箱には、昨夜の仔犬が入っていた。
まだ保健所に連れていかれてなかった事にほっとしながら、私は仔犬の身体を撫でた。
気のせいか、身体の丸みが増している。
そして、入っている箱がひとまわり大きくなり、下に敷かれた新聞はスポーツ新聞になっていた。
翼
「この子……昨日より元気になってる」
小野瀬さんは微笑んだ。
小野瀬
「穂積が付きっきりで世話しているからね」
付きっきりで?
……じゃあ、今はどこにいるの?
私が小野瀬さんの後ろを窺うと、小野瀬さんは苦笑いした。
小野瀬
「穂積なら後からすぐに来るから、探さなくていいよ」
仔犬を小野瀬さんに持たせているという事は、一緒に移動してるはず。
近くにいるなら、早く会いたい。会って、仲直りしたい。昨日の事を謝って、素直に、一緒に里親を探して欲しいって言おう。私が悪かったんだから。
翼
「でも、私、話したい事があって……探してきます」
小野瀬
「あ、櫻井さんっ」
私は、止める小野瀬さんの横をすり抜けて、廊下に出た。
きょろきょろしながら行くと、休憩スペースに人だかりが出来ていた。
笑顔の女の人たちが大勢集まっている、その中心に、泪さんの長身が見えた。
女性職員A
「穂積さん、クッキー、ごちそうさまでした!」
女性職員B
「とっても美味しかったです!それに、あんなにたくさん!」
穂積
「どういたしまして。ワタシもバレンタインには頂いたんだから、お互いさま」
あ……、今日……ホワイトデーだった。
女性職員C
「ねえ、穂積さん、さっきのワンちゃん。私、実家住まいですから、飼ってもいいですよ?」
穂積
「でも、お家の方にご迷惑でしょう。それに……」
女性職員C
「大丈夫です。みんな動物好きだから。そのかわり一度、デートしてもらえませんか?」
女性職員D
「あっ、ズルい!穂積さん、それなら私だって飼えます!だからデートして!」
女性職員E
「駄目よ。二人とも、彼氏いるくせに。穂積さん、私はフリーですよ。それに、ペットショップに親戚がいます」
こちらからは背中しか見えないけど、泪さんは、辛抱強く相手をしていた。
穂積
「……ありがとう。どうしても里親が見つからなかったら、お願いするかもね」
女性職員E
「はい!待ってます。その時はお食事に連れてって下さいね!」
女性職員F
「それより、今夜どうですか?……」
聞いているのが辛くなって、私は、逃げるようにその場を離れた。
捜査室に戻った私は、小野瀬さんから仔犬を受け取って机の上に置き、抱えるようにして座っていた。
小野瀬さんが心配そうな顔をして、私の席のすぐ傍らに立ってくれている。
やがて、扉が開いて、泪さんが帰ってきた。
私に気付いて、こちらに歩いて来る。
穂積
「おはよう、櫻井。その犬の事だけど」
翼
「あげませんから」
穂積
「え?」
私は振り向いて、小野瀬さんの隣に立っていた、泪さんを睨みつけた。
翼
「あの女の人たちには、あげませんから!」
渡したくない。
あんな人たちに仔犬も、泪さんも。
穂積
「……?お前、何を」
小野瀬
「櫻井さん!」
泪さんが何か言いかけ、私もさらに言い募ろうとしたけれど、急に、小野瀬さんが間に入った。
小野瀬
「穂積、ちょっと借りるぞ」
手を引かれて廊下に出、さらにラボに連れて行かれる。
小野瀬
「どうしたの、櫻井さん?今の態度は良くないよ?」
ラボに入ると、小野瀬さんは私をソファーに座らせて、膝の前に屈んだ。
翼
「……」
小野瀬
「大丈夫?」
小野瀬さんが下から心配そうに私の表情を窺っているけれど、私はまだ、感情がおさまらない。
小野瀬
「……穂積と、何かあったの?」
翼
「……泪さんは、悪くないです。ただ、私が……」
気持ちを整理しながら、私は、昨日の夜、仔犬を拾ってからの事を、小野瀬さんに話した。
小野瀬さんは静かに相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれる。
さっきの女の人たちと泪さんの会話まで話し終えると、小野瀬さんは、大きく頷いた。
小野瀬
「……どうやら、今回は珍しく、きみの方に非があるみたい」
翼
「……ですよね……」
小野瀬さんに説明しながら、自分でもつくづくそう思った。
小野瀬
「可愛いね、櫻井さんは」
翼
「こんな時に、からかわないで下さい」
小野瀬さんは私の両方の膝に手を置いて、上目遣いに見上げてくる。
小野瀬
「何も出来ない自分が歯がゆくて、穂積に当たって、女の子たちにやきもち妬いて。本当に、可愛いよ」
翼
「……」
小野瀬
「大丈夫、穂積にも、きみの気持ちは分かってる。だから、いつものように素直になって」
翼
「……はい。今度こそ、ちゃんと謝ります」
小野瀬さんに頭を撫でてもらって、私はラボを出た。
小走りで捜査室に戻る。
翼
「室長……!」
扉を開けて飛び込んだ中には、明智さんと如月さん、それに、小笠原さんしかいなかった。
泪さんと藤守さん、そして……仔犬がいない。
翼
「!」
私は、悲鳴を上げそうになった。